ようするにイイリコさんって凄い人なんです
「じゃあ次ので最後にしましょう」
日没が近い。レベル上げの成果は上々、というか一応予定通りではある。今日中には目標に届かない点も含めて。
現時点でのレベルは女性陣が10、僕が12、ユージンとガートランドが15。
さすがに一桁と二桁じゃレベルの上がり方が違う。ユージン達はすでに推奨レベルを超えているので取得経験値が少なくなっているのも原因だ。その辺は織り込み済みなので問題は無い。
さて。
これまでの戦闘、僕には特に問題は無かった。アシッドアローはポイズンビーの排除に十分役にたってくれているし、フォレストベアを操って前衛のサポートもいける。森にはブラインドがききにくい敵、もしくはブラインドの意味が無い敵が多いからあまり使っていない。
代表的なのがフォレストベアで、これは港偵察の時も違和感を覚えていたことだけど、WWから仕様が変更されている。視覚よりも聴覚、もしくは嗅覚で戦況を判断しているらしく、ブラインドをかけてもお構いなしに攻撃してくる。今のところこういったモンスターはフォレストベアだけだけど、知っているモンスターでも気をつけないといけない。
MPが減っているので、少しの間だけ休息。ぎりぎり日没までにもう一戦できる計算だ。
水分補給をしていると、こそこそとエイタローがやってきた。別にこそこそする必要もないし、鎧ががちゃがちゃ音を立てているのでそもそもみんなにばれているけど、そこは優しさである。エイタローが人目を忍ぼうとする理由に、みんなたぶん気づいている。
「どうだったかな」
「動きは問題ないよ。刀での受け流しは慣れるしかないけど、仁王立ちは、うん、使いどころもちゃんとできてる」
「ほんとう?」
エイタローは打てば響くから教え甲斐がある。褒めたら素直に喜んでくれるのも気持ちがいい。
「あとは、まあ装備かな。やっぱり防御力は高いにこしたことはないし」
「うん……城に戻ったらイイリコさんに頼んでみる」
僕が教えているのは、盾としての振る舞い方だ。二日目にエイタローは盾宣言をした。イイリコさんは決定を保留したけど、本人はすでにやる気満々で……多少罪悪感を覚えないでもないけど、正直言って助かる。だから僕はホーリーナイトの経験と知りうる限りのサムライの知識で、動き方のレクチャーをしていた。本人はまだみんなに内緒にしたいらしく……戦闘中の動きでバレバレなんだけど、とりあえず僕からはチクってない。
「まあ、まだ急いで必要って段階じゃないから。ゆっくり慣れていくのがいいよ。今までと真逆だし」
頷くエイタロー。だけどたぶん無意識にだろう、さっき被弾した左腕をさすっているのを見るとちょっと気の毒になる。
「おおい、連れてきたべ」
ガートランドがモンスターを引き連れて戻ってきた。MPが最大値近くになった際に釣りにでかけていたのだ。
「じゃあまあ、とりあえず今日の総決算。見ててやるから頑張って」
「うん、任せて」
振り向きざま、刀を引き抜く。僕も立ち上がって、杖を構えた。
「集合! さあ、最後いくよ」
隊列は前衛がエイタロー、ガートランド、姫代子。中衛にイイリコさん、後衛が僕とユージン。
モンスターはフォレストベア二体、ポイズンビー三体、よく見えないがマウンテンボアも数体いる。
「ガートランド、ちょっと多くない」
「最後だし全力でいいだろ」
しかしこれは、ちょっとエイタローにきつい。
「ユージン、ガートランドは僕が面倒見るからエイタローに集中して」
「うす」
ここでエイタローが死にでもすると、せっかく育ちかけている自信をくじくことにもなりかねない。慎重に行こう。
とはいっても、とりあえず僕の役目はポイズンビーを何とかすることだ。
ガートランドが合流、それと同時に、僕はジェスチャーマクロ入力。右手を頬の横で開き、杖の先端でポイズンビー三体、ボア二体をターゲッティング。右手の指一つ一つにエフェクトが走る。
「アシッドアロー行きます!」
エンカウントと同時にアシッドアローを発動。範囲攻撃ではないが、一回の発動で最大五つの対象をとれる便利な攻撃魔法だ。属性は酸で、大体の野生動物は軽減手段をもたない。アローの名の通り発動からヒットまでが速いのも特徴だ。先制に適した魔法と言える。
まあ、僕の魔力が低いので威力はお察しの通りだ。HPが少ないポイズンビーは倒せるので問題ない。
「撃破!」
「フィジックいきます」
ポイズンビーが全滅したのを確認し合図、すでにフォレストベアは間近に迫っていたが、ユージンのフィジックと共にエイタローが一歩進み出た。刀を構えて、
「僕が相手だ!」
これは仁王立ちのジェスチャーマクロ。仁王立ちしてないというツッコミはおいておこう。ただのスキル名だ。エイタローは盾を持たないので、フォレストベアの攻撃は受け流しで耐える。
一撃、もう一撃。
「ぐっ!」
という呻き声からわかるように、エイタローの受け流しは完璧じゃない。フォレストベア二体の攻撃を一手に引き受けているから仕方ないが、そもそもエイタローはまだCHの挙動に慣れきっていないんだ。相手の攻撃にあわせて発動しないといけない受け流しはまだ難しい。
受け流しはカウンター系のスキルに分類される。相手の攻撃が当たる瞬間にジェスチャーマクロを行うことで発動する。必ずしも武器をあわせる必要は無く、発動しさえすればタイミングによってはあらゆる物理攻撃を無傷で乗り切れるうえに相手を「よろめき」にすることが可能だ。
だけど難度は高い。ダメージをゼロにするにはダメージ発生の前2フレームしか猶予がなく、それ以外では発動とインパクトの誤差によってダメージ軽減率が下がる。遅れての発動は全く無意味だからある程度の先行入力が基本だが、それではいつまでたっても完璧な受け流しはできないというジレンマ。というより通信のラグを考えるとゼロダメージは運である。リアルラック、ステータスとしての運(自動成功)を期待する必要がある。CHではラグは体感で感じられないけど、WWと同じであればそうだ。そしてゲームに通信でアクセスしている以上、ラグはどうしても出る。
今のところ、エイタローの軽減率は平均して30%。WWではほとんど受け流しを使っていなかったことと操作に慣れていないことを差し引いても優秀な数字ではあるが、多数を相手にするには心許ない。現に戦闘が始まってすぐにユージンの回復が飛ぶ。
現状ではこれが精一杯だ。受け流しについては本当にプレイヤースキルに依存するので、操作もあわせてどうにか慣れてもらうしかない。
エイタローが仁王立ちでヘイトを溜めているので、その脇からガートランドと姫代子がベア一体ずつに攻撃を加える。ガートランドはたまにエイタローへの攻撃をカットする役目もあって、少しずつHPが削れていくから、それを回復するのは僕の役目だ。
そしてマウンテンボアはイイリコさんまかせとなる。地面を這う細長いモンスターだから一見相性が悪いが、シーフのスキルには相手を攪乱するものが多く、命中や運が高い上にイイリコさんのプレイヤースキルが異常に高い。
両手にナイフを構えたイイリコさんは、後衛、つまり僕ら向かおうとするボア三匹の前に飛び出す。構えるまでの間に右手を背後に回して、ナイフを頭上に放り投げた。
シーフのスキル「不意打ち」だ。投げられたナイフは過たずボアの一匹、その頭にストンと落ちる。不意打ちによるクリティカル、弱点攻撃のコンボで一撃死。
このテクニックは裏技のようなもので、発見者はよくわかっていない。そもそも不意打ちは「相手の背後から攻撃することで先制ダメージを大きくする」ことを意図して作られている。隠密スキルなんかと組み合わせたシーフらしいスキルで、CHでは活躍の一部分をタクティシャンの伏兵が奪っている。どちらにせよ、相手と真正面からエンカウントした戦闘では使いどころがない。
という難点を解消したのがこのテクニック。このスキルはグラップラーの連続拳やガンナーの狙撃と同じように特定の条件を満たすと自動で発動するスキルで、条件は「相手の視覚外からの攻撃をヒットさせる」ことだ。相手の視覚外、つまり死角からの攻撃を、自分の体でナイフを隠すことで満たしているのである。
WWでは実に有効な抜け道だった。とにかく攻撃さえしてしまえば後は命中と回避によって当たるかどうかが決まるし、どのような態勢でしかけても攻撃は攻撃。ダメージは攻撃力と防御力によって決まる。
ゆえにCHでは弱体化を強いられた。リアル判定が基本のCHでは、まず背後からナイフを投げるという攻撃自体の命中率がかなり低い。イイリコさんはずっとこのテクニックを使っていた経験と、投げての攻撃に命中とダメージ補正がかかる「投擲」スキルでどうにかクリアしている。後は高い運によるスキルの自動成功。これらの要素によって、ナイフがある程度敵への軌道を描きやすくなる。
問題はダメージの方で、計算がいろいろややこしいんだけど、ようするにCHは大体リアルっぽくなる。ひょいと投げたナイフより、しっかりつかんで力を込めたナイフの方がダメージが高い。だからボアの一撃死も上記補正が加わってやっと届く。なかなか綱渡りな戦法だ。
長々と解説してしまったけど、イイリコさんの動きとしては、一体をこのナイフ投げで倒すか、外してしまった場合も三匹を相手に派手に動き回ることだ。そもそもボアはエイタローの仁王立ちの影響外になるように調整しているので、誰を選ぶかはランダムである。そこにイイリコさんが乱入し、ヘイトを稼いでヒットアンドアウェイを繰り返す。それで倒せればよし、倒せなかった場合でも、すでにシーフの身軽さに慣れているイイリコさんは相手の攻撃をある程度回避できる。
つまり、全体としては僕が最初にポイズンビーを倒し、イイリコさんがボアを引きつけている間に他の前衛でフォレストベアを叩く。その間に僕のMPが回復すればブラインドでイイリコさんの援護をし、相手のHPによってはスポイルでとどめを刺す、という流れになっている。
本当はもっと効率のいい倒しかたもあるんだけど、それはエイタローが盾の役割にもっと慣れてからだ。今のところ、イイリコさんの高いプレイヤースキルに頼らざるを得ない。
「ヒールいきます!」
ユージンが叫んで、エイタローにヒールを放った。フォレストベアのHPはどちらも半分ほど。職業的な火力は姫代子の方が高いが、ガートランドはそれをレベルで補っている。
しかしやはり、時間がかかっている。戦闘開始からフィジック一回、ヒール二回。ユージンのMPではあと一回ヒールを発動したらMPが枯渇する。となればあらかじめ用意した回復薬を使うことになるけど、すでに狩りも終盤。ユージンのインベントリには回復薬はなかったはずだ。僕には三つ。
ガートランドに回復薬を投げて(投擲スキルが無くても2メートルまでは投げることができる)、僕は考える。あと二つ。ユージンのMP回復速度を考えると、戦闘終了までは二回ヒールが撃てる。だから実質、回復は四回。ガートランドとエイタローは今回復したので満タンだけど、姫代子とイイリコさんがどちらも半分ほど削られている。念のため回復した方がいい。とすると、残りの二回はエイタローにあてるべきだ。
ここで僕は選択を迫られる。MPがブラインド一回分まで回復した。すぐさまボアを暗闇にすればイイリコさんのダメージが減るので、回復をエイタローに回すことができる。ただしブラインドはミスることもあるし、ブラインドがかかったからといって攻撃が全てミスになる保証はない。
いや、やっぱブラインドだ。
僕はブラインドを発動した。二匹中、一匹だけにかかる。運が悪い。だけど単純に考えてダメージが半分になっただけよしとしよう。
「ユージン、回復薬渡す」
姫代子に回復薬を投げて、残り一つをユージンに手渡した。ここまで来ると、メイジとしての僕の役割はほとんど無い。杖で殴って前衛の手伝いをした方がいい。
ベアか、ボアか。
「イイリコさん、暗闇は僕がやります」
「おっけ、任せる」
ブラインドがヒットしたボアに向かう。杖をバットのように構えて、おおざっぱに振り抜いた。いわゆる「杖」はメイジ系の標準装備で、地面から腰あたりまである大きなものだ。持ち手側がコブのようになっているので、そちらで攻撃すれば剣よりも命中しやすい。その分ダメージは段違いに低いけど。
イイリコさんが重点的に攻撃していたのもあって、ボアのHPはぎりぎりまで減った。ここで殺しきれないのがネクロマンサーのネクロマンサーたるゆえんだけど、とにかくもう一撃。弱点狙いなんて器用なことは杖ではできない。案の定何回かミスして、暗闇のがむしゃらな攻撃に被弾してしまう。接近戦はダメだわホント。
イイリコさんがボアを倒したあたりで、
「ベア一匹!」
「もう一匹!」
背後から聞こえる。倒したことを知らせるものだ。
よし、後はこの一匹だけだ。




