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虚ろな忌み子の殺人衝動  作者: 猟犬
第3章 多重猟奇殺人
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33.邪神降臨の儀

 翌朝、玲の意識が覚醒したと同時に、玲は顔を歪めて笑い出した。

 1つは異臭がしないこと。恐らく材料が尽きたのだろう。懐かしくも感傷深い異物を食さなくても済むのだ。今日はこれだけでハッピーになる。

 そして2つ目。昨晩、使用した『禁忌の書』の結果を確認し、『邪神降臨の儀』を使用できるのを確認したからだ。

 プルトリファとの契約関係が終われば後は自分の記憶を取り戻すことに専念できる。

 玲は早速プルトリファに連絡を取る。


 〈おい、プルトリファ。聞こえるか?『邪神降臨の儀』を習得した。此方の準備が出来次第すぐに呼べるぞ〉


 声を掛けて1分、2分と時間が過ぎる。10分経ったあたりで立て込んでいると判断し、呼び掛けるのを止める。

 ひとまずプルトリファから連絡が来るまでは殺人鬼の捜索に専念することにする。とは言ってもこれまで痕跡を一切残していないのを考えると、夜に自ら出向いて現行犯を抑えるしかないのは明白だ。

 目的の『邪神降臨の儀』を習得したこともあり、これからは夜の時間も空く。今晩からは体を動かしての捜索になるだろう。


 自分の中で結論付けた玲は、ベッドから出て体を伸ばす。

 今日の昼間もやる事が無いため、『邪神降臨の儀』に必要な物を揃えることにする。そうと決まれば事は迅速にだ。


「シェル。血をよこせ」


 玲は部屋のもう1つのベッドで脚をパタつかせながら本を読むシェルに単刀直入に告げる。

 当の本人は、相方が目覚めと共にいきなり笑い出し、黙り込んだと思えば、急に血をよこせと言う始末。「はぁ?」と首を傾げて怪訝な目で此方を見てくる。


「いいからよこせ。代わりに俺の血をくれてやる」


 玲は自身の服を脱ぎ、その痛ましい体をあらわにする。

 その様子にシェルは何かを考えるが、ため息をつき、玲の提案を受け入れて首筋に齧り付く。

 喉をコクコクと鳴らし、血を飲むシェルを横目に玲は脱いだ服から短剣を取り出して己の左の二の腕を切りつける。


 その際に自分の正面にいたシェルを抱き抱える形となり、シェルが変な声を上げる。次に玲の自分を刺す行動を見て齧り付きながら「んん!んー!」と声を上げ、玲の背中を叩く。


 玲はそれを吸血の終了の合図と受け取り、両腕を退かす。


「な、何をしている!」


 血を飲み終えたシェルは、「プハァ」と音を立てながら、足りない酸素を補給するため、大きく息を吸ってそう叫んだ。


「禁術の事前準備だ。魔王の血と眷属の血。そして勇者の血が必要だからな。飲み終わったのなら腕を出せ。血を取る」


 禁術と聞いてシェルは納得した表情で腕を差し出じながら聞いてくる。


「所で何の禁術なんだ?」

「『邪神降臨の儀』」


 刹那、部屋に静寂が訪れる。もとより部屋には2人しかいないため、静かなのだが、今回ばかりは意味合いが違った。

 その青の双眸からヒシヒシと伝わるのは、怒りによく似た悲しみ。

 何故そんな目をするのか分からないが、そんなことを気にするほど出来た人間ではない。


 玲は差し出されたシェルの腕に短剣で傷を付けて血を取る。


『邪神降臨の儀』には魔法陣が必要になるため、手頃な布に陣を書きたい。玲は『異空庫』を探るも布が無い。仕方なく買いに行くことにする。


「シェル、俺は買い物に行く。ついでに朝食も取るつもりだが、お前も来るか?」

「勿論だ。そのためにお前が起きるのを待ってたんだからな」





 □





 外の露店で手頃なパンを買い、食いながら歩いているとまた双子を見つける。先日も同じ時間帯の同じ場所で見ているため、少し気になる。


 玲は自分たちがバレないように気配を紛れさせながら観察する。


 双子は食べ物関係の露店を1つずつ回り、丁寧にお辞儀をして何かを貰っているようだった。

 玲は先日の食に飢えている双子の様子から、食う物に困っているのかと当たりをつけるが、ならば何故母親を殺したかが、不明になるのでその考えを破棄する。少なくとも聡明な姉のドロシーがいる限り衝動的な殺人は犯さないだろう。

 何か理由があるはずだ。どのみち双子は殺すんだ。拠点の場所は知っておきたい。

 玲は食べかけのパンを水で流し込み、横で朝から串焼きを食べるシェルに話しかける。


「今から双子の後をつけるから早く食え」

「ほう、私という女がいながら別の女を追いかけるとは罪作りだな」


 あからさまな冗談だが、急ぎたい状況で笑えないジョークは最悪だ。


「俺はお前の男になった覚えは無いのだが?」

「なに、お嬢様の冗談だ。執事なら笑って誤魔化せ。それとも………本気にしたか?」


 シェルは意地悪が成功した子供のように無邪気な表情を見せる。

 その様子に玲は「執事にもなった覚えは無い」と呟き、二度とシェルをお嬢様呼びしないことを心で違うのだった。





 □





 おそらく食べ物が入っているであろう袋を抱え、小走りで目的地に向かう双子を追って玲とシェルは路地裏に入り込んだ。人の気配が急激に減り、ジメジメした空気に覆われる。

 海の町であるサーカイフは空気中に水分が多い。そのため、暗い場所や細い隙間には苔やカビが目立つ。

 音を立てないように気を配り、踏めるのならば苔を踏み、足音も出来る限り消す。


 たどり着いた先は町の隅にひっそりとあるゴミ溜め。スラムだった。


 美形の少女とそれに付き添う執事服の男は場に合わないようで、スラムの住人からは嘲笑いが聴こえたり、獲物を見るような目で見られる。

 シェルは下衆びた目で見られるのが不快だったのかマントで顔を隠した。


 玲は念のため『異空庫』からハルバードを出し周りを牽制する。

 しばらくして双子がスラムにあるボロボロの小屋に入るのを確認した後、近くの薄汚れた男に金貨を投げ渡す。


「あの双子はあそこでなにをしている」


 男は金貨に食い付き、話を聞くも首を傾げる。


「なにって、あの双子はあそこで生活しているんだよ。親を殺された際に元の家を売り払ってその金を全てギルドの依頼費に使ったらしい」

「そうか助かった」


 玲は更に銀貨を投げ渡し、その場を去る。


 双子は家を売ってまでギルドに殺人鬼の捕獲を依頼している。果たして殺人のカモフラージュだけに生活を捨ててまですることか?

 双子が母子家庭で育ったのは周りの話を聞いていて明らかだ。父親は死んだか離婚か。

 それとも────


 玲は頭によぎった考えを一瞥して切り捨てる。

 頭痛がする。

 ともかく双子が母親を殺してない線が浮上してきた。よく考えて動かないとまずいことになりそうだ。


 ワン!


 その声に玲の思考は止まる。

 スラムの出口、そこには薄汚れた子犬がいた。

 玲は尻尾を振りながら寄ってくるその子犬にしゃがみながら撫で回す。


「犬が好きなのか?」

「ああ、自分で言うのはなんだが笑顔になる」


 玲は『異空庫』から小さい干し肉を取り出して子犬に与えながら、背後にいたシェルの質問に答える。

 シェルも餌をやりたいのか玲の正面に回って、しゃがみ込もうとした時、シェルは顔を顰める。


「なあ、子犬見てて笑顔になるのは本当か?」


 その質問に玲は疑問を浮かべながらも「ああ」と答える。

 その答えにシェルはより一層顔を顰める。



 何故なら彼女が見た彼の顔は






 頬を裂けそうなほど引きつらせ、歯をむき出しにする猟奇的な狂人だったからだ。

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