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Worldguard Wanderersのこと

 Worldguard Wanderersというゲームがある。以下WW。


 2015年にサービスインしたMMORPGだ。十年たった今では、ちょっとゲームに詳しければ知らない人はいないだろう。新規IPのくせに爆発的にヒットした化け物のようなゲームだから。


 特徴としては「リアリティに満ちた世界を体験」できる点が挙げられる。単純にグラフィックが凄いだけでなく、世界で初めて「五感」をプレイヤーにフィードバックする、という売り文句はかなり強烈で、なおかつあらゆる新要素における「初期はどうしようもなく不便」という難点をある程度クリアしていたことも大きかった。


 家電量販店で売られたスターターパックを買うと、中にはインストールするためのLDVD、シリアルコード、取扱説明書、専用のフルフェイスヘルメットと感覚伝達用の各種ユニットが納められている。これは第一世代のもので、今では骨董品だが壊れてなければちゃんと使える。


 もう一つ入っているのが、これは当時も物議を醸した代物だが「同意書」だ。ゲームをプレイするにあたり、この同意書の内容を読んだ上でサイン、押印しメーカーへ返送しなければ、体感用ヘルメットのアクティベーションがおこなわれなくなっている。未成年者は本人の他、保護者の同意が必要。


 原因はやっぱり、ウリの五感に関係する部分だった。たとえばゲーム内でダメージを負うと実際に痛みを感じるようになっているけれど、これはユニットを通して身体に刺激を与えるものだ。だから当然、様々な問題が発生する。

 たとえば電気を流すのならペースメーカーなんかをつけている人に取っては死活問題だし、そうでなくたって「痛みを感じるほどの電気」が流れるとなれば誰だっていい気はしない。

 といって電気を使わないにしても、ほかに物理的な傷を与えるようなものは言語道断。これに関してはメーカーが「電気ではなく、物理的に傷つける訳でもない」と釈明している。


 ではなんなのか、となるわけで、答えとしては「痛みを受けたと錯覚させる」というものである。フルフェイスヘルメットを被ると内面を覆うディスプレイに映像が映し出され、スピーカーから音が出る。

 それらは一種の催眠装置を形作っており、ゲームプレイ中は暗示を受けやすい状態になる。そこに痛みを受けた、という情報を出す。画面的には目の前の相手が武器を振りかぶって、スピーカーからは殴られたような音が出る。僕たちはそれを「殴られた」と認識するわけだが、これが催眠による増幅を受けて痛みに変わるわけだ。

 もちろん実際には怪我などしていない。嗅覚もこれによって補強され、つまりニオイを感じると錯覚しているのだ。


 だからといって、だ。プレイ中に苦痛を与えるようなゲームが歓迎されるはずはなかった。いや確かにプレイすることにより精神的苦痛を覚えるようなクソゲーもないではないが、このゲームは次元が違う。ゲーム中は催眠状態になるというのも未知の体験であり世間の反発はものすごくて、当然のことながら発禁になりかけた。


 そこに現れたのが日本を代表するアイドルの東道ハルと向井比奈子の二人で、生粋のゲームオタクである二人が人体実験、もといテストプレイを希望した。今ではこれはメーカーからの要請だったとの見方が強いが、実際に臨床医師の元で三ヶ月プレイした二人には一切の後遺症が認められず、与えられたゲームの世界に興奮する二人の有名人がクローズアップされた。


 事実、これがバーチャルリアリティの夜明けになった。


 国会でかなり無駄な審議を重ねて、発売にこぎ着けるまで一年。待ちに待っていたオタクたちは新時代の訪れに敏感に反応し、WWは事前評を覆し……あるいは事前評の通り売れまくった。


 その際に義務づけられたのがこの同意書だ。長くなって申し訳ないが、このゲームを語るにおいてどうしても避けて通れぬ要素だから多めに見てほしい。


 さて、売れまくったこのゲームが十年経てどうなっているかというと、危惧されたような問題はなにも起きていない。中毒者を量産してゲーム世界が現実になってしまった連中もそりゃいたが、これに関しちゃ二十年以上も前から社会問題だったし。とにかく痛みにショック死するような人間はいない。


 それにも関わらず、未だにこの同意書はゲームをするに当たって必須である。文面には物騒な一文がある。


 『このゲームをプレイした結果、日常生活もしくは生命を損ねることがあるかもしれません』


 これは審議の結果である。要するに「なにがあるかわかりません」ということだが、国から命令された一文だ。もちろん何かがあった場合には即座に販売停止にもなろうものだから本質的に意味は無い。あくまで販売するための最低条件としてこの文章を付け足さねばならなかったのだ。


 前述の通りそういった問題は起きていないし、ゲーム内容もすこぶる評判だった。王道のファンタジーRPGの世界は、五感への刺激を加えることで一気に卑近なものになった。

 ゲームバランスこそ最初は酷かったが(なにせ入力形態が今までとは全く異なる)、バージョンアップを重ねるごとに補正され、まごう事なき神ゲーへと変貌していったのである。

 



 さて。


 本当はもっと紹介することがあるのだけど、あまり説明ばかりじゃ退屈だろう。ここからは2025年。つまり今からの話だ。


 WW十周年を記念して、新たなサプリメント、要するに追加シナリオが配布されることになった。ゲーマーたちの興味を引いたのが、これが「日本サーバーの現バージョンにおいてレベルの高い者から500人を選抜」し、「全く新たな世界を用意」し、なおかつ「リアリティの頂点を極めた」ものだった。


 しかも選ばれたプレイヤーの参加は無料である。


 タイトルはCastleguard Heroes。以下CH。今までのサプリメントがWWにサブタイという形式だったから、メインタイトルが変わるというのはかなり衝撃的だった。


 しかし現在世界中に150万人を抱えるこのゲームにおいて、大部分のプレイヤーには関係のないことだったのも確かだ。

 特に外国サーバーの人間は最初から対象外だし、日本でも最近始めたプレイヤーたちが対象になることはない。ぶっちゃけ古参の、さらにほとんどWWに人生を捧げてきたような連中にしか意味の無い代物である。


 とはいえWWの最新サプリなわけで、その売り文句からいやがおうにも話題にはなる。掲示板やコミュニティでは当選者は崇められ、プレイレポートを心待ちにする者たちで溢れた。


 そう、僕も崇められた一人だ。





 僕の名前に意味は無い。25歳ニートもやしっ子だ。僕はこのゲームを発売当時からやり続けている。言っておくけれど、僕が引き込もりになったのはこのゲームが原因じゃない。中学のときにうけたいじめですでに不登校児だったのがこのゲームにはまっただけだ。


 意外にも両親は同意書のはんこを素直に押してくれて、それはきっといじめの原因が父さんにあったからという後ろめたさからだろう。どちらにせよ、この年になっても引きこもってるんだから子育てとしては失敗だ。


 いやいや、こんなことを話しても特に意味は無い。つまり僕はこのゲームに人生を捧げたプレイヤーのうち一人なのだった。


 明けてはプレイし暮れてもプレイしで、とにかくいつでもやっていた。それが功を奏したわけで、僕の手元には一通の封筒がある。


 CHの招待状。


 会場への道順と(会場!)必要事項が記入された数枚の書類。受付で提示するプレイヤー証明書。そして同意書。


『このゲームはヴァーチャルリアリティを駆使し、プレイヤーの皆様にかつてないリアルなファンタジー世界を堪能していただくものです。肉体的、精神的な影響はないことを検証済みですが、参加者の皆様には事前に健康診断を受けていただくとともに、未成年者の方は保護者の同意が必要です。またこのゲームをプレイするにあたり、日常生活もしくは生命を損ねることがあるかもしれません。その際の責任は当社は一切負わないものとします。以上に同意できる方のみ、下記にご署名と捺印の上、ご来場下さい』


 未だにこの手の注意書きは免除されていない。


 僕はといえば……もちろん辞退する気は毛頭無かった。

 その日の夜に、生きてきた中でおそらく一番熱心に両親を説得し、三日後にやっと了承をもらえた。ゲームだろうがなんだろうが、この際息子が外に出る気になったのだからよしとするつもりなのだろう。きっと。


 そんなわけで僕はここにいる。


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