小さな入江のラブレター
“ここ"に
忘れ去られた物語があります
今“ここ"に
ようやく人の目に留まった
一つの物語があります
偶然出会えたその物語を
私はそっと
“ポケット"に入れました
彼の 彼女の
唯一の物語を
手元に引き留め
閉じ込めたいと
初めて
そう 思いました
どんな方なのか
今も“ここ"にいらっしゃる方なのか
この物語を
なにを思って生み出し
なにを思って
“ここ"に投じたのか
全ては
波にのまれた砂の後
夢の断片
消えてしまったシャボン玉
その心を
理解したとは言えません
むしろ
一番遠いところに
いるのかもしれない
それでも
二度とない『またね』を
言えなかった
いつか
忘れてしまうことに
耐えられなかった
広く開けた大洋の
一つの小さな入江の
波打ち際に立ち
波間に向かって
瓶を送り出す
宛先不明で匿名の
人の目に触れるかも分からぬ
一言だけのラブレターを
私は
今日もどこへも行かずに
小さな入江にたたずんでいます
キラリと光る波間に
目を凝らし
寄せては返す
波の 言葉の
一滴に出会うために