「おい」
入学式が終わり、後はもう帰るだけなのだが、俺はまだ教室から出れないでいた。
「佐々木ー!お前、あんな可愛い妹居たのかよ!」
「今日一緒に帰るんだろ?なぁ、俺らも一緒に帰っていいよな?」
「てか、カラオケでも一緒にいかね?奢るからさぁー?」
と、いう感じに妹目当ての3人組に絡まれて、教室から出られないのだ。
「え、いや、あの、妹はあの、友達とか、あの、わかんないけど、えっと」
「いーじゃん!お前から頼んでよ!もし友達とか居てもさ!あの子クラスのお友達ならきっと可愛いよな!」
「おぉ、そーだな!絶対可愛い!」
「うは、最高じゃん!」
何を勝手に盛り上がってるのかと、内心呆れながらも、上手く断れない。
何故なら、普段絶対喋らない様な、クラスのカースト上位にいる男子3人なのだ。
ここで下手に断って目を付けられると、今年1年、下手したら卒業まで、どういう扱いを受けるか分からない。
俺と同じ年で、同じ日本人で、同じ制服を着ているはずだけど、どうしてこうも違うのか。
「なぁ、もういいじゃん!一緒に行ってお願いすりゃいいって!行こうぜ!」
「まぁ、そうだな。とりあえずいこっか。」
「だなー。」
と言いながら、俺と肩を組み、教室から出ようとする3人。
抵抗する訳にもいかず、されるがままにドアに向かうと、勝手にドアが開いた。
ドアを開けたのは、3人が会いたがっていた妹だった。
「お兄ちゃん、迎えに来たよ!」
事態が飲み込めず、固まったままでいると、俺に絡んでた3人が前に出る。
「おぉー!近くで見るとマジ可愛いね!ねぇねぇ、一緒に帰らない?」
「カラオケでもどう?奢りで!」
「いや、マジ可愛いわぁー!」
妹を取り囲んで、次々にお世辞を浴びせる3人。
俺は内心ヒヤヒヤしながら、何も起こらない事を祈っていた。
あんなに可愛くても中身は魔王だ。
機嫌を損ねるとどうなるか分からない。
まだニコニコしているが、段々表情に影が差してきている様な気がしてならない。
頼む、下手な事はしないでくれ!頼む!
だが祈り虚しく、3人のうちの一人が後ろに回り、妹の肩に手を伸ばそうとした。
触れるか触れないかという距離まで迫った瞬間、妹の表情が変わった。
「おい」
全然小さかったんだけど、いや、本当に小さい声だったんだけど。
素晴らしくドスの効いた声が、教室内に響いた。
妹に夢中だった3人はもちろん、教室に残ってお喋りしていた女子達や、遠巻きに見ていた男子達も静まり返った。
妹の表情は、さっきまで満点の笑顔だったが、今は無になっている。
俺は妹の正体を知っているので、この教室が血塗れになる光景を頭の中に思い描いていた。
(あーあ、明日からまた学校休みかな。はは………。)
そんな風に現実逃避していると、妹が動いた。
「じゃ、帰ろ?おにーちゃん!」
何事もなかったかの様に、満点の笑顔で俺の手を握り、引っ張る妹。されるがままに、教室から出される。
「あ、あの……」
まだ挽回出来ると思ったのか、何とか次回に繋げたいのか、さっきの声は幻聴だと思ったのか。
3人のうちの1人が、勇気を振り絞って声を掛けて、手を伸ばしてきた。
声のした方に俺が振り向くと、妹も振り向き、笑顔のまま何かを考えるそぶりを見せた。
「うーん、あれかな?分かんなかったかな?まぁいいけど。」
妹は再びこちらに振り返ると、表情を曇らせながら聞いてきた。
「お兄ちゃん、この人達ってお友達なの?」
「え?あ、うん、いや、あー。」
何て答えよう?友達では無いと思うけど、クラスメイトだし?
俺が友達って言ったら嫌がられないかな?
と、チャラスリー(勝手に命名)を見ると、3人とも懇願のポーズだった。
「う、うん。3人とも今日から友達みたい。」
「ふーん。じゃあいっか。またね!バイバーイ。」
そういうと、妹は3人に手を振り、俺を引っ張って行く。
3人は戦場で生き残った喜びを噛みしめる、戦士みたいな顔になっていた。
良かった何事も無くて………。
そのまま下駄箱まで来ると、妹はこちらに振り返り、腕を組んだ。
「お兄ちゃん?あーいうのは、ちょっと困るかな。お友達はもーちょっとだけ、選んで、ね?」
「え、あ、は、はい。」
結構顔が近くて、いや、色んな要素で胸が高鳴っている。
というか、本当は友達とは言えないかもしれない奴らだけど、もし正直に言っていたら。
「お兄ちゃんのお友達じゃなかったら、あんなの絶対許さないんだからね?」
「ぜ、絶対に許さない、ね。はは。」
魔王の絶許?その人どうなっちゃうの?
「もし、お兄ちゃんのお友達じゃなかったら……。まぁもう過ぎた事ね。早くかえりましょ!」
あそこで友達宣言が無ければ、チャラスリーはどうなっていたのか。
めちゃくちゃ気になったけど、聴けるわけもなく、聞いたら逆に後悔しそうだ。
2年の新しい下駄箱で靴を履き替えて、妹と一緒に家路についた。