第1章 その4 世界の三つの『層』
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この世界は、三つの層を持っている。
一つは、地上世界。
人間が住み、動物や植物が生きる世界だ。
二つ目は、『明空』(めいくう)。
地上に近い空をめぐる、月や星、精霊の世界である。
ここまでは人間の手が届く世界、人間と関わりのある世界である。明空に在る精霊の声を聞く者もいる。
三つ目は、『深空』(しんくう)。
これは明空より遙かに遠い世界であり、人間の理解の範疇を越えていると言われる。
ソフィア精霊会の教義では、明空までを人間と精霊の世界であると定義づけている。人々は、深空についてはよく知らないのである。
歴史が始まる以前のこと。
この世界には巨人たちや巨大な獣たちが棲んで、殺し合い、争いを繰り返していた。
そのため深空の神々の怒りを受け、『神の黒い雷』が落ちて大地は二つに割れ、西と東の大陸に分かたれて、地震が起こり、山が火を噴いた。噴炎と灰が空を覆い、闇に包まれるなかで巨人や巨大な獣たちは等しく滅びた。
以来、西と東の大陸の間には深い海が横たわっている。
やがて長い闇の後に現れた太陽は眩しく輝き、大地を涸らした。
巨人のあとに現れたのは太陽の申し子ソーリス・ルクス。
赤い肌と赤い髪、頑強な身体を持つ、原初の人々。彼らは交互に訪れる灼熱の昼と氷の闇夜に脅やかされていた。
そこに、深空の彼方より、銀色の月が訪れた。
レイオンは明空にとどまり、そこから、金髪と白い肌を持つレイオンの民が地に降り立った。『証』を持ち、精霊の力を借りるための『言』を抱く人々。
彼らが最初に降り立った地からは、いかなる日照りにも涸れることなき泉が湧き出て、荒れ果てた大地をしだいに潤していったという。
そして、歴史は始まる。
レイオンの民は、自然界に存在する大いなる精霊への信仰を広め、聖なる泉を祀り、精霊への祈りの場である精霊宮を築いた。
すると、原初の人々ソーリス・ルクスも周辺に集まってきて、彼らは互いに協力し合って街を作り上げていった。
レイオニアと名付けられたこの街の中央には広場が設けられ、その後方に精霊宮が築かれた。
精霊宮の深奥には聖なる泉が祀られ、『精霊の産母』を筆頭祭司とし、その下の位の祭司『水の三姉妹』たちが、厳重に泉を護っている。
レイオニアを治める律皇の住まいも、精霊宮の『内庭』と呼ばれる部分にあり、ここには皇族とそれに仕える者と、高位の祭司の他には、立ち入ることはできない。
ソフィア精霊会の宗主は律皇の兄か弟が勤めることになっている。
精霊宮の周囲には、礼拝堂や皇族の住居、律皇院、図書館などの由緒のある建物が並んでおり、『外庭』と呼ばれている。
広義では『内庭』と『外庭』を合わせて聖地とする。
聖地の外側には、一般の都人の住居や、商店、職人たちの工房などが集まり、更に外には農地が広がっていた。
時代が下り、レイオニアが都市として形成されていくと、やがて、街の外に新たな土地を求める人々があらわれ、荒れ地を開墾し、次々と街を開いていった。
これが現在、広い大地に転々と都市が存在する、西大陸の姿の原型となったのである。