僕らの戦いはここから始まるのだ
……あれ。
気がつくと僕はテーブルに突っ伏していた。頭が乗っていたせいか腕が痺れている。
頭が痛い。それにちょっとふらつく。まさか酒は一杯しか飲んでないはずだけど、そのせいだろうか。
「大丈夫?」
横からグラスが差し出される。
「それ、水」
「どうも」
クスクスと笑い声。この笑い方は、イイリコさんだ。
……ん? イイリコさん?
横を向いたら、すげえ近くにイイリコさんの顔があった。
「う、うわわ」
完全に不意打ちを食らって、頭の中が真っ白になる。
どど、どうしてイイリコさんが僕の隣にいるんだ? さっきまでみんなと談笑してたはずなのに……ちょっと待て。
いない。他の連中がいない。バーのどこにも。うろついているのはスタッフと、テーブルに僕とイイリコさんの二人だけ。しかもぼやけていて、どうやらメガネがない。
なんだこの状況。
テーブルを探ってみたけどメガネらしきものは見つからない。
「メガネは預かりました」
「あの、どういうことですか」
「やっぱりね」
一人で納得しているイイリコさん。意味がわからん。しかも近い。
「まわりが見えないんですけど」
「私の顔も見えない?」
「ええ」
「だからちゃんと話せてるんだよね、たぶん」
ええと。
んん?
「……あ」
本当だ。
いつものような圧迫感がない。イイリコさんの顔もぼやけていて、なにかフィルターを通した感じになっている。
「えええ」
こんなのありかよ。メガネを外せば喋れるようになるって、なんかいい加減すぎないか。都合よすぎないか。なんだよ僕の頭。
「あの、みんなは」
「先にゲームに戻ってるって」
うお、そうだ。何時だ今。僕はどのくらい寝てたんだ。
腕時計は……あるけど見えない。近づけて見ると九時過ぎ。
よく覚えてないけど、ユージンのタブレットを見たのが八時半くらいだったはずだ。だとすると三十分くらい寝てたのか。ゲームをログアウトしてから二時間半くらい。
てか薄情なヤツらだな。ゲームに戻るなら起こしてくれてもいいじゃないか。いや、それよりイイリコさんがここにいるってことは、彼女は結局ゲームに戻らなかったのか。
「あの……もしかして僕についててくれたんですか」
「気にしないで。どっちかっていうとみんなを追い出した感じだし」
どういうことだろう。
「ちょっと二人でお話ししたくて。みんなといたとき、あんまり話せなかったし」
「お話、ですか」
水を飲む。食堂の時からコミュニケーションは他のメンバーに任せていた。僕はむしろ、自分がこういうのにまず慣れなければならないから。どもるのは恥ずかしいし、だから確かに無口になっていたと思う。みんなも察してくれていたのか、一言で返事ができるようなフリをときたましてくれていた。姫代子も意外と優しい。
だけど、僕と二人でってのはちょっと緊張する。なにがあるわけでもないだろうけど、なんかなけりゃ二人で、とはならないのも事実だ。
「寝てる間に二人から聞いたんだけど」
イイリコさんのセリフの意味を理解するのが少し難しかった。僕が起きている間にあらかたの「これまでのあらすじ」は説明したはずだけど、他になにか言うべきことがあっただろうか。
「ぜんぶ私のためにしてくれたんだって?」
僕は思わずイイリコさんを見て……だけど、何も言えない。
あの二人、とんでもないことを言いやがった。
どうしてそれを秘密にしようって、イイリコさんが僕らに負い目を感じてしまうのを防ぐためだったじゃないか。僕らがイイリコさんを迎えに行く間の時間稼ぎとして大げさな工作をやったことは事実だ。タクティシャンを引っ張り出し、戦力を見極めるためマーシャヴェルナを攻めた。
結果は上々だ。僕らは姫代子の出した「攻略を進めろ」という課題もクリアしたし、しばらくの間ならおそらくゲームオーバーにはならないだろうという確証も得た。それらは全てイイリコさんのためだといっても、言い過ぎじゃない。
でもそれを言うのはまずい。
やった工作が大げさだからこそ……そして、CHというゲームを知っているイイリコさんは、それが自分を迎えに行くためだけにしては大げさすぎるであろうこともわかっているだろう……「イイリコさんのため」という動機は、彼女を追い詰めかねない。
言うべきじゃないんだ。
「本当?」
けどここまで来て否定するのも不自然だ。ユージン達がどこまで喋ったかはわからない。話題に出したんなら中途半端に隠す理由もないから全部話していてもおかしくないけど、そうすると全てのつじつまが合う。どうして僕たちが遅れてログアウトしたのか、どうして僕たちのレベルが高いのか、姫代子があまり怒っていないのは何故か、食糧問題が発生しているにも関わらず侵攻を急いだ理由。
僕は頷いた。
「……」
そうです、と言うのはためらわれる。やったことの規模が大きいから親切の押しつけになりかねない。
なにか気の利いた言葉はないか。あまり深刻にならず、まさにユージンが言いそうな、ちょうどいい言葉。
「……イイリコさんへのプレゼントです」
だから、ユージンが実際に言ったことを思い出した。
できるだけ軽い口調で。
できるだけ冗談めかして。
「僕らのリーダーを迎えに行くんですから、手ぶらじゃダメだ。せめて街の一つでも持っていかないとって話になって」
すると不思議なことに……よく見えないけど……イイリコさんはちょっと驚いたような顔になった。
失敗か? やってしまったか?
気の利いた会話、というジャンルは全くの未経験だから、これが正しいのかもさっぱりわからない。しかも後半はねつ造だし。
僕が二の句を告げないでいると、唐突にイイリコさんは声を上げて笑い出した。
お腹を押さえて、手のグラスから水がこぼれるほどに。
わけがわからん。
「あの、なんか変なこと言いました?」
言ったんだろう、きっと。かなりクサいというか。
「あ……ごめんごめん。ユーくんの言ったとおりだったから」
「ユージンの?」
まだ余計なことを言ってるのかあいつ。このゲームが始まってから、ユージンのヤツ、僕のことを誰かに話すのが楽しくて仕方ないらしい。
「さっきみたいにきいてみたら絶対にプレゼントだっていうからって」
「そりゃ……プレゼントって、最初に言ったのはユージンですから」
「でも、ユーくん言ってたよ。ジェストくんがここまで工作を綿密に練ってるのは、きっとサプライズしたいからだと思ってたって」
何を言ってるんだあいつ。
「そうなんだ……」
なにがそうなのかはわからないけど、笑ったってことは悪印象を与えたわけじゃない、と思う。
「嬉しいなあ」
でもその言葉は意外だ。
だって僕は……途中まで意識できていた感情としては、僕がイイリコ小隊でプレイしたいという自分勝手なものだった。意識できていないところにクズらしい考えがあったけど、今でもそれは変わっていない。あんな大げさな工作をして恩着せがましいことになって、もしかしてイイリコさんが迷惑に感じるかもしれないとわかっていて、それでも一緒にプレイしたいという僕のエゴが根本的な動機である。
「迷惑じゃありませんでした?」
だから僕はイイリコさんの考えが理解出来なくて、きいてみた。ここまで暴露したんなら、もうそうにでもなれだ。僕らの意図がわかってるなら、おそらくイイリコさんはもう進退を決めているはずだ。だからこそみんな、ゲームに戻った。
これ以上本心をさらけ出して……そして叶うならさらけ出してもらって……なにが変わるわけでもない。
「迷惑って、どうして?」
白状する。それを聞いて、イイリコさんは笑顔のままだ。逆に怖い。僕の本心をどう受け止めているのかさっぱりわからない。
他人に感情を吐露するのが、こんなに怖いことだったなんて。
ユージンとガートランドに裏切りのことを言ったときも死にそうだった。今もやっぱり死にそうだ。
「……私と、ゲームをしたいって思ってくれているのが嬉しいよ」
その言葉に耐えきれなくなって、僕はなにも隠せなくなった。イイリコさんへの裏切り。僕の中で矛盾したもうひとつの思考。
イイリコさんを迎えに行こうとしていたその裏で、半ば諦めていたことを。
話しながら、気がついたら泣いていた。本人を前にして裏切りを告白することへの恐怖。これっきりになってしまうかもしれないという恐怖。イイリコさんが一転、僕を罵倒し始めるのではないかという恐怖。
それでも、話しておかないとイイリコさんを裏切り続けてしまうのではないかという、こちらもやはり恐怖。
そういったことに耐えかねて、僕の目からは涙が出る。可能ならば逃げ出したい。すぐさま部屋にかえって、帰り支度を始めたい。言い逃げして、もう二度とイイリコさんに会わなければ、少なくとも僕を蔑む顔を見ることはない。
僕が話している間、イイリコさんは静かだった。さっきまでと違って、顔を見ることもできなかった。
「これで、僕の話は終わりです」
今度こそ全てを白状して、僕は涙をぬぐう。みっともない。全てがみっともない。
「……そっか」
グラスの氷は溶けてしまっていた。イイリコさんは水を飲み干すと、テーブルの上に置く。僕にはそれが「打ち切り」の合図に思える。
「はい」
渡されたメガネ。いままでの後始末をつけるように、片付けるように僕らの状況が動いていく。
まな板の上の鯉のように、僕はなすがままだった。どのような仕打ちを受けてもおかしくない。きっと罵倒されたら二度と立ち直れないかもしれないけど、それでも僕は今まで通り、部屋に引きこもり続けるだろう。きっとWWをプレイすることはないだろうけど、他になにか理由をつけて外出はしない。
でも、と思う。今回は逃げなかったと思う。イイリコさんを初めとしたプレイヤーたちを巻き込んでさぞかし迷惑だったろうけど、僕は今回、自分のやったことへの報いを受ける。すでに被告人席に立っていて、今までとは全く違う。
もしわずかでも、今回のことが僕を変えるのなら……
「ジェストくんって、いい声してるよね」
……
ん?
「なにがですか?」
あ、やべえ。顔がはっきり見えるようになったから急に緊張してきた。慌てて目を閉じる……メガネを外した方がいいとさっき知ったはずなのに、忘れてしまっていた。
「目を開けて」
「いえ、あの……こ、声、でなくなって」
「開けてほしいの」
くそ、メガネをよこしたのはイイリコさんだ。僕がうまく喋れなくなるのをわかっていて……でも、嫌がらせじゃないならなんの意味があるんだ?
僕がおそるおそる目を開けると、イイリコさんの顔が淡い照明の中にある。
「ごめんね。私なんかのために」
「は、あの……その」
何を言ってるんだ。僕はさっき全部言ったじゃないか。僕自身のためだって。
「私が言うのもおこがましいけど、私のことをここまで考えてくれる人、初めてだよ」
「ええと、あの」
イイリコさんはもしかして頭が弱いのだろうか。いや、ここは僕がなにかを勘違いしているという可能性が高い。もしくは僕とイイリコさんでどこかが食い違っている。
わからん。だめだ、わからん。
「ごめんね。ありがとう」
でもこれは、もしかしてチャンスなのでは。
僕はイイリコさんの答えを聞いていない。みんなが帰ってるという事実からおそらくは、と思うけど、実際に彼女から聞いたわけじゃない。
「い、イイリコさん」
そしておそらく、今以上のタイミングはないと思う。
「何度でも、い、言います。僕はイイリコさんと、ゲームがしたい」
イイリコさんが頷く。でも僕が言いたいのはそれだけじゃない。
「僕だけじゃない。姫代子も、エイタローも、ユージンも、ガートランドも……みんなイイリコさんとプレイしたいんです。お願いします。戻ってきてください」
「ごめんね。全部言わせちゃって。もうみんなには言ったよ」
そうだろう。きっとそのはずだ。
「立てる? 酔いは覚めた?」
酔いが覚める、という感覚が僕にはよくわからない。でも立ったときにふらつきはしなかったし、頭の痛みもいつの間にか引いていた。
「念のため部屋まで送るよ。あっちでまた会いましょう」
「ええと、ユージン」
もはやこちらの方が今は自然な気がする……つまり、ネクロマンサーの黒いローブをまとって、僕はユージンを引っ張る。怪訝な顔をしている三人からは聞こえないように、小声でといつめた。
「もしかしてお前、イイリコさんに僕のこと全部聞き出すように言ってなかったか」
「まさか、そんなこと言わないっすよ」
ヘラヘラと笑うユージン。つまり、聞き出すようには言ってないがなにか言っているってことだ。ゲロる気は無いらしい。
「だいいちな、なんでバラすんだよ。イイリコさんが後ろめたさを感じて戻ってこなくなったらどうするつもりだったんだ」
「そりゃ、バラしても問題ないって思ったからっす」
「ユージン、今テキトーに言ってないか」
「そんな馬鹿な。誓って言うっすよこれは。俺だってイイリコさんに戻ってきて欲しかったんすから。確信がありました」
「どこにだよ」
「ジェストさんって自分のことを過小評価しすぎっすよ」
「なに言ってんだ」
「それが確信です。あ、来ました」
ぐい、と僕の背中を押しつつ、小隊のもとに歩き出すユージン。
「ちょっと待て、答えになってないぞ、おい」
「今のでわからないなら何言ってもわかんないっす、たぶん」
「説明責任を果たせって」
「じゃ港侵攻のあさ、エリスレルさんとナニをしてたのかも説明してください」
「なにもしてねえよバカ!」
「でしょう?」
でしょう、じゃねえよ。それとこれとは話が違う。
「ほら、迎えです迎え」
「わかってるって、わかったから」
今ではちょっと懐かしくなってしまった、グラップラーの姫代子、サムライのエイタロー。
偉そうな僕の指図に付き合ってくれたユージンとガートランド。
そして、
「……ええと、恥ずかしながら戻って参りました」
シーフの、イイリコさん。
「心配させちゃって、本当にごめんなさい」
「そういうの、ナシで」
頭を下げようとしたイイリコさんを、姫代子が制止する。
「早く狩りに行ってレベル上げましょう。そっちの方が有意義」
効率厨の強いところは、ゲームの攻略においてはほぼ正論なことだ。まあ、姫代子の性格を考えると謝り合いになるのを流す意味合いが強いと思う。結局、誰もイイリコさんに謝って欲しいなんて思ってないんだ。
「先に現状把握の方がよくないっすか。こういうときのノリアキングさんです」
「あの、ぼ、僕、港に行ってみたいな」
「俺どこでもいい。腹減った」
やることは多い。特に直面の問題は、すでにゲーム内では二ヶ月の時間が過ぎていることだ。僕とイイリコさん以外のメンバーは二週間ほど早くログインする形になったが、それでもレベルが攻略組の平均に届いているとは思えない。
出遅れ。定期的に全滅の危機があるこのゲームで、戦力が低いのは本気で命に関わる。
それに僕らはいやしくもWWのトップゲーマーだ。自慢じゃないが、総合成績一位が僕だ。
他の連中に遅れを取るわけにはいかないだろ。
「それじゃあ、とりあえずイイリコさん、どうしましょう」
「そうね……じゃあ、まずはノリアキングさんに挨拶に行きましょうか。お世話になったし」
「じゃあそれで。連絡取りますね……あ、小隊、お願いします」
「うん。でもいいの? 私で」
「イイリコさん以外に誰がいるんですか」
僕が聞き返すと、イイリコさんは笑った。
「誰って……まあいいや。それじゃ、小隊作るから、みんな加入お願い」
「あ、そうだ。あと狩りとかするにしても当面の目標、なんかあった方がよくないですか」
むやみに上げる、のもネトゲの醍醐味だけど、せっかく最終目標が用意されているゲームだ。小目標を自分たちで立てるのも悪くない。
それに僕には、イイリコさんに言ってほしい言葉がある。
「そりゃもちろん」
迷わずイイリコさんは答えてくれた。
「ウルフキングにリベンジ」
これで一安心だ。
イイリコさん、完全復活。正直、彼女や僕を襲った問題が解決したのかどうかはわからない。でも一応、今のところ僕の心にわだかまりはないし、イイリコさんにもないように見える。
だから僕が今までやったことは、紆余曲折あれ間違ってはいなかった。そう思っておこう。
ここまで時間が空いたのなら本来はメッセージを先に送るべきだが、はやる気持ちを抑えられずに直接通信をつなぐ。
『ジェストです。今時間ありますか』
やや時間が経って、応答。
『久しぶり。けっこう長い間ログアウトしてたな』
『お久しぶりです。外では四時間ほどですけど』
『じゃあ、ええと。今十時とかそのくらいか。シーフの人、どうだった』
『おかげさまで。一度挨拶ついでに状況把握とかしたいんですが、時間いただけますか』
『ああ、それな……まあ』
ん?
ノリアキングが言いよどむなんて珍しいな。
『都合悪いなら日を改めますが』
『いや、大丈夫。そうだな。今は城にいる?』
『はい』
『じゃあアーシュアまで来てくれ。君らがいない間に落とした村で、森の中にある。そこから三時間くらいだ。道中はポイズンビーに気をつけて』
『了解です』
『……そうだな、言っておこうか。一応、念のため』
『なんですか』
『いくつかの小隊で、君らの評判があんまりよくない』
……
なんだって?
お疲れ様でした。以上でキャッスルガード・ヒーローズの第一部終了です。ゲーム的にはほとんど進んでいませんが、システムの説明、ジェスト達のパーソナリティ等、これからに深く関わっていく要素については余すところなく紹介できたのではないかと思います。
後半は長い間ゲームから離れたリアル世界での進行でした。バトルも派手な要素もなく退屈に感じられた方もいらっしゃるかもしれません。ネガティブな考えでスパイラルに陥っていくのはジェストの悪い癖ですが、これからはリアルも含め、多少前向きに考えることができるのではないかと思います。
第二部からは本格的に攻略が始まります。クエストやダンジョンなど、ゲームらしい要素も増えてくるので、ここ数回おとなしかった分、派手なアクションでお楽しみいただければと思います。
それでは簡単ですが、後書きということで。明日にでも第二部が始まります。よろしくお願いします。




