サクラさんはやっぱオヤジだと思うんだよな
「どうかな」
光に包まれて、それが収まって、僕はみんなを振り返る。
自分の姿はよくわからない。鏡がここにはないし、初登場の職業だから前情報もない。
「――ま、こんなもんじゃないの」
姫代子は特に意外そうでもなくて、
「ぶふぅっ」
ガートランドとユージンは吹き出して、
「ぽいぽい、ぽいよジェストくん」
イイリコさんは苦笑しながら、
「えと、あの」
エイタローはだいたい僕の予想通りだ。
「ジェスト肌しっろいぞ、リアルより」
「目が赤いっすよ。ウサギみたいっす」
うぜぇ。
笑い転げる二人を無視して、僕は衣装の感触を確かめた。転職直後はそれまでの設定を無視して装備の反映がオフになるのはWWと同じだ。だから『職業の基本衣装』が拝める。なんか動きにくいと思ったらすげえフォーマルな感じになっていた。
襟の高いワイシャツとびらびらしたネクタイみたいなの、これなんていうんだっけ、それのせいで首が動かしづらい。黒いベストがウエストを締め付けてるのもそうだし、白手袋も違和感がある。極めつけはマントだ。ローブは生地が厚いからそんなことはなかったけど、体を動かすたびにヒラヒラと舞う。
吸血鬼ってこんな運動に向かない服だったのか。大丈夫かこれ。
おまけにさっきからなんか変だと思ったら、牙が生えていた。左右に一つずつ、指で触ってみると確かに鋭いヤツがある。
口を傷つけないだろうな。
「どう? 吸血鬼になった感想」
イイリコさんの言葉に頷く。イイリコさんが笑顔なのは、たぶん風体がまんま吸血鬼してることだろう。
吸血鬼! これです!
みたいな。
「ステータスは?」
姫代子に言われてメニューを開く。
なんじゃこりゃ。
「……ええと、四倍くらい」
「魔力が?」
「ぜんぶ」
はあ? と姫代子。当たり前だ。僕だって信じられん。二次職は大体の場合において、基本ステータスは初期職の倍が目安だ。職業特性によって得意なステータスはさらに伸び、苦手なステータスは鈍くなる。だけどこの上がり方は異常。
僕はステータス画面をみんなに共有した。
「うわ、なにこれ」
「バグじゃねえの。調整ミスか」
「いや、これは……ジェストさん、スキルシートはどうすか」
もう見てる。
基本ステータス向上のスキルはネクロマンサーと共通だ。それ以外のものについては、
「デイウォークが最初から取れる。レベル性」
なるほど、そういうカラクリか。
「ここがどんな場所かはわかりませんが、たぶん外出たらわかるっすよ」
ユージンはクレリックを選んだ。つまり僕とエイタロー以外は、WWの頃と同じ選択だ。といっても新スキルや、取得条件が変化しているスキルもあるという。外見もちょっとアレンジされている。
そして、外に出た時点で僕はもう一度ステータス画面を開く。
やっぱそうだ。まだ太陽の高いこの時間、ヴァンパイアの苦手とする昼。歩けなくなるとかそういうのはないけど、ステータスがごっそり下がっている。
つまり元々潜在能力は高くて、それが昼間は弱体化してるんだ。デイウォークでそれをだんだん克服していく、というシステムなら、ステータスの底上げと強力なスキルのどちらを取るかの択が発生する。
なるほど、確かにピーキーな職業だな。
筋力とかがやたら強化されていたから、ヴァンパイアは近接戦闘が多少強化されるようだ。吸血が接触を必要とするスキルだと言うこともあるんだろう。有名なモンスターらしく、魔法職の二次にしては全体的なステータスは高い。弱体化をどうにかしたらいいセン行けそうだ。
嬉しいのは闇系の魔法に完全な耐性がついたことだった。これ以降、僕は闇属性の魔法では一切ダメージを受けない。代わりに聖属性には極端に弱くなっているけど、試してもらったら回復はちゃんと機能したから問題ない。聖属性を使うモンスターは、一応CHではまだ出会っていない。WWと同じなら、どこかで天使とかが使ってくるだろう。
とにかく、サンプルが僕しかいない職業だ。情報はかなり少ない。これから戦闘なんかで慣れる必要がある。
神殿の外に出ると、座っていた男爵他、後続が腰を上げた。
「遅ぇ。なにしてやがった」
「男爵。お前はどの道を選んだんだ」
つまらなそうにそっぽを向く男爵。代わりにレツリンが答える。
「偽りの正道」
「男爵と二人で?」
レツリン、と男爵が呼びかけ、彼女は口を閉ざす。
ロダンは久しく人間には会っていないと言った。ちょっと疑ってたけど、様子を見る限り正しそうだ。偽りの正道を進んだのなら、男爵とレツリンは少なくとも会っていない。
「おお、おーおー」
次に出発するはずのサクラさんが、僕をジロジロ見てくる。
「なにそれ」
「ええと、ヴァンパイアです」
「職業? ふうん。牙はある?」
頷くとサクラさんはにやりと笑って、
「マトノ、マトノちゃん。こっちおいで」
なんか嫌な予感がする。
遠くでメンデルや利家と話していたマトノがやってきた。
「ホラ」
そして僕を見て顔が引きつる。
固まったマトノをニヤニヤ眺めながらサクラさんは僕の隣に来て、
「ほい」
僕の口に指を突っ込んで、引っ張った。
「ひ、ひぎゃあああ!」
なにをする暇もなく……マトノはこっちがびっくりするほどの悲鳴を上げて走り去る。
「あ、やば。マトノちゃあん! そっちモンスター出る! モンスター!」
追いかけていくサクラ小隊の面々。一体何なんだ。
イイリコさんから、マトノがホラーとかに弱いことを聞いていると、マトノがしゃくり上げながら戻ってきた。すぐに戻ってくるあたり以外と冷静だな。
あれ、サクラさん達は。
「ありがと」
結局、マトノを追いかけていったサクラさん達はモンスターと鉢合わせしたらしい。これも驚かせた天罰である。同情はしない。僕をダシにしたし。
僕たちから攻略情報を受け取ったサクラさんは、眉間に指を当てて唸った。
「大丈夫かね。うちは利ちゃんくらいしか赫道行けなさそうだし、正道行けなそうなメンツもいなそうだし」
利家も赫道はまず無理だろう。サクラ小隊は平均レベルが超低い。この旅で多少レベルアップしているけど、それでも二十代前半だ。
大人しく正道か、後は愛の隘路を選ぶのが良いと思う。
「あと、その、マトノさんは隊列の前の方にした方がいいと思います」
僕を見てそんな怖がってんだから、あの暗闇は絶対に通れない。そもそも最後の二人が絶対に飛ぶって保証はないから、念のため。特殊な条件が必要かも知れないから。
サクラさん達が入っていくと、僕は男爵の所に行った。
「男爵、話がある」
「俺はねえ」
「レツリンも聞いてほしい」
僕はロダンのことを話した。
神殿の地下深くで出会った奇妙な男。ジンジャーゼルの歴史に興味を持ち、僕ら人間が『どこから来たのか』に疑問を持っている不思議な男。
AIが動かしているとは思えないほどに頭のよさそうな男。
男爵はため息をついて、
「想像の域を出ないな。全部説明出来ることだ」
僕はレツリンを見た。
「レツリン、君はこの世界の歴史を知ってるか」
「歴史書ではないが、ある程度の歴史が書かれてあるものを読んだことがある」
その本には、人間が繁栄していたころから、魔族が攻めてきた発端、善戦しながらも撤退、敗北を余儀なくされる、すなわち『今』に続く近世史が書かれてあったようだ。
それじゃ、その本はあまり役には立たなそうだ。重要なのはその前なのだから。
「ロダンについてどう思う?」
「ジェスト。俺はお前に協力するといったが、無制限ってわけじゃない」
僕とレツリンの間に腕を割り込ませて、男爵は言った。
「いいな。余計なことには巻き込むな。そいつのことを調べたきゃ自分で本でも漁るんだな」
「男爵、興味ないのか」
「俺は宝と間抜けなヤツの裏をかくのが好きだ。他の連中もな」
このかたくなな態度。
レツリンの方を見ると、なにを考えているのか、特に話を促す気はないようだ。
男爵はともかく、レツリンは乗ってくると思ったんだけどな。まだ男爵の影響の方が強いってことだろうか。
それとも他になにかあるのか。
「……僕はこれからも探るつもりでいる。興味が湧いたら連絡をくれ」
だけど男爵も無関心ってわけじゃないのはわかっている。
僕がレツリンに渡した『手紙』。それを読んでイイリコさんを賭けての決闘を提案したはずだからだ。
絶対にコンタクトしてくる。今はまだ、僕に決闘で負けたことを引きずっているだけ。
――めんどくさいヤツだな。
「ジェストくん」
イイリコさんの声に振り返る。
「ジェストくんとエイタローくん、二人が新職だし、そこらのザコで試し斬りしようと思うんだけど。すぐにワーム、行くんでしょ?」
僕はあたりを見回す。神殿前のこの場所には、順番待ちの小隊二つと男爵、そしてイイリコ小隊がいる。
全部終わるまでに一日潰れるかな。
「男爵、ワーム討伐まで手を貸してもらう。本当ならその先も協力してもらいたいけど、そっちにも都合あるだろ」
男爵は憎々しげに、だけど頷く。
「先に言っておくけど、ここの場所も本軍に伝えるからな」
「いちいちうるせえ。どうせ時間の問題なんだ。好きにしろよ」
『……そういうわけで、男爵発見、ランタンの奪還、転職拠点の発見。今のところここまで進んでます。僕たちも二次職になりました』
通信先からの返事に時間が空いた。
『ジュリアさん?』
『ジェストさん達が出発してからまだ一週間程度ですが、本当ですか?』
『四月バカじゃないんです。こんなことで冗談言いませんよ。メッセージで神殿の場所とか送るんで、手が空いたプレイヤーからよこしてください』
『ありがとうございます。それで、男爵は協力してくれそうですか』
『難しいですね。一応ワームを倒すとこまでは約束させましたけど、なにかある度に決闘っていうのも現実的じゃありませんし』
男爵はそもそもあの性格だ。WWで聞いていたものとはベクトルがかなり違うけど、プレイスタイルが他のプレイヤーと根本から違う。僕みたいな『結果的に』ではなく、最初から望んではぐれものプレイをやっている。
気ままに世界を旅する、というのが好きなプレイヤーは珍しくない。攻略よりも世界に浸りたいタイプだ。利家みたいなミウル研究家もそれに含まれているわけで、そういったプレイヤーにはこの『軍団』を初めとしたシステムは相性が悪い。
『妥協はしないでしょう。どうにかして協力したいと思わせるか、協力せざるを得ない状況を作るかしないと』
『そうですか』
ジュリアさんやノリアキングが説得、という提案は、難しいと答えておいた。そもそもあいつ、軍団プレイヤーとはなるべく接触したがない。
『探し出して捕まえるくらいじゃないと話もできそうにないです。まあ、ランタンの件があるんで僕はフレンド登録しましたし、これまでよりはやりやすくなると思いますけど。今のところこれが限界です』
『わかりました。ありがとうございます。それでこれからなんですが、次の襲撃まで二十日前後ありますから、その間に出来るだけ二次職を増やそうと思います』
それがいいだろう。プレイヤーが全員揃うのはまだかなり先だ。人数が少ない今、さっさと二次職になっておいた方が襲撃への安心感は高まる。
『あとこれは朗報、といって良いのかもわかりませんが、ジェストさんへの悪評をあまり聞かなくなってきました』
それは、たぶんノリアキングの所のラメがログアウトしているからだろう。ノリアキングから聞いたところじゃ、小隊員は全員僕のことを嫌っているらしいし、権力関係から言ってもその辺が嫌悪派筆頭だと推理できる。そのノリアキング小隊がいないなら、影響力はかなり小さくなっているはずだ。
ランタンを取り戻す時の売り言葉に買い言葉だったけど、意外とこのランタンが役に立ってくれるかもしれない。
『次の襲撃には間に合うように東域を探索しようと思います。できれば全施設の場所を把握するんで』
『頼ってばかりで申し訳ありません』
『ジュリアさんが城を守ってくれているからこっちも安心して外出できます。お互い様ですよ』
通信終わり。
イイリコ小隊でうちあわせして、ザコ狩りに出かける、その道中。
「ジェストさん、今のっす、今の」
何の話だ。
「ジュリアさんのこと信頼してるすよね。じゃないと『守ってくれるからこっちも安心して外出できます』とか言えないっすよ」
……ああ。
「大丈夫。エイタローは心配すんな。別に話すことじゃないけど、隠し通路で解決してる」
「マジすか」
そう、あの暗闇で経験したことの説得力はものすごい。現金なもんだけど、エイタローに救われて僕の認識は改められた。
要するに頼るとかは僕の心理的なもんだから、百聞は一見にしかずだ。エイタローがいなかったらあのときの僕は完全にオダブツだった。
エイタローに勇気と力がなかったら、僕らが二人で外に出ることはできなかっただろう。事実、あの暗闇の中で僕はなにもできなかった。
「それより問題は、僕だ」
ネクロマンサーの性能を疑われた初期の頃と同じ。
果たしてヴァンパイアは使えるのか。
これから数戦はその試金石である。




