つまりこれからは探索がメインになるって事でいいんですね
三度広がるジンジャーゼルの世界。
ログインした僕らを待っていたのは、閑散としたサンダマスヴェリア城。
十一月一四日。最も暑かった八月に比べて風が冷たい。
四季はWWと、つまり日本と同じだろう。どことなく景色も赤や黄色が交じっている気がする。
ログイン状態を確認すると、ゲーム内にいるのはジュリアさんだった。ノリアキングはいない。時間を取ってもらえるかメッセージを送って待つ。昼過ぎだから寝てたりはしないだろうけど、仕事が多いから返事は遅くなるかもしれない。
ログインする時の注意事項として、やはりゲーム内とリアルでの時間の流れがある。ログインは各個室で行うので、どうしても数分の違いが出る。それがゲーム内だと、時間単位でのズレに繋がる。
どうやら一番乗りは僕だったみたいだ。女性陣はいろいろあるだろうから少し遅くなると考えて、城内をぶらついてみる。露店の数もプレイヤーの数も少ない。軍団情報では現在のログイン人数は233人。最も少ない人数から増えていく途中である。
大多数のプレイヤーは僕に無関心で、大体それが普通のことだ。嫌悪組は最終的に全体の一割五分ほど。会わない確率の方が高い。
いくつか開いている露店の中に、サクラさんの鍛冶屋があった。
「やあ」
くわえ煙草で手を振ってくるサクラさん。相変わらずのガテン系スタイル。
「久しぶり。元気してた?」
「まあ、なんとか」
そりゃよかったと頷いて、一言二言、最近の状況を話す。
「七月の時はヒヤヒヤしてた。一応ブラックスミスって戦えるから参加したんだけど、やっぱり戦闘職には敵わないからねえ。途中で死んで、復活した時にはもう終わってたね」
ガハハハと笑う。やっぱこの人ネカマっぽい。
「あのときからずっとログアウトしてて、今戻ったばっかりです」
「ああ、じゃ最初のログアウト組ね。あたしもそうだったよ。エルちゃんは二番目だったかな。最初がいいって言ってたけど、ほら、八月の襲撃が早まったからタイミング逃しちゃったみたいで」
XXX組はまだ外か。いや、フレンド画面で確認してたけど、一応。
「小隊の人らはどうしたの?」
「まだログインしてないみたいです。ちょっと早すぎました」
「ふうん。なんかこれからやることある?」
「人と会って、それからは特に」
するとサクラさんはメガネを外して、
「たとえば、オルトノグエィクの向こうに行ったりは?」
「まあ、考えてますけど……ただ、どのくらいに襲撃が来るのかわかってないなら、そんなに遠くには行けないですね」
「わかってるっていったら?」
特に驚きはしない。その可能性も十分ある。
「なら、時間があれば行くと思います。わかってるんですか?」
「たぶんね。詳しくは興味ないけど、お偉いさんが言ったとおり、今月の襲撃はなかったよ」
お偉いさん、という言葉に僕は違和感を覚えた。ギルドなんかではもしかして使われていたかも知れない。僕は所属してなかったから耳慣れない言葉だ。
この三ヶ月で、ずいぶんと組織はしっかり組み上がったのかもしれない。
ログインした小隊員からイイリコさんと僕が、城の会議室っぽい所にきている。目の前には一時間ほど前に返事をくれたジュリアさん。装備が一新されて三ランクほど上の鉄鎧にかわっている。オルトノグエィク砦のクエストが完了したから、城で販売される装備品や鍛冶のための素材が追加された結果だ。
「お会いするのはマーシャヴェルナ以来ですね」
そうなのだった。僕とジュリアさんはマーシャヴェルナ直前の作戦会議、すなわち四月の十一日を最後に会っていない。ゲーム内時間で実に七ヶ月。途中何度かメッセージのやりとりがあり、第四次防衛戦では通信で話したりしたけど、顔をあわせるのは超久しぶりだ。
「お久しぶりです、本当に」
「うちのジェストくんがお世話になってます」
イイリコさんの冗談は、でもあんまり冗談じゃない。実際、ジュリアさんには返しても返しきれない恩がある。タクティシャンを引き取ってもらったこと、軍団長を引き受けてもらったこと。ジュリアさんの隣にいるのがそのトシヒコで、なぜかガチガチに緊張している。
「大体の情勢はログを見てもらっていると思いますが、念のため。八月のベスラム襲撃、第四次防衛から今日まで、モンスターの襲撃は三回。八月四日、同二十四日、十月十三日です」
この中で、今まで僕らが考えていた「月一の第二火曜」に当てはまるのは十月のものだけ。
後の二回は周期外だ。しかも同月に来ている。そして九月、十一月の襲撃はなかった。一見不定期に見えるけど、ジュリアさんの話し方から見るに大体の予測がついているらしい。
「八月四日の第五次防衛はそのままマーシャヴェルナを明け渡して終了しました」
このときはマーシャヴェルナから戦力を引き上げて、相手側無傷。
「八月二十四日はサンダマスヴェリアが目標。四日の事もあってクエスト部隊を一旦引き上げていたので殲滅することができました」
もちろんトシヒコの風土の目で、この城が目標になっていることがわかっていたからだ。主力を城に戻し、ある程度戦力を確保した上で砦のクエストを進行していたらしい。
「その結果として、九月の襲撃はなし。そして十月は周期通り、第二火曜に。その結果から私たちが立てた予測ですが、防衛戦の際の敵の殲滅具合で襲撃時期が変わります」
うっすらと考えていた僕の予想とも一致していた。しかもジュリアさんの場合はデータがついているので余計に信憑性が高い。
「確認したところ、ベスラム戦の敵のダメージは半分ほど。八月四日は無傷。二十四日は九十九パーセントの壊滅。そして十月は壊滅の上、特殊条件達成です」
いくつか疑問はあるけど、説明してくれるだろう。頷いて待つ。
「一つ目に、相手のダメージが少なければ襲撃が早まります。詳しい数字はわかりませんが、ダメージが半分であれば一週間程度早まり、無傷の場合はそれから二週間から三週間程度に早まります」
八月の例で考えると、七月に行われたベスラム戦の際にモンスターに与えたダメージは半分ほど。そのため、八月の第二火曜より一週間早く襲撃が行われた。その時にマーシャヴェルナ防衛を放棄したため相手は無傷、その二十日後に再度襲撃が行われた。
「二十四日の襲撃で相手を殲滅したので、周期が戻ったと考えられます」
二十四日の襲撃が『九月分』と見なされ、次は周期通りの十月になった。そのため九月の第二火曜には襲撃がなかった。ここは少し不思議な部分だ。今まで、難度が高い場合はあれど低い場合はなかった。となると『周期が戻る』のが九月の第二火曜というのも十分あり得る話だ。元がたった一つの城をモンスターの絶望的な進行から守り抜くというシナリオなのだから、期間が狭まることはあっても延びるというのは不可解である。そういうレベル調整と言われたらおしまいだけど。
「十月の襲撃では、私たちはまず敵軍とログを観察しました」
具体的には鷹の目とプレイヤースキルを駆使した感じである。ちょうど僕が起きた頃に行われた戦いで、ジュリアさんも状況を把握したばかりだったらしい。残っていたプレイヤー全員で相手をくまなく探した結果、一つの事がわかった。
「相手にはリーダーがいます。ボスではなく、モブの中に」
見返してみてよくわかる違和感と言えば、戦績ログの中にあるモンスターの殲滅率だろう。四月から順番に全部のログで、モンスター殲滅率が百パーセントなのは十月の一回きりだった。それ以外は最大で九十九パーセント。最も低いのがベスラム時の六十一パーセント。
つまり相手を全滅させたと思っても、生きて逃げ帰っているヤツがいるのだ。
「そのモンスターは他のモンスターと比べて各種ステータスが二倍あります。鷹の目でそれを見つけ、倒しました。その上で相手を全滅させたところ」
そう、十月の戦績に『特殊条件達成』の文字が。
「つまり敵のリーダーを倒した場合、翌月の襲撃はなくなる」
「そういうことだと思われます。まだサンプルが少ないので、ノリアキングさんが戻ってきたら試す必要がありますが」
あくまでジュリアさんが話したのは予想だ。十月の襲撃がなかったのは事実だけど、それが『敵リーダーを倒したから』なのか『敵リーダーを倒した上で全滅させたから』なのか、はたまた別の条件を知らないうちに満たしたのかはまだ判別がつかない。
「ですから次の襲撃はおそらく十二月の八日。一ヶ月程度の猶予があります」
……
ん?
「その一ヶ月で、私たちにできることが?」
「ノリアキングさんと二人で決めたのですが、イイリコ小隊には新しい攻略拠点を探していただきたいんです。そしてジェストさん、あなたを『遊撃軍団長』に」
話を整理しよう。
僕らは以前、ボスの数からこの世界が19のエリアに分かれていると推測した。だけど襲撃にボスが現れたからそれはなくなって、代わりに判明したことが一つ。
サンダマスヴェリア城、マーシャヴェルナ、アーシュア。この三つが『ジンジャーゼル南東域』を成しているということである。ジンジャーゼルは大きく分けて七つの地域に分類される。全体マップを見ると、黒い部分が多いながらも、この世界が縦に長い長方形を形作っているのがわかる。南東から順番に、南西、西、北西、北東、東、そして中央。これは図書館にあった全域地図による情報で、引きこもり組の変わり者が見つけたらしい。ちなみにオルトノグエィクは東域に含まれる。
今までの経験から言って、サンダマスヴェリアから離れれば離れるほどモンスターは強くなると思われる。そのため、最終的な魔王の所在地はおそらく北西。そのために僕らは領土を拡大していく必要がある。これが前提。
そしてもう一つ。南東域を制覇したことにより、軍団が一つアンロックされた。軍団は最大で三つ。今までジュリア軍団『本軍』だけだったのに加え、新しく『遊撃軍団』が組織可能になったのだ。
それに加え一つの推測ができる。ベスラムが単なるモンスターではなく、魔王軍だったことから、いわゆるNM級モンスターというだけでなく、シナリオの区切りとしての中ボスだったのではないかということ。遊撃軍団がアンロックされたのが砦解放直後ではなくベスラム撃破後だったことから、地域の拠点を全て解放すると魔王軍所属のモンスターが襲撃のボスとしてやってくる。それを撃退して初めて地域制覇になる、と考えられる。
つまり、襲撃にボスが現れるタイミングは僕らの方である程度の操作ができる。ただしそれには、ある地域の拠点がいくつかを正確に知る必要がある。
そのための遊撃軍団。
「遊撃軍団に加わったプレイヤーは、サンダマスヴェリアから離れて戦うことによりステータスにボーナスが入ります。そのためイイリコ小隊を筆頭に、小隊員のプレイヤーレベルが高く意欲的な小隊で未踏破地域の探索をお願いしたいのです」
疑問点がいくつか。ただし、答えは大体予想がつく。
「城の地図では各地域の詳細はわからなかったんでしょうか」
「損傷が激しく、細かい地名まで読み取ることができませんでした。もしかすると完全な状態の同じ本がどこかにあるかもしれませんが」
なるほど。最初の城に全部の情報を置いておくほど甘くはないわけだ。
「僕なら軍団長にはノリアキングを推薦しますが」
一応確認しておく。本軍の軍団長は城の防衛が主だから別として、実質的なトップであるノリアキングが役職に就かないのを不満だと思う声もあるだろう。探索に意欲的であるという点も条件を満たしている。
ただ、
「本人も残念がっていましたが、あまり自由に動ける立場ではなくなってしまいました」
ほらきた。
僕らがログアウトしていた間に、ノリアキングをトップとした組織はかなり強固になっているようだった。もはや彼一人の希望は通らない段階にまでなりつつあるということだろう。詳しくは後で聞くしかないけど、全員を監督、指示しなけりゃいけなくなっているはずだった。そして人の上に立つという立場上、気ままに冒険してはいられない。面倒くさい議案にも対処しなくちゃいけなくなる。
サクラさんの「お偉いさん」という言葉が、頭をよぎる。ノリアキングの下にジュリアさん、そしてそれぞれの下に複数の小隊長、幹部。そして末端の小隊員。おそらくそんな形になっているはずだ。
ジュリアさんは口に出さなかったけれど、おそらくこの遊撃軍団はジェスト嫌悪派、そして僕への対策だとも思える。僕を遠くにやることで、本軍への影響を少なくさせる。僕がチラチラ目に入らないようにする。悪く言えば島流しだ。
ただそれだと、
「ノリアキングじゃないなら、イイリコさんの方が人望もあるし、小隊長だし、いいんじゃないですか」
こうなる。ノリアキングとジュリアさんがなぜ僕を軍団長に据えようとするのかがわからない。ノリアキングがヒラで僕が役職だとかなり弊害があるはずだ。二人が目論んでいるはずの効果とはまったく逆の配置だ。
「それは、ジェストさんがどうしてもというなら構いません」
ジュリアさんの言い方に、なにか含みを感じる。
「イイリコさんはどうでしょうか」
「私は……んー……ジェストくん、やってみる?」
そんな軽い言い方はちょっと。
「や、まあ他の人が言ったんなら違ったかもしれないけど、ノリアキングさんとジュリアさんが話して決めたんでしょう。なら悪くないと思うけどね。とりあえずやってみて、あってないと思ったらいつでも代わってあげるけど」
うわあ、適当言ってないか。
「その軍団長の任命って、いつでもできますか。たとえば僕がここにいないとできないとか」
「不要です。こっちで設定すればどこにいても承認画面が出るので、応えていただければ」
「わかりました。とりあえず考えさせてください。今は別の、本題に」
ジュリアさんは座り直して、
「本題、ですか」
「襲撃までの期間、僕を遊撃軍団長に任命。それならもう一つ決まってることがあるはずです。東と南西の、どちらを探索するんですか」
ジュリアさんは頷いて、しかし全く関係なさそうなことを切り出した。
「ベスラム戦が終わった後、私たちはプレイヤーの把握を行いました。その結果、所属している小隊と小隊員、現在ログアウトしているプレイヤーの人数が正確にわかっています」
僕たちが黙っていると、
「全部を合計すると四八八名。一二名、本軍から脱退しているプレイヤーがいます」




