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ゲーム開始までのメシ

「Castleguard Heroes参加者の方は招待状を拝見いたします」


 と受付の女性に言われ、鞄を漁る。


 持ってきた荷物は結構な量で、なにしろ一週間泊まりがけというのだからかなりのものだ。その分の着替えと生活に必要な雑貨なんかをまとめてボストンバッグに入れてきた。

 といっても、家にいる間は着替えも歯磨きもひげそりもろくにしてなかったけど。


 実のところ、外に出たのは本当に久しぶりだ。だからここにくるまでの三時間が凄くきつかった。

 今すぐにでもベッドに倒れ込みたい気分なのだ。足は棒のようになっているし、バッグのベルトが肩に食い込んでそうとうに痛い。


 受付嬢が招待状を確認している間に建物の外を見ると、十数人のオタクっぽい連中がうろうろしているのが見える。


 きっと招待状をもらえなかったWWプレイヤーだろう。どうにか潜り込もうと画策している連中はネット上にもいた。招待状が流出してからは偽造も盛んに行われたみたいだが、今目の前で機械を通されているところを見ると、ただの印刷程度じゃバレてしまうんだろうな。


「ご本人様確認のため、お名前のわかるものを拝見できますでしょうか」


 用意していた保険証を渡す。


「××××様。ありがとうございます。係の者がご案内いたしますので、こちらに」


 通された先は廊下になっていて……そうそう、ここは群馬県のかなり中のほうである。


 WWを提供するネスレージャ・ソフトの新社屋が都内でなく群馬県に建てられた理由は、やはりこのCHによるものが大きいというのがネットユーザーたちの見解だった。


 曰く、「これまで以上のヴァーチャル・リアリティとなればあとは実際にヴェリーペア世界(WWの舞台となる世界)に入り込むのが妥当。だが現在提供される安価なVRシステムでは到底不可能なので、それなりに規模の大きいテクノロジーが必要となる。500人が同時にプレイできるということから考えても、かなり広い場所が必要になるが、土地の高い関東首都圏で建てるのは厳しい」


 それに付随して、CHというキャンペーンはあくまで時限的なテストで、一般に公開されるのはまだまだ先の話であるだろう、とも言われている。


 なにしろ簡易的なものはともかく、ヴァーチャルを現実と同程度に体感というのは成功例があるにしろ、まだ商業展開は早すぎる代物である。個人が用意できるような金で購入できるようなものでもない。

 だから招待状を持たない連中が押しかけるのもわかる。


 話がそれた。


 廊下を歩いて行くと、アロハシャツを着た男性がエレベーターの前に立っていた。こいつが案内役か?


「どうも、ええと、名前は?」

「……××」

「ん?」

「××××です」

「××君ね。あー、君が××君か」


 知ってるのか?


「ほら、WWって始めるときに個人情報入力してもらうでしょ」


 エレベーターに入りながら男は言った。

 ひげ面で40歳頃。ジャック・バウアーに似た声にも関わらず軽そうな男だ。


「今回トッププレイヤーを選ぶ際に、何人かはその登録名、覚えちゃってね。閃光のジェスト君」


 呼ぶな。超恥ずかしいんだよ、今となっては。中学生の中二病が爆発してたときにつけたものだから「閃光の」とか後先考えずにつけてしまったんだ。思い返せば、闇系の二つ名にしなかっただけマシ程度の恥ずかしさだ。


「君ァプレイヤーの中でも抜群にプレイ時間とステータスが高くてねぇ。来てくれてよかったよ。一応参加は任意だから、全然集まらないかとちょっと心配してたんだ」


 よく喋るな。

 それより不思議なことに、どうやらこのエレベーター、降りているらしい。


「五分くらいかかるから今のうちにここでの生活を説明しておくよ」


 五分?


「今から向かうのは『キャッスル』と呼ばれる居住区だ。名前はゲームからね。意味もプレイしてもらえばなんとなくわかると思うよ。とにかく『キャッスル』には君ら参加者が暮らすための個室と食堂やら遊戯室やら、とにかくいろんなものがそろってる。部屋にはゴツい機械があるが、CHをプレイするための端末だ。プレイ時間は特に設けていないが、まァ、健康な生活をオススメするよ。食堂やらも特に閉まらないからいつでも利用してくれ。気分転換のための娯楽なんかもあるが、外出だけは禁止だ。PCもあるがイントラネットでしか利用できないようになってる。情報が漏れるのを防ぐためにね。だからまあ、ケータイなんかも圏外になる。もちろん家族やらへの連絡なんかは取ってもらってかまわない。その場合は備え付けの電話を利用してくれ」


 ずいぶん厳重なんだな。いや、当然か。


「ただし、内容は基本的にモニターされている。うかつなことを言うとプレイ資格を剥奪される。ただし強制退去なんかはしない。漏れるからね。つまりCHに参加できないままここで残りを過ごしてもらう。つまらんぞぉ」


 法律的にいいのかそれ。

 でもこれ、一応同意書にも書かれていた部分だ。それを承知の上参加しろとあらかじめ伝えられてはいる。


「僕らは参加者を信じてはいるが、最近はとかく神が増えてるからね」


 皮肉のつもりだろうか。


「一週間は短いと思うだろうが、実際はかなり長い。詳しいゲーム内容はインしてもらってからになるが、ここでの一日はゲーム内で一年だ。ゲーム内での一日はリアルタイムに感じられるようになっているから、君らは最長で七年ほどCHをプレイしてもらう」


 七年っておい。

 WWがサービス開始してから十年だぞ。それの三分の二を一週間でやるっていうのか? さすがに飽きる連中もいるんじゃないかそれ。


「だからまあァ、物足りないってことはなかろう。心配なのは飽きられやしないかってことだが、その点は大丈夫。はやけりゃゲーム内時間で一ヶ月くらいで終わる。それもインしてから説明されるからね」


 エレベーターが開いた。映画に出てくるような白い廊下が延びていて、あちこちをスタッフとおぼしき人たちが歩き回っている。

 中には参加者もいるようで、たぶん私服のもっさりした連中がそれだ。


「おおかた予想がついているかもしれないが、今回のバーチャルリアリティは完全にゲームの中に入り込んでもらう……っていうのは科学的には適切じゃないが、わかりやすいと思う。技術的には今までのとそう大差は無くてね、それを適当にレベルアップさせたものだと考えてくれ。だからまァ、最初は戸惑うと思う。今までハンドサインなんかでも入力してもらってたが基本的にキャラクターの操作は思考で行うようになる。走れって思ったら走る。攻撃しろって思ったら攻撃するってね。もっと複雑な命令も可能だ。右のつま先で相手の左脇腹を蹴るって感じ。実際に声に出すというより、その動作を行おうとしてくれればいい。君たちは催眠状態になっているから、実際は身体はほとんど動かない。技術的には微量の筋肉の動きを読み取ってるんだけど……ともあれ、最初の方は難度が低めだから、雑魚なんかで慣れておくようにね。ここが君の部屋」


 423と書かれたプレートが目に入る。


「カードキーを渡しておくよ。折ったりしないように……足りないものがあったらできるだけそろえるけど、なにはともあれ、今日は最低18時にはインしておいてくれ。ゲーム内で説明がある。質問は?」


 え? 

 質問はって、まだ結構漏れてるのがあるような気がするぞ。


「あの……今まで使ってたキャラは」

「ああ、そうね、それ。いやあハハハ、説明事項にあったなぁ。書類持ってくればよかった」


 大丈夫かこいつ。

 アロハの説明によれば、キャラクターはWWのものを引き継ぐこともできるし新たに作成することもできる。

 ただし引き継ぐといっても、レベルやスキル、装備なんかは初期に戻される。WWの方からコピーしたデータを使うのでWW側には特に影響はない。

 新しく作成する場合、新たに追加された4種の職業を含めた16職種から選択することになる。


「新しく追加された職業はタクティシャン、ネクロマンサー、ガンナー、スパルタンの四種。閃光のジェスト君はホーリーナイトだったっけ?」


 だから閃光のジェスト言うな。


「その場合、初期職種のナイトに戻る。成長もやり直しだから新しくキャラを作成してもデメリットがあるわけじゃない。当然同じ成長をしてもいいが、俺はネクロマンサーをオススメするね。特に君のような古参にやってほしいテクニカルな職業だよ」


 するかバカ。僕はゲーム内じゃ最強の盾って言われてるんだ。


 ……ん?

 そういや僕が所属してたパーティのメンツも招待受けたって言ってたな。ほとんどトップレベルの古参連中が集まったパーティだから半ば必然か。


「イントラネットって言ってましたけど、ほかの参加者とは連絡できますか?」

「できる。そこのパソコンでブラウザ開くと連絡用のシステムが起動するから、いろんな条件で検索してくれ。WWの情報で検索できるからギルド名とかキャラクターネームとか。だがまだ参加者が揃ってなくてね。受付期限の17時を過ぎたら使えるようになる。それまでは好きに過ごしてくれ。ああ、身体検査は忘れないように。18時までに戻ればいつでもいいけど、込むからね。すぐにでも行ってくれたら嬉しいよ」


 嫌なことはさっさとやってもらおう。


 場所を聞いて、荷物を置いたらすぐに行く。

 せっかくだからとアロハは案内を申し出てくれた。似たような景色で迷いやすいから、ちょっとありがたい。うるさいけど。


「閉所恐怖症とかないよね? まあ今までもヘルメット被ってたから大丈夫だとは思うけど、一応地下だからねここ。いやあれヘルメットだったのは技術的なもんでもあったんだけど、あんまり長時間プレイできないようにする意味もあったんだよねぇ、当初は。息苦しくなるから外したくなるだろ。後付けだけど。」

「大丈夫です」

「そう。あァ、忘れてた。俺は帝ヨーシ。制作者の一人」


 ヨーシってどういう字を書くんだろう。


「どうも」

「もちろん君以外にも参加者は好きに過ごしている。暇があれば話でもするといい。情報交換、大いに大切。まあほとんどゲーム内にいることになると思うから、中でやった方がいいかもしれん。時間の流れも違うし」


 それから身体検査を受けて特に異常なし。


 帝と別れて食道に行くとすでに結構な賑やかさだった。ほとんどは参加者だが、スタッフも数人が固まってメシを食っている。


 参加者は本当に多種多様で、高レベル者を選抜したと言うからどんな廃人連中が集まってるかと思いきやである。そりゃ一目でわかるようなキモオタもいるが、談笑しているようなのはほとんどリア充に近いこざっぱりとした若い男女だったりする。ヤツラも日本サーバーの上位500人に入ってるのだとすれば不公平だ。


 自販機(無料)で食券を買い、おばちゃんのところに持って行く。


「あんたも参加者かい」

「え、あの、そうですけど」

「ふうん。不健康そうだけど、ここにいる間はとりあえずちゃんとした食べ物だから心配はしなさんなよ」


 はあ。


 カツカレーを持って席を探す。

 しまった、空いてない。いや空き席はあるが、一人きりになれる席がない。どうしたって誰かと相席になってしまう。

 リアルでは家族以外とほとんど話してない僕にはかなりレベルの高い修羅場である。座るなら隅にポツポツといるキモオタのところが易しそうだが、あいにくあんな連中と顔をつきあわせてカレーなんぞ食いたくない。


 しばらくぼけっと立ってたら、三人で食ってた女子が席を立った。こりゃ僥倖と近寄っていくと、後二歩のところで女の子の


「空いた空いた」


 との声である。死にたい。


 どう見ても未成年の女子二人が座った。死ねクソ。

 でも諦めるほかない。どうやったって勝てるわきゃない。ということで諦めてキモオタに狙いを定めようとすると、


「あの、よかったらどうぞ」


 とショートの子。いや、僕と顔をつきあわせるのは嫌でしょう。


「い、いや」


 どもってしまう。

 畜生、このコミュ障害は一朝一夕じゃ治らんわ。長年培ってきたからな。てか女の子との会話なんて何年ぶりだよ。コンビニの店員に「お願いします」って言ったのももう思い出せん。最近は外出自体しなかったし。


「私たちのことはお気になさらず」


 と、今度はロングの子。うう、いい子だがそれは無理だ。


「いや、その、あの」


 ?という顔でこちらを見てくる二人。この野郎、わかってて楽しんでやがるな。

 どうせ僕みたいな引きこもりのメガネが会話なんてできるはずないって思ってるんだ。アタリだよクソ。


 もう会話は終わりだ。無言でカレーを持ったまま立ち去る。もうやだ、さっさとゲームやりたい。


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