23.月夜の会合
あれから玲は、レベル上げと城内にある本の読書で1日を潰す日々を過ごしていた。相変わらず朝食は酷いもので、一度は魔族の料理はこうなのか?と本気で思いもしたが、逃げ出す事に成功した時にまともな食事にありつけた事から、シェルの料理が特別アウトだと分かる。ふざけるな。
魔族の本には、様々な事が書いてあった。魔族の先祖は人族と魔物の交配種だったり、発情期があったり。人族の本では分からなかった事まで事細やかに書かれていて、情報面で大いに助かる。
ただし、獣人族に関する事が書かれている本は少なかった。孤立した種族なのだろう。
そんな生活を続けて1ヶ月程経った日、城に伝令が走る。魔族領土と人族領土を繋ぐ橋にて見張りをしていた者からだ。
とうとう人族が進軍してきたらしい。
城が緊張感に包まれる中、ロードが魔族をまとめ上げる。
「勇者たちがここまで来るのに、あと3日は掛かる。今日は最後の晩餐と洒落込もうじゃないか!
そして決戦の日、人族に我らの意地を刻み込むぞ!!」
魔族はその声に応えるように遠吠えを上げる。
俺はすぐに逃げれるように準備をする。
玲は人気の無い所に行き、城にある金目の物を漁る。ロープや布、消耗品も回収して『異空庫』に入れていく。
するとすぐ側に、シェルの執事であるクーリエが立っていた。
「何か用か?」
「一時期共に旅をした貴方に、少々頼み事をしに」
普段優雅にしている彼にしては、中々に重々しい様子だ。
「ちなみにこの頼みを聞いて下さるのなら、盗みを働く事を黙認しましょう」
「乗った。条件を言え」
即答だ。考える余地も無い。この城の物は、なんだかんだで価値がある。逃亡資金はいくらあっても足りないからな。
「では…貴方が逃げる際、お嬢様も連れて行って下さい」
予想外の言葉だ。こいつはシェルの意思を尊重すると思ったが、まさか助けろとは。
「シェルは戦うつもりだか?」
「それでもです。私の教え子として、お嬢様は世界を知らなさ過ぎます。お嬢様が無知のまま死んでしまっては、教育係でもあった私が報われません」
その考えについては納得も理解もしたく無いが、言い分については理解した。
「いいぞ。ついでに保存食のある場所も教えてくれ」
「ありがとうございます。保存食の場所は案内致します。我々の兵糧にもなるので、くれぐれも取り過ぎないように」
□
あの後、保存食をそれなりに回収した玲はシェルを探しながら、逃亡先について考えていた。
南の大陸の獣人族領土には逃げられない。立ち入った時点で敵対される可能性があるからだ。ドワーフ族の領土も無い。北の大陸の中でも北部にあるため、魔族領土から直接行く事は出来ない。
エルフ領土も正直な所、あまり行きたくない。理由としては、人族とエルフ族は決して良い関係とは言えないからだ。これは人族がエルフ族を奴隷にするため、積極的に襲うからである。
そのため、人族である俺と一見人族に見える魔族のシェルでは良い待遇は望めないだろう。城で漁った金品も換金する際に、不当な金額に査定される可能性だってある。
となると消去的に人族領土に行くことになる。俺は顔を隠す必要はあるが、生活をする点では、間違いなく最もいい場所だ。
そう結論を出し、引き続きシェルを探す。
するとピアノの音が聴こえてくる。またこの音だ。
城内にいるとたまに聴こえるこのピアノは、不思議と良く響く。
そしてシェルを見つける。
部屋の一室、窓から差し込む月明かりをバックにピアノを弾いている。その白髪は薄く濡れており、風呂上がりだという事が分かる。
音楽に知識の無く、普段から音楽を聴かない玲からしてもそのピアノは上手いもので、つい聴き入る。
玲は部屋の壁に寄りかかり曲が終わるのを待つ。
程なくして、シェルが指を止める。玲はパチパチと手を叩き、素直に感心する。
「上手いものだな」
そう声を掛けるとシェルの肩がビクッ!と動く。
玲が部屋に入って来たのにも気付かない程集中していたのだ。
そしてゆっくりとこちらを振り向く。その褐色の肌はほんのり赤く染まっており、小刻みに震えていた。
「み、見ていたのか」
とても恥ずかしそうだ。折角だから軽くいじる事にする。
「ああ、バッチリとな。音楽に関心の無い俺でも上手いと分かるほどだ」
「なぜ声を掛けなかった」
「邪魔するのも悪いしな。しかし本当に上手だったぞ。演奏会をしてもいいレベルだろう。きっと客が大勢入る」
玲はこれでもかと言うくらい褒め倒す。反してシェルは両手で顔を覆い俯いていた。
お遊びはここまでにしておいて耳まで真っ赤にしたシェルに要件を話す。
「勇者との戦いの時、俺はお前を誘拐する事にした」
一見、言葉足らずで誤解を受けそうな言い方だが、シェルは心を読み、的確に理解する。
「なるほどクーリエか……」
こちらも予想外の反応だ。シェルはプライドが高い。てっきり激怒すると思ったのだが…
「分かった、逃げる準備は何をすれば良い」
玲は内心驚きつつも平常心を保ちつつ答える。
「逃亡の準備は既に終わらした。シェルがやる事は当日敵に見つからない事だ。姿を見られると逃げるのに苦労する」
「玲。貴様は戦争に参加しないのか?」
「参加するに決まっているだろう。俺が言ったのは、俺が戦場をかき乱して逃げようとするまで見つかるなと言う事だ」
シェルはその青い目でジーと見つめてくる。
自分も参加したいと言いたいのだろうが、クーリエの好意を無駄にしたく無いと言ったところか。
伝える事も終わったので、玲は部屋を後にしようとする。
「あ、そうだシェル。明日、明後日は朝食は要らない」
戦争の前日と当日に気絶していては、たまったもんじゃない。
そう言うとシェルは
「は?何を言っている。継続しないと効果は無いぞ」
これはダメだ。俺は自分の血を美味くしたいわけではない。
玲は明日以降も、朝の追いかけっこが続くのかと思うと憂鬱になるのだった。




