37.月明かりの下で
「何故ここにいるんですか」
「何が目的ですか?」
昼間から武器を持って町中をうろつくわけもなく、双子は武器を持ってない。対抗する術は無いが、双子は警戒しながら聞いてくる
「さっきも言っただろう。プレゼントだ。ほらよ」
玲はそう言って黒い袋を投げ渡す。
その際に中身が袋の口から出てるが、気にしない。
「ひっ……」
姉のドロシーはソレを見て小さな悲鳴をあげる。
袋から出てきたのは、かろうじてラゼルと分かる肉塊だった。
顔を含め、数々の切り傷に打撲痕、まともに残っている方を探すのが難しいほどだ。ここまでの仕打ちをする者は、ラゼルに一体どれほどの恨みを持っていたのだろうか。
「ぜひ、ストレス発散のサンドバッグとして使ってくれ」
サンドバッグの製作者は満面の笑みだ。
「サンドバッグとして渡すなら、せめて殴れる場所は残して下さいよ」
震えているドロシーに変わり、リリが代わりに答える。
この時点で双子の警戒心は格段に上がり、頭の中では警報がガンガンに鳴り響く。こいつに関わってはいけない、こいつは人間じゃない、と。
「さて、実はもう1つプレゼントがあるんだ。プレゼントというよりは、依頼料だがな」
玲は自身の異空庫からズッシリと重みのある小さめの袋を取り出す。
「中に大金貨70枚入ってる。銀貨換算で7万枚だ。これだけあれば小さな家と当分の食事程度は買えるだろう。
この金でスラムから人目に付かないように町を出るルートを教えてくれ」
袋の口を開けて見せられた双子はその大金を前に目を輝かせる。しかし目の前にいるのは化け物。首を振り考えを正す。
落ち着いたドロシーはリリと役割を代わる。
「何が目的ですか?
町を出るだけなら役人に賄賂を渡せばいい。わざわざスラムから出たいなら他の住人に頼めば金貨数枚で済むでしょう。
何より貴方が私達の心配をする必要がない。貴方の行動理由は何ですか?」
その問いに玲は考え込む。
行動した玲ですら、この行動を上手く言語化出来ない。
しかし、あえて言葉にするならこれだろう。
「同族嫌悪からだ」
玲は双子に対して異常な執念の殺意を持っていた。双子を殺すことを第一に考えて行動していた。
何故だ?
子供が嫌いだから?
それとも俺が殺人鬼と知ってるから?
そんなことはない。
双子と俺が似ているからだ。
俺は人間を『恨んでいる』、そして『殺意』を抱いている。
しかし『嫌い』ではない。
『嫌い』の感情の前に『殺意』が全面的に現れているかもしれないが、少なくとも俺は今まで人間自体を『嫌い』になったことはない。
正義感の強い人は『嫌い』浅ましい人も『嫌い』
けれど、明確に個人が『嫌い』になったのは記憶を失って今回が初めてだ。
そして記憶を思い出して知った。
自分の話を聞いている最中に感じた嫌悪感。
俺は世界中の誰よりも俺自身のことが嫌いだ
同じ境遇、同じ復讐の感情、殺意を拠り所に生きている。
ここまで一致した、故に俺は『嫌い』になった。正確には姉のドロシーを。
だから必死に殺そうとした、不快なソレを自分の視界から消そうと。
それでも羨ましかった。母親から愛情を受け取った双子が。
きっと優しい母親だったのだろう。
レイプされて孕んだのに、2人をここまで育てた。気狂いで虐待に走った俺の母親とは大違いだ。
母親の求愛を受けた双子を俺は殺せない。どうやら俺は随分と嫉妬深いらしい。
俺の個人的な事情に合わせ、双子の行動源の殺意を取り上げ、復讐心を踏み躙る。詰まる所これは双子の感情、意思を無視した実験だ。
双子に施しを与え、自分と似ても似つかない別物にすり替える。果たしてそれで俺の『嫌い』が鎮まるのか、それを知りたい。
だから質問に答えるなら『同族嫌悪』
意地でも『羨ましいから』『実験』などということは言わない。
「同族嫌悪……ですか。
わかりました。スラムにある西の水路を真っ直ぐに行くと、比較的安全に外に出られます。そこから北に行くと街道があるので、そこまで行ければ充分でしょう」
ドロシーは紙に簡単な地図を描き、渡してくる。
リリは同族嫌悪の意味がわからないのか首を傾げている。
「さて、行くぞシェル。変身してなるべく今晩中に距離を稼ぐ」
「お前たちも悪かったな。私達の事情に付き合ってもらって」
玲は外に出て、心の中で『反魂の狂乱』を唱える。
内側から溢れ出る負の感情により、すぐに新たな肉体が構築された。
玲は黒い甲殻に覆われた異形の右腕でシェルを抱き抱える。
そして、そのまま両足の蹄を鳴らしながら夜のスラムを駆けて行った。
「イかれてる、人間じゃない、とは思っていたけど
…………まさか本当に人間じゃないとは。ドロシー姉さん立てる?」
「ごめん、ちょっと腰が抜けちゃって立てないから手を貸して」
「これからどうしようか」
「取り敢えずなんとか働かないとね。幸い元手はいっぱいあるわけだし」
不本意に復讐が終わった双子が、これからどうなるかは誰にも分からない。
ただ……
「まずは」
「うん、お母さんに知らせに行こうか」
彼女らはこれからも2人で手を取り合うのだろう。
□
シェルは黒い腕に座りながら、猛スピードで駆ける玲を見ていた。
玲の行動原理は人間に対する殺意、憎しみではない。全て自分に対する嫌悪、殺意なのだ。
玲は誰よりも自分自信を殺したい。
どんな生物よりも残酷に、どんな悪行よりも醜悪に、惨たらしく惨めに死にたいと願っている。
しかし、玲は誰よりも死ねない理由がある。
それ故に玲は早く死にたいのに死ねない。
そんなジレンマの中で玲は、自分ではなく自分とよく似た周りを嫌い、衝動に任せて人を殺すことで、歪で奇跡的なバランスでかろうじて正気を保っている。
だが、記憶が全て戻ればそんなものは関係ない。
玲自身が自分の歪さに気がつき、本当の願いを叶えようとしてしまう。
自殺、自分自信を殺そうとする。
つまり玲の行き着く際は何があろうと『死』、破滅しか残らない。
私はそんな終わりは認めない。たとえ死ぬことが玲本人の幸せだろうと、私がそれを否定する。玲が幸せになることは絶対に私が許さない。
玲は私の元で永遠に不幸になってもらう。
前の玲は全ての記憶を思い出したことにより、発狂して行ってしまった。
だが希望が見えた。
一度に全てを思い出させて仕舞えば、玲は元の世界にいた頃の考えと同じになり、破滅の道を進む。
しかし、少しずつ小出しにするように思い出させれば、玲は自分なりの答えを見つけて、1つずつ歪みを直していける。
「着いたぞ」
玲から声がかかる。水路から出た先は海岸にある崖だった。
すぐそばには砂浜があり、風が無く、波が落ち着いているため静かだ。空には満点の星空、美しい月がその存在を高らかに主張している。
「わぁ……凄いな、凄いぞ玲!」
私はつい、子供のようにはしゃいでしまう。
「おい、見ろ!あそこ、今魚が跳ねたぞ!」
私は靴を脱いで素足になり、スカートが濡れないように気をつけながら、砂浜から海に入る。
「おい、今は時間が惜しい。そんなことしている時間はないぞ」
「まあまあ、そう硬いことを言うな。お前もこっちに来い。冷たくて気持ちいいぞ」
玲は深い溜息を吐くと、ステータスと唱えて残り時間を確認する。
しかし、何か不都合があったのだろうか、首を傾げている。
「なあ、シェル。ステータスは開けるか?」
そう言われて、自分のステータスを開く。
うん、いつもと変わらない画面が映る。
「問題無く開けるが何かあったのか?」
「いや、何でもない」
「そうか」
心を読もうにもすでに今日の回数は全て使いきってしまっている。質問の意図は全くわからないが今はどうでもいい。
「ほれ!」
何か思考に耽る玲に私は水をかける。
「………………」
場に訪れるのは沈黙。
玲は頭から水を浴びて、その大きなツノからは水が滴り落ちている。
「いい度胸だな……オラッ!!」
玲はその肥大化した大きな右手で水を飛ばす。
大きな水飛沫が上がり、バチャバチャと近くの小魚が逃げる音が聞こえる。
「あははは!楽しいな!」
「俺は楽しくねぇ!!」
結局2人は玲の変身が解ける20分後まで、ひたすらに水を掛け合うのだった。
第3章 多重猟奇殺人これにて終わりです。
お疲れ様でした。
いや〜長かった、特に真ん中あたりの投稿期間が開いたのが原因ですね。全てモンスターを狩るゲームが悪い(言い訳
やっと始まりが終わった感じがします。
次は出来れば今週中に上げたいですね。
よければまた見てくださるとありがたいです。




