ブラインド厨
「ありがと」
イイリコさんが汗をぬぐいながら戻ってきた。
このエンカウントにおいては後はリンチだ。ようやくリアル判定に慣れだしたガートランドとエイタロー、すでに無双の姫代子の三人にかかれば暗闇のスライム2匹はただのサンドバッグ。
と、また目の端に赤いエフェクト。
「リンクだわ! 姫代子ちゃん!」
「わかってる!」
姫代子とエイタローが右手から乱入してきたスライムたちに指定を変えた。ガートランドは暗闇のスライム一匹にとどめを刺している。
「ヒール行きますっ」
ユージンの声がして、エイタローに光の玉が飛んだ。まだ結構HPはあると思うけど、まあ早くても問題ない。
僕はブラインドのMPが無いことを告げて、スライムを攻撃に参加させた。
リンクしたのはスライム4匹で、だから前衛三人に任せる。
従来は後衛寄りの中衛だったガートランドもそんなに動きは堅くない。
まあ、今のレベルではそういった役割分担もあまり気にしなくていいのが救いだ。
「やられた!」
と別のパーティから声が聞こえた。
「やべえ!」
スライムにやられるってマジか。いや、僕らのパーティは初期でブラインドが使えたから、結構余裕を持って対処できただけだ。
初期だとシーフなんかじゃないと素早く動けないから、戸惑ってそのままスライムの集中攻撃をあびてしまったら死ぬ可能性もある。
HPがゼロになったと思われるナイトが倒れている。全員が初期レベルで蘇生の術はないから、たぶんホームポイントにすぐ戻るだろう。つまり、すぐ後ろの城内でリスポン。
「あの、イイリコさん」
「ん?」
イイリコさんは次のリンクに備えて、動かずにMPを回復していた。
戦っている間にもMPは回復するが、動かなければそのスピードは上がる。
シーフは猫だましなんかでMPを使う。そのほかの職業もたいていはMPを消費するようになっているから、結構重要な要素だ。
僕の横を、ユージンの唱えたヒールが過ぎていった。
「ブラインド一回分たまったんですが、しばらくスライムでもう僕たちは大丈夫でしょうし、ほかの小隊のモンスターにかけていいですか」
「ううん……。そうだねぇ、壊滅しそうになってるところもあるし」
前衛が倒れても、スライム程度なら後衛の殴りでもなんとかなる。
だけど実際に『倒れた』ところを見せられたら、慌てるさそりゃ。戦意だだおちだ。
みろ、さっきの小隊なんかすでにたこ殴りにあっていて、実際に死にはしないとしても気分のいいもんじゃない。悲鳴も上がってるし。
「まあ、まだウルフとかいないから大丈夫か。みんなが怖がって戦ってくれなくなったらよっぽど困るしね」
「慣れたらどうってことないと思うんですよね。だから余裕を与えた方が良いと思って」
「うん、いいよ。確かにこっちはもう余裕っぽいし」
「すみません、わがままいって」
「まあ、余裕があるうちはね」
僕は殴られまくっているフェアリーメイジに向かって……つまり殴っている五体のスライムに向かって、ブラインドを発動する。こういうとき、相手が固まっていると助かる。
ほとんど死にかけていたフェアリーメイジは、あらぬ方向をスライムたちが攻撃し始めても気づかずに悲鳴を揚げ続けていた。フェアリーメイジは紙だし、これは運悪く殴られたら死ぬな。
「おい、あんた。ええと……スーパーマギさん」
完全に名前負けしてやがる。スーパーマギの腕をひっつかむと、そいつはびくっと飛び起きて、
「うわあっ! あれ? え?」
「みんな死んでるからいったん城に入って」
「え? 死んで……え? マジ?」
「ホームポイントでリスポンしてるからさっさと行けって!」
「え? あ、ああ、そっか。本気で死ぬわきゃないよな。うん、うん」
ゲームと現実を混同するな。気持ちはわかるけど。
ちょうど掃討し終わったガートランドたちに呼びかけて、暗闇にしたばかりの五体のスライムを任せる。今回はイイリコさんも加わった四人+一匹で殴りに行く。
「いやあ、ネクロマンサーも結構いいんじゃないすか?」
ユージンは余裕綽々だ。
「今のうちはまあ、いけるよ。なんでも」
「前衛にタンクがいないのは厳しいっすからねぇ。ガートランドさんがドラグーンになってくれたら……いや、やっぱホーリーナイトには敵わないかぁ。どっちかってぇとエイタローさんが守護神になってくれるのが嬉しいっすねぇ」
「守護神って三次職だからな。そこまで行くには結構時間かかるよ」
「ま、今は置いときましょう。それ、ヒール行きます!」
ドシュッ、という聞き慣れぬSEが……SEってかもう現実に音だな……聞こえて振り返ると、操っていたスライムが霧散した。あ、しまった。操り直さないと。
さて。
新たにスライムに「躁屍」をかけた僕は、いったんユージンから少し前に出た。みんなの動きを観察するためだ。
前衛四人……WWでは僕がホーリーナイトだったから、僕らのパーティは六人中五人の初期職業が前衛だった。
かなり偏っているように思うが、仮に中衛というカテゴリがあったのならシーフとランサーはそちらに分類される。
ランサーは武器のリーチを生かした職業で、ある程度離れて戦うことにより各種ステータスにある程度のアドバンテージが入る。逆に言えば接近戦は苦手ってことだ。
シーフは単体の火力はあまりない。持てる武器が限られているし、素早さを下げるような重鎧は求められない。ひたすらに早く、様々な補助スキルを用いて相手側の戦力をダウンさせる職業。
だからまあ、がちがちの前衛となるとナイトの僕、サムライのエイタロー、グラップラーの姫代子というわけだ。
上位職業によっても戦闘面での役割は変わってくる。だからあくまで僕らのパーティの例でいうと、
・高防御力の僕が最前線で相手のヘイトを稼ぎ、耐えまくる。
・イイリコさんが各種スキルで相手を暗闇にしたり混乱させたりステータスダウンをはかる。
・ユージンが仲間のステータスをアップ。HPが減った仲間の回復。
・そしてエイタローと姫代子が突撃する。
・ガートランドは主に各種穴埋めとなる。非常に地味だが、職業だったドラゴンペンダントは物理攻防そこそこで回復魔法も使え、ドラゴンを呼び出して相手の後ろに回り込んだりとやることは多い。
パーティメンバーの誰かが倒れたところにすぐさまバックアップで加われるので無くてはならなかったりした。
それを踏まえて今の戦闘を見てみる。
初期職業が前衛だから、みんな敵とのガチンコ経験はある。
しかし動きがなんだかぎこちない。
動きのなめらかさで言えば姫代子>イイリコさん>ガートランド>エイタローの順で、特にエイタローなんかは明らかに戸惑っていて、何でもない敵の攻撃をもろに食らったり、攻撃の瞬間によろけたりしている。
たぶん、入力方法が変わったのとリアル判定のためだ。
全身の筋肉と脳波のどうのこうのといって、実際僕らは遜色なく歩いたりジェスチャーマクロを入力したりできている。だがそれはあくまで、日常的な動作の範囲内だからだ。
武器を持って相手に斬りかかる、というのは非日常である。日常でそんなことやってたら怖いわ。
おそらくエイタローなんかは攻撃や防御の動作をイメージしきれていないんだろう。そこにリアル判定や、モンスターたちの存在感なんかが拍車をかけて今の動きみたいになっているんだ。
ガートランドも似たような感じだけど、距離を置いて戦っているからまだマシである。イイリコさんは相手の隙を待つ戦い方だし、なぜか姫代子はそんな違和感など微塵も覚えていないように見える。
イイリコさんが「ユージンにエイタローの回復を優先させる」といったのがこれを見越してだったら凄いことだ。ないよね?
やべえよこれ。
数多すぎ。終わりが見えねえ。
「薬草、残り一個!」
「ヒール行きます!」
「ブラのリチャージ十秒!」
もう五十匹くらいは倒したぞ。全然撤退の気配がない。
一つ前のリンクからウルフが追加されて、ついに前衛が薬草に手をかけた。
「これ、まずいっすね」
ユージンの声からも余裕がなくなっている。
「てか中の連中、さっさと出てこいっての。誰か呼んでくんねぇかなぁ」
振り返る。
ん? 女ナイトが入り口に立ってるぞ。
「なんか言ってるっすね。聞こえないけど」
「ちょっと行ってくる。先にブラインドうつわ」
「お願いします。たぶんリンクが怖くて出てこれないっすねアレ」
僕はウルフ三体にブラインドを放ってから後退した。よく見たらずいぶん前進してたんだな。結構外門から遠くなってる。
戦ってる小隊は僕たちを含めて7つに。壊滅が一つあったから、新たに2小隊が参戦している。
僕が外門まで近づいていくと、突然。
『通信ONでお願いします』
と声が響いた。ちょっと慌てながら左目を閉じると、Juliaと表示される。以下ジュリア。たぶんそこのナイトだ。
『死んだ人から話は聞きました。すみません、外門からじゃ名前が確認できなくて』
『じゃあ早く出てきてほしいです。さすがにこの量じゃもたない』
『わかってます。でもやっぱり出たくないって人が多くて、今私たちを含めたいくつかの小隊がメンバーの再編をしてます。でき次第出るんで、もう少しお願いします』
『了解。今のところ相手はスライムとウルフです。たぶん、最初はリアル判定に戸惑うと思うんで、再編してるならライトメイジとかヒーラーを多めにした方がいいと思います』
『どうも。私たちが出たら交代で城に入ってください。ドロップアイテムがあったら、城に売買用のNPCがいるんで薬草の補充もできます』
『どうも』
さて。
戦闘域を振り返ると……やばい、一つ決壊したぞ。
ここからじゃ叫んでも届くかわからん。左目を閉じてユージンに通信をON。
『右見ろ! リンク来るぞ!』
すぐさまユージンが何事か叫んだ。しかしウルフは結構素早く、致命傷を与えにくい。今三体を相手にしているウチの小隊じゃ、新たに三体はきついぞ。
まずい、これ死ぬかも。
とにかく走って射程圏に入り、MPを確認。まだブラインドがうてるまで回復していない。
僕も殴った方がいいか? いや、初期レベルでウルフに殴りはあんまやりたくない……そうだ、躁屍だ。
前衛の四人を見る。ウルフが一体死にかけで、こっちのスライムも死にかけだ。
「スライム解除します!」
叫んで、ジェスチャーマクロ。支配をとかれたスライムは霧散する。よかった。残HPのまま敵にならなくて。
「ヒールいきます!」
ユージンがヒールを唱える。
「さっきのなんだったんすか?」
「増援に手間取ってるぽい。上位500人のくせにチキンが多いんだよ」
「なる。あんま遅れるとアレっすねぇ。デスペナ覚悟した方がいいかも。せっかくレベル上がったのになぁ」
「死に戻りなんてやだね」
お、ウルフ死んだ。すぐさま指定し、躁屍をかける。
「お前の身体は俺のもの!」
「ぶふっ」
吹くな。いや、そういう狙いの呪文だけど。
操られたウルフをすぐさまリンクしたモンスターに差し向ける。ぶつかったのと同時に、MPがたまった。ブラインドをかけると、三体のウルフのうち二体が暗闇にかかった。
一応の窮地脱出。
なんだ、ネクロマンサーいけるっぽいぞ。つーかブラインドがWWに比べて明らかに強い。
『ジェストさん。一応3小隊組めました。出ます』
ジュリアさんからの通信が入った。ありがたい。
「あ、やばい、エイタローさんが」
ユージンが叫んだ。
エイタローのHPが赤くなっていた。ユージンはさっきのヒールでMPが枯渇している。
すぐさまインベントリを開いて薬草を選ぶ。たぶんエイタローにはアイテムを使う暇が無い。一応マクロは組んでるだろうけど、ほかの三人に比べていっぱいいっぱいぽい。
「薬草いきます!」
叫んで、エイタローを指定し薬草。一気に青まで回復するのを見届けて安堵。
左目を閉じて、ジュリアさんを指定。
『どうも。こっち限界です。そっちが慣れるまで少し継続したら逃げます』
『任せてください』
うわ、超頼もしい。
振り返ると、外門から二十人くらいのプレイヤーが飛び出してきていた。先頭はジュリアさんだ。
通信OFF。
「ユージン、増援来るぞ! 薬草全部使え!」
「了解っす」
僕たちは残った薬草で前衛の四人を全快させた。
「薬草ゼロです!」
僕が叫ぶ。撤退の合図。ただしすぐさまという訳じゃなく、今目の前にいるモンスターは倒してからだ。
そこにジュリアさんたちのパーティが突撃していった。よく見たらさっきのスーパーマギもいる。フレイムショットを撃ち込んで、スライム一匹を蒸発させた。やっぱ強いな、フェアリーメイジ。
リチャージ完了。ジュリアさんたちのウルフにブラインドを放って、僕らの役目はやっと終わりつつあった。