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3.魔王降臨サキュバス

 その頃、修道騎士たちは途方に暮れていた。あらゆる手立てを尽くしても召喚士の行方が判明しないのである。


「今頃まさか、変なことをされてしまっているのでは……」


 一人のつぶやきに他の騎士たちが血相を変える。


「へへへ変なこととは一体なんですか!!」

「それはその、先程の続きを……」

「先程の続きですって!?」


 その脳裏には召喚の間で目撃した光景が今も焼き付いている。騎士たちは一瞬で赤面した。


「……具体的には?」

「い、言えません……!」

「答えなさい! 私たちは現実を直視しなければいけないのです!」


 言い淀む一人を他の騎士たちが問い詰める。ついに彼女は耳まで真っ赤になりながらその口を開いた。


「な、投げキッスとか……!」

「投げキッス!?」


 なんという背徳的で悪魔的な響きだろうか。あまりの衝撃に何人かの騎士が顔を覆って泣き始める。


「ああ! 召喚士さまが汚されてしまいます!」

「私たちの力が足りないばかりに……!」

「こうなればもう自決するしか!!」

「落ち着きなさい!」


 リーダー格の騎士がぴしゃりと落ち着かせる。


「召喚士さまが大変なときに、修道騎士たる私たちが弱気になってどうしますか! 今は捜索に集中すべきです!!」

「そ、そうですね、申し訳ありません……」

「でも……」

「でも、なんですか?」

「他にどこを捜索すれば良いのでしょうか……?」


 分からない。すでにあらゆる手立ては尽くした後である。


「もう一度、最初から捜索しなおすのはどうでしょうか?」

「それしかないでしょうね」

「それでは召喚の間から……」


 召喚の間は初期の段階で隅々まで調べてある。どこかに誘拐犯が隠れているという可能性はありえない。

 しかしそれでも修道騎士たちは召喚の間へ向かった。


「えっ!?」


 そこで彼女たちが目撃したのは光り輝く魔法陣から登場するエルノの姿だった。


「しょ、召喚士さまが、召喚されたーー!?」


 騎士たちは混乱する。


「ということはどういうことでしょうか?」

「つまり召喚士さまが新しい勇者さまということに?」

「勇者さま、ご無事でなによりです?」

「えっと、ちょっと待ってくださいね」


 大騒ぎをなだめながら、エルノは召喚石に手を触れる。そして短い祈りを捧げてその機能を停止させた。


 展開していた魔法陣がすうっと消えていく様子を、少年はじっと見つめている。

 その横顔にただならぬ気配を感じ取った騎士たちは静まり返った。


 それからエルノは笑顔で向き直る。


「ご心配をおかけして申し訳ありません。ただいま戻りました。あと僕は勇者さまじゃないと思いますよ」

「は、はい……」

「本当はもっと説明すべきと思いますが、今は勇者さまの召喚を優先しましょう。みなさんも準備をお願いします!」


 エルノは意識して快活に振舞おうとしていた。

 不安や悩みが消えたわけではない。しかしそれも覚悟の上で彼はこの世界に戻ってきたのである。

 その決意は騎士たちにも伝わった。


「うぅ、ご立派です、召喚士さま……!」

「つらい経験にも関わらず、なんと気丈な……!」

「すっかりオトナになられて……!」

「すごくドキドキします……!」


 騎士たちは涙をこらえている。

 それほどのことだろうか、とエルノは少し気圧されたが、今はやるべきことがあると気を取り直した。


「そ、それではみなさん、準備を…… うわっ!?」


 その時、轟音と共に大地が振動する。そして頭の中に身の毛のよだつような恐ろしい声が聞こえてきた。


『時は満ち、封印は解かれた。これよりこの世界は我のものだ……!』


 突然の事態に騎士たちは武器に手をかける。そしてエルノを中心に円陣を作った。


「こ、この声は一体!?」

「まさか、これが……?」


 召喚石が放つ赤い光はこの世界に危機が迫っている知らせだったはずだ。

 それを裏付けるように声は鳴り響く。


『蒙昧なる人間共に告ぐ。我は魔王。全てを支配する者なり』


 ●


 かつて人々は『マナ』によって魔法を使っていた。しかし魔王が現れて大地からマナを奪い、かくして人間は魔法を失った。

 そんな時、異世界から勇者が召喚される。

 勇者は人間の秘められた力である『魔力』を人々に教えた。

 魔法の力を取り戻した人間と魔族との激しい戦いの末、ついに魔王は勇者により封印されたという。

 それからおよそ三百年――


 先程まで晴れやかだったはずの空には暗雲が垂れ込めている。

 雷鳴がとどろく中、かつてマナを奪おうとした魔王はその醜悪な異形を上空に晒していた。


「あれが魔王……?」

「ま、まさか復活するなんて……」


 人々が恐れおののく中、魔王はおもむろに片手を伸ばす。するとセロア公国の都全域を覆う半透明の障壁があらわになった。

 続いて魔王は結界を殴りつける。稲妻のような轟音と閃光が走り、障壁は砕け散って消えた。

 それはこれまで300年間の長きに渡って都を守ってきた結界が失われた瞬間だった。セロアの人々は悲鳴をあげながら逃げ惑い始める。


『次は貴様だ!』


 魔王は収縮された魔法弾を勇者教会に向かって放つ。

 しかしその攻撃は教会から飛び出してきた幾つもの盾によって防がれた。


 盾はそのまま空中で向きを変える。そこには浮遊盾に乗ったメイド姿の騎士たちがいた。


「これ以上の狼藉は許しません!」


 大剣を構えたその勇姿にセロアの民から歓声があがる。


『勇者の剣技を継ぐ者か。懐かしい光景だ……』


 魔王はニヤリとした笑みを浮かべる。その鋭いキバがむき出しになった。


『どう許さぬのか見せてもらおう!』


 ●


 エルノは召喚石の前で膝をつき祈りを捧げている。一瞬だけ魔法陣がぼんやりと広がるが、すぐに消えた。


「どうして……?」


 いくら召喚を繰り返しても勇者が現れる気配はない。

 そんな中、外からは魔王の声や魔法の炸裂音が聞こえてくる。それは騎士たちの戦いの激しさを物語っていた。


『我々は時間を稼ぎます。召喚士さまはどうか勇者さまを……!』


 そう言って彼女たちは魔王という強大な存在に立ち向かっていったのである。時間がかかればかかるほどその負担は大きくなるはずだ。


 エルノは焦った。より力を込めて声を振り絞るようにして祈りを捧げる。


「お願いします、勇者さま……! 世界を、みんなを救ってください……!!」


 その呼びかけに応える者はいない。エルノは自分の膝を殴りつけた。


 ●


『どうした、そんなものか? あの者はその程度ではなかったぞ!』


 魔王が連続で放った魔法弾を騎士たちは浮遊盾を操って受け止める。しかし防ぎきれなかった一部が防御網を突破した。このままでは街や教会に降り注いでしまう。


「いけない!」


 両手剣を振るって魔法の斬撃を飛ばし、魔法弾を相殺する。

 その隙を見逃す魔王ではない。間髪置かずに放たれていた魔法弾が騎士たちを打ち据えた。


「あぁっ!!」


 防御魔法が施された制服の効果で致命傷には至らないものの、そのダメージは大きい。


「大丈夫ですか!?」

「……ま、まだ行けます!!」


 修道騎士たちは皆、満身創痍といった様子である。対する魔王にはひとつの傷も付いていない。実力の差は歴然としていた。


『貴様らのような雑魚では相手にならん。これ以上、我の邪魔をするな』


 騎士たちは互いに目配せをし合う。


「退避!」

『む……?』


 ひとつの号令を合図に騎士たちが一斉に離れていく。その様子に魔王は違和感を感じた。

 逃げ出したようには思えない。相手の目にはまだ闘志が宿っている。


「あなたと戦っているのは私たちだけじゃない!」


 セロア公国の戦力は修道騎士団以外にも存在する。

 防衛隊と呼ばれる彼らは騎士たちによる命がけの時間稼ぎの間、とある術式の準備を地上で進めていたのである。


「修道騎士、退避よし!」

「……セロア総力砲、発動!!」


 かつてこの都を作った先代召喚士は、そこに住む人々を守るための仕組みを残していた。

 サイレンの音と共に街全体に光の線が広がっていく。線は次第につながって巨大な円形の模様を形作った。


『これは、広域魔法陣か……?』


 上空に巨大な光球が生成される。その魔力は大人から子供まで全ての市民から供給されていた。


「セロアの力を思い知れ!」

「世界に仇なす者に鉄槌を!」


 途方もない魔力の塊が魔王を飲み込んだ。そして光を増しながら膨れ上がっていく。


「衝撃波が来ます!」

「皆さん、伏せてください!!」


 騎士たちが障壁を展開させながら叫ぶ。その後ろで人々は慌てて地面に伏せた。


 ……しかし、その後に来るはずの爆発が起こらない。

 しびれを切らして様子をうかがうと、徐々に光球の勢力が弱っていくのが見えた。


「あれは一体……?」


 騎士たちは呆然と上空を見上げる。そこには『穴』が開いていた。

 空中に開いた巨大な穴が、魔力の塊から光を吸い取っていく。ついに光球は完全に消失した。


『見事な魔法だった。だが我には通用しない』


 空中に再び魔王が現れる。その体には依然として少しの傷も付いていない。


「そんな、嘘だろ……?」

「勇者さまは? 勇者さまは来ないのか!?」

「召喚士さまは何をしているんだ!?」


 人々は絶望した。大規模魔法で魔力を消費したこともあって疲れ果てている。多くの人が膝をついてうずくまった。


 そんな中、騎士たちは再び浮遊盾を操って飛び立つ。


「皆、剣を取りなさい!」

「修道騎士団、攻撃開始です!」


 すでに勝てる見込みがないことは分かっている。しかしほんのわずかでも時間を稼ぐことができれば勇者召喚が間に合うかもしれない。騎士たちは決死の突撃を開始した。


 そんな騎士たちを気にかける様子もなく、魔王は『穴』に向かって手をかざす。そして高らかに告げた。


『すべての魔力を貰う!』


 その途端、騎士たちの乗っている浮遊盾がぐらつき始める。


「一体なにが!?」

「た、盾が、動かせません!!」


 盾へ魔力を送り込んだときに返ってくるはずの手ごたえが無い。

 さらに騎士たちは自身の体にずしりとした重みを感じ始める。めまいと倦怠感を伴うそれは魔力切れの症状と似ていた。


「これは…… 魔力が奪われている!?」


 それは騎士たちだけではなかった。地上にいる防衛隊や市民たちも魔力切れに苦しんでいる。


 あの『穴』が魔力を吸い取っている! そう気づいた時にはもう遅かった。だがもし気づいていたとしても何かできることはあっただろうか?


 完全に制御を失った浮遊盾と共に、修道騎士が一人、また一人と落下していく。


 人間は再び魔法を失った。

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