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虚ろな忌み子の殺人衝動  作者: 猟犬
第3章 多重猟奇殺人
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34.霧の狂気

 その日の晩。2人は宿に戻っており、深夜の見回りの準備をしていた。


「街中で俺は変身出来ない。戦闘になった場合、主に前線で戦うのはお前だ」

「なに心配するな。私の実力は知っているだろう?何も問題はない!」


 玲の意図を汲み取ったつもりのシェルは、その薄い胸を大きく張り、自信満々に豪語する。その様子に玲は深い溜息をついた。


「違う。加減をしろと言ってるんだ。相手はレイプ犯、事を犯している最中を俺たちは狙わなければならない。魔族領土で俺の裸を見て狼狽えていた純情娘は感情的になるな。出会った当初みたいに魔法を連発されては騒ぎになる」


 玲の言い方にシェルはムスッと頬を膨らませるが、過去の醜態を持ち出されては何も言えず、大人しく引き下がり、「善処する」と不貞腐れた様子で言う。


「ほら、これをやるから機嫌を直せ」


 玲は小包をシェルに投げ渡す。


「これは?」

「金だ。俺が全て管理してたら、自由な買い物が出来ないだろ。今朝みたいに俺に合わせて朝食が遅れることもある。必要に応じて使え」


 シェルは自身の『異空庫』に大切に仕舞い、機嫌を直す。こう言ってはなんだが、流石にちょろ過ぎる。ここら辺は直さないと一人で生活出来ないんじゃないか?


 玲は一度、説明しようかと考えたが、時間が押しているため、諦めて装備を整える。

 2人は死の匂いが立ち込める夜の世界へと赴いた。





 □





 夜の町は霧が蔓延っていた。

 日が落ち、気温が急激に下がったため発生したのだろう。おそらく発生頻度も多いはずだ。


 霧のせいで視界が不安定のため、魔族特有の身体能力の高いシェルが前に、その後ろでハルバードを明かりがわりにした玲が背後を警戒していた。


 普段は観光地として有名なこの町も、噂のレイプ犯とそれを狙う殺人鬼によってピリついている。人々の寝静まったこの夜にも、それはとどまる事を知らずにジワジワと滲み出るのが肌で感じられた。

 張り詰めた空気。言葉で表すならばこんなところだろう。

 言うなれば玲は今興奮していた。

 あの時の盗賊たちと殺し合った高揚感、いつ襲われるかわからない緊張感、そして血肉を切り裂く幸福感。それらがまた味わえるのかと思えば何でもしよう、そんな気にまでさせてくれる。

 前回は不慮の事故により、お預けを食らった。

 今日まで耐えた。よく我慢した。だから……










 だから……










 今聞こえるこの音に向かって走り出してもいいはずだ。












 玲は既に走っていた。

 後ろから聞こえる声も無視して。

 頭の中では、ここで愚直に向かうのはバカのやることだと理解している。

 だから必死に自分に言い訳をしていた。これは仕方のないことだ、走り出しても問題はない、と。


 しかし、体の方は理性が言い訳をしている時間でさえ、「待て」をすることが出来なかった。

 自分の中で耐えた、我慢した、と考えている時には足に酸素が送られていた。

 脳が信号を出すよりも早く、耳で捉えた音はそのまま足に伝わり、酸素を回して筋肉を伸ばしては縮める。

 それの後を追う形で言い訳は終わり、脳は足に走れと命令を下した。

 理性の全てが遅い。玲の体は本能から人を殺すことを求めている。最早彼を止めることは、彼自身でさえ出来ない。


 聞こえる音は石畳の地面を激しく動き回る音と誰かの喋り声。

 霧の水分に包まれて正確な位置は分からない。最短で目的地に行くためにはどうすればいいか。

 玲は自身の手に持つハルバードを地面に擦りながら走る。




 お前らの存在に気が付いた者がいるぞ


 ここにいるぞ


 証拠を残さないために目撃者は排除しないとなぁ


 さあ、こい


 今すぐこい


 この引きずる音は「死」の音だ


 今から殺しに行くからな




 それらの意味合いを持った音は、観光地だったサーカイフの町を処刑場へと変貌させる。

 ハルバードを引きずる音は、人のいない町ではよく響く。

 しかし、誰もその様子に目を覚ますことはない。好都合だ。何処ぞのお人好し魔族が広範囲の睡眠魔法でも使ったのだろう。後でお礼とプレゼントをしないとな。


 ハルバードの音に気が付いたのか、激しい足音が消え、喋り声が強くなる。距離が近い。


 ここまで来ればハルバードを引きずる必要は無い。

 ハルバードを地面から離し、逆手に持つ。

 仮面の下では歪むことを辞めない口元。もうすぐだ。もうすぐでこの乾きが収まる。




 50m










 40m











 30m






 25m






 20m






 15m






 霧と暗がりのせいでよく見えなかったが、ここまで近づけば、標的を確認出来る。

 そこにいたのは双子のドロシーとリリ。そして見知らぬ半裸の男。

 相手も気が付いたようで此方の存在を知っている双子は身構える。


 普段ならば、軽快な挨拶をし、ジョークをかましながら探るのだが、今の彼にそれを求めるのは酷だろう。






 そして10m








 玲はそこにいる者に関わらず、逆手に持ったハルバードを構え、思いっきり投擲した。

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