リアル判定ぐらい説明しとけよ
角笛が鳴り終わった。
代わりに、今度は鳴り止みそうもない地響きが城内を支配した。
「な、なんですアレ」
「モンスターよモンスター! 見て、見てわからないの!?」
「わかってるよそれは!」
「攻めてきてるんだ」
と、ユージン。
「攻めてきてるんすよ。ほら、この城、人類の最後の城なんでしょう? だから魔物が攻めてくるんです」
「そりゃ……確かに、そうだけど」
「この城が占領されたらゲームオーバーなんすよ、きっと」
「じゃあ……あんなのを撃退しないといけないの?」
脳裏に帝の言葉がよぎった。
――早ければ一ヶ月程度で終わる――
城内が騒然とする。パニックだ。
「最初の敵です、きっとスライムなんかの雑魚っす、行きましょう」
「行くって、ええ、本気で?」
「当たり前じゃないすか!」
ユージン、すげぇな。こんなに冷静でいられるなんて。ほとんどはこの地響きのせいで恐慌に陥ってるっていうのに。
だけど僕もユージンに賛成だ。最初の敵だから、戦闘システムになれさせるためにも最弱レベルのモンスターしかいないはずだ。
それに打算を加えれば、この量の敵である。500人全員が総出でも結構な経験値を稼げるはず。
「小隊、組みましょう」
「さすがジェストさん!」
のった僕に喜ぶユージン。僕らはさっそく仕入れたばかりのスキルをジェスチャーマクロに登録していく。お、音声も組めるようになってる。
「リーダーはいつも通りイイリコさん、お願いします」
「ええ、ホントに? 最初は様子見でいいんじゃないかしら……」
「無理強いはしませんけど」
「ううん……」
と、ざわめきが広がった。一部のプレイヤーが門から飛び出したようだ。同じように考えた連中がいたんだ。
「……うん、わかった。行きましょうか。せっかくだから楽しみましょう。姫代子ちゃん、エイタローちゃん、ガートランドくん、いい?」
「異議なし。ちょうどいいわ。ネクロマンサーに頑張ってもらうから」
姫代子の野郎。
ただまあ、戦力を確認しときたいってのはわかる。これ以降の方針ってのは、つまり僕がこのパーティに残るかどうかも決めるってことだ。
「行きます。あとなんかくすぐったいんで今まで通りクンでお願いします」
「じゃあ今回は俺とエイタローが盾を兼ねるよ。ネクロマンサーって何が使える?」
エイタローとガートランド。
「初期で覚えてるのはブラインドだから、とりあえずエンカウントしたらぶち込む。あとモンスターを倒したらそいつを仲間に引き込める。今回は単純に攻撃力があった方がいいと思うから、ウルフなんかを操ろうと思う」
「了解。シーフの私も殴りに参加するわ。全員初期レベルってこと忘れないでね。特にユー君。モンスターの数も多い。絶対にMPが間に合わないから、エイタロー君の回復を優先して。ほかの人は手持ちの薬草を自分に使うつもりで。あと薬草が切れたらシャウトすること。そのときはいったん城内に戻って体勢を立て直すからね」
うなずく。この辺はさすがにイイリコさんだ。
「じゃあ、行きましょう。小隊画面開くわ」
全員がマクロ登録を終えるまで2分ほど。
最初の防衛戦が始まった。
「すいません、どいて!」
叫びながら、人をかき分け外門へ。
最初に飛び出したグループはすでに臨戦態勢でモンスターを待ち構えている。僕らを含めて6パーティ。つまり36人。
ほかの連中は様子見らしい。出ろよ。
外門を出ると、一面に平原が広がっていた。
遠くに大きな山、森なんかが広がってて普通ならため息でもつきそうなもんだけど、今はそのほとんどがモンスターで埋まっている。
すげぇ迫力。
「ちょ……ごめん、正直怖いわ」
イイリコさんの感想は、口に出さないまでも全員が……僕らのパーティだけじゃなくて、おそらく構えている36人が……考えていることだろう。
姫代子だってなんでもない顔をしているけど、腕が震えているのを僕は見逃さない。後でいじってやろう。
「おい、君、閃光のジェストか?」
恥ずかしいからそれで呼ぶな。誰だ?
「俺だよ、俺」
と笑いかけてくるナイト。腕組みで仁王立ちしてて偉そうだ。
わからん。左目を閉じると頭の上に名前が表示された。NoriaKing。以下ノリアキング。
おお、思い出したぞ。一ヶ月くらい前、ホーリーナイト限定のイベントで一緒になったヤツだ。
「ああ、その節はどうも」
「やっぱ選ばれてたんだな。異様に強かったもんな……で、なんでナイトでないの?」
「いろいろあって」
「ふうん。まあそれぞれだよな」
その通りだ。ノリアキングのパーティもバランスのとれたメンバーで、当然というか新職業は一人もいなかった。
つーか一通り見てみたけど、新職業のプレイヤーいるのか?
「どうよ、わくわくするっしょ?」
「はあ?」
前言撤回、全然恐れてないヤツもいる。
「WWのイベントでもこういうのあったけど、こんなにリアルになるとは思わなかったもんな。フフフ、腕が鳴るぜって感じ」
マジか。結構頼りになりそうだな。
「なに、知り合い?」
姫代子が聞いてくる。
「ども、ノリアキングでーす。ねぐらの掃討のときにね」
「ああ、あのイベントの。ホーリーナイト『だった』もんね」
強調するなよ、うっとうしい。
「ま今回は人類側の協調が大事ってことで、仲良くしましょうや」
「なれなれしい人は好きじゃないの」
歯に衣着せぬってヤツだな。ノリアキングは特に気にしてない様子で笑った。ううん、できる。
「ネクロマンサー、どんなのか教えてくれな」
「まあ、機会があったら」
「ちょっと、来るよ」
モンスターはすぐそこまで迫ってきている。
うむ、ノリアキングありがとう。さっきまでビビっていたのが少し和らいでいる。それは姫代子も、みんなも結構同じようだ。楽天家が一人いるだけで結構かわるもんだな。
目の端に赤いエフェクトが流れた。
「エンカウント!」
攻撃対象が矢印で表示された。これがパーティを組んでいるモンスターらだ。
思った通り最弱のスライムがほとんどで、ちょっと強いウルフとかはまだこちらに到達していない。
余裕で勝てる。だけど見くびっちゃいけない。
「ブラインドいきます!」
あらかじめ設定していたマクロを動作で発動させる。
指で円を描いた後に拳を握る。WWから続くジェスチャーマクロだ。それぞれ動かしやすいものを好き勝手に設定できるので評判がよい。
同時に僕の右腕から黒いもやのようなものが飛び出して、スライム三体を直撃、視界にまとわりつく。盲目に成功。
範囲攻撃なので二体が健康なまま。その二体にガートランドとエイタローが突撃し、僕とイイリコさん、姫代子は暗闇の三体。
スライム程度なら、職を問わず殴りである程度行ける。今回はパーティを組んだときの副次効果で攻撃力と防御力が10%上がっているからなおさらだ。
念のためユージンは後方に下がって戦況を把握する役。さっきの冷静さから考えれば問題は無いだろう。
ほかの小隊も戦闘に突入したようだ。
ただ、ここで問題が起きた。
スライムに斬りかかったエイタローとガートランドが思い切りずっこけたのだ。それぞれ手持ちの武器を思い切り空振りし、勢い余って。
「うおっ」
「きゃあっ!」
その悲鳴からエイタローが女だということを改めて実感する。
いやいや要点はそこじゃない。
何が起きたのかを僕(そしておそらく、後方から見ているユージン)は一瞬で理解する。大幅なシステム変更がここにもあったということを。
「うわ、外れた!」
「あたらねえ!」
各小隊の前衛が次々に叫んだ。その隙をついて、スライム共が先制攻撃を次々に仕掛けていく。
まずい、どうやらあたり判定もリアルになってるぞこれ。
WWでは有効範囲内であればあたりかはずれかは命中力で判定されていたが、CHでは自分で相手に当てなければ外れてしまうのだ。
「いてえ!」
「ちょ、ちょちょちょちょ!」
前衛が混乱し始める。ガートランドとエイタローも体勢を崩していた。
僕の前にいるスライムは、暗闇のせいかあらぬ方に向かって攻撃を繰り出していた。そこをゆっくりとイイリコさんが近づき、ナイフを突き刺す。
「手応えありっ。ジェスト君、暗闇はWW以上に有効になってるから、エイタロー君たちのスライムにも撃って! こっちはあたしと姫代子ちゃんで大丈夫」
了解。ちょうど同じこと考えてました。
向きを変えて、もう一度マクロの動作を行う。今度は二つの黒いもやが飛び出して、二人を襲っていたスライムに当たる。
妙な動きをしだしたスライムたちの隙をついて、僕はエイタローを助け起こした。
「大丈夫? ガートランドも!」
「ああ、畜生、いってぇ。痛みまでリアルにすることねーじゃんかよ」
「ごめん、ジェスト君、その、あの」
ばっと両手をはなす。うわ、うわわ。揉んだか? 揉んでしまったか?
「ご、ごめん! そんなつもりじゃ」
「うん、わかってる。ありがとう」
といいつつも、少し怒ってるよその顔。
まあ、いい思いしたからいいけど。
「なにやってんのよ! 訴えるわよ!」
と、飛び込んできた姫代子。どうやら暗闇の三体のうち、すでに二体を倒したらしい。
さすが単体での攻撃力は上位のグラップラーである。ホントは投げ技主体の格闘スタイルらしいけど、WWではパンチなんかが強い。つーか適正高いな。もうリアル判定に対応している。
よく考えれば姫代子も廃人だもんな。
左目を閉じるとMPが空になっていた。補助魔法二回で空ってのは結構きついが、そういやスライムを倒したんなら『躁屍』が使える。消費MPは1だから、スライムを操ってみよう。
後ろに下がって、イイリコさんが戦っている周りの倒れたスライムを指定する。ジェスチャーマクロ『両手で杖を持って』
「お前の身体は俺のもの!」
と叫ぶ。
姫代子がこけるのが見えた。危ないぞ。
ほかのメンツは余裕がないのか、特にリアクションはない。いや、ユージンが
「ジェストさんらしいっすねぇ。もっと中二でいいんじゃないすか、ガートランドさんみたいに」
といった。もう卒業してるからなそっちの方は。
スライムの下に魔方陣が現れて、瘴気が包み込んだ。魔物より邪悪っぽいぞ。いいのか。
とにかく崩れていたスライムの身体が再生し、グニャグニャと動き出した。
どうやって命令すんだっけ。
ああ、まあやってみよう。言葉にしにくいが、これもやっぱ思考で操作っぽい。
突撃。目標はイイリコさんと戦っているスライム。ほれ、いけ。
するとスライムはぴょんと跳び上がって、イイリコさんと対峙していたスライムに体当たりをかました。ほとんど弱っていたのかそれで倒したようだ。
ううん、まだ強さがよくわからんなあ。スライムだし。