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バレンタインに戦争を(3)

今日は、2月にしては温暖で。

あたたかな太陽の光がぽかぽかと地上を照らす。

昼下がりの公園は、穏やかで。

人気の少ない大きめのこの公園には、ただ鳥の鳴き声と…



「うふふ、あのねぇ…こないだ、ね?

ラブリー☆ホワイトパークに行ってきて、ケーキ作りを教えてもらってきたんだよぉ」



芝生の上に座り込む、少女の声がかすかに響くだけ。

彼女の隣には、長身の青年が座り込んでいる…

遠くからその並ぶ後姿を見た者は、きっと「ケッ、昼間からいちゃつきやがって!」と舌打ちをするだろう光景…

そばに近寄りたくないし、それがはばかられるような。

だから、誰も気づかない…

「…。」

その青年が、ロープでぐるぐる巻きにされ、身動きが取れない状態だということに。

案の定また負け、その上虜囚の身となった。

屈辱である。真に屈辱的である。

ボコられ、縛られ、そして芝生の上までひきずられ。

屈辱である。最早泣きそうである。

囚われのラグナ、不快げな顔をして押し黙っている…

と、エルレーンは小さなケーキ箱を取り出す。

ぱかり、と開けると…そこには、かわいらしいチョコレートケーキがお皿に乗って待っていた。

「うふ、どうせラグナは誰にももらえないだろうから、って思って…

かぁいそうだから、ケーキ作ってあげたの」

お皿ごと取り出し、にこにこと微笑みながら、一緒に入れていたフォークでひとかけら分すくう。

「はい、あーんして★」

「…ッ!」

笑顔で差し出すエルレーン。

けれども、そんなモノをホイホイ喰えるわけがない…

親切を装っていても、言っていることはどう考えても暴言の類。

しかも、相手は自分の仇敵だ!

「だっ…誰が敵の施しなぞ受けるかッ!」

「…私のケーキ、食べられないっての?」

声を荒げるラグナに、少女の微笑が、ぴくり、とひきつる。

にわかにその返事に冷たさが加わったことを知ってか知らずか…

「いるか、そんなものッ!」

「…。」

非モテ騎士は、なおも怒鳴りつける。

例えこの身が自由にならなくとも、この女の嫌がらせにやすやすと屈してたまるか、と…

少しの、間。

エルレーンが、ふうっ、と、息をつき。

とん、と、ケーキが乗った紙皿を芝生の上に置くと…



「えいっ。」

「ッ?!」



左手で思いきり、青年の鼻をつまみ上げた。

「…~~~ッッ?!」

突然のことに面食らうラグナ。

だが口はエルレーンのケーキ攻撃から身を守るため閉じている状態、この状態で鼻をふさがれたということは…

次第に困惑が息苦しさに変わり、身悶えする。

顔を振って抵抗するが、しかしながらエルレーンは彼を逃さないまま、

そしてとうとう限界を超え…

「ぷはっ?!はあ、はあっ…」

「えいっ。」

「ぐッ?!」

酸素を求めて口を開いた途端、右手のフォークが突っ込まれた。

ケーキの欠片を放り込むなりフォークを引き抜き、そしてすぐさまに、

「ッ!…ううッ!う゛ーッ!」

丁寧なことに、今度は口を押さえられる。

吐き出すこともできず、ただじたばたと身をよじらせるのが精いっぱい…

抗議の言葉もねじ込まれ、どうしようもなしに…目を白黒させてそれを飲み込んだ。

それをしっかり確認したうえで、エルレーンは彼を解放する。

「はあ、はあ…ッ」

「…どう?おいしい?おいしい?」

「…」

ようやく楽になった涙目のラグナは、もはや肩で息をしているありさま。

そんな彼を期待感たっぷりのきらきら輝く瞳で見つめ、エルレーンは感想を急く。

けれども、ラグナはふいっ、と顔をそらし、それを無視。

「…もう!ラグナのいじわる!」

むうっ、とむくれるエルレーン。

この素直じゃない兄弟子のために、こころを砕いてやっているというのに…!

「はい!ちゃんと食べてよぅ、昨日がんばって作ったんだからぁ」

「…。」

またひと欠片、フォークに刺したケーキを差し出してくる。

さすがに強引に食べさせられるのはもう嫌なのか、それともあきらめきってしまったのか…

ラグナは無言のまま、目をそらしたまま、口を開けた。

にこっ、とエルレーンは微笑。

何も言わないまま、もぐもぐとケーキを咀嚼する青年…



口の中で感じるそれは、とても甘い。

チョコレートの生地の中に、さらにチョコチップでも入っているようだ。

心地よく砕けていくのは、アーモンドだろう。

かなりチョコレートを多めに入れてあるのか、濃い甘みを感じる。

…かなりの甘党である、自分の好みに合うような。





ああ。

だから、私はこの女が嫌いなんだ。





内心で毒づいた。

それぐらいしか、できなかった。




「はい!これで終わり…ねえ、おいしかった?おいしかった?」

「…。」

ラストひと欠片を、青年の口の中に放り込み。

エルレーンは、何度も何度もケーキの味を聞いてくる。

けれども最後の意地なのか、問われても無言を貫くラグナ。

「…もう!」

むうっ、とむくれるエルレーン、その表情は年相応のものよりずっと幼く見える。

「そんなんだからカノジョもできないんだからね!」

「…うるさい」

ちくりと刺す現実的な指摘に、弱々しく吐き捨てるのがせいぜい。

相も変わらず意固地で変わらない、自分の兄弟子に肩をすくめながら…

それでも、エルレーンは微笑して。

「…来年は、私以外の人からもらえるといいねぇ?」

「や、っ、やめろ、馬鹿!」

まるで子どもにするように、ラグナの頭を優しくなぜるものだから。

さすがのラグナも、頬を赤く染める。

今日は、2月にしては温暖で。

あたたかな太陽の光がぽかぽかと地上を照らす。

昼下がりの公園は、穏やかで。

人気の少ない大きめのこの公園には、ただ鳥の鳴き声と…





「…うふふ」





くすくすと笑う、少女の声がかすかに響くだけ。





はらり、と身を縛り上げていた拘束が解かれても、非モテ騎士は動かないし少女と目を合わせようとしない。

打ちのめされた敗者は、いつだってそうする。

そんな情けない兄弟子の後姿を呆れたように見て、エルレーンは苦笑する。

「それじゃあね!まったねー!」

「…。」

ぱたぱた、と足音が鳴り、どんどん小さくなっていく。

去りゆく宿敵を、それでもラグナは追おうともせず。

ただ、苦々しい表情で、ちらり、とだけ視線をやり…





「…だから、あいつは嫌いなんだ」





捨て台詞にもなっていないような言葉を、ぽつっ、とこぼすだけだった。





<追記>

アパートの部屋でエルレーンに投げつけられたチョコレートには、アイシングで

「非モテ騎士テラワロスm9(^Д^)プギャー」

って書いてありました…



ラグナ「くそっ…くそっ…!」(←悔し泣き)



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