表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/47

3-1 悪い虫がついたら困る



 Q、日光が苦手?

 ――まぁ、そうですね。ご多聞に漏れず。


 Q、流水が苦手?

 ――はい、川を泳いだり、直に渡るのは無理ですね。橋があれば何とか。


 Q、十字架とにんにくは苦手?

 ――いえ、別に。にんにくは好き嫌いの個人差があるのでは。


 Q、銀の杭を心臓に突き立てられると死ぬ?

 ――銀は関係なしに、さすがに心臓に杭は無理ですね。


 Q、鏡に映らない?

 ――僕は映りますよ。身嗜みには気を付けています。


 Q、招かれないと家に入れない?

 ――はい。他人の領域に勝手に入るのは紳士的ではありませんし……何です、その目は。


 Q、家の前に豆を蒔いておくと、家に入れなくなる?

 ――ああ、豆を食べたり、数えたりしている間に朝が来るとかいう? そういう方もいるんですかね。



「――って何、ひとの苦手なもの探ろうとしてるんです。何ですか、その本」

 嫌そうに顔をしかめた千歳(ちとせ)に、宵待(よいまち)は『ヴァンパイア(ばんぱいあ)とは!? ~これでバッチリ(ばっちり)! (いま)すぐ撃退(げきたい)だ!』なる本を高く掲げる。カタカナにまでひらがなルビが振られているあたり、対象年齢の低さがうかがえる。

 寝る準備は済ませて、リビングで寛いでいる時間。読書中だった宵待が、相変わらず黒い三つ揃え姿の千歳相手に一問一答を始めていた。全てがあからさまに弱点を探る内容だ。


 宵待は眉毛をきりっと上げて誇らしげに笑む。

「これでバッチリなんだぜ」

「その喋り方なんですか。かわいい」

 千歳の発言にいちいち反応するものだから面白がられているというのに、やっぱり宵待は眉をひそめて虫を見るような目をした。

 それから一転、気を取り直して花のほころぶような笑みを浮かべる。

「やっぱり、お互いを知るところから始めないとって思って」


「その発言はたいへん嬉しく、微笑ましい男女交際の始まりのように聞こえるんですけど、完全に首取りに来てません?」

「首級ゲットだぜ」と、ピースサイン。

「もう取った気でいるじゃないですか。そういうことなら、僕は手を抜きませんよ」

「ん?」


 ふふっと小さく笑った千歳を見て、不穏な空気を察知した宵待は後退って――千歳にぶつかった。今しがた目を離さないように見据えていたというのに、相変わらず神出鬼没並みの行動の速さだ。後ろから胸の下に腕を回されて、ぎゅっと抱きしめられる。

「はい、捕まえました」

「わー! 卑怯だ!」


「そんな攻略本を持ってくる方が卑怯だと思うんですけど。――ほら、明日からまた学校でしょう。そろそろ寝なさい」

「……はぁい」

 返事はしたものの不服そうにする宵待を、千歳が上からひょいと覗き込む。宵待は唇を尖らせて仏頂面をしていた。

「どうしました?」


「明日、席替えある。やだ」

「はぁ、入学して一ヵ月、そういう時期なんですね。まぁ新しいお友達ができるかもしれないし……」

 宥めるための発言だったけれど、それは宵待の起爆剤となった。身を反転させて、千歳から離れる。


「と、友達とか必要ないし!」

「あれ」

 薄々勘付きつつも触れないようにしてきたけれど、宵待には友人というものがいないらしい。千歳は、変わり者の老人としか接してこなかったからだろうか、と思う。そして、それは正解だった。良くも悪くも、宵待には祖父の千信が唯一の家族で、話し相手だったのだから。


 蜘蛛の魔物の術中にはまって友人と思わされていた時も、宵待は目を覚まして思ったものだ――わたしに友達なんていない、と。あまりにも悲しいから心の底にしまっておいたけれど。

「大丈夫ですよ。きっと良い日になります」

「ほんとぉ?」

「信じてなさそうですね。十秒以内にベッドに行く良い子には素敵な一日が訪れますよ。はい、いーち」


「ま、待った! もう始まるの!?」

 慌てて本を片付けて駆け出してしまうあたり、幼さが抜けていない。

もともと宵待の部屋は階段を上ってすぐのところだったけれど、今は一番奥にある祖父の部屋を寝室にしているために少し遠い。どたばたと足音を立てるのも憚られてそれほど本気で走ることもできず、千歳が「九」と「十」をかなり長めに伸ばして数える手助けが必要になった。

 ベッドに飛び乗った時に、宵待甘やかし十秒のカウントが終わる。


「間に合った! 良い日!」

「じゃあ、明日も元気に学校に行きましょう」

 千歳が言いながら宵待の隣に座って、髪を三つ編みに結い直してやる。いいですよ、と千歳がぽんと肩を叩くと、宵待は布団に潜り込む。掛け布団を鼻の上までひっぱり上げて、微笑む千歳を見上げた。


 幼い頃、宵待はとても寝つきが悪かった。そんな宵待に祖父の千信(ちあき)は根気よく様々な物語を聞かせてくれた。その中でも宵待が特に好んだのが、月夜を旅する幼い魔女の話だった。

 だから、千信は就寝の挨拶の言葉として、彼女に言うようになった。

「月夜を渡る素敵な子、今夜も良い夢を」

 今もそれは続き、千信に代わって千歳が言ってくれる。布団で隠した口元は、両端が上がっていた。


(そういえば、招かれないと家に入れないって……千歳はやっぱりここにいたことがあるんだよね。おじいちゃんと、どれくらい一緒にいたのかな)

 千信の部屋で千歳が泣いていたのを見てから、疑いの気持ちは無くなっている。

 友達だと言った二人の仲を暴くつもりはない。千歳が見せてくれる部分だけで充分だった。


 千歳が身を屈めて、宵待に腕を伸ばす。頭を撫でてくれるのかと期待して――すぐに裏切られた。千歳の手は、掛け布団のふちを掴んでいた宵待の手に絡まり、そのままベッドに縫い止めてしまう。

「……急に、なに」

 安心しきって、忘れていた。千歳は油断できない相手だった。


 千歳の返答はなく、顔が近づく。ぎゅっと目を閉じた宵待は、額と目元に冷たい唇が触れたのを感じて、ゆっくりと目を開けた。間近の千歳が、目を細めて微笑む。

「魔除けのおまじないです。悪い虫がついたら困るので」

「あなたより悪いものはつかないと思う……」

「比較ではなく、ついた時点で許したくありませんね」


「――!」

 結局、唇が重なる。犬か猫に舐められたようなもの――と思えるはずもなく。足をばたばたとさせて解放を促すと、千歳が笑って離れた。

「もう! 出てけ出てけ!」

「おやすみなさい」

 言葉にならない叫びをあげる宵待を残して、千歳は部屋を去る。それはそれは優美な笑みを浮かべて。


 どこにも発散できなくなった憤りをベッドに叩きつけてみたものの、ぼすんと勢いが吸収されて、気持ちは未消化に終わった。じわじわと顔が熱くなり、うつ伏せになって枕に顔を埋め、枕を叩きながら足をばたばたとさせる。

「夜が来なければいいのに」

 魔法が使えたらいいのにな、くらいの夢見る言葉にしかならない。今のところ、そんな未来は望めない。


 人畜無害と思わせる柔和な顔をした吸血鬼は、今夜も宵待に害を為す。嫌ってしまえないのは、彼が千信を想って涙した姿が忘れられないから。千信が怒ったり泣いたりするところをあまり見たことがなかったため、余計に千歳の涙は目に焼き付いていた。

(泣くのは、ずるい……)


 眠りに誘われながら、透明な光が流れ落ちる様を思い出す。あの時は拭ってあげたい一心で、彼を抱きしめた。今思い返しても、自分の行動とはとても思えない。

 千信もとんだ人物に後事を任せてくれたものだ。

 けれど。


(おじいちゃんは……たぶん、千歳のことも……)

 一人にさせたくなかったのではないか。そんな気がしていた。

 思い耽りながら、うとうとと心地よい夜に沈み込む。

 何だかんだ、宵待の頭の中から、明日の憂鬱は消えていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ