『剣と弓の世界に転生して公爵家三男坊になったんだけど、明日の朝日を拝める気がまったくしない』シリーズ
剣と弓の世界に転生して公爵家三男坊になったんだけど、メイドさんたちがこの世の終わりみたいな顔をしているので声を掛けてみた件
あ、これぎゃるげーでやったやつだ
※本作は、短編連作の五作目です。
ただし、時系列は一作目よりも前であり、同じ世界観・主人公ですが、本作単体で読んでも楽しんでいただけるのではないかと思います。
みんなは、転生という言葉を知っているだろうか?
ネット小説なんかでは当たり前のようによく出てくるし、どこぞの宗教だか哲学だかで出てくるってゲームで見た気がしないでもないような気もする。
それでも、大多数は本気にしていないだろうと思う。
俺もそうだった。
「それでは坊ちゃま、失礼いたします」
「うーい」
俺、アラン、この世界では現在五歳。コーシャクとかいう仕事をしてるらしい金持ちなお父様のところに生まれ、今もリアルメイドさんにお世話されている約束された勝ち組だ!
色々と特別な俺だが、一つ挙げるとすれば、前世の記憶を持ってるってことかな?
正直、今でも何が何やらさっぱりだけど、活字離れが叫ばれる時代に毎日ネット小説を読み漁って活字に触れまくっていた『いんてり』な俺に隙はなかった。
中世ヨーロッパ風な世界に現代日本の知識を持って生まれ落ちるこれは、異世界転生ですね! 知ってます!
いやー、にしても生まれながらよく分からないけど勝ち組にしてくれるあたり、転生した時に特に会わなかった神様もサービス良いよね。
どれくらい勝ち組かと言えば、世界観的にエアコンとかないだろうし夏は猛暑地獄かと覚悟していれば、避暑用の別宅とかいう斜め上の解決策で快適な夏を過ごせるくらいである。
そして俺は、今日も下界の暑さとは無縁なその別宅で、朝食を食べて早々に惰眠を貪るだけの素敵なお仕事が始まるのだ。
そのまま自室のベッドでまどろんでいると、ふと廊下の方から言い争うような声が聞こえて来た。
「ごめんなさい……うぅ、ごめんなさい……!」
「泣いてても何にもならないでしょう! 今動けるのは私たちだけなんだから、手と足と頭を使うのよ! 王太子殿下にただの水を出すわけにもいかないんだから!」
俺がわざわざ扉を開けて廊下の様子を見たのは、目が覚めてしまったとか、すごく切羽詰まってたからってのもある。
だが、何よりもその声が女の子たちのものだったからだ。おっさんとかだったら関わるのも面倒だからね、仕方ないね。
「ねえ、どうかしたの?」
そこに居たのは妙齢のメイドのお姉さんと、まだ幼さを残し涙を浮かべるメイドの少女。
「え、坊ちゃま……? あっ、そうかここ――騒がしくして申し訳ありませんでした! ほら、あんたも頭を下げるのよ!」
「も、ひっぐ、申し訳、ありません、うぅ……」
「いや、別に謝るようなことはないからいいよ。それより、何かあったのかなぁって」
「いえそんな、坊ちゃまのお手を煩わせるようなことではございませんので!」
あ、これギャルゲーでやったやつだ!
「何を言ってるんだ? 君たちは普段から良く働いてくれている。俺は感謝しているんだよ。だから、そんな一生懸命な君たちが困っているなら、その時こそ俺に助けさせてはくれないか?」
ネット小説やらギャルゲーにおいて、権力なんかで無理矢理に手籠めにするようなのは二流以下。基本的にそう言うやつは破滅してしまう。
手間を惜しまず時間をかけてでも向こうから好意を持たせることこそが、最善なのだよ。
そのためにも、イベントは積極的に拾っていかなくては!
「いえ、でも……」
「まあまあ、ほら言っちゃえって」
急いでいるような様子もあったし、問答はほとんどなく事情を聞くことが出来た。
「実は、現在王太子殿下を応接室でお待たせしてしまっていまして。ご当主様が遅くなるかもしれないとのことで、殿下にお待ちいただくかもしれないことは話が通っているそうなんですが、この子が殿下に出すためのお茶の準備を言いつけられていたんですが、それをすっかり忘れてしまったんです。それで、お湯を沸かすために火をつけるところからしなくてはならなくて……。随員の方々は身分の高い方がいらっしゃらないのでお水を出すことにしたんですが、殿下はそういう訳にもいきませんので。メイド長は仕事で外に出ていますし、他の子たちもそれぞれの仕事があって、私たち二人で何とかしないといけなくて……」
ふーん、よく分からんけど、とにかくお茶が必要なのな。
あっ、これは何とかなったんじゃね?
「君たち、そう言うことならば俺が何とかしてやろう。任せたまえ!」
そんな訳で戸惑うお姉さんとまだ泣いている少女に、とにかくなすべきことをなしなさいと適当言って送り出し、自室へ戻る。
「おお、あったあった」
そこには、手を付けられていないお茶が一人分。
寝る前に飲もうと持ってきてもらったけど、面倒になって口を付けずに眠ってしまったのだ。
「ちわーっす、お茶をお持ちしてございまするー」
そんなこんなで応接室に突撃である。まあ、少しばかり敬語が怪しい気がするが、大体合ってるはずなのでセーフだろ。
そして、微妙な顔しながら出て来たメイドさんに「ぼ、坊ちゃま!?」とか驚かれながら室内に入ると、そこには鍛え上げられた肉体を持った滅び去って欲しいレベルのイケメン青年が。
ほう、これが『デンカ』さんとやらか。汗をぬぐってるしぐさも随分と絵になっていて、割と冗談抜きに『手ガスベッター(棒)』をやってしまいたい気分である。
「おや、もしかしてご当主殿のところの子かな? 確か、三男が五歳で、これくらいの年頃だったと思うが」
「はい、アランです」
「はは、かわいらしいご子息自らお茶を出してもらえるとは、光栄なことだ」
よせやい、野郎にかわいらしいとか言われても気持ち悪いだけだし。
ただまあ、悪いやつではなさそうだし、自分の両手に、すべらないように言い聞かせるくらいはしても良いか。うむ。
そうして出したお茶なんだが、一口飲んでデンカさんが首を傾げる。
ん? メイドさんが入れてくれたお茶だし、問題はないはずだぞ。冷めてるけど。
おかしい、俺の完璧な計画なら、これで無事に解決して、後はさっきのメイドさんたちに報告してチヤホヤしてもらうだけの簡単なお仕事のはずなんだけど。
そう思って見ていると、デンカさんは残ったお茶を一気にに飲み干し、「お代わりをもらえるか?」と良い笑顔で言ってきた。
「って訳なんだけど」
「お代わり!? そもそも、そのお茶はどこから――いやそんなことより、今やっと火をつけてお湯を沸かし始めたところでして。あまり待たせるのもなぁ……」
台所まで伝えに行けば、さっきまで泣いていた方のメイドちゃんが火の様子を見ているところに行けば、なるほど確かに、まだ沸騰するには時間がかかりそうだ。
「でも、別にこれで淹れちまえばいいんじゃね?」
「……は?」
「そこそこあったまってるし、葉っぱに水ぶっかけりゃ大体一緒だからへーきへーき。葉っぱとか道具どこ?」
「え、ちょっと坊ちゃま!?」
待たせたくないって言うから名案を出したのに、なぜか慌てるメイドさんたち。
お茶とか、何か水に色と臭いがつけば大体何とかなるし、大丈夫だろうに。
で、適当に台所漁ってお茶を入れる。ティーバッグとかはないけど、前世の知識による見よう見まねでとりあえず入れてみた。
色んなアニメでお茶の入れ方を散々学んだ俺に死角はない!
「あ、あの坊ちゃま。本当にまた持っていって下さるんですか?」
「だって、君たち二人は嫌なんだろう? だったら、俺が代わりにやってやるよ。これも当然の気遣いさ」
「ああ、全部の責任を自分でかぶって下さるおつもりなんですね……! ありがとうございます!」
「ありが、とう、うぅ、ござびばず……」
なぜか大泣きの女の子二人に見送られ、再び応接室へ。
今から死地にでも行くのかよ、なんて自分で思って自分でねぇよと突っ込んだししながら再びデンカさんの前にお茶を出す。
「どうぞ」
「いただこう」
また一口飲んで手を止めたのだが、今度はなぜか満面の笑み。
なんだこいつと思っていれば、今度は少しゆっくり飲み干して一言。
「お代わりを」
「って訳で、よろしく」
「はい! 今度は、お湯もしっかり沸いていますよ!」
台所に行けば、今度は手慣れた様子でお茶を入れていくメイドさんたち。
その手際に見惚れていると彼女たちが淹れたお茶を持っていこうとするので、紳士的にその動きを制する。
「坊ちゃま?」
「何、ここまで手伝ったんだ。また俺が運ぶよ。君たちは、ここで休んでると良い」
必殺、女の子と出かけるときには、さり気なく女の子のカバンを持ってやれの術!
自分で持てないような荷物を持ってくるなバカが、なんて本音は置いといて、前世でも一時期よく見た光景を参考に、この場に合わせて応用した一撃!
「ここまでしていただけるなんて……!」
「ほんとうに、何て感謝したら良いのか……!」
メイドたちは泣くほどに感激している!
完璧だ……!
またこれで、将来のハーレムに一歩近づいてしまったのだ、俺は!
ああ、自分の才能が恐ろしい……。
「どうぞ」
「ああ」
で、またもや応接室。
デンカさん、まーた一口だけ飲んで笑ってやがる。
今度はゆっくり飲み干して口を開く。またお代わりかと思えば、思わぬ言葉が飛び出した。
「アランよ」
「あ、はい」
「お前、私に仕えないか?」
「え? やだよ。子供働かすとか、正気か?」
おっと、素が出てしまった。
にしても、ふざけるんじゃねぇよ。
こちとら、親の金で一生遊び暮らすんだ。何が悲しくて五歳から働かなくちゃならんのか。
「そうかそうか、子供だからな。なるほどな」
そんなことを言いながら笑ってるデンカさん。
この人、大丈夫か? ほら、この部屋に控えてるメイドさんも、すごい目でこっち見てるぞ。
以下、『世界史の偉人たちのちょっといい話 百選』(フーニィ出版、第二版、大陸歴二千六年)より抜粋
続いても『獅子王』に関係するエピソードである。
当時王太子だった彼は、ある日、アルベマール公爵の屋敷へと出向いた。
夏であり、避暑地でのこととは言え汗をかいていた彼のところへと給仕に出てきたのは、公爵の三男で、当時五歳であった後のアラン・オブ・ウェセックス。『獅子王の爪牙』と呼ばれることになる人物であった。
そのアランの出すお茶を飲むが、なぜかぬるく、一気に飲み干してしまう。
おかしいと思いながらも、まだのどの渇いていたことからもう一杯所望した。
続いて出てきたお茶は先ほどよりも温かく、一杯目よりもゆっくりと飲み干し、さらにもう一杯所望した。
そして三杯目は、二杯目よりもずっと熱く濃いもので、その味と風味を楽しみながらゆっくりと飲み干した。
ここに至り、わずか五歳の少年であるアランが、のどの渇き具合に合わせて最初にめるい茶を出し、渇きも治まったであろう三杯目に味と香りを楽しませるための熱い茶を入れた気遣いに気付いた。
そこで、このような優秀な人物を逃してはならないと、自らのところへ出仕せよと求めた。
しかし、アランは、自らの未熟を理由に即座に固辞してしまう。
王太子である自分に仕えることは次世代の出世が約束されたようなもので、まさか断られると思っていなかった。しかも、理由まで述べる辺り、自らの行動の意味を理解している。
この幼き賢者はきっと、どのような手段をもってしても自らの未熟を感じる限りは出仕することはなかろうと、それ以上勧誘することはなかった。
結局、獅子王に爪と牙が揃うのは、十年後。王への即位を済ませた獅子王の元へ、初陣のガリエテ平原で圧倒的に優勢だったはずの味方が潰走する中、敵陣中央を突破しての退却戦を成功させるという前代未聞の戦果を携えてアランが帰国し、自らの手で十分な力量があることを示してからのこととなる。
この歓待のエピソードは後世の創作という説もあるが、少なくとも、ガリエテ平原の戦い直後の時期の複数の記録に残されていることが確認されている。
ガリエテ平原で主な将を失い、その穴埋めのため若すぎるアランを抜擢するための箔付けとしての創作との意見も強いが、歴史に残る大天才であれば、五歳にしてこれくらいはやってのけそうでもある。
なお、王太子を待たせることまで予定に組み込めるこの世界の父親の凄さをアラン君が知る日は、長編版はともかく、短編連作版の世界線では永遠に来ない模様。