メモリアルファイルⅠ〜原初の記憶〜
あれは暑い暑い夏の日だった。
日差しは無垢に輝き続け、それを一身に浴びすぎたアスファルトは照り返しにより、人々を焼き殺そうとしていた。
青年はそんな日差しの中でも、長袖のシャツと肌に張り付くようなロングパンツを履き、マンションの階段を上っていた。
すれ違う人々は、その青年の格好に驚きを隠せないが、所詮他人。何も言わずに去って行く。
階段を登りきった青年は、目的地である部屋の扉をジッと見つめていた。それも長い間。
蝉が鳴く。最初は無視していたものの、気温が上がるにつれ、その声も上がり、青年はイラつき始める。
マンションの住民はひたすらにその場所から動かない青年を不気味に思った。
真夏の日に長袖、水分も取らずに、ひたすら扉を見るのみ。そんな青年の噂は主婦たちにより、すぐにマンション内に広まる。
そのまま3時間。
驚異的な日は、まだ高いところにあるが地平線に沈み出し、夕暮れの哀愁がその気温を名残惜しそうに見つめていた。
買い物帰りの主婦や学校帰りの学生が帰ってくる。
マンションは青年が来た時と同じように、人々が行き交い、また同じように青年を不気味がった。
そして等々話しかける者が出た。
その人物は青年が見つめていた部屋の隣の者だった。
「あなた此処で何をしているの?」
重い荷物を持った主婦は少し警戒した様子で青年に問う。
「…………この部屋に住んでいる人のことを知りたい。教えて貰えませんか」
青年は主婦の問いにこたえずに、質問に質問で返す。
「この部屋には誰も住んでないわ。事故物件なのよ、この部屋」
主婦は悲しそうな目で扉を眺める。
「ならばその人について教えて下さい」
「…………………………いいわ。もう10年以上も前になるのかしら。この部屋には1人の女子高生が住んでたわ」
主婦は荷物を降ろし、青年の隣に来て語り出す。
「彼女は何というか、事件に遭ったの。レイプ事件に」
「レイプ事件?」
「ええ、当時の様子はよく知らないわ。彼女は喋りたがらなかったもの」
主婦は同じ女性として思うところがあるのか、俯いている。
「あまり良くない言い方だけれど、ただのレイプ事件なら何も問題は無かったわ」
青年は黙って話を聞く。言いたいことも、すぐに問いただしたいこともあるが、それでも黙る。
「子供が出来てしまったの。レイプ犯はロクに避妊もしないで、ヤるだけやって刑務所に入ったわ。
彼女はこの事がトラウマになって苦しんだ。それでも「生まれてくる子には罪は無いと」言ってレイプ犯との子を育てることにしたの。
親には大層批判されたらしいわ、それはそうよね。初めての孫が娘を犯して傷を付けた犯罪者の子供なのだから」
既に日は地平線に沈み、あたりからは昼間の熱が陽炎のように消えてゆく。
「最初は良かったわ。彼女は笑顔で日々を頑張っていた。高校は中退したそうだけど、それでも毎日を生きていたわ。私も同じ親として、よく助けていたのよ。
1年ぐらい経った頃かしら。生まれた赤ちゃんの顔つきが明確に現れたの。赤ちゃんの顔は父親似、レイプ犯にそっくりだった。
それを見た彼女は、犯された当初のことを思い出したのか、発狂したわ」
主婦は目尻に涙を浮かべていた。当時のことを鮮明に思い出し、それはとても、とても痛ましかったと口から溢した。
「彼女は何度も何度も…………目を背けたくなるほどに叫んで、子供に虐待をしていたわ。それから1ヶ月、彼女は自殺した。もう耐えられないと遺書に残してね。あんなに気丈な子だったのに…………」
「子供はどうなりましたか?」
「詳しくは知らないわ。噂だと彼女の親に引き取られたと聞いているわ」
主婦は涙を拭うと「夕飯の準備をしないといけないから」と言い、青年に背を向ける。
「教えて頂きありがとうございました。自分のことを知れて先の方針が決まりました」
主婦はその言葉にすぐに振り向くも、既にその場に青年の姿はない。
そこには虫の声が響いているのみで、人の気配は無かった。
□
飢賀 玲が思い出せる最初の記憶は目の前で何かが吊るされているものだ。
それが誰なのかは明確に思い出せない。けれどそれは母親だったのだろう。
レイプ犯が母を犯したから俺はこんな目に遭っている
◼︎◼︎◼︎られたのもそれいつの所為だ
◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎のもそいつのせいだ
◼︎◼︎◼︎のも全てそいつが悪い
俺は悪くない。全てそいつが悪い。
飢賀 玲は異常なほど憎んだ。顔も知らぬレイプ犯を。
メモリアルファイルがサブタイトルの回は記憶に関するものです。
基本的には前の回で思い出した記憶になります。あくまで基本的には。
次回はなるべく早く投稿出来るといいなぁ(遠い目




