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バレンタインに戦争を(1)

恋人たちを迫害を恐れずに結びつけようとした聖ヴァレンタインの偉業を軽んじるわけではない。

だが、バレンタインデーは彼にとって非常に不快なものでしかなかった。

チョコレートを得た者得られぬ者とではっきりくっきりと明暗が分かれ、おまけにリア充が街のそこかしこでイチャつきまくるという一日…

彼は、残念ながら、得られぬ者であった。

というより、生まれてこのかた今までずっとそうだった。

所謂「非モテ」という奴である。

…自分の容姿がそこまで悪い、とは思っていない。

鏡で見返せば、「端正」と呼んでも差し支えなかろう顔だちをしているし、剣士として鍛えてきた頑健な肉体は、男性的な魅力…と言えるのではないだろうか。

だが。

何故だか、女性にはとことん縁がない。

それが彼だ。



彼の名は、ラグナ・ラクス・エル・グラウシード。

久遠ヶ原学園大学部に所属する彼は、この日…2月14日が嫌いであった。

何故なら、ああ、それは…彼が非リア充であり、非モテであるからである。



非モテ騎士は、敵前逃亡…いや、戦略的撤退を決め込むことにした。

今日は自主休講、大学には行かない。

さっきコンビニに行って雑誌や酒もたくさん買い込んできた。

そしておまけに鍋いっぱいにカレーを作ったから、食べるものも心配せずともいい。

(さすがの料理音痴のラグナでも、切って煮るだけのカレーくらいならできる模様)

「この一日は家から一歩も出ない」、という固い決意に基づいた行動。

「誰とも会うことがないから、チョコレートがどうとか考える必要もない」という、回避策だ。

それでいいのか、出会いがないなら自分から積極的に打って出るべきではないか、という正論は彼にとっては意味をなさない。

彼はそういったものに耳をふさぐ。そうして世を疎みバレンタインデー爆発しろなどと不穏な祈りをささげるのみ。

だからダメなのだ、とは、まわりの友人談。

しかしとにかく、彼は逃げた。

愛と笑顔の溢れる街に背を向け、己の小さなアパートの部屋へと逃げ込んだのだ。



「はぁ…」

赤いどてらを着込んだラグナは、腰までこたつに埋もれて寝転がる。

騎士としてどうなのか、という状況だが、このこたつというものは誠に恐ろしい…やさしいあたたかさ、心地よい寝心地、矮小なプライドなど全て飲み込んでしまう。

かくしてだらしない恰好で、ラグナはやすやすと睡魔に襲われる。

…やがて、ゆるゆるとその赤い瞳を閉じ。

安らかで規則的な寝息が、広くはないワンルームにかすかに響く。

こたつの上にはみかん、飲んだビールの空き缶、広げたままの雑誌。

床にはコンビニ袋が無造作に放っておかれ、誰にも咎められることなく存在を主張している。

平和で安穏な一人暮らしの城に、傷ついた騎士は安らうのだった。




が。

彼のちっぽけな平和すら、長くは続かない。

浅い夢さえ、途中で引きちぎられる―





突然の、少女の大声によって!





「…おっじゃましまぁーーーーっす、なのぉ!」





「?!」

がらっ!と乱暴にガラス窓が開く音が、寝惚けた頭を叩きのめす。

唐突過ぎて何なのかわからない!

敵襲か?!と反射的に身体を起こした―途端。



見えたのは、制服姿の少女。

それは我が妹弟子、そして師匠の仇、討つべき仇敵―



「うぐっ?!」

…顔面に、衝撃。

「ああ、そう言えばベランダに洗濯物を干した後、鍵を閉めてなかった…」などという回想が脳裏に走り。



痛みにくらめく視界から、顔を打ちのめした物体が重力に従って落ち、消える…

(衝突の衝撃で少しひずんだ)それは、ピンクの包み紙と赤いリボンでラッピングされた小箱…

状況がいまだつかめない自分の前で、その女は、ふふん、と鼻を鳴らす。

そして、悪魔のような笑いを浮かべて、言ったのだ。



「どおーせ、モテないラグナはチョコなんてもらえないだろおーからあー!

かぁいそうだからあー!私が、ぷれぜんとしてあげるなのー!」



「な、なっ…?!」

「きゃはははははは!うれしい?!

うれしいでしょ!どうせもらってないに決まってるもーん!」

あまりにあけすけな悪意に、絶句するラグナ。

しかし少女はなおもけらけらと笑いながら、とんでもなく残酷な嘲笑を浴びせかける…!

ラグナは赤い瞳を見開き、しばしぽかん、と自分を馬鹿にする妹弟子を見返している…





…そして、静寂。





だが、ふつふつと湧いてくる、怒りが湧いてくる。

「ふふ、ふふふ…」

何故か、笑えてきた。面白いことだ、人間はあまりに怒りが燃えたぎると、むしろ笑えてくるなんて。

「貴様…殺す、」

ぽつり、と唇からこぼれおちた言葉は、感情の昂ぶりで震えている。

がばっ、と、こたつから立ち上がり、着ていたどてらを乱暴に床に放り投げる。

そして本棚に立てかけていた愛剣を手に取り、エルレーンに向けて怒鳴りつけた!

「私の大剣で、エルレーン!貴様を今日こそ真っ二つにしてくれるわあッ!」

「…ふ~ん、」

が。

殺気に満ちた表情で凄まれても、大剣の切っ先を突き付けられても。

少女は怖じない、むしろ皮肉な調子で微笑いかけてくる。

「まぁだ、私を殺すつもりでいるの?…どうせ、私には勝てないのに」

「ぐっ…そ、その小生意気な口、きけなくしてやるッ!表に出ろッ!」

「いいよ?…うふふ、」

その余裕しゃくしゃくな態度に、怒りをなおもかきたてられ。

声をさらに荒げるラグナに対し、エルレーンはなおも愛らしく挑発するのだ―





「久しぶりに…一緒に踊ってあげるよ、おばかさんのラグナ!」





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