―ある攻防戦において―
死者数160名以上。
僕らプレイヤーの三分の一程度がすでに戦線離脱している。デスペナとして、ゲーム内時間で25分経たなければ復活しないから、このペースでやられ続けるとまずい。
『ユージン! MPどんくらいだ!』
『ホーリーレインまで二分くらいっす』
通信回線から聞こえてくるユージンの声。それならば、もう少し頑張れる。全体回復さえくればまだ大丈夫だ。
すでに十数回を重ねた防衛戦は数を重ねる毎に熾烈になり、僕らの予想を遙かに上回る速度で難度が上昇して行っている。
甘かった。僕の見通しは全てが裏目だった。序盤に大多数が引きこもってしまったあのタイミングでなんとかするべきだったんだ。
周りはモンスターだらけ。
前線を張っている僕たちは壊滅しかかっている。そろそろ交代しなければならないが、城の連中は立て直しに時間がかかっているようだった。
薬も装備も圧倒的に足りない。僕らのレベルも足りていない。
帝のやろう、おちょくりやがって。
この戦いが終わったら文句の一つも言ってやりたい。
ヤツが突如僕たちにたたきつけた「挑戦状」。
上位プレイヤー500人と、トチ狂った制作者たちの集団戦。
思い出すだけで腹がたつ!
「ストライクブレイン、行きます!」
左手の杖を大きく掲げ、右手を突き出す。この動作がコマンドになり、ネクロマンサーの暗黒魔術「ストライクブレイン」が発動した。MPがごっそり削れ、代わりにモンスター集団の上空に無数の黒い槍が現れる。
一呼吸の間を置いて降り注ぐ槍の雨。見た目よりダメージは低いが、メインは相手魔法攻撃力のステータスダウンだ。通常打撃に魔力が乗り始めてから、半ば必須の対処である。
今度はエリスレルとの回線をONにした。僕たちの小隊にはいないが、別に工作を頼んである。
『エル、進捗を』
数秒あって、返答。
『いいタイミング、今からやるよ。最前列のサイクロプス。操る準備しておいて』
『どうも。外したらゲームオーバーだかんな』
『いあ、誰だと思ってんの。No1スナイパーのエリスレルちゃんだよ』
それは職業スナイパーがお前一人だからだよ。
心の中でツッコミつつも、僕は左手前で槌をふるうサイクロプスに目を向けた。エイタロー、なかなか頑張ってるじゃないか。
『エイタロー、今からエルがそいつをやる。動きを止めて』
『……了解』
……なんか機嫌悪いな?
周りを確認。残り人数は40名ほど。イイリコ軍団120名も三分の一にまで減ってしまっている。が、まだ敵の攻撃は僕ら後衛までは届いていない。
『狙撃、行きますっ』
エリスレルの通信、サイクロプスに目を戻すと同時に、この喧噪の中でもよく聞こえる銃声とともに、サイクロプスの側頭部から紫色の血がはじけた。
同時に、ほとんど満タンだったHPが一気にゼロになる。スナイパーの『狙撃』はプレイヤースキルにより一撃死の効果を持つ。
崩れ落ちるサイクロプスにターゲッティング。MPは少ないが、躁屍を使うなら1だけ残っていればいい。
「サイクロプス、操りいきます!」
できる限りの大音量で叫び、続けて、
「お前の体は俺のもの!」
『……ぅくっ』
回線の向こうでエリスレルが笑いをこらえているのがわかる。
入力はヘボいが、効果は絶大だ。崩れかけていたサイクロプスが手をついた。膝を軸にして、巨大な体躯をのっそりと起こす。
『成功。エイタロー、おっけ!』
『了解、ガートランドさんの援護、行きます』
むっつりした返事。なんで不機嫌なんだ。僕なにかやったか?
まあいいや、ここからは死んだモンスターを操るネクロマンサーの真骨頂だ。
いけ、サイクロプス。まずは隣のステッペンゴリラに攻撃。
命令を与えてやると、サイクロプスはおもむろに槌を振りかぶって、エイタローを追いかけようとしていたステッペンゴリラにたたきつける。もともとサイズが倍くらい違うから、その一撃でゴリラは吹き飛んだ。
よし、敵に回せばやっかいな攻撃力だけど、味方にしたらこんなに頼もしいヤツもそういない。
それと同時に、僕らの頭上が神々しい光に包まれた。
ユージンの「ホーリーレイン」だ。聖なる光で範囲内の味方のHPとMPを回復する。超ありがたい。神スキルだが、その分コストも重い。
「ジェストくん、あっちにストブレお願い!」
イイリコさんから要請がきた。あっちってどっちだ。見ると、デビルクレリックの集団が迫ってくるところだった。
「了解です」
ストライクブレインを発動しながら、はて、と考える。
デビルクレリックがこんなに大量に出現したら、そりゃやばい。ほとんどネクロマンサーみたいな性能のモンスターでやっかいなことこの上ないが、あいつら、普段はモンスターの支配した城や町なんかの元人里にしかいなかったはずだ。
それがなんで――あ、やべぇ。
通信をON、ジュリアさん。
『ジュリアさん、SOS! すぐに救援よこしてください』
今度はすぐに返事が返ってくる。ジュリアさん、城壁からこっちの様子見てるからな。
『了解です。どうしました』
『魔王軍、きました! トシヒコ蹴っ飛ばしてください!』
『わかりました……早すぎる……』
デビルクレリックは、正確に言えばモンスターでなく「悪の神官」だ。同じく悪の魔術師もいて、一様に魔王を崇拝している。そいつらを裏切って人類側についたのがネクロマンサーって設定なんだけど、今はそんなことどうでもいい。
これまでの襲撃は、モンスターの集団が相手だった。
だがここからは、いよいよ本命の魔王軍が攻めてくるってことだ!
だけどまだ7年の半分しかたってないぞ。いまからこんな調子で、最後にはどんなのが来るって言うんだよ!
「魔王軍! 魔王軍、来たっ!」
属性を「シャウト」にして、喉がちぎれんばかりに叫ぶ。拡声器を使ったように増幅された僕の声が、辺り一面に響いた。
その瞬間、突進するばかりだったモンスターたちに変化が起こった。
今まさにとどめを刺そうとしていたものも、つばぜり合いをしていたものも、全てが一斉に波が引くように下がり始めたのだ。
プレイヤーたちは唖然としてそれを見送る。息も絶え絶えの状況で、命が助かったと喜んでやるべきか、それとも死が先に延びただけなのを哀れんでやるのか。
とにかく。
モンスターたちが引くと同時に、のしのしと行進してくる集団があった。
先頭のデビルクレリックは僕のストライクブレインを食らってふらついているが、その後に続くナイトバロン、ケルベロス、スリーピィ・ホロウ、どれもたかだか70レベルくらいじゃあっという間に殺される相手だ。
僕の背中を冷や汗が流れる。
行進の中に、ひときわ目立つ御輿のようなものがあった。豪奢だが禍々しい装飾。ギガント四匹が担ぎ上げている。
そこに座るのは……
「よくぞ耐えたな、人間共」
予想していたものとはずいぶん違う、高く艶めかしい声……女、か?
それまでの戦闘がうそのように静まりかえった戦場で、そいつは言葉を続ける。
「褒めてつかわす。そして褒美をやろう。私が直々に臓をえぐり出してくれようではないか」
この尊大な物言い、余裕に満ちた言葉。
そいつは立ち上がった。夕暮れの迫る中を赤い光に照らされ、何者かがわかった。
「ジェ……ジェヌルーダ……」
城にあった本に書かれていた、魔王の4人の子供のうち、長女。艶と宴と炎のジェヌルーダ。
……魔王の血族じゃないか!
帝のやつ、なに考えてやがんだ!?
こういうのってもっと後に出すような敵じゃないか! バランスってのを考えろよ、クソ野郎!
――これは、WWを極めた君たちへの、我らネスレージャ・ソフトからの挑戦状である――
まさか、本気なのか。
顔見せだけじゃなくて、本当に今、戦わなきゃいけないのか。
「おい、貴様、頭が高い」
空想上の帝ヨーシをボコボコにしていると、ジェヌルーダが僕を指さした。
「貴様からだ」
はあ?
と、思う間もあったのが奇跡的で――
僕の胸に……いつの間にか、風穴が空いていて、
「……っ」
僕のHPがゼロに。同時に、操っていたサイクロプスが霧散する。
マジか、おい。
やっぱクソバランスじゃねーか。
『ジェスト、ジェスト!』
回線からエリスレルの悲鳴が聞こえた。
『バカ、死んじゃダメだって! ねえ!』
んなこと言っても、HPがゼロになったらデスるしかないだろ。
しかし、これは……どうやって勝てばいいんだ、こんなバカみたいな強さの敵に。
生き返ったら対策たてないと。いや、もしかしたら生き返る前に城が陥落してゲームオーバーになってもおかしくないぞ。
やべえ、もうちょっと続けたい。あのアロハどもに、僕の意地を見せてやりたい。
……そこで意識が途切れた。
Castleguard Heroes
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