そんなに大事ならお金と結婚してください。
「どの商品の価格も見積もりの価格もぼったくり価格なんかではありません! 適正です! それ以前に予算内に収まっているではありませんか!」
アメリアは腹を立てていた。
理由は婚約者のオリヴァーが何度説明しても理解せず、最終的にはぼったくりだだまされている。もっとうまく節約する方法があるはずだと突き返してくるからだ。
婚約発表を祝う親類を集めたパーティー。
それは、ギーゼン伯爵家の跡取り息子オリヴァーとベッケンバウアー侯爵家長女のアメリアの婚約を祝い、知らしめるための大切な催し物だ。
親族とはいえ他家を招いての催しなので、本来、嫁をもらう方が主導して両家でお金を出し合って不備がないよう細心の注意をしながら企画される。
しかし、オリヴァーはなにを思ったのか知らないが主役の二人で、このパーティーのすべてを準備して開催するところまでやりたいと言い出した。
その言葉に、アメリアは彼なりの親交を深めるための機会作りなのだと解釈をした。
オリヴァーの父ギーゼン伯爵は難色を示したが、自信がある様子のオリヴァーに押し負け企画を二人に任せることにした。
幸い、アメリアはベッケンバウアー侯爵家の抱えるベルツ商会ととても深い関わりを持っていて、ほかの令嬢よりも社会経験が豊富だった。
下手な失敗はしないだろうと、両家の親たちは納得して早速取りかかったのが一ヶ月前のこと。
「予算内だからといって、商人に舐められたままホイホイと金を払っていったらいくら金があったって足りないんだ」
それから、三度話し合いをして、三度見積もりを持ってきた。
もちろん実家が後ろ盾をしているベルツ商会を使って準備を整えた場合のきちんとした数字だ。
しかし、オリヴァーはパラパラとその内容を流し見し最終的な額面を見て渋い表情をする。
そしてアメリアに説教くさいことを言った。
「そういうことがお前にはなにもわかっていないんだ。わかるか? いくら俺が領民どもから税金をきちんと取り立てて、収入を得たって、お前が馬鹿みたいに使っていたら意味なんてないんだ」
「……」
「父もよく母に言っている、女というのは無駄な買い物ばかりする。やれ宝石だやれ化粧品だ。商人の言葉にだまされてあれこれ買っては無駄にして、この見積もりの品々だってお前がちゃんと調べて本当に必要なものだと思った物なのか?」
自身の両親のことを引き合いに出して、アメリアが持ってきた見積もりをテンテンと音を立ててノックする。
「どうせ、あれこれ必要なものを言われてじゃあそれでと言っただけだろ? 俺はなんて言った? 本当に必要なものだけを用意するための金額を出せと言ったんだ。それなのになんだこれは」
結局紙束はローテーブルの上にたたきつけられて、散らばる。
オリヴァーは一つ一つ指さし文句をつける。
「まず花、こんなものに金をかけるなんてどうかしている。あんなものそこら中に咲いているだろう、適当に庭園からとってくればいい!」
(は?)
アメリアはオリヴァーの指摘があまりに的外れすぎて、思わず声が漏れそうになった。
しかしなんとかぐっと堪えて、それでも信じられないような目で彼を見つめていた。
庭園に咲いている花だってそもそも自生しているものではないし、何より貴族パーティーに美しい花は必要不可欠だ。
庭園から剪定して会場を飾り付ければ庭園は丸裸だ。そんな状態で客人を迎え入れることなど到底できない。
「次に食材! 無駄が多すぎる、どれだけ余らせるつもりだ、どうせ当日消費するんだ、傷む直前のものを調理して出せばいいだろ。薪もこんなに必要ない、最近は暖かい日が続いているんだ、いらないことぐらいわかるだろ、馬鹿だな」
オリヴァーは矢継ぎ早に指摘していく。
その指摘はいちいちツッコミどころが満載で、日々きちんと物事を把握し人の流れや物の流れに気を配っていればそんな節約などしてはいけないとわかるはずだ。
しかし彼はしたり顔で続ける。
「新しいクロスやナプキンなんて持ってのほかだ! あるものだけで十分だ! 商人はなにかと理由をつけて必要だなんて言ったんだろうが、そんなもんはお前が馬鹿だから侮って言っているだけだ」
「そのようなことはあり得ません。ご自身でも他家の催し物に招待されたとき、一点の汚れもないクロスやナプキンで快適に過ごした記憶があるはずです」
「口答えするな! 不愉快だ!」
決めつけるばかりでアメリアの意見や言葉などまったく吟味するつもりがないようだった。
「はぁ、まったく。俺が見てやって正解だったな。もっと安くできるはずだ。今の言葉をそのまま言えば、でかい顔をしているベルツ商会の商人だって顔を青くしてひれ伏すはずだ。なんせ嘘がばれたと思うはずだからな」
「……ですが、オリヴァー…………いいでしょう。もう、いいでしょう。必要なものについての話し合いはもうしません。私の意見は口答えになるようですからもうしません」
得意げに言うオリヴァーに、アメリアはため息をつきたい気持ちになった。
これでも、できる限り譲歩して、前回の値段で彼が納得しなかったからなんとか商会と頭をひねって出した見積もりだったのだ。
けれども出てくる意見はおかしな物ばかり。アメリアの言葉は口答えと言われるだけ。
それではこのまま話し合いを続けることなど無意味でありそれ以前に話すべき内容があるはずだ。
「ですが、聞かせてくださいオリヴァーそれであなたはなにがしたいんですか。私にばかり準備をさせて、用意にかかる金額を算出させては却下を出して、それで銅貨一枚分でも安くしてあなた、なにがしたいんですか」
アメリアはあきれたような声でつぶやくように言った。
その様子に、オリヴァーはカチンときたらしく「なにがしたいだと?」とけんか腰の声を出す。
「当たり前のことだ! 俺は、結婚前にお前の金銭感覚を教育してやってるんだ! お前の身なりを見ればわかる、魔石の指輪にはやりのドレス、典型的だな! 典型的な馬鹿女だ! なに不自由なく、湯水のように金を使うこ無能だ」
「……」
「さらに魔法使いの資格を持ってるのもいただけない。屋敷からでて親の目の届かないところ好き勝手することを覚えてやがる」
たしかにアメリアは魔法使いの資格を持っていて学園に通っていた事実がある。
しかし魔石の指輪など、自分で狩るのだからさして高いものでもないし、はやりのドレスを着ることだって、経済的には損失だとしてもアメリアの人格や家の健全さをアピールすることにつながる。
そういう当たり前の信用を獲得するための身なりをするのは重要視すべき投資であるとアメリアは考えている。
しかしオリヴァーはそうではないらしい。
「俺の婚約者になったからには、浪費なんてさせない。金ってのはな馬鹿が馬鹿みたいに使っていいものじゃないんだ。稼いだ当人に感謝を持って使わせてもらうものなんだ。お前には感謝が足りない」
「……」
「そういうことを教えてやるためにこの機会を手に入れたんだ。ビシバシいくぞ、お前の馬鹿みたいなプライドよりも、お前自身よりも、金っていうのは大事なんだ。まずはこのパーティーで予算よりも少なくなるように節約して準備を進めろ」
「……」
「節約できた分だけ、お前のことを認めてやろう。使わなかった分は俺が預かる。当然だろ? 結婚したら俺が子供を孕んでいる間も俺が養ってやるんだからな」
決め台詞のように言われた言葉にアメリアはもうため息も出なかった。
とても馬鹿馬鹿しくて、とてもつまらなさそうな顔をして、こめかみに人差し指を置いてトントンと二回ノックした。
それから、ローテーブルに広がった見積もり書類をかっさらうように拾い上げて真っ二つに引き裂いた。
「……いいでしょう。ただし、商会はギーゼン伯爵家が御用達にしている商会と取引をします、かまいませんね」
ビリビリと音を立てて書類をまき散らしたアメリアにオリヴァーは真顔になって驚いている様子だった。
けれども、『婚約者の金銭感覚教育』について当事者のアメリアが了承したことに一歩遅れて気がついて「ああ、もちろんだ」とすました顔をしたのだった。
「それで今度、とても素晴らしい宣伝の機会を手に入れたんです。このリストの品を当日までにお願いします、ニコラウス」
アメリアは同業のニコラウスの元を訪れていた。
彼は、魔法学園時代からの友人で、とても優秀な魔法具の作り手なのだがユニーク過ぎて仕事が少ないことが難点の人物である。
細々生活するだけは稼げているが、それ以上の収入はない。けれども本人もこれまたお金を使わない人なので特に困ってはいなさそうだ。
さらにとにかく陰気な男であり、黒髪が適当に長く伸ばされていて、背が大きいのに猫背で、金色の瞳が妙な光を孕んでいる。
おとぎ話の遙か昔の魔女のような男であり、三角の帽子をかぶせて灰色のローブを着せたらまさにそのままだろう。
「あ、はい……うん。意外に多いですね、それにずいぶん突然では、アメリアさん」
「……」
「花瓶とあと、あれと……ア、あれ、こんなの作ったっけ。ア、あったかも……」
「……」
「あー……あの、ご婚約おめでとうございます」
その上変わり者なのだ。会話の順序がめちゃくちゃで、たまについていけない時がある。
意味がわからないと言うと途端に謝罪を繰り返すときがあるので、面倒くさい人だが、アメリアはニコラウスを気に入っていた。
「どうもありがとうございます。めでたいと言っていいのかどうかは、正直不明だけれど」
「そんな……ご婚約者さまがかわいそうですよ。そんなふうに言っては、アメリアさん美人ですから喜んでいるのでは」
「……さぁ」
「……なにか不機嫌ですか、アメリアさん」
「……」
「アメリアさん、自分で思っているよりわかりやすいですよ。一割り増し口調が怖いので」
「……」
「いいじゃあないですか、結婚。幸せの絶頂といいますし」
ニコラウスは人見知りだが、見知った相手にはよく話す。声が低くて丁寧ぶった話し方だが、聞いていて不快ではない。
今だって、たしかにアメリアは機嫌は悪いが怒ってはいないのだ。
「アメリアさんが普通の女性の幸せと同じことで幸せを感じられるかどうかは知らないですけど、いいんじゃないですか。結婚すると丸くなると言いますし」
「それは、男の場合じゃないんですか。ニコラウス」
「それはそうだけれど、それは単にとがっている女性が少ないから男性の方が比較的丸くなると言われているだけで、とがってる女性も丸くなると、俺は思う」
「……」
「アメリアさんはとがってるから」
「典型的な女……にはあなたから見えないですか」
「エ、見えないけれど」
オリヴァーに言われた言葉のうちの一つを口にするとニコラウスは、とても怪訝そうにこちらを見ていて、その目はとても、誰かがアメリアにそんなことを言うなんてとても信じられないという顔だった。
典型的で、間抜けで、馬鹿で、女で、浪費するオリヴァーはそんなふうにアメリアのことを決めつけていた。
それに対してアメリアはまったくもって、見る目がないのだと思って一つも心に留めていないつもりだった。
しかし、つい聞いた言葉はそれで、心にとどめていなくても、残っているものだなと苦く思う。
「アメリアさん、変わっているよ。相当、でも幸せにはなってほしいです。女の人は結婚が幸せと言いますし」
ニコラウスはアメリアが変わっているといった上でそうして笑った。
彼は笑うと印象が変わってあどけない。
それにめったに笑わないのでアメリアの幸福を本当に願ってくれているのだとわかる。
それが単にうれしいし、わかってくれる人がいると言うだけで、オリヴァーの言葉はもう本当に心にとどまることもなかった。
当日、一般の招待客よりも先に到着したアメリアの父と母は言葉を失って額に手を当てて頭を抱えていた。
オリヴァーはギーゼン伯爵と言い合いをしていた。
「お前はなにを言っているんだ? なにがお前をそこまでさせたんだ?」
「だから、父上が母上に言っていることと同じだろ! 同じことをさせただけだろ! これが節約ってものだろ! 女に自由にさせるだけじゃ、贅沢をするばかりで金はなくなる一方だ!」
「違う、私はそんなことを言っているんじゃない、なぜ、これでいいと思うんだ! こんなパーティーを私たちは今まで開いたことがあったか? よく見てくれ、オリヴァー」
「完璧じゃないか、俺はアメリアに教えてやったんだ! 本当に必要なものだけを買って、金を守り、まともな女になる方法をな!」
「待ってくれ、オリヴァー本気で言っているのか? 本気で?」
オリヴァーはギーゼン伯爵ともかみ合わない会話をしていた。
ただでさえ貧相な会場を見て、相当なショックを受けて、意気消沈しているというのに、さらにそこに来て跡取り息子と会話が通じない。それは相当なショックのようだった。
「女なんて仕方のない生き物で欲に負けて家財を食い潰す害獣みたいなものだ!」
「お、おお…………」
「俺が教育してやらなくては! 金は何より大切なものだと教え込んでやらなくては! 俺はなにも間違ったことはいってないだろ!」
オリヴァーの母親はオリヴァーもギーゼン伯爵もとても冷たい目で見つめていた。
以前あったときにはよく伯爵を立て、優しい母のように見えたが、その裏には母親をないがしろにして馬鹿にする、その上で成り立っている構造があったらしい。
ギーゼン伯爵は焦点が合っていない、よろめいて、それからまた、オリヴァーに同じことを問いかけていた。
そんな様子を見ていたアメリアにベッケンバウアー侯爵である父が問いかけた。
「それで、お前はこれでいいのか」
「……どういう意味ですか、お父様」
父の静かな問いかけにアメリアは聞き返す。
「この状況を見れば、ギーゼン伯爵子息が結婚に値しない男だったということはわかる。お前は当然あらがっただろう。しかし、切り捨ててこの状況を受け入れただろう」
「……」
「しかしアメリアよ。こうすることもまたお前の権利かもしれないが、こうなっては中止もできない、お前も恥をかく……この機会だからと私も深く事情を把握していないが、女性貴族の汚点というものは結婚の妨げになる」
父は厳しい現実を口にする。
「今回の婚約も、条件だけ見ればよい相手だった。それが流れ汚点がつき、お前は将来どう見られるか考えたのか」
そして父の言葉は正しかった。
アメリアはオリヴァーの言葉通りに発注をかけて、節約に節約を重ねた。
薪は足りずホールはいつまでたっても暖まらないし、できあがっている料理の数も足りない。
少量注文した花は値切り過ぎたせいで、数日前に届けられしおれている。
そしてこれがアメリアの手腕であり、屋敷を統治する腕だと思われる。
少なくともこんなパーティーに参加した貴族は、たとえオリヴァーがとんでもない人間だったとしても、受け入れて誰にも相談せずにこんなパーティーを許容したアメリアを誰も嫁に迎えたいと思わないだろう。
しかし、アメリアはニコーッと笑みを浮かべた。
それは太陽のような笑みで、不機嫌なことが多いアメリアが珍しく笑ったのでベッケンバウアー侯爵は不釣り合いな表情過ぎて娘の様子が謎すぎて怪訝な顔をした。
さすがに、へこんでいるかもしれないと思っていたのに、若くまだまだ打たれ弱いはずの娘がここぞとばかりに笑って少し怖かった。
「お父様ったら、心配しないでください。損害は取り返しますよ」
親類たちが順次集まると雰囲気はどんどんと悪くなっていった。
予定を立てたときよりも日が進んで、天気も相まって寒さは厳しいものだった。
それでも室内では外套を脱がなければならず、すぐに貴族たちは異変を察知してこそこそと話を始める。
始まってしまったからには、ギーゼン伯爵はなんとかホストとして客たちをもてなそうとするが、笑顔がぎこちない。
三十名ほどが集まって、ダイニングホールへと案内されると、さらに貴族たちは騒がしくなった。
異臭を放つ料理に、スカスカのテーブル、本来だったらごちそうが所狭しと並んで、美しい花々がテーブルを彩り暖かい中での贅沢な食事会が開かれるはずだった。
というかそれが貴族のパーティーの最低条件である。
しかし、所々には黄ばんだシミがあるクロスが敷かれ、凍えるような寒さの中、貧相な食事を用意するなど侮辱にも近しい行為だった。
屋敷に仕えている使用人たちも、苦々しい表情をしていて、この節約しか考えていないパーティーを屈辱に思っているらしかった。
貴族たちの視線は、申し訳なさそうにしているギーゼン伯爵よりも、自慢げにしているオリヴァーと、それからアメリアを責めるような目線を送っていた。
けれども声を上げて帰るものはいない、これでも親類というつながりがあってここにやってきていて、一応の体裁がある。
ただ一度、自身の屋敷に帰れば、非難ごうごうの嵐だろう。
それをひしひしと感じる視線だった。
それを見ながらアメリアはただ、たっていた。
背後にはアメリアのおつきの侍女がいた。
それぞれが、椅子を引いてもらって席に着き、顔をしかめる中でアメリアは、父に見せた笑みのままひょうひょうと笑って突っ立っていた。
「……? おい、どうしたんだ」
隣に腰かけたオリヴァーが問いかける。
彼は案外図太いというか周りが見えていないらしく、立ったままのアメリアには疑問を持っているようだが、貴族たちの視線や気持ちにはまったく気がついていないようだった。
「おい」
オリヴァーが呼びかけると自然とアメリアに視線が集まる。
もう全員が座り終わったというのに、アメリアは、笑みのまま固まっていた。
三度目、オリヴァーがアメリアに声をかけようとした時、アメリアは「皆様!」と声を上げた。
その場にいる全員の視線が一斉に集まる。
アメリアはとてもすがすがしい気持ちだった。
「本日はお集まりいただきありがとうございます。本日は婚約祝いの食事会ということで私たちを祝福するために、これほどの方々に集まっていただけて恐縮でございます」
意気揚々と挨拶を始めたアメリアに、貴族たちは、そういう手はずだったのかと納得した。
彼らが期待していたのは、この状況に関する何らかの説明か、もしくは謝罪だったのだろう。
アメリアの言葉は、通常の用意されたスピーチであるように思われそのどちらも該当しないので、すぐに彼らは興味を失ってがっくりした。
「しかし、私はこのギーゼン伯爵家跡取りのオリヴァーとは結婚いたしません」
そしてがっくりしたところに、爆弾を投下した。
「彼が結婚するのは、こちら!!」
アメリアが言うと、侍女が重たい布袋を運んでくる。それを受け取ってアメリアはテーブルの上にぶちまけた。
「彼の人生で何より大切なものであり、一生をかけて守り通すと心に決めた最愛のものです! そしてこちらは、このパーティーにかかる費用を節約して余らせた、金貨になります!」
カンッ、キンッ、ジャラジャラジャララ。
転がり飛び散り、金貨はテーブルの上で山になって転がっていく。
余ったお金は寄こせと彼が言っていたのでこれはその意味も兼ねている。
「私は、お金というのは稼ぐもの、そう考えています。そして回すものです、稼いで使って、多くのものを潤します、人の心も、物もうまく回って生み出されたものは適正な価値をつけられる」
貴族たちはぽかんとしていた。オリヴァーもぽかんとしていた。
「しかし、オリヴァーは違うようです。お金に目がくらんでいるばかりで大切なものが見えいてない、現にこんな葬儀のようなパーティーの席でもオリヴァーは一人自分やよくやったと持っています」
「……」
「多くの人が、凍えて、がっかりして、来なきゃよかったと後悔して、怒りを覚えているのに気がついていない、オリヴァー。どうですか、オリヴァー、少しあなたの気持ちを聞かせてください」
アメリアはチラリとオリヴァーに視線を送って見た。
オリヴァーは混乱している様子で「っは?」とアメリアに返す。
彼は、アメリアはなんて的外れなことを言っているんだ、とでも思っていそうな顔をしていて、聞いたかと言うように、周りを見た。
けれども、責めるような目線はオリヴァーに向いているだけで、誰もアメリアを非難するつもりはないようだった。
そうしてそれを見てからオリヴァーは少し黙ってから、何度も瞬きをして視線をそらす。
「いや……す、少し、節約を……意識しすぎたかもしれない……が、最終的には用意したのはアメリアで」
「あら、ギーゼン伯爵家御用達の商会でそろえたものです。私はあなたに言われた通りのリストをそのまま発注しただけです。その指示の書類が残っています」
「……でも、準備段階でもアメリアもいいって言ったし……」
「私は何度も、適正価格でのやりとりや、予算内に納めつつ、きちんとゲストに快適に過ごしてもらえるパーティーを企画しベルツ商会での見積もりも提案しました、二回目のものが残っています」
「…………でも、この食事会だって……なにもそんなに悪いわけ、じゃ……」
アメリアがオリヴァーのいいわけを潰していくと、納得した貴族たちはなるほどと彼に視線を向ける。
つまりギーゼン伯爵家の跡取りが悪いのかと、共通認識が生まれたらしかった。
「いや、でも、馬鹿な女を教育――」
言いかけたところで、ドンッとテーブルをたたく音がして、食器がガシャンと鳴った。
「いい加減にしろ! いい加減にしてくれ!! オリヴァー!! もうこれ以上、家名に泥を塗らないでくれ!! お前はもう跡取りでもなんでもない!!」
「え? は? 父上?」
「これが終わるまでの間だけでも静かにしていろっ……口を開くな、愚か者、お前は取り返しがつかないことをしたんだ!!」
「なに言って――」
「黙れ!!!」
怒号が響いて、オリヴァーは言われた通りに口をつぐんだ。
そんな彼は、不服そうな表情でアメリアの方を見上げた。
その目線で未だ彼が、後悔の一つもしていないことを悟りアメリアは口を開いた。
「私はあなたが、本当にお金に執着しているだけなのか、それとも他人を都合よく見下せる口実だから執着しているのかわかりません。しかし、立ち返って見てください」
「……」
「ここにいる人たちの顔を、どんな顔をしていますか。今まで父や母と接していた親類の顔とは違うでしょう」
少し声を落ち着けて、椅子の背もたれに手を置いてアメリアは語りかけた。
「あなたの御用達の商人を思い出してください、値切ってやると豪語して自分の都合だけを押しつけた時どんな顔をしていましたか? 私の考えを端から否定したとき、私はどんな顔をしていましたか」
皆一様に、きっと幻滅した顔をしていた。
あきれかえって、ああもう、彼とはないという顔をしていた。
「あなたは、間違っていたんです。今も間違い続けている。素直に謝ることもできない。それって見苦しいと思いませんか?」
「……」
「愚かしいと思いませんか? 自分は節約の天才だと思い込んで誰にも彼にもダメ出しして言うことを聞かせるのはさぞ楽しかったでしょう。でもあなたはその気持ちよさと引き換えに山ほどの物を失ったんですよ」
「…………」
「あなたは最悪の間違いをしてそのまま突き進んだ、それがこうなった原因です」
アメリアが静かに言うと、オリヴァーは父に言われたとおりしばらく口をつぐんで、うつむいた。
けれど、やっぱり堪えられないというように、ばっと顔を上げてアメリアに言った。
「っでも、そういうとき、止めるのが妻の役割なんじゃないのかよ?」
子供っぽい仕返しの言葉にアメリアはニコーッと笑って、返す。
「止めた私よりも金貨のが大切だと示したのはあなたでしょう。自分で選んだ金貨と結婚するのがお似合いですよ。あなたが望んだ結果じゃないですか」
オリヴァーは頬を引きつらせて、アメリアを見つめていた。
「よかったですね。一番大切なものが手元に残って」
「っ」
「……まぁ、私もあなたの幸せを願っていますよ。お金を使っても簡単に手に入らない信頼をこんなお小遣い程度のお金で失ったこと……後悔する日が訪れないといいですね」
アメリアはそれに一生気がつかずにいることが難しいとわかっていながら、そう言ったのだった。
それから、アメリアは、侍女を振り返って「さあさあ!」と大きな声で言って切り替えた。
手を二つたたくと、厨房の方から次々と料理が運ばれてくる。
ダイニングホールに設置されていた魔法具が起動されて熱風が吹く。
これらの準備をするのはとても大変だったのだ。
「お、おお!」
「あったかい」
「あの魔法具、王城にあるのを見たことがあるわ」
アメリアはとにかく一番貴族たちの体をむしばんでいた寒さを遠ざける。
魔法具を起動した使用人たちはとても自慢げに笑みを浮かべていた。実のところ、彼らにこの展開をのんでもらうことにも苦労したのだ。
「ここからは、意味のないパーティーに時間を使ってくださった皆様にせめてものお詫びとして、ベルツ商会魔法具部門の代表である私アメリアから謝罪の気持ちを込めておもてなしさせていただきます!」
それから、アメリアはとても幸せな気持ちで、振り返る。
その頃には、これまたおつきの侍女が台車に乗せられた、温風の魔法具を背後に到着させた。
人がすっぽり入ってしまいそうな大きさの箱形のそれは、世にも珍しい戦闘用の魔法具ではなく、人々が日々送る生活を豊かにするための魔法具だ。
魔法というと魔獣と戦うものであり、魔獣の多いこの国ではいかに魔獣を多く倒すか、それにばかり焦点が当てられ、過激な魔法具が作られる。
そのせいで遙か昔から存在しているような、大型で使い勝手の悪い生活用魔法具しか存在していない。
そんな中でも生活魔法具特化の魔法具師のニコラウスはかなりの変わり者であるが、便利なことには変わりがない。
「この商品は、体感していただいたとおり、熱風を送り出し、即座に室内を温める効果を持ちます! 皆さんご存じの通り、王城にも大型のものがありますけれど、あれでは一般貴族の館には不向き……そこで! ベルツ商会が小型化の制作に乗り出しました!」
部屋が暖まりテーブルの上に並べられていた貧相な料理が下げられ、次々とごちそうが登場する。
それには今まで、誠に遺憾というような顔をしていた年配の貴族も、少し表情を緩める。
父はやっぱり頭を抱えていた。
「魔法具師のニコラウスが手がけたこの魔法具は利便性も上がっており、少ない魔力でより暖かくをコンセプトに、一般貴族にも使いやすい形を目指しました。あら、いけません。今日は食事会です皆様もすでに空腹のことでしょう。こんな演説はさっさと終わらせて、楽しく紹介をしながら食事といたしましょう!」
そうして、アメリアは金貨の置かれた空席をそのままにして、新しい椅子とカトラリーセットを持ってこさせてそこに腰を下ろした。
それから目の前のしおれた花が飾られた花瓶に手を伸ばす。
土魔法の派生である、緑の魔法が組み込まれたそれは、魔法の光を放ち、花を美しく力強く咲き誇らせる。
数が少ないので、これでも完璧ではないが、それでも貴族たちから声が上がる。
これもニコラウスの作品だ。
彼は、人嫌いなので、できるだけ人に会わなくていいように最低限の従者を雇ってやっていけるようにこんなものを作っている。
しかし、彼の持つ才能は人に愛されてしかるべき素晴らしいものである。
ほかにも炎の魔法を使ったかまどなどもあり、暖かい料理が次々と運ばれてくるのはそれを利用したおかげだ。
アメリアは、ペラペラとセールストークを語り始めた。
幸い、アメリアが今まで細々と宣伝してもうけていたベルツ商会魔法具部門の売り上げをなげうってまで準備させていたので贅沢さは十分だ。
さらには、魔法具はどれも本当に便利な物ばかりだ。自信を持ってアメリアも紹介ができる。
とても充実したパーティーになったのだった。
あの婚約パーティーには賛否両論があったとは父にも言われたことだった。
しかし事実として、ベルツ商会魔法具部門は次々に注文が入るようになり、細々と宣伝してじわじわと広げるよりも、大勢に対して実演することは必要なステップだったように思う。
それが自分の婚約パーティーを台無しにしてまでやることかといわれたら多くの人が首をかしげるだろうが、そこで大きくうなずいて、満足して次もやるのがアメリアだった。
というわけで父はとうとうアメリアに降参して低位の爵位取得を命じた。
ベッケンバウアー侯爵家の分家として爵位を取得し、これからもベルツ商会とより密に関わってベッケンバウアーを支えていくようにということだった。
兄も父も協力してくれるので十分で、あり満足のいく結果だった。
しかし問題はある。
貴族の間で話題になり始めた生活用魔法具の制作者は大体ニコラウスだ。
ニコラウスは伯爵家の次男坊で爵位を継がない貴族だ。その上、決まった相手もいない。
彼が狙われる可能性は十分にあり、ベルツ商会の魔法具部門を運営するに当たって大きな問題だった。
「――そういうわけで、ニコラウス。あなたと婚約を結ぶというのが私の一番の今の望みです」
そうしていろいろと説明をしてからアメリアはニコラウスに要望を伝えた。
正直なところ、これはただの確認でありすでに決定事項に近いことだった。
ニコラウスの両親にも話を通しているし、ニコラウスとアメリアはすでにお互いがなくてはならないビジネスパートナーだ。
アメリアはニコラウスの技術やその才能を見初めて信じてここまでやってきた。
彼にとっても信用に値する相手である……はずだ。
「今の私とあなたの関係は単なる友人です。それをより強固にし、隙がないよう囲い込むには男女というお互いの性を使い結婚することが一番でしょう」
アメリアの理論に隙はなかった。
しかし、ニコラウスは目を見開いて信じられないものでも見るようにアメリアを見つめていた。
「……」
「……意外な顔をしていますね。ニコラウス」
「エ、だってそれは、あの、だってアメリアさん、エ、俺、無理です……」
指摘するとニコラウスは両手を小さくあげて降参するように手のひらを見せた。
「アメリアさんと結婚とか俺、は、考えられないというか」
明確な拒絶の言葉にアメリアはきょとんとしてしまって、「考えられないですか」と復唱して問いかけた。
「はい……うん。エ、本当に考えられない」
「……それは生理的に受け付けないなどそういった理由ですか」
「生理的に、っていうか、物理的に??」
「物理的に?」
あまりにニコラウスが難解なことを言うのでアメリアは、不可解がいらだちになって、責めるように聞いた。
「怒らないでくださいよ。アメリアさん」
「怒っては……いません」
「嘘だね、うん。ゼッタイ」
「……」
ニコラウスはそのまま固まって視線をそらして、ローテーブルの木目を見つめてしばらく沈黙した。
その間にアメリアは、なにかニコラウスに嫌われることなどしただろうかと考える。
しかし、少しばかり気を許しすぎて素で接しすぎていたかもしれないとか、魔法学園時代に強引に仲良くなったことだろうかと、可能性が思い浮かぶ。
けれども結婚が物理的に難しいほどのことをしたつもりはない。
ではほかの理由かと考えても答えは出てこない。
むしろ疑問ばかりわいてきて、自分のこめかみをコツコツ人差し指でたたいて、思考を巡らせる。
そんな時間が過ぎて、それからニコラウスが言った。
「だって俺は………………」
「そこで黙らないでください、ニコラウス」
「…………」
せっかくなにか核心的なことを言おうとしたらしい彼が固まってアメリアは鋭い声を出した。
しかしニコラウスは助けを求める子犬みたいに惨めな顔をしてアメリアのことを見つめている。
容赦してほしいみたいなそんな顔だった。
けれども、言い始めたのに理由を言わずに終われるはずもないだろう。
見つめ続けると彼はとうとう観念して、自分の手を手で揉んで心底申し訳なさそうに言った。
「……アメリアさんのこと、ずっと前から慕ってるんです。申し訳ありませんね。結婚なんてしたら好意がばれて気持ち悪がられるでしょう。だから嫌なんです。ア、いや。もう言ってしまったんですけど」
それは、なんだかとても悪いことを告白する時みたいに悪びれていて、糾弾されるのを待っているみたいだった。
「アハハ……アメリアさんのことなんとも思っていないみたいに行動するのでずっと必死でした……ごめんなさい。友人なのに」
「……」
「好きでした、ずっと。……だから、アメリアさんの意向に背くことなんてしません。俺のことはずっと体よく使ってくれればそれでいいから」
放置していると、ひとりでにニコラウスはしゃべって自分の言葉で追い詰められていって、傷つけられているみたいだった。
「なんで、これからもよろしくお願いします。仕事を一緒にする友人として……お願いします」
「……」
「アメリアさん、俺、本当、今までと同じようにしますから……」
だから捨てないで、なんて言葉が続きそうだった。
そしてその目や、その言葉、今までのニコラウスの思いを知ってアメリアは初めて、胸がときめくのを感じた。
男性にそんなふうに思ったのは初めてのことだった。
「…………」
(へぇ、私って、こういうことで恋に落ちるんですか……)
アメリアは自分の新たな一面を知ってなんだか不思議な気持ちで、でもやっぱり腑に落ちないような気もして難しい顔をして、やっぱりこめかみをトントンとノックしていた。
しかしとりあえず口を開いた。
「……婚約はしましょう。決定事項です」
「エ」
「それに、どうもありがとうございます。それほど想ってくれていたとは想定外でした」
「っ……」
「あなたは……なんというか……ああ、そうですね」
それから言葉を選んで、いろいろ考えつつも立ち上がって、ニコラウスの方へと回り込んだ。
なんだかおびえているみたいで、彼がかわいく見えたので、頬に手を添えて、反対側の頬にチュッと少し触れるだけのキスをした。
「ヴッ……うわぁ……」
「え? うわぁ、ってなんですか、ニコラウス」
「う、うぅ、もうだめだ……」
「なにがだめなんですか、ねぇ、アハハ」
途端に赤くなって、ニコラウスは足をもつれさせながら逃げていったが、アメリアは楽しくなって彼を追いかけたのだった。
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