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あまねと僕は歩いて数分のところにある喫茶店に入り、向かい合わせに座った。


ここは僕の行きつけの店で、いわゆる昔懐かしい風情のある喫茶店で、知る人ぞ知る名店だ。


店内には古いレコードプレーヤーから昔の名曲が流れている。


レコードのプチプチという音はなんとも僕の心を落ち着かせてくれる。


しかし、今日はそうではなかった。


初めて女の子を連れて来たからだ。


いつもは無表情なマスターも今日ばかりは僕らが入った瞬間、驚きの表情をしたのを僕は見逃さなかった。


店内の薄暗い照明に安心したのか、椅子に腰を下ろした後、あまねはキャップとマスクをはずした。


透き通るような白い肌に薄い眉毛、目はくっきりとした二重まぶたで、まつ毛が長い。

柔らかそうな唇はほんのりピンク色をしている。


だめだ、だめだ。

僕は目の前の見ず知らずの美人に釘付けになってしまっているじゃないか。


一体何が起こっているというのだ。

なんでこんなことになってしまっているんだ。


内心は大嵐が来た海のようだったが、それを悟られないように必死に平静を装いながら、僕は水の入ったグラスを持って来たマスターにいつも頼むメニューを注文した。


熱いブラックコーヒーと厚切りトースト。

これにバターをたっぷりつけて食べるのが今のお気に入りだ。


あまねも同じものに、さらにハムクロワッサンも注文していた。

よほどお腹がすいていたのだろう。


「このお店、素敵ね。

レトロな感じが落ち着くわ。」


あまねは早速やってきたホットコーヒーにたっぷりミルクを入れて、おいしそうに飲みながら店内を眺めた。


「気に入ってくれてよかったよ。

ここは音楽の趣味もいいから、最近は毎週来てるんだ。」


「ふーん、行きつけってわけね。

そういうお店、私はないなぁ。

いつも同じところにいないから。」


それはどういう意味なんだろう。

定住してないということなんだろうか。

両親とは離れて暮らしているのだろうか。

恋人や友人の家を泊まり歩いているとか?


いろいろな想像が僕の頭を駆け巡った。

質問したいことはいろいろあったが、注文したものが来たのでタイミングを失った。


あまねはトーストとクロワッサンをペロリと食べてしまい(気持ちのいいほどの食べっぷり)、食後のコーヒーをおかわりしていた。


「ねぇ、あまね、ってどんな漢字書くの?」


「天国の天、に音」


「へぇ!いい名前だね。」


やっぱり天使なのかもしれない、と僕は内心思った。


「そう?

私はあまり気に入ってない。

なんだか大袈裟だし、天とかついてるのに、私の人生、地獄だから。」


天音はさらりとそう言って、肘をつき、唇を尖らせた。


地獄?

一体どんな人生だったのだろう。


「君のこと、どこまで聞いていいの?

あ、変な意味じゃなくて、、

お互いまだ知らないことばかりで、でもこうやって縁があってここで向かい合ってるわけだし、

なんか、全然どんな人か知らないのに一緒に食事してるのがおかしくて。」


自分でも何を言っているのかわからなかった。


25年も生きて来たのに、なんだ、このコミュニケーション能力の低さは。


「何?

要は私のこと知りたいわけ?

じゃあ、正直にそう言えばいいじゃない。」


天音はツンとした表情でそう言いのけた。


こいつ、天使の顔した悪魔かもしれない。


脚を組み、不機嫌な様子で窓の外を眺める天音の表情はぞくっとするほど美しかった。


光と闇が合体した完全な美を感じたのだ。


いけない、いけない。


ずっと見てると僕まであちらの世界に引きずりこまれそうだ。


マスターがじろじろとこちらを見ている。


「うーん。

そんな言い方されても困るんだけど。


じゃあ、一つだけ聞いていい?


さっき、なんで背中に十字架背負ってたの?」


思い切って聞くと、天音はびっくりした表情をした。


「へ?なんのこと?

そんなの、つけてないよ。」


やれやれ。


僕の目は見えないものが見えるようになってしまったみたいだ。



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