イイリコさんと仲間たち
「すげー! マジでリアルだ!」
「見てこれ、装備の重さなんかもホントっぽい」
「風吹いてるよ!」
「石、これ石だって!」
凄くうるさい。
だがこのうるささも、今までのスピーカーから出てくるものとは段違いだ。本当に周りから聞こえてくる。みんなが騒いでいるのも、従来のWWで再現しきれなかった『重さ』『完全な触感(ある程度は再現できていたが)』なんかである。
本当に自分が異世界に入り込んできたような雰囲気を感じ取れるんだからそりゃ興奮する。
僕だって興奮している。
三百六十度をまったくタイムラグなしに見渡せる。
天高く太陽が輝き、肌に触れる風は心地よい。
まとった衣服とローブの肌触りはきめの荒い布そのものだし、手に持った木製の杖は適度な重さだ。
どれもこれも、WWを遙かに超越したリアリティだった。
「……」
絶句、というヤツである。
ところでここはどこだろう。ログイン前の地図から察するに、人類側に残されたたった一つの城。そのおそらく中庭らしきところ。
ずいぶん広い。
すでに数え切れないほどのプレイヤーがログインしているが、きっと集められた500人、ここがスタート地点になるんだろうな。
外の景色を見てみたいぞ。
そんなことを考えていると、
『ジェスト君、ジェスト君』
と、誰かに呼ばれた。聞き覚えのある声だ。
「イイリコさん?」
見回すが、それっぽい人はいない。あたりは興奮したプレイヤーでいっぱいだ。
『あー、マニュアル読んでないのか。左目だけ閉じるとメニュー出てくるから、WWの要領で通信をONにして』
ああ、通信での会話か。こんだけリアルな中でってのも変だけど、元がネトゲなんだからそりゃそうだよな。
左目を閉じるとコマンドが現れる。見覚えのあるヤツで、WWとほとんど変わっていない。ログウィンドウの近くに『talk』があり、その中からイイリコさんを選ぶ。フレンドはどうやらWWから引き継いでいるようだ。ありがたい。新規キャラなのに。
『聞こえますか、イイリコさん』
『あ、つながったつながった。ジェスト君と繋がったよ。ジェスト君、あたしたち大階段の近くにいるの。これる?』
『大階段ですか? ええと――』
城の外門から一直線に、内門へと視線を移す。
その内門に続く大きな階段。いったん通信をONにしたら、左目を開いても継続されるようだ。
『ありました。どっち側ですか?』
『えと、んと……ユー君、階段に上ってくれない?』
その間に、僕は大階段に向けて歩き出す。かなり混雑していて歩きにくい。そういやこれ、頭で考えるだけで操作しているって話だけど、ずいぶん違和感がないな。今まで気づかなかったくらい自然だ。
しかしこんな技術、どこが開発したとも聞いたことないぞ。昨今はVRが流行語だから、こんなリアルな世界を作れるようになったなら何はともあれ発表されると思うんだけど。
『見える?』
階段の上で手を振っている青年。あらぬ方を向いているが、
『はい、見えます』
『見えてるって。もうちょっと続けて』
ヤツはライトメイジのユージンだ。
メンツの中じゃ一番若い、つまり始めた時期が遅いけど、それでも五年くらいは続けている。それにしても500人の中に残るんだから、僕たちと一緒に高レベル帯のモンスターと戦いまくったのが効いてたのか。
『あ、イイリコさん見えました。通信切りますね』
というわけで、僕は目を丸くした五人と再開することになった。まあ、昨日まではWWで一緒にパーティ組んでたんだけど。
「あらあ、ジェスト君……新職選んだんだ」
と、イイリコさん。こりゃ目の毒だ。もともと女性のシーフは露出度が高いが、改めて見ると生々しすぎる。
これはゲームゲームゲーム。よし、会話に支障はなさそうだ。
「開発者からどうしてもって言われて。それで、だから壁できなくなっちゃって」
微妙な空気に。
そりゃそうだ。壁がいなくなったら別の壁を探さなきゃならない。壁、タンクはプレイヤーも多いからそれは容易だけど、問題は人数が制限をオーバーしてしまうことだ。
「うーん、そっかぁ。まあ最初の方は大丈夫だろうけど」
「ネクロマンサーなんて、冒険したっすねぇ」
ユージン。白いローブに僕と同じ杖を持っている。
もともと軽薄そうなイメージだけど、仕草にもよく出てる。よく見ると、WWに比べて顔なんかも微妙に変わっているようだ。
「開発者に頼まれたからって、そんな義務ないでしょうに」
女性グラップラーの姫代子。
おっしゃる通りです。こっちもかなり直視しにくい際どさだ。
「パーティのメンツ考え直さなきゃ」
「ちょちょちょ、始まったばっかりなんだからそういうの後でいいでしょ」
「大丈夫です、イイリコさん。そういうの覚悟した上で、新職もせっかくだから試してみようって思ったんで」
「ちょっとはパーティのことも考えなさいよね、ほんと」
うう、もともと口が悪くてイラッとしたことも多かったが、実際に面と向かって言われるとかなりきつい。
しかし今回ばかりは自分に責任がある。まあ、元々は帝の野郎なんだけど、あいつの言葉なんか無視してもよかったわけだし。よく考えたらいちプログラマの個人的な頼みを断ったからってサービスを悪化させるようなことやっていいわけないんだ。
嫌みなんかは言われるだろうけど、ナイトを選んでもサポートはしてくれたはずだ、たぶん。
「ごめん」
「まあまあ、新しい職業はやってみたいっていうの、僕もよくわかるし。ゲームなんだから楽しまないと」
と、サムライのEitaro。以下エイタロー。フォローサンクス。基本的には良いやつばっかである。
ん?
「エイタロー? 女の子だったの?」
目の前にいるのは質実剛健な若武者ではなく、無骨な鎧に身を包んだ華奢な女の子だった。
「あ、その、そう。ネナベ。今回、実際にゲームの中に入るって噂あったでしょ? アドバイザーの人にきいて、じゃあ元々の性別の方がいいかって思って。それで筋力がちょっと下がっちゃった」
「そうなんだ。驚いたな。じゃあウチのパーティ、男と女がおんなじ数だったんだ」
「そうそう、むさい軍団じゃよー、って思ってたんだけど」
最後がランサーのガートランド。全員初期職に戻っている。
「あと今回、単純なパーティ制とは変わるって言ってたし」
「聞いてないっすよ、そんなの」
「アドバイザーの人から聞いてない?」
「あたしも言われた、それ」
情報が錯綜している。たぶんアドバイザーによって説明が異なるんだ。帝が僕にネクロマンサーの説明や『重要な情報』をくれたような個人サービスによるものなのだろうか。
「まあ、今から説明してくれるからわかるって、きっと」
「今何時だっけ? 6時からだよね」
「あ、うん。ええと」
反対側の外門の方では門が開かないというような話が聞こえてくる。
説明が終わるまではここから移動できないようなので、焦らず持つことにした。
そして、
『まだ18時になっていませんが、全員のログインを確認しました。これより今回のゲームの説明を開始します。なお説明の間、ログアウト機能、各通信機能、サウンドOFF機能を一時的に制限いたしますのでご了承ください』
事務的なアナウンスがどこからか流れた後、空が暗くなった。
雷が鳴り出し、所々から悲鳴があがる。
風が強くなった。陰鬱な雰囲気に早変わりだ。
『貴様らか、人類最後の希望とやらは』
重々しい邪悪な声が空にとどろいた。
『ククク……もはや我らの進撃を止めることは叶わぬ。その城が堕ちたとき、貴様らの命運は決する。せいぜいあがくがよい』
高笑い。なんてこたない。オープニングだ。
その後、この世界の歴史が流れる。
さっきもあった説明をもっとドラマティックにしたものだ。この辺はおいおいかみ砕いていくとして、新システムの説明が重要である。
えー、この「小隊システム」は一応説明しておくけど読み飛ばしても支障はあんまないと思う。
このゲームはWWからパーティ制を一部拡張し、それぞれ『小隊』を作ることができ、その小隊を併せて『軍団』になる。
軍団は最大で3つまで作成可能で、ただし今は利用できない。いくつか魔物側の城をおとしたら使えるようになるとのことで、その際にまた説明がある。
小隊は従来のパーティのことで、経験値は基本的に小隊で分配される。
ほかの小隊の戦闘に割り込むことも可能だが、その際は経験値の80%が最初にエンカウントした小隊、残り20%が割り込んだ小隊に分配される。これは雑魚戦の場合で、ボスモンスターにはそれぞれ「経験値獲得上限」が設定されている。
たとえば獲得上限が2だった場合、2小隊までならそれぞれ100%の経験値がもらえる。それ以上の小隊がエンカウントすると、最初の小隊が80%ずつ、残りの小隊が20%ずつもらえるという算段だ。
これはどれだけリンクしても減ることはない。つまり最大で100%、最小でも80%が確約される。ただドロップアイテムに関してはこの限りではない。
これはWWからの画期的な変更点で、横取りのうまみが減っている。
かといって割り込むことにメリットがないわけでなく、ある小隊が別の小隊を助けた場合は、通常のモンスター退治に比べて功績ポイントが若干多めにもらえる。
助けた小隊の割り込み時の状態に寄っても変わってくるから一概には言えないが、功績がたまると軍団内で便利なシステムなどが使えるようになる云々。
つまりある程度プレイヤー間の協力を促すようなシステムになっている。
リンク上限も基本的にないため、極端な話、強敵に対して500人全員で挑むことも可能になっている。
「ずいぶん極端なシステムになったわねぇ。まあ期間と目的がはっきりしてるなら、こういったシステムの方がいいのかしら」
説明が終わった後、イイリコさんが言った。
「WWの癖が抜けるまで結構かかるかもしれないね」
「まあ、戦闘システムなんかはあんまり変わってないってことだし、功績もあるし、小隊で戦闘がこなせる必要はあるでしょう?」
といって僕を見る姫代子。うるせ、わかってるよ。
「で、どうする? 今日はもう夜になるけど、そこら辺まわってみる? 明日にする?」
「まだ日の入りまでちょっとあるですし、行きましょうよ。この様子じゃ、戦闘の感じかたは結構変わってると思うっすよ」
それは同感だ。それに明日からの方針を決めるに当たって、ネクロマンサーがどういう動きになるかを把握しておきたい。
と。
突然、全身をびりびりとふるわせる角笛の音が鳴った。
「うわっ! うるせえ!」
「なに!? なに!?」
映画の指輪物語なんかで響き渡った例の音だ。思わず手で耳をふさぐ。
同時に、外門の方で騒ぎが起きた。
「なんかありますよ!」
大声で叫ぶ。
「え? なに?」
「向こうです、向こう!」
指さす。みんなが外門を見る。
初めはよくわからなかった。だがよく見れば、門がゆっくりと開いていく。
その大きな大きな門の向こうを、真っ黒な波が押し寄せてきていた。
「……」
誰もが言葉を無くした。
だってあれ……モンスターじゃないか、全部。