41.美味しい食事が俺たちを待っている!!
久しぶり過ぎて名前を忘れているであろうあの人の登場です。
「「腹が減った」」
Gの事件から3日が経った。あれから俺とシェルは互いの料理が食えないことが判明し、食事は単調なものとなった。謎の物体を食うよりはマシだが、いかんせん飽きる。
「今日もアレか?」
「今日もアレだ。準備するぞ」
街道の脇に出て野営の準備をする。既に日は落ちており、早く火を焚かないと光源は月明かりのみとなり、何も見えなくなる。
シェルが薪を出して火を点ける。その間俺が布と毛皮を地面に敷いて寝床を作る。
「焼くか」
「うん」
肉を取り出して火に炙る。ただただひたすらに炙る。中に火が通るまで炙る。中まで火が通ったのを確認したら食べ頃だ。塩を掛けて食べる。塩だけだ。
肉はもちろん柔らかい高級肉ではない。そこらで殺した魔物の肉だ。硬くて不味い。
噛む。肉は千切れない。思いっきり噛む。それでも肉はゴムのように戻るだけ。歯で肉を抑えて手で引っ張る。歯が折れそうなほど限界まで引き伸ばしてようやく引き千切れる。
細かくなった肉をひたすら咀嚼する。口に広がるは獣臭さと塩の味のみ。咀嚼を続けても全然美味しくない。手頃なサイズまで潰れたらあとは自分の胃袋が消化できると信じて口の中の肉を奥に流し込む。
ああ、不味い。ひたすらに不味い。
「「…………………………」」
3日間3食ともこの食事。
最初のうちはシェルが文句を言い、俺も文句を言い、2人して魔物に八つ当たりしていた。それも次第に無くなっていき2日目の夜には既に言葉は無くなっていた。
ただ八つ当たりによって魔物の素材は沢山手に入った。消費しきれない不味い肉と共に。いらない。
「今晩の見張りはどっちからやるか?」
「すまないが私は先に眠らせてもらう」
「なら俺が先に見張り番をする。しばらくしたら起こす」
会話も必要最低限になり、互いにまともに目も合わせはしない。
だがあと2日。あと2日耐えればブリードの街に着く。勇者の在住する首都だ。そこまで行けば旨い飯が食える。あと2日だ。
その晩は特に魔物の襲撃も無く静かな夜だった。
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あれから2日経った。森の木々の隙間から遠くに見えるのはブリードの街。着いた。やっとだ、やっとこの生活から解放される。
「おい、シェル!」
「…………なんだ?今は口を動かすのすら億劫なんだが」
「街だよ!ブリードの街だ!!俺たちは生きてたどり着いたんだ!!」
シェルは今にも死にそうな顔だったのが嘘のように目を輝かせる。
「おい玲!早く行くぞ!!美味しい食事とふかふかのベッドが私達を待っている!!」
見事な手のひら返しだ。さっきまで口も動かしたくないと言ってたのが嘘のようだな。だが俺も人のことを言えない。俺も早く美味い飯を食いたい。
既に2人は満身創痍で服装もボロボロ。生ける死人となっていたが、気力が湧いてきた。2人はダッシュで検問まで行く。
流石は首都。人は多く検問には人の列が出来ている。早く入りたいがルールを守る破るわけにはいかない。2人で大人しく列に並ぶ。
1人が検問を抜ける。列が縮まる。目の前には活気溢れる街が見える。
また1人が検問を抜ける。列が縮まる。目の前にはふかふかのベッドが見える。
またまた1人が検問を抜ける。あと少しだ。目の前には柔らかい肉と塩味以外の食べ物が見える。
また1人、また1人と進んでいく。
さあ、待ちに待った俺たちの番だ────
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「っっっ何なんだ!あの門番は!!」
「全くだ!!言っていることはまともだが、あの癪に触る言い方はなんだ!!」
2人がいる場所は検問所の裏手側。人の入る門がないだけあって人気が無い。2人は人に聞かれないのをいいことに不満を吐き出す。
「今でも鮮明に思い出せる!!」
──見すぼらしい格好ですねぇ。今時多いんですよー、碌に護衛も付けずに荷物も持たずに旅をする貴族が。アッハハハ!!
──身分を証明できるものはありますか?
あーギルドカードですねぇ。ふっ……Eランクですか。他に提示できるものは?……え!?無い!?フハハ!!
──では仮面をお取り下さい。え?呪いで取れない。Eなのに呪い持ち……失礼。
──え?街に入れるか?入れるわけないでしょう。信用の無いEに顔を見せない男。無理に決まってるじゃないですかアッハハハハハハ!!!!
こんなに笑ったのは久しぶりだ!酒の席で使えるいいネタ話だよ!!
「「心底ムカつく!!」」
玲は異空庫から手頃な角材を取り出して力任せにバキバキに折っていく。それは憤怒の形相でただの八つ当たり。それでも多少はマシになるので続ける。
そしてあいつは今俺の殺害の対象になった。
「それいいな。私にも寄越せ」
横で角材を折っている玲を見て角材を要求する。玲は無言で異空庫を開き、ありったけの角材を出す。ついでに消費しきれない不味い肉も出してサッカーボールのように蹴り飛ばす。
そこには1人の美少女と仮面の男が角材と肉に当たる奇怪な光景が繰り広げられていた。
ストレス解消の儀式を終え、ある程度落ち着いたため、街に入る方法を模索する。
案1、スラムから入る。
リブートの街は首都だけあって貴族が多く住んでいる。そのため貧富の差が大きく、それなりのスラムがあるはずだ。成功率も高めで現実的。
案2、もうストレスとか魔物肉とか耐えられないから衝動に任せて皆殺しにして入る。
勇者や騎士が出て来て1番危険だが、正直1番やりたい案だ。スカッとする。
「俺がざっと思いつくのはこの2つだ。そっちに何か案はあるか?」
「色々あったが案2で行こう。私もそれが1番やりたい」
即決だ。時間は既に夕暮れ。夜になると門自体が閉まるので急ごう。
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「また来たんですかぁ?こちらも仕事なんでねぇ、そう何度も来られると困るんですよー。さあ、帰った帰った!」
検問所の前まで戻り、ストレッサーの根源である門番が言い放つ。門番はやれやれと言った様子で手を振る。しかし2人には全く関係ないし、そもそも門番の話を聞いていない。
「シェル。そう言えばその武器の名前はなんだ?」
「こんな時にしょうもない質問をするな。ポインセチアと言う。私特注の専用武器だ」
玲がこんな下らない質問をしたのは、今でも喋り続けているダニの話を耳に入れたくないからだ。そしてシェルがこんな下らない質問に答えたのも同じ理由でハエの騒音を聞きたくなかったからだ。
既に2人はフル装備。シェルは歪なメリケンサック、ポインセチアを構えて青のレバーを引いている。玲に関しては片手に長剣、もう片方にはいつものハルバードを持ち、くるくると手の中で遊んでいる。2人とも男を全力で無視して全力で殺そうとしている。
ポインセチアの魔力が溜まりきりシェルは更に詠唱を重ねて威力の上乗せをする。これはシェルの全力。街の10割を焼き尽くす程の本気。
目の前で膨張し続ける可視化できる程の魔力の奔流を見た周りの人々は逃げ出しており、殺意を直に浴びた門番は腰が抜けたようでその場にうずくまる。
しかし玲とシェルの後ろに見えた一行に目を輝かせた。2人は気付かない。街と門番を殺しつくすことしか考えてなく、2人だけの世界に入って門番も無視しているからだ。
「これは何の騒ぎだ」
「ダルバ団長!!」
玲とシェルの背後にいたのは騎士団長のダルバとダルバ率いる騎士達、丁度戦いが終わり帰って来たのだ。
玲は流石にその叫びを見逃すことは無かった。玲はすぐにシェルの肩を叩き、詠唱を辞めさせる。此処で吹き飛ばすのは不味い。
あ、でもいいこと思いついた。
「ダルバさん!こいつら牢屋にぶち込んで下さいよぉ、なんか変なことをしてるんです」
門番がダルバに泣きつく。
玲は自分の太ももを音が鳴るように2回叩く。それは事前にシェルと打ち合わせていた合図。俺の心を読め。
シェルは頷いてつい「は?」と声を出す。玲は自身の黒塗りの仮面を半分上げ、音が伝わりやすいように口元をあらわにする。その際に門番が「え?呪いは?」とか言ってるが無視する。
「野外訓練、第1パーティ、見張り番」
玲は小声である人物を連想させる言葉を3つ並べる。ダルバは現在危険人物である玲とシェルを注意して見ていたこともあり、その言葉を聞き取れた。
ダルバの顔に驚愕が映る。不振の目を向けられていることに変わりは無いが、概ね成功だろう。
「おい、こいつらを中に通せ。フリアンド!俺はこいつらに用がある。後は任せた!」
「承知」
ダルバは副団長らしき人物に命令を下し、玲とシェルに案内をする。そして去り際に
「あとそこのお前、名前はラージャだったか?俺の予想が正しければ頭下げる準備をしとけよ」
そう言い残し、ダルバは手を振って去る。
準備をしとけと言われた門番ラージャはただ首を傾げてポカンとするだけだった。




