その鐘の音は幸せを呼ぶ
『ゴーン……ゴーン……』
小さな港町に、鐘の音が響き渡る。
その鐘のある高台から、見る景色はとても綺麗で、俺は今日もそこに行く。
高台に行くまでの間に、立ち入り禁止の看板が立っている。
しかし俺はいつもの裏道から高台に入る。
ここに人は誰一人こない、俺だけの憩いの場所。
嫌なことがあった時もここに来る。
俺が高台に着くと、そこに一人の少女がいた。
普段、人はいないし、立ち入り禁止の看板があるので、人が入ってくることは無い。
俺は声をかけてみた。
「すいません…ここ立ち入り禁止なんですけど」
少女は、俺の声に驚いて振り向いた。
俺はその時、少女が泣いているのがわかった。
少女は、すぐに顔を拭いて言った。
「すいません…どうしてもここからの景色を観てみたくて」
「あっ…そうなんだ」
「あなたは?どうしてここに?」
「…ここは俺の憩いの場所なんだよ」
「…そうなんだ……確かに、ここからの景色は、観てて安心するもんね」
そう言って。少女は遠くの方に目をやった。
沈む夕日に照らされた少女は、とても綺麗だった。
「君…名前は…」
「えっ?…名前…由紀…佐々木由紀だけど」
「俺は…鈴木拓斗だ…ここが知られたのは仕方ないが、これからよろしくな由紀」
「えっ!…でも私、もうここには来ないと思うから」
由紀は少し深刻な顔をして言った。
「もう来ないって、どうして?」
「私、今度この町を出るの、だから最後にここからの景色が見てみたかった。
この町が好きだから」
「じゃーこの町にいればいいだろう」
由紀は顔を横に振った。
「それは無理だよ。私まだ子供だから一人で生きていけないもん」
「そんなの俺が養ってやるよ」
「えっ……」
俺は顔が真っ赤になった。しかし由紀は少ししてくすくすと笑いだした。
「面白い事言うね。えー拓斗は、まだ私と歳変わらないでしょ」
「うるせー!いつかだいつか、俺が大きくなったらだ」
まるで、昔から仲良しだったかのような、会話だった。
あたりが暗くなってきた。俺は由紀を送って帰った。
「ここでいいよ…今日は、ありがとう…楽しかった」
由紀が帰ろうとしたとき俺はとっさに止めていた。
「由紀!」
「何…」
「あのよ…いつこの町を出るんだ」
「うーん…多分1週間後かな」
(1週間後か…短いな。どうしたらいいだろうか)
「どうかした拓斗」
「いや何にも…なぁ由紀…もし大丈夫なら、1週間あの鐘の高台で会わないか」
「えっ…別にいいよ…暇してるし」
「じゃー2時頃に高台で」
「わかった…2時ね」
約束をして俺は由紀とわかれた。帰り道、顔が真っ赤になっていた。
俺はそれからいつも、昼の2時に由紀と高台で会い、
いろんな話をした。
由紀は時より、悲しそうな顔をするが、俺にはどうすることもできなかった。
話してみて由紀と俺が、お互い12歳とだとわかり、さらに話は盛り上がった。
そして由紀の町を出る日が翌日に迫った。俺はいつもみたいに高台に行った。
しかし2時になっても由紀は来なかった。その日由紀が来ることは無かった。
次の日俺は港にいた。由紀を探したが見つからなかった。
いよいよ船が出港するときに、俺は船に乗ってる由紀を見つけた。
「由紀!」
由紀はこちらに気付き顔を隠した。何も言わない由紀に俺は叫んだ。
「由紀!…お互いに立派な大人になって…またこの町で会おう!俺…
由紀が好きだから!この町で待ってるから」
由紀は隠してた顔を上げた。俺は由紀が泣いているのがわかった。
由紀は俺に言った。
「必ず帰ってくる!私も拓斗のことが好きだから」
俺は笑顔で由紀に手を振った。
船は港をあとにした。
それから10年がたった。俺は父のお店を手伝いながら、一人前の板前になるため修業に励んでいた。
由紀はいまだにこの町に帰ってきてはいない。俺は若干諦めていた。
「それはそうだよな…10年も前の子供の約束なんて」
「おい!拓斗!何言ってるんだ!店の開店準備早くしてこい」
「あっぁぁー!…わかった」
俺は店の外に出た。
「たく…親父は扱いが雑なんだからよ」
俺は店の開店の準備をしていた。
その時後ろから声をかけられた。
「板前さん…今日のおすすめは何ですか」
「えっ?今日ですか…今日はいい真鯛が入ってますよ」
俺は振り返った。そこには由紀が立っていた。
背はかなり伸びたが、10年前と顔付きは変わってない。
「由紀!」
「ただいま…拓斗帰ってきたよ」
『ゴーン……ゴーン……』
鐘の音は、二人の再会を祝うかのように港町に鳴り響いた。