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僕の名前は藤野斗真。
仕事はシステムエンジニアで、まあまあ有名な会社に勤めている。
都内のワンルームマンションに住んでいる、普通のサラリーマンだ。
25歳、恋人なし。
一人でいるのが好きで、煩わしい人間関係は苦手だ。
ここまでの説明で、だいたい僕がどういうタイプの男かわかったと思う。
そんな男が見ず知らずの天使を拾ってきてしまったんだから、人生何が起こるかわからない。
「やれやれ。」
僕はソファですやすやと寝ている彼女を見て呟いた。
マンションの1階で初めて彼女と目があった瞬間、なぜか「天使だ」と思った僕は気づいたら彼女を抱き抱え、部屋に上がっていた。
自分でもなんでそんなことをしているのか理解出来なかった。
ただ、とにかくこの子をここに置き去りにしてはいけない思いに駆られたのだ。
天使を見放すなんて神様から天罰が下るような気がして、連れて帰る以外の選択肢がなかったのだ。
僕は特に女の子が好きなわけでもない。
あ、誤解がないように言っておくと、女の子は普通に好きだ。
しかし、見ず知らずの女の子を一人暮らしの自分の部屋に連れて行くなんてことを普通に出来るような男ではない。
だから、自分でもこの行動にびっくりしたのだ。
きっと彼女が普通の女の子ではなかったからだ。
なんていうか、彼女は「透けている」ようだったから。
それが彼女が天使だと思った一番の理由でもある。
彼女はこの世界で生きている人間には思えなかった。
言っておくが、僕はオカルトの類には全く興味がない。
ただ、なんとなく彼女は地に足をつけて生きている感じがせず、空中を飛ぶ天使のように思えたのだ。
しかし、彼女の背中には羽根がなかった。
その代わり、重そうな十字架がついていたのだ。
この十字架のせいで、彼女を運ぶ時、かなり苦労したのだ。
抱き上げると、ずっしりと重くて驚いた。
外そうかと思ったが、触れてはいけない部分な気もして外せなかった。
エレベーターは使ったが、それでも5階にある自分の部屋に運ぶのは容易ではなかった。
部屋に入り、とりあえずソファに彼女を座らせると、僕はどっと疲れて床に倒れ込んだくらいだ。
息は上がり、汗もびっしょりかいていた。
「運んでくれてありがとう。
外は寒かったから。」
彼女は突然口を開いたので、僕はギョッとした。
喋れるんだ。
まぁ、そうか、彼女は普通の人間なのだから。
「ど、どういたしまして。
紅茶でも飲む?」
僕はカップにインスタントの紅茶を淹れて彼女に差し出した。
そして、毛布を肩からかけてあげた。
彼女は微笑んで「ありがとう」と言った。
その笑顔があまりにも美しく、僕はしばらく見とれてしまった。
いけない、いけない。
ややこしいことに巻き込まれては困る、と僕は首をぶんぶん振った。
彼女は僕のその様子を不思議そうに見ていたが、やがて眠くなったのか、紅茶のカップを僕に渡してソファに横になり、すやすやと寝息を立てた。
やれやれ。
何がどうなって、こうなったのか。
全てが謎のまま、僕と彼女の不思議な日々が始まった。