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ファントム

「……ええと」


 確かにそれは不思議だ。だけど不思議以上のものではなくて、軍団への編入には軍団長の許可がいるけど脱退にはいらない。プレイヤー側で勝手にできる。軍団からの脱退にはデメリットがあるので不自然っていや不自然だけど、軍団から切り離されたプレイを希望するヤツもいるんじゃないか。


「ええ、普通は問題ありません。気にはなりますが。ただし今回、その脱退したプレイヤーが問題で」


 なんだなんだ。


「男爵、です」







 バロン・ド・ソワアル。通称『夕闇男爵』、略して『男爵』。


 おそらくWWではもっとも有名なロールプレイヤーである。タキシードにシルクハット、ステッキにモノクル、最後にマントといった防御力度外視の見た目装備で、恐ろしく腰の低い、なおかつ超然とした言動で世界を歩き回り、他人の宝や重要拠点の財宝を気ままに盗んでいく。始めに予告状を送りつけ、どんなに対策をしたとしても必ず盗んでいく怪盗ファントム、シーフ系の二次職。その際に人的被害は一切出ない、といってもWWにPKはなかったから当たり前だけど、本当に鮮やかな手口なのが印象的なキャラクターだった。


 他人のアイテムを盗めるという、MMO全体を見てもレアな職業であるファントムは、当然のことながらあまり評判がよくない。そのため数少ないファントムの大部分はソロなのだけど、彼もそうなのかはよくわかっていない。


 ギルドを持っていて眼鏡に叶えばいれてもらえるだとか、あまりに意味不明な手口で盗んでいくので運営の投入したNPCか公式チートキャラなのではないかとか、もしくはファントムという珍しい職業をネタに某掲示板が作り上げたネタなのではないかとか、とにかく噂ばかりが広がっている。


 WWを長くプレイしていると、確かにバロン・ド・ソワアルというファントムは存在していることはわかる。


 サーバーが違うので僕は直接見ていないからなんとも断言しにくいのだけど、ただそいつにあって質問してものらりくらり煙に巻かれ、いつのまにか見失っているのだそうだ。この辺もなんかフェイクな感じがある。当然高レベルのはずなのに三次職にかわっていないのだから、実在したならば相当な変人だ。


 夕闇男爵から予告状が届いたプレイヤーはそれを喧伝し、賛同したプレイヤー達と対策を練る。このとき、もちろんアイテムを持ったままログアウトしてしまえば解決ではあるのだけど、怪盗からの予告状はラシェルサーバーの名物であり、受けて立つことが暗黙の了解になっている。むしろ自分のアイテムが盗まれようとしているのは格好の盛り上がるネタになるので、受け取ったプレイヤーは大喜びでシャウトして回るのだった。


 長くなった。


 他サーバーから見れば全く確たる情報がない謎のプレイヤーが存在しうるのか、という可能性については置いておく。運営が仕込んだプログラムだったとしても、実在の人間だったとしてもそれは不明なほうが都合がいい。


 プレイヤー達は正体がなかなか明かされないことでスレッドを伸ばすことができるし、いろんな考察を書いてはWWを宣伝してくれる。とにかく、バロン・ド・ソワアルはそんな、とても一筋縄ではいかないような有名ロールプレイヤーなのだった。ぶっちゃけ版権キャラなので運営が仕込んだとは考えにくいけど。


 WWで男爵、といえば基本的に彼のことを指す。


 だからつまり、ジュリアさんはこう言っているのだ。


「軍団を抜けたのは男爵の一派で、今は東域にいると考えられます。彼らを探し出して欲しいのです」






 

「夕闇男爵っすか」


 スープを飲みながらユージンが言った。


「まあ、実在するなら当然、500人には選ばれてるっすよね」

「でもこのゲーム、最初はみんなこの城からだったろ? 最初の襲撃の時にそんな名前があったらみんな気づくと思うんだけど」


 僕はいいながら、でもあのときは戦闘でいっぱいいっぱいだったから、と言い訳を考えている。そうはいっても、実在さえ疑われた時期もある男爵を誰かが見ていたのなら、今まで全く情報として上がってきていなかったのはおかしい。


「噂話では結構あったみたいだけどね」

「結局は名前が見当たらないから、選ばれなかったか、選ばれても別名で参加してるかってことだったな。元がファントムでもこのゲームだとまたシーフからだし……で、そいつが東にいるってなんでわかんの」


 イイリコさんが画面を共有した。


「一週間前にノリアキングさんに届いた予告状」


 みんなが色めきだった。そりゃ、予告状が届いた=実在する、だから驚きもする。


 だけど今回はもうちょっと事情が違う。


「ノリアキングの所持していた『ダークミスト・ランタン』が男爵に盗まれたの」






 僕らがログアウトしていた間に、状況はかなり変わっている。


 時系列でまとめていこう。


 まずベスラム討伐直後、ジンジャーゼル南東域解放の報酬として遊撃軍団がアンロック、そしてベスラムのドロップで上記の『ダークミスト・ランタン』をジュリアさんが手に入れた。どこで使うかもわからないが、名前の通りランタンである。城を離れないジュリアさんの代わりにノリアキングが所持していた。


 その後第一次ログアウト組が離脱。


 八月の頭に第五次侵攻。マーシャヴェルナを放棄。食料などの大部分を頼っていたため、すぐさま奪還する。八月末に第六次侵攻。こちらはサンダマスヴェリア城だったため死守。この間にオルトノグェイクのクエストを全て終了させており、現状、襲撃の対象はサンダマスヴェリアとマーシャヴェルナの二つ。


 九月の侵攻がなかったのを確認した後は、マーシャヴェルナのクエストに必要な『操船』のスキル探索に手が割かれたけれど未解決。次の侵攻がいつかわからないのでどのプレイヤーも城から離れられず、ゲーム開始初期と同じ、足が止まった状態になっていた。


 十月。ストレスの溜まった攻略組の一部がオルトノグェイクの地下に目を向けた。ガランスギュエックのやってきたところ。かなり広いと思われる砦の地下は、だけどライトメイジのウィスパーライトも松明の明かりも届かぬ漆黒の世界。お手上げだとの報告を聞いたノリアキングがランタンに思い当たったのが数日後。


 その直後に予告状が届いた。


 そして予告の通り、三日後にランタンは奪われてしまった。


 最後には見失ってしまったけれど、ノリアキングは逃げていく夕闇男爵の背後を追うことに成功した。城から北の方角、つまり東域。オルトノグェイクは東域に含まれるから、地下の事を知って盗み出したのなら自然。ログアウト時間が迫っていたので、ノリアキングはジュリアさんと相談し、その追跡と東域の探索をイイリコ小隊に任せると決めた。






「僕らが第一に見つけるのは夕闇男爵。なんでかは、まあ、わかるだろ」


 いちプレイヤーを何よりも優先せねばならない事情。


 彼がシーフでなく、二次職のファントムであるという事実だ。


 WWからの仕様が変わっていないのなら、一次職から二次職にクラスアップするためには35レベルが必要である。それさえ満たせばいいというわけでもなくて、クラスアップするための施設を見つけなければならない。ダーマ神殿的なやつ。


 すでにファントムにクラスアップしている以上、男爵はその施設の場所を知っていることになる。


 つまり僕らが男爵を見つけると、いいことがいくつかあるわけだ。ひとつ、ネット上の亡霊をこの目で確認できること。ふたつ、二次職が現実的になること。みっつ、ランタンを取り戻し、オルトノグェイクの地下へ乗り出せること。


 だからその分、僕らの責任は意外にも重い。35レベルは、ノリアキングらトップ組なら早い内に達成できるはずだった。僕らもレベル上げにいそしめば可能だろう。僕のレベルは22。経験値の入り方からすると、年内は無理としても来年春頃には達成できるはずだ。


 一次職から二次職にクラスアップすることは重要だ。WWではどの一次職も二つの二次職を持っていて、どちらに転職するかで方向性が決まる。飛躍的にステータスが向上し、新しいスキルシートが増え、高レベルの品物が装備可能になる。一方で二次職から一次職に戻ることは基本的に不可能なので、どちらに選択するかは頭を悩ませる問題だ。


 例えばナイトからはクルセイダーとガーディアンの二つに派生する。攻撃重視のクルセイダーと防御重視のガーディアン。覚えるスキルもステータスもほとんど違い、その後の役割は大きく変わる。実のところナイトは盾としての役割が大きいので、大多数はガーディアンに移行するわけで、ぶっちゃけクルセイダーを選ぶのはすでに盾を確保しているか物好きぐらいしかいない。


 攻撃力はかなりある方だしタフでもあるのだけど、それは他の職で代用が効いたりするからだ。まあ、主に所属するパーティの編成でかわってくると考えていい。


 ちなみに今の僕はネクロマンサーなわけで、CHの新規職の二次職がどうなっているかはどこにも書かれていなかった。WWも初期の頃は二次職の情報が提供されていなかったからおそらく仕様なんだろうけど、転職が現実的になった今、そろそろ本腰入れて考えないといけないだろう。


「わかってる情報を総合すると、男爵は最低35レベル以上、おそらく二小隊分の仲間がいて、すでに転職拠点を見つけている。ランタンの使い道をノリアキング達が予想した段階で盗んだから、近いうちにオルトノグェイクの地下に突入するつもりがあるらしい。ここで問題なのが、僕らはどうやってヤツからランタンを取り戻すのか」

「今から考えても仕方がない、っていっても、確かに問題よね。PKするにしても相手が二次職じゃあ勝ち目ないし」


 夕闇男爵は目立ちたがりだ。わざわざ予告状を送りつけてくることからもわかる。もしかしてそこになにか突破口がないかと考えてはいるけど、とにかく先に探し当てないといけない。ジンジャーゼルの世界は広い。フレンド登録してるならともかく、小隊二つを探すのはかなり大変なはずだった。


「一応オルトノグェイクから北東って手もあるんだけど、あの辺、山で歩きづらいから。城から北にまっすぐ行けば、運がよければ」


 マーシャヴェルナの近くの川、あれに沿って東域まで平原が続いている可能性がある。海を右手に進むから見晴らしがいいし、海沿いに複雑な地形があるとは考えにくい。イイリコさんの考えは正しい。


 ただCHが一筋縄でいかないことも確かなはずだ。


「今のところ、自由に動けるって言われて断る理由はないと思うの。私は受けるつもりでいるけど、なにか心配事とかあるかしら」

「質問」


 ガートランドが手を挙げた。


「念のためだけど、しばらくは街とかからずっと離れてるってことでいいよな。もし占領されてる拠点とかあっても、危険を冒して調べる必要はない?」

「あくまで男爵を探すのが第一だからね。でも先に転職拠点が見つかれば、そこは優先して調べる。外から判断できるかわからないのが辛いところね」

「じゃあ、街とか見つけたらある程度は調べるってこと?」


 エイタローの言葉に頷く。


「私は採っておいたスキルポイントを潜伏とか探索用に使います。みんなもできるだけ、持久力のある構成にしてちょうだい。WWでも経験しなかった長期旅行になるかもしれないから」






 だけど実際の所、僕らが出発したのは四日後だった。装備の刷新に時間を取られたためだ。


 城からこれまでになく離れるわけだから、おそらくモンスターも強くなるだろう。もしかしたらダンジョンを抜けないと到達できないところもあるかもしれない。ほとんど初期装備を強化しただけの今の僕らでは不安だった。こっそりジュリアさんに融通してもらったお金とこれまでの蓄えを使って、サクラさん始め数人のブラックスミスに、主に防具の強化を頼む。武器もいいものにこしたことはないけど金持ちってわけじゃない。


 逃げることができるのだから、まずは死なないようにするための鎧が必要だった。なにしろ拠点がないところを延々歩き回るのだから、ここぞと言う時に死んで城に戻るのは勘弁だ。可能な限りギリギリまで探索して、襲撃の二日前とかに死に戻りするのが理想である。


 死に戻り。あまり歓迎したくない手段だ。だけど今回、城を遠く離れるにあたって、この仕様は少しありがたい。最後に宿を使った拠点がホームポイントに登録されるので、どれだけ離れていても三十分で城に戻ってくることができる。


「できてるよ、鎧」


 サクラさんがタバコに火をつけながら言った。二ランク上の一式を受け取って、変更する。装備が外見に反映されるかは自由に設定することができるからONにしてみた。相変わらず黒いのは代わらないけど、ちょっとしっかりした材質で、胸当てのような動きやすいプロテクターがついたのが大きな違いだ。どちらにしろ、ローブを羽織っているのは変わりないから大きな動きをしなかったら見えないけど。


 と、サクラさんは背伸びをして屋台の店じまいを始める。


「出発は?」

「明日の朝です」

「そう。じゃあ七時くらいに合流するよ」


 ……


 ん?


「あ、心配しないで。こっちも六人いるし、戦えるメンツ揃えてるから」


 なんだと。

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