どうすんのこれマジやっべぇんですけど
「みんな、脱出!」
イイリコさんの号令で、僕らは全速力で戦闘域を逃げ出した。脇目も振らずとはこのことで、まともに戦えるようになったジュリアさんたちに全部任せて一目散だ。
戦いかたさえわかれば相手はウルフとスライムだ。たぶん大丈夫だろう。
外門から城内に飛び込んで、肩で息をしながら一息。
「みんな、無事?」
「なんとか」
「うー、疲れたぁ、てか痛い」
「俺今にも死にそう」
そりゃそうだ。前衛として戦った四人は常に動き回っていたし、状況から判断するにダメージを食らったときの痛みはWWに比べてリアルになっているようだ。かなり疲労は激しいはずだ。
だけど、顔は悲壮感にまみれているわけではない。
僕だってまだどきどきしている。
みんな、心なしか笑っている。
「俺……20位倒したぜ」
ガートランド。
「私だって30位やったわ」
姫代子。
「あの、すいません。お役に……」
「なにいってんの。一番ヘイト稼いでくれたじゃない」
エイタローにイイリコさん。
「ふふ、今日寝れないかも」
姫代子の意見は……そうだ。
僕もそうだ。眠れそうにない。ずいぶん疲れているけど、今日ばっかりは眠れそうにない。
「なんだかんだ、楽しんでるじゃない」
「めっちゃ興奮した。すげぇよ、これ」
そうだ。
僕らは興奮している。
いままでのVRなんかホントにちんけなものなんだって思い知った。
僕らが体感しているこのCHが、どんなに凄いゲームなのかって。
実際に剣を取ってモンスターと戦うのが、これほど楽しいものだったことに気づいて、凄く楽しいんだ。
「とりあえず休もう。さっきのところで」
歩いて行く僕らを、チキン組が呆然とみている。後からいくつかの小隊が、やっぱり逃げ帰ってきた。
そいつらみんな、僕らにも共通しているのが、ちょっと気持ち悪いニヤニヤした笑みを我慢できないことだった。
僕とユージンは小隊の中じゃあんまり肉体的疲労はない方だ。だからそこら辺のプレイヤーから城内に水があると聞いて人数分の水分を取りに行った。
なるほど。NPCがいる。ある程度の食料品や雑貨なんかはここで調達できるようだ。
WWの通貨は「Gatrel」。ガトレルと読むけどみんな「ジー」って言う。水は一つ1G。安い。六つとりあえず買って、戻る。
「お疲れ」
水を一気に飲み干して、みんなやっと休息だ。
「初戦の戦果は上々です。今確認したけど、功績も結構もらってるみたい。『先駆け』って項目があるから、最初に戦ったのが効いてるみたい」
「ドロップも結構あるねぇ。俺、いつの間にかインベントリいっぱいになってる」
「あ、私も」
「僕も」
「俺ら後衛はないっすね、あんまり。躁屍で倒した敵はどうっすか?」
「ある。まあ、スライムもウルフも弱くてあんまとどめ差し切れてないからね。少ないけど」
「売ったら結構薬草買えそうじゃね」
ガートランドが言った。
僕らはガートランドを見た。
「俺、レベル上がって『なぎ払い』とれるんだよね。範囲攻撃できるようになるんだ。槍で。試したいんだけど」
「本気?」
「あ、私も」
今度は姫代子が。
「連続拳とったらウルフもワンパンでやれる。WWと同じ強さだったらだけど」
「……あらあ、みんなやる気あるね」
苦笑いするイイリコさん。
でも僕にはわかってる。イイリコさんもさっきから頬がほてってますよ。いきたいんでしょう。
「じゃ、じゃあ僕が買ってくる。みんなMP回復しといて」
エイタローが立ち上がった。
「あ、僕も行くよ。動いてもマックスなるし、一人じゃ持ちきれんでしょ」
「全員分だから、ええと。あ、ドロップ回収します……うわ、なにこの量キモい」
確かにキモい。
なんと売り払ったら薬草が200は買えるくらいになった。200もいらん。
「どうするこれ。一応20もあればいいと思うんだけど」
「聖水買っても結構余るね……とりあえず貯めようか? それかちょっと撃たれ弱い姫代子ちゃんの防具買うとか」
「あ、それいいかも。いや待った。エイタロー、確かサムライって次のレベルアップで『仁王立ち』とれなかったっけ」
「取れるね……ううん」
いいこと指摘したつもりだったけど、エイタローの反応は芳しくない。あ、そうか。エイタローって突撃武者だったから壁、やりたくないのか。
「そういや『打ち下ろし』使ってたもんな。そっちのがいいか」
「……守護神も考えてるんだけど」
「僕のことなら気にするなって。いざとなったらほかの壁入れればいいし」
「でもそれだとジェスト君が」
「やりたいことやんなきゃ損だよ。まあ、とにかく今回は買わなくていいや。あとで決めよう」
「うん……うん、そうだね」
いい子だ。だからとりあえず、嫌な思いはさせたくないんだよなぁ。
薬草と聖水を買って戻ると、さっき以上に喧噪が増していた。なんだなんだ。
どうやらそこらにいるメンツで臨時に小隊を組んでるらしい。その中心には……うお、ノリアキングじゃないか。なんか演説っぽいことしてる。
「あの人、さっきジェスト君と話してた人でしょ」
戻ったらイイリコさんが笑っている。
「VR凄いぞ、やらないと損するぞってみんなに言いふらしてんの。それで煽られた人たちがやる気出してね」
「ああ、なるほど」
ノリアキングすげえな。あいつのおかげで小隊ができた順にどんどん飛び出していってる。城に残っているのは最初の半分くらいの人数になっている。
「ここまでくれば、乗り切れそうっすねぇ。最初の侵攻でゲームオーバーとか情けないことにならんくてよかったっす」
「スライムに壊滅のTOP500とか笑いもんだべ」
薬草を分配しながら、もう軽口もたたけるようになっていた。
「経験値、取られるわね。行きましょうか」
「イイリコさんがめつい!」
「がめつい!」
「がめつい!」
「ちょ、なにそれ、やめてよ。ほら、前衛!」
日が変わる頃。
僕らはモンスターたちの異変に気づいた。明らかに数が少ない。
あれから二度、城内に撤退して体勢を立て直しては飛び出した。
途中からプラントベビーも増えたけど、その頃にはこっちの総数は300人を超えていたと思う。
明らかに人間側の士気は高くなっていて優勢だった。何度も言うが所詮スライムレベル、かたやこちらは初期レベとはいえ選りすぐりの廃人である。いざシステムになれたら勝負になどならないのだった。多勢に無勢だった点は、参加者が増えることで改善された。
最後の一匹が切り倒されたとき、城の明かりに照らされたまま、全員が歓声を上げた。
それは勝利だった。ただモンスターたちを撃退したためだけではない。
ほとんど不安だったこのゲームに。
CHというゲームを半ば恐れていた臆病な自分に勝利した。
誰もが経験したことのない、新しい喜び。
その、よくわからないあらゆることへの勝利に、僕たちは雄叫びを上げたのだ。
その後はみんな嵐のようだった。
我先に城に駆け戻り、ドロップ品を売却。
得たGで飲み物や食べ物なんかを買いあさり、そこら中でたき火をたいて、みんなで飲めや歌えやの大騒ぎだった。誰もが熱中の渦に巻き込まれていて、渦を作り出してもいた。
得たばかりの武勇伝を語り合い、勢い余って抱き合ったり、それは本当に戦勝記念パーティだった。
『閃光のジェスト君』
その名前はやめろってマジで。たき火の明かりの中で左目を閉じると、ノリアキング。
なんの用だ?
『今日はお疲れ。楽しかったっしょ』
『そっちこそ、ずいぶん無双したらしいですね』
『よせよ敬語なんて。同じ人類最後の希望なんだから』
『そういう気性なんで。親しくなっていけば自然とため口になります』
『ま、それぞれだな』
口癖か。
『どうしたんです?』
『いや、ちょっと問題があって』
『はあ』
『一応知り合った小隊の誰かには伝えてるんだ。周知しといてくれると嬉しい』
『なんでしょう』
『食料がなくなった』
はあ?