35.記憶の歯車
場は既に度し難い混乱状態だった。
此方の存在を知っている双子は、姉のドロシーが一歩ずつ引き、妹のリリは目の前の狂気に当てられたのか動けずにいた。
半裸の男もしきりに此方と双子を交互に確認し、隙を伺っている。
「逃げよう」
殺人鬼が一度に会したその場で、最初に声を上げたのはドロシーだった。
「でも姉さん!やっと追い詰めたのに……」
追い詰めた?その発言に玲は半裸の男を見る。
半裸の男は全身がボロボロで切り傷だらけだ。双子の手に持つカットラスに付けられた傷だろう。
一度冷静になった玲は考えた。そもそも双子がこの男を狙う理由があるのかと。
双子の行動原理はおそらく母親に関することだ。
これまでの生活を捨ててでも、犯人を見つける執念があるのを確認している以上、それは絶対だ。
つまり、双子がレイプ犯を追っているということは、母親の死とレイプ犯は何か関係があるわけだ。
仮にレイプ犯が双子の母親を殺してたとしよう。そうすると、2人目の被害者のベールの死に矛盾が起きる。
双子が殺人を犯している前提条件がある以上、レイプ跡の有無で双子が殺しているのは消去法でベールになる。
しかし、それだとレイプ犯の殺人の目撃者を双子が処理していることになる。とてもじゃないが、レイプ犯の命を狙っている者の行動とは思えない。
まず間違いなく、被害者レイラ・ベールは双子の母親の死に関係している。
それに、ボロボロのこいつ。
2人がかりとはいえ、子供にここまで追い詰められるか?
そこまで考えたところで双子が少しずつ距離を取っているのが目に付く。
どうやら逃げることにしたようだ。
まるで熊から逃げるように視線をそらさず、ゆっくりと後退して行く。
ややこしく考えるのは止めだ。俺がこの町で殺人を犯す気があるのを知っている双子を殺すのが先決だ。
玲はハルバードを手に取り、構える。
その様子を見ても双子は視線を逸らさず、逃げるスピードを上げない。少しでも視線を逸らせば即座に殺されるのがわかっているのだろう。
「おや、まだ始まってないのか。てっきり皆殺しで勝敗が決しているものだと思って、歩いて来てしまった」
そこで、遅れてシェルが到着する。
丁度いい。レイプ犯を縛り上げてもらおうか。
「そいつ、締め上げろ」
「正直触りたくないな」
「…………」
「………………はぁ、わかった。後で報酬を貰うからな」
シェルが快く引き受けてくれた事だし、俺の方も心置きなく殺せる。
玲は2人のやり取りを静観していた双子に高速で近づいて行く
「くっ!?」
玲は前に出ていた妹のリリをハルバードで横薙ぎにし、それにリリは苦悶の声を出す。
しかし、それは援護に回ったドロシーの魔法が、顔に飛んできた事により、リリのカットラスでガードされる。
なんの魔法か判別出来なかった。強い光から、光か火の魔法だろう。仮面をつけていると視界が狭まり、正しい情報を得られないのが不便だな。
「姉さん!今のうちに!」
「うん、武器も投げ捨てていいから、なんとしても距離を取って」
不味い、距離が更に開いている。
しかもリリの手に持つカットラスが弧を描きながら襲ってくる。
「邪魔だ!」
それを弾き、もう一度投擲の構えを取る。
「肉塊に成り果てろ!!」
玲の腕から放たれたハルバードは直線的に進む。
その軌道はまさしく先行するドロシーの頭に当たる。そう確信する。
しかし、当たったかのように見えたそれは、霧のように霧散した。幻覚魔法だ。
そのことに気がついた時にはもう遅い。双子は手の届かない位置にまで逃げ、そのまま霧の夜に溶けていった。
玲はため息を吐き、頭を掻きながら、シェルの元に向かった。
シェルに縛り上げられた男は曖昧な表情でこちらを見る。自分の命を狙った者を撃退したことから、敵が味方か測りかねているのだろう。
だが、やることは決まっている。双子がこいつを狙っている以上、こいつの近くにいれば双子との遭遇率は格段に上がる。
玲はハルバードを手先で弄びながら男に話しかけた。
「取引をしよう。お前の元には、またあの2人が命を狙いに来るだろう。だから俺たちを雇え。奴らからお前を守ってやる。報酬は金と情報。拒否権はない」
男は無言で頷いた。
□
男に案内されたのは男の自宅だった。
上級階層、というほどの家ではないが、それなりに裕福そうだ。
「まずは自己紹介をしよう。私の名前はラゼルと言う。よろしく頼む」
着替えた男はラゼルと名乗り、一礼する。
玲は異空庫にハルバードを仕舞い、部屋にある椅子に音を立てて雑に座る。
近頃続いている頭痛のせいで苛立っているからだ。
「俺の名前はロウだ」
「私はシェシルと言う」
シェルも腰を下ろし、玲に続いて自己紹介をする。
「では、ラゼル。まず情報を前払いで渡してもらおう。金は成功報酬でいい」
ラゼルは渋々と言った様子で、「ああ」と呟く。
玲はシェルに手で合図を送り、心を読めと伝える。
「まず、レイラ・ベールとお前の関係から」
「…………大方君の予想している通りだろう。彼女は私が雇った殺し屋だ。双子の母、サチとやらを殺すために雇った」
「何故、双子の母親を殺した」
「彼女は私のことを知っているからだ」
「それは、今この町で起きているレイプ殺人事件のことか?」
「ああ」
「そのサチとやらは何を知っていた」
「彼女は私が12年ほど前、別の町で犯した人間だ。その際、顔を見られた可能性があった。彼女がこの町に来なければ、殺す必要は無かった」
頭痛がする。
「サチがこの町に来てから大分時間があったが、その期間お前は何をしていた」
「様子を見ていた。私に復讐しに来たのか、それとも別のことか。結果、彼女には何も無かった」
「だから殺し屋を雇ったと」
ラゼルは頷く。
浅ましく、醜い。頭痛がする。
「ここ最近で犯行の頻度が上がったのは?」
頭痛が酷い。
「レイラ・ベールを殺した者を炙り出すためだ。罪をなすりつけられれば良し、そうでなくても目の前に姿を表せば何とかなると思っていた」
まさかこんな事になるとは思わなかった。ラゼルは付け加える。
頭痛が酷い。
つまりこの町で起きた事件は、ラゼルが過去に犯したミスから始まっている。
ラゼルのミスをラゼルが隠そうとし、双子に見つかる。そして双子が復讐に走り、ラゼルを探す。
その過程で俺たちがこの町に入り、ややこしくなった訳だ。
だが少し気になることがある。
「ラゼル。これが最後の質問だ。
あの双子の実の父親はお前か?」
「……………………時期と話を聞く限りは、恐らくそうなんだろう」
シェルも首を振り、嘘は言ってないと分かる。
話が終わった玲は、異空庫からある物を探す。
なるべく鋭くなく、なるべく尖ってなく、なるべく軽い物。
要は使う相手をなるべく痛め付けない物だ。
既に頭痛は無い。玲の頭は驚くほどに冴えていた。
見つけた物は小型の木槌。
玲はそれを大きく振り上げてラゼルの頭に突き落とした。




