十三歳の少女に特有の願望と憂鬱について
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私は三十七歳で、そのときは下りの常磐線のシートに身をもたせていた。
ラッシュどきから外れた昼過ぎに乗っているのは、私以外には向かい側の席の老夫婦ぐらいだった。
おそらく年齢的にどちらも仕事を定年退職しており(夫人は専業主婦だったかもしれないが)、服装から察するに裕福ではないだろう。
けれど若かったころの誇りや気丈さを自然な形で保っているような、そんな老夫婦だ。
肩身を寄せてひそひそ声で話し込んでいる。
内容は聞こえない。
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私はどうなのだろう。
膝の上に視線を落とし、そう思った。
娘二人は順調に成長してくれている。
父親がいなくても---あの人は次女の真希が生まれる直前にあちら側の世に行ってしまった---優しくて強い子に育ってくれている。
私はいまの生活に大方満足している。
けれど何かを、劇的な何かを求めてしまう。
ありきたりではない、世界をひっくり返すようなことがしたい。
年柄にもなくそんなふうに願っている。
綾乃と真希は、かなりかわいい。
親バカではなく、他人目線で見たとしてもうっとりするくらいかわいいと思う。
かわいくてかわいくて、自然体でいるだけできらきらと周囲の人を輝かせ、自分も楽しむことができる。
私のほうは身体と生活の隅々まで、バスルームの取れないカビ汚れのように、疲れが溜まりきっている貴重な日曜日を台無しにし、一日中寝ても取れることのない疲れ。
たぶん死ぬまで取れないし、むしろこれから疲れはずんずん重くなっていくだろう。
私はこんな夫婦にはなれない。
夫婦は話すのをやめ、奥さんは目をつむる旦那さんの手の上に、軽く自分の手を置いている。
私は・・・・・・・・・私はまだ親になれていない。
少女に戻りたい。
誰からも愛された。
世の中すべてがうまく回転しているように見えた。
そんな頃に戻りたくて仕方がない。
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駅名を告げるアナウンスに、我に返った。
(降りなくちゃ。
ああ、忘れ物は大丈夫。
自分のバッグに、買い物袋に、真希の水泳着の入った袋。
そう、これを買うためにわざわざ電車で遠出したんだった。
真希がプリントを出し忘れたせいで、実店舗まで買いに行かなくちゃいけなくなった。
でも真希を責めるわけにはいかない、だって私も三年生から水泳の授業が始まるって忘れてたから。
綾乃のときもうっかりしてた。
綾乃はしっかりさんだから大丈夫だったけど。
中学二年のお姉ちゃんは、もう水泳の授業がないんだよなぁ。
学校にプールがついてないから。
お姉ちゃん、羨ましがってた。
あ、そうだ、授業の前に一度水着を洗っておいたほうがいいな。
真希は気にしないと思うけど、綺麗なほうがいい・・・)
そしてバタバタと電車を降りた。
そのときにはもう、人生への大人らしからぬ欲求は頭から完全に消え去っていた。
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長女:綾乃
次女:真希
元ネタ:阿部和重「ピストルズ」と「まどかマギカ」
(注)すみませんが、誤字が多いです。