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キャッスルガード・ヒーローズ  作者: 栗原寛樹
第二部 クエスト「洞穴の魔物を退治せよ」
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エイタローがおかしい

 僕は戸惑っている。


 予定通りレベル上げを切り上げて、相変わらず混雑している宿屋でメシを食って、一人ずつ部屋を取って、休息が今だ。ちなみに全員個室のスペースが実際にあるサンダマスヴェリア城を除き、それぞれの宿に定員という概念はない。チェックインすると専用のスペースが用意され、扉を開けることで宿の一室のように見える場所へ移動するようになっている。だからどれだけ混雑していても心配ない。


 一息ついてローブを脱いだ後に、エイタローから部屋に来るという通信が入った。


 そして今。


「……それで、今のところ受け流しが生命線だから、ダメージを抑えるにこしたことはないけどどっちかっていうと失敗しないように気をつけて……」


 僕のセリフからもわかるように、日中に続いてエイタローへ盾の講義だ。


 エイタローが盾に対してかなり真摯に向き合っていて、一日も早く一人前になりたいという意気込みは伝わってくる。


 でもここ、宿の個室だぞ。


 ゲーム内でパーソナルスペースを主張するつもりはない。疑問なのは男の一人部屋に女がくることだ。共有スペースを提案したらそれはみんなにばれるかもしれないからイヤだという。一応筋は通っているが、それにしたって無警戒だ。


 僕を男として見ていない、という可能性もないわけじゃない。それはそれで微妙な気分にもなるが、確かにWWからこっち、僕は無害だったろう。ネトゲなどにはある種恒例のオフ会。そういったリアルでの関わりについては、僕は徹底的に避けてきたし、そもそもイイリコ小隊はそういった話題は無縁だった。それにWWの時、エイタローは男だと思ってたし。


 にしたって、宿の個室に男と女だ。僕が戸惑うのも自然じゃないか? それにエイタローは借りてきた猫のようにおとなしいし、緊張しているのが丸わかりだ。意図を邪推したくもなる。といっても僕に対してどうこう、と思うほど思い上がっているわけでもないけど。


 追い出すような理由も特にないし、誰かが余計な気を回さないことを祈りながら講釈する。それが最善ではある。


「……で、今のところアドバイスはこのくらいかな。盾ってようするに盾だから、やること自体はあんまり多くないんだ。かわりがいないから、それぞれの動作をしっかりやるのが基本」


 昼の繰り返しになっている。エイタローは覚えがいいので、話すことはもうほとんど無い。あとは実践を重ねるだけの段階だ。応用はあるにはあるけど、二次職以降のスキルが関係してくるから今教えてもしょうがない。


「質問はある?」

「うん、大丈夫……あの」

「なに」

「その、あの後、イイリコさんとは」


 なんの話だ?


 僕が答えあぐねていると、エイタローは首を振った。


「なんでもない。遅くまでごめんね」

「それは別にかまわないけど」


 エイタローはがちゃがちゃと立ち上がり、ぎこちない笑みを浮かべる。


「もうちょっとで掴めそうな気がするんだ。ありがとう」


 僕は曖昧に頷く。


 彼女はイイリコさんの名前を出した。あの後ってなんだ?

 もしかして『キャッスル』でのことか?


「エイタロー達がゲームに戻ったあとは、十分くらい話した」

「……え」

「それだけだよ。あ、メガネ外したら話せるようになったのがわかったんだ。今はないけど、ほら、外すとぼやけてよく見えなくなるから」


 ゲーム内にはメガネはない。僕がアバターをそういう風に作ったから。もちろん僕の顔はリアルとは違って端正なものを作り上げたし、だいたいの人はリアルよりも美形にする。


 ただ、だからといって別人になれるわけじゃない。実際のところ、リアルでみんなに会った時、顔は違っても本人だとわかった。誰もボイスチェンジャーを使っていなかったこともあるけれど、それ以上に仕草や表情が同じだ。ほとんど完璧にトレースするCHならではの現象。


 だから今のエイタローも、リアルのエイタローと同じ。引っ込み思案で自己主張をあまりしない、おとなしい女の子。


 だけど……そんな子が、このゲームが始まってから一度、とても強い意思表明を行った。


 ――僕が盾になる


「そ……そうなんだ。へえ」


 そして彼女が意思表明をしたときは、僕が小隊を抜けるか抜けないかが問題になっていた(正確には僕が問題にした)。


 僕は自分がどういう人間かを知っている。だから他人からの僕への評価に期待したりはしない。だから……


 そのときエイタローが浮かべた、ほっとしたような、緊張が少し解けたようないつもの笑い顔。


 それにも、必要以上の期待はしない。


 がちゃがちゃと鎧をならしながら出て行く彼女を見送りながら、考える。


「……さすがに、ないよな」






 アーシュアから二十分ほどのところに、洞穴はある。

 午後二時。僕らはようやく推奨レベルに達し、クエストを受けた。


「最終チェック。ユーくんのウィスパーライトが基本だけど、念のため全員、たいまつ二本ずつとHP回復薬。後衛は毒と麻痺の回復薬。ジェストくんとユーくんはMP回復薬。高いから使いどころは気をつけてね。用意できてる?」


 ある程度溜めたGは、MP回復薬で大部分を使ってしまった。それくらい高い。というのも、HPはMPを消費することで回復することができるが逆はできない、という原理がそうさせている。MPは特定の上級スキルを覚えなければ回復手段が非常に乏しい。MPを使用するスキルも多く需要が常にあるため、価値も高いわけだ。


「それじゃあ先頭は私。その後はいつも通り。行きましょう」


 イイリコさんを先頭にするにもわけがある。ダンジョンにつきものの罠や待ち伏せなどを回避するためのスキルは、序盤ではシーフにしかない。中盤以降もシーフ系統の職業が最も長けているので、ダンジョン内では彼らを先頭にして罠回避などを行うのがセオリーだ。それがCHでも通じることは、ノリアキングに確認済みである。


「ウィスパーライト、いきます」


 狭い入り口を入ってすぐにユージンの声。同時に背後からまばゆい光が僕らを照らす。光は敵に見つかる原因にもなるが、どうせモンスターは暗闇でも探知がきくのだから明かりを使わない理由はない。それに併せて、こういったダンジョン内のモンスターはブラインドが非常に聞きにくい。もともと暗闇で生活しているので、視界以外の探知方法を持つものが多いためだ。


 進んでは止まり、イイリコさんが「罠感知」と「聞き耳」を使用する。どちらもそのままの性能で、一定範囲内に罠がないか、前方の死角にモンスターが潜んでいないかを確認するためのスキルだ。これがあるのとないのでは難易度が全く変わってくる。


 ここでクエストのおさらいをしておく。当クエストの目的はダンジョン内にいるモンスター、ゴブリンを壊滅させることだ。といっても正確にはダンジョン内の特定エリアにいるゴブリンを一定数倒せばいい。部屋にいるゴブリンを倒せば次への扉が開く。それを繰り返して最深部まで行けば、ボスのゴブリンシャーマンがあらわれる。倒せば、クエストクリア。


 CHにおいてこれらのクエストがどんな意味を持つのか、という点はすでにノリアキング達攻略組によって研究されている。もちろんクエストクリアによる報酬もあるが、ある拠点に用意された全てのクエストをクリアすると、その拠点は襲撃の対象から外れる。


「襲撃の対象からはずれる? それってつまり……」


 この洞窟は一本道だから、警戒するのは先頭のイイリコさんと最後尾のガートランドだ。一列になって進んでいるから、間の四人はある程度余裕がある。


 姫代子の質問に、僕は頷く。


「襲撃されるのは城だけじゃない。解放した拠点全てが対象になる」

「それって無理じゃない。あの量のモンスター、人数が半分でも防ぐの難しいのに。そもそも全てが対象ってどうやってわかったの」

「そりゃもちろん、城以外が襲撃されたから。エイタローも聞いたよな」

「うん……今月襲撃されたのはマーシャヴェルナ。港だってノリアキングさんが言ってた」

「……意地悪しないで教えなさいよ」


 もちろん姫代子の質問の意図はわかっている。複数拠点が襲撃されるなら、そして襲撃モンスターから拠点を守るためにほとんど全ての戦力を投入しないといけないのなら、ノリアキングたちは事前に襲撃されるのがどこかわかっていなければならない。でなけりゃ、今頃マーシャヴェルナはまたモンスターに占領されているはずだ。


 襲撃されるのがマーシャヴェルナだと、彼らは何故知っていたのか。


 結論としてはこの二ヶ月、引きこもり組が意外と活躍した。


「……引きこもり組がやってた城の改修が一段階を超えたんだ。それで城に『物見』が追加された」


 正確には、先月の段階で終わっていた。


 物見とは読んで字のごとく物を見る。この場合の物とはモンスター達のこと。

 言ってしまうと、この物見機能が加わったことで、襲撃の前日に『どこが襲撃されるのか』がメニューに表示されるようになったらしい。だから今月の襲撃の時、城を守っていたノリアキング達は慌ててマーシャヴェルナへと移動した。


「ただし、ゲームを続けていくと城からどんどん離れていく。前日なんかじゃとても間に合わなくなる。大陸の端と端とか。ノリアキング達の予想では、改修を進めていくと物見のレベルも上がっていく、つまり知らせがもっと早く表示されるようになる。それとは別にクエストをクリアすることで、安全な拠点を増やしていく」


 拠点はアーシュアしか増えていないけど、僕らがログアウトしていた間、ノリアキング達攻略組がなにもしていなかったわけじゃない。彼らだってWWのトッププレイヤーだ。ゲームの攻略は確実に進んでいる。


「アーシュアについては全部のクエストをクリアしているから安全な拠点。マーシャヴェルナは一つ要求レベルの高いクエストがあって、来月の襲撃までクリアできるかわからない」

「……だと、ちょっとまずくないっすか」


 そうだな。確かにそうだ。


 僕らが六日後、いや移動の三日をあわせて九日後に解放する予定の拠点は、少なくとも城から徒歩で四日程度の距離がある。サンダマスヴェリア城にはクエストがないから、ゲームの最後まで襲撃の危険性があることを前提に考えると、どうしても得策とは言えない。


 離れすぎだ。前日に城が、もしくはマーシャヴェルナが襲撃されることがわかっても、そのとき砦にいる連中は間に合わない。逆もしかり。


 エイタローが目を伏せる。彼女もあの場にいた。


 僕がそれをノリアキングに質問したとき、ラメ……ノリアキング隊の副隊長が邪魔をした。


「……それについては一応対抗策があるっぽい。確実じゃないから、今はまだ話せないみたいだけど」


 ユージンが振り返る。


 ヤツが鋭いのはわかっている。今までのノリアキングのことを考えると『どんなあやふやな情報であっても、話さないわけがない』。もちろん確実でないことは前置きした上で、だ。


 ユージンはあの場にいなかった。だからなにが起きたかはわかってないだろうけど、なにかが起きたことは気づいたに違いない。


 だけどこれを話すのはまだの方がいい。少なくともこの小隊が一つクエストをクリアして、ゲームの攻略を実感した後の方がいい。ユージンやイイリコさん、姫代子は問題ないかもしれないけど、エイタローやガートランドに話すときには言葉を選びたい。そのための時間が欲しい。


 僕らに対しての、複数のプレイヤーからの反発。


 嫌悪。


 せめてこのクエストの間は。


「ストップ」


 イイリコさんが合図を出して、僕は安堵する。話を打ち切るいい機会だ。


「次の部屋にゴブリンがいるわ」


 木製の扉に耳をあてて、小声で。


「数は……ごめん、わからない。隊列変更。エイタローくんを先頭に、姫代子ちゃん、ガートランドくん、ユーくん、私、ジェストくん。いったん明かりが消えるまで待ちましょう。扉を開けると同時にユーくんは中を照らして。エイタローくんは最初に飛び込んで仁王立ち。姫代子ちゃんとガートランドくんは数を確認して、多かったら二人とも左側から片付けて。エイタローくんと私で右側を足止めするわ。後衛二人は任せる。部屋の隅で私たちのサポートをお願い」


 部屋に入るときの聞き耳が失敗した場合、中の状況が正確には把握できない。だから今回のように、ある程度おおざっぱな作戦になる。クエストの最初からこれだと幸先が悪いけどしかたない。どんなスキルもミスの可能性はある。


 待つこと数分。ユージンのウィスパーライトが切れて真っ暗になる。


「エイタローくん、自分のペースで三つ数えて。バラバラでもいいから、三で突入。私たちも続くから」

「はい」


 イイリコさんはエイタローに盾の指示を出した。確かに相手の戦力が未知の場合、とにかく戦況の把握が出来るまで盾が耐えなければならない。特にサムライは盾を持たない分ナイトより柔らかいから、受け流しなどのスキルに頼る必要がある。


 そしてプレイヤースキルの必要性が高いほど、プレッシャーも高くなる。


 CH、つまり今の戦闘システムになってから初めてのダンジョンアタックだ。


「エイタロー」


 暗闇の中、僕はできる限り簡潔なアドバイスを出した。


「僕らを信頼しろ。ゴブリンなんか雑魚だ。耐えさせる」

「……うん……いきます。いち、にい」


 助けになったかはわからない。わからないが、


「さん!」


 とにかく戦闘が始まる。

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