春科【相談内容】田中蒼汰:俺は死にたい
ねぇ、知ってる?
たどり着ければ何でもお願い叶えてくれるって、相談センターの話。
でも、うまい話には裏があるって言葉があるでしょ?
その相談センターを利用した人たちはみーんな
最後に口を揃えてこーゆうらしいよ。
『ヤツらは子供の皮を被った悪魔だ』って。
???)貴方の望み、何でも叶えます。
安心と信頼の相談センター人狼係 遂行は無料。
ぜひ、あなたのご利用をお待ちしております。
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小説投稿初心者のため文が稚拙、誤字等あると思います。
誤字脱字は見つけ次第撲滅していきます!<(_ _)>
...本当にあったよ。
スマホを握りしめながら俺は目の前の建物を凝視する。
この建物は地図に乗っていないし、ネットで調べても場所がヒットしない。
決して意図的に見つけることは出来ず、”地図”が送られてきた人物のみが辿り着ける不思議な場所にある。
だから俺も、不確かな情報だけが歩くだけのネット七不思議のようなものだと思っていた。
現にこうして自分が体験するまでは、だけどな。
いや、ここ何処だ?完全に異世界だろ...
赤黒い空と漆黒の木々。
そして、まるで童話の白雪姫に出てくる小人たちが住んでいるかのような家。
まるで完成された一枚絵を見ているのではないかと錯覚してしまうほど完璧に完成された空間だ。
不安と同時に未知への興奮に気分が高揚し、俺は固唾を飲む。
俺はゆっくりとその家に近づき、扉を開けた。
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〜活動日誌〜
■春科
【相談内容】田中蒼汰:俺は死にたい
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「…...つまり、蒼汰さんは自殺をお考えで?」
テーブルを挟んで向かい側に座るメガネのガキが、きょとんとまるで飯を前にした子犬のように首を傾げながら俺の話をまとめる。
(クソ。ガセ情報じゃねえか...やっぱネットは当てにならねえな)
俺の名前は田中蒼汰、身長170センチくらい。
体重123キロの、21歳フリーター。
実家暮らしで、嫁なし。
俺は今、ネットでいろいろと憶測の飛び交う例の相談センターにいる。
事の発端は、昨日。
突然俺のスマホに送られてきた『あなたのどんな望みでも叶える相談センター』からのメールと地図。
バカバカしいと思いつつも俺は好奇心に抗えなかった。
だからこうして物理的にも重い腰を上げ、何年かぶりに部屋の外へ出てみたわけだが。
所詮噂は噂だったってことだ。
いざ蓋を開けてみたら、そこに居たのは小学生くらいのガキが二人。
一人は「がるる」。
今俺の目の前のソファーに腰掛けてる、いかにも僕頭いいです!勉強出来ます!ってナリのインテリメガネのガキだ。
そいつの隣に立つもう一人、「ももやん」。
こいつはずっとニコニコしてやがって、インテリメガネとは違う意味で何考えてるか分からないタイプのサイコパスオンナだ。
...いいかお前ら?アニメではこういった何考えてるかわからんサイコパスがいちばん信用できないんだ。
気を許したら最後。
好感度が上がれば「好きだから殺す♡」BADEND。
好感度が下がれば「つまんな〜い。だから死んで?♡」BADEND。
要するに、ろくなエンディングは迎えられないってことだ。
まあ、そんなこたぁ置いといてと...俺はインテリメガネの質問にいくつか回答し、今に至る。
俺は落胆し鼻で笑うと、ソファーの背もたれにドカッと巨体を預けた。
「アァそーだよぉ。それで?お前らは俺を死なせてくれんのか?ぁあ?この相談センターはなんでも無料で叶えてくれるんだろ?」
盛大に煽ってやったのに、目の前のインテリメガネは顔色一つ変えずカップのお茶を口にした。
イライラする。
ムカつく。
これじゃ、俺のがガキみたいじゃねーか。
なんなんだこのガキはよ、大人ぶりやがって。
俺は続いて嫌味の一つでも言ってやろうと口を開くが、そのタイミングを見計らってか否か、インテリメガネの隣で待機していたはずのサイコパスオンナが俺の口にグッと何かを押し込んできた。
「んがっ?!」
い、痛く、ない?なんだこれ、猿ぐつわか?
しばらくの沈黙の後、やっと俺の思考回路は動き出す。が、
...いやこれ、どーゆー状況?
俺の脳は完全に処理落ちしていた。
考えるよりも口内の不快感が勝り、俺は両手で猿轡を掴む。
「ほれをほりやられうほらひ!!(これをとりやがれクソガキ!!)」
「あ、暴れないでくださいよー!死にたいって言ったじゃないですか。」
「ほれとほれはほーはっへふははふふはほ!?(それとこれがどーやってつながるんだよ!?)」
サイコパスオンナがあわあわと俺をなだめてくる。
「ももやん。」
インテリメガネの一声にピタリと動きを止め、サイコパスオンナは笑顔で敬礼する。
「はい!先に準備して来ますね。」
そのままサイコパスオンナが小走りで部屋から出ていき、部屋には俺とインテリメガネの2人が取り残された。
インテリメガネはカップを置くと、真っ直ぐに俺を観た。
俺の身体に悪寒が走る。
先程までとは違う、インテリメガネの眼光は怪しく揺らいでいた。
人間のものとは思えないほど美しくて鋭くて、それでいて恐ろしい。
俺はこの瞳を知ってる。
獲物を狩る捕食者の瞳だ。
やべぇ…コイツら、やべぇよ!
その瞳に圧倒され、俺は足の力が抜けた。
そのままドシッとソファに座り込む。
インテリメガネが俺の太ももに手をかけ、グイッと顔を近づけた。
「ええ。もちろんお手伝い致しますよ。貴方の自殺。」
このガキ……本気か?
「本気ですよ。」
刹那、俺の時間が止まる。
コイツ…まるで、俺の心でも見透かしているかのような。
…気持ちわりいガキだ。
インテリメガネはスっと俺から離れると、扉へと歩いていく。
「では、これから蒼汰さんが生活していただくお部屋にご案内しますね。」
こっちです。と扉を開けてインテリメガネが手招きする。
「あ、くれぐれも変な気は起こさぬよう。まぁ、そのようなことは無いと思いますが。」
インテリメガネが振り向きざまにニカッと笑った。
行きましょう、と俺に起立を促す。
...あっ。俺この格好のまま移動するのね。
インテリメガネの瞳にはもう怪しさは無かった。
さっきは俺の見間違いなのか?でもあれは...
ややあって、俺はハッと我に返る。
そうだ。
俺は自殺したいんだ。
それをこいつらが手伝ってくれるなら本望じゃないか。
俺は重い腰を上げて立ち上がると、インテリメガネの後について長い廊下を進んでいった。
■ ■ ■
ここが、俺の部屋だって?
俺は目を見張った。
部屋中を見渡せるダイニングキッチン。
キングサイズのベッド。
そして黄金の...トイレ。
俺が案内されたのは、これから死ぬ俺には不釣り合いなまるで高級ホテルみたいな部屋だった。
ただ奇妙なのは、この部屋には窓が一切なくまるで展示動物のように扉のある壁側が透明だということだ。
「どうぞどうぞ〜!」
予想外の光景に硬直して佇んでいる俺の手をサイコパスオンナがひく。
俺はインテリメガネに軽く部屋の説明を受け、それが終わるとサイコパスオンナに足枷をつけられる。
鎖の反対側は壁にしっかりと固定されていた。
「では猿ぐつわ、お取りしますね。」
アッ、これ取るんだ。
「……アァ、ありがとよ。」
困惑しながらも俺は咄嗟に感謝を口にする。
ニコニコと俺を見つめてくる2人に俺は疑問符を浮かべるが、
今しがた自分の発言を思い出し恥ずかしさのあまり俺は赤面した。
お礼の言葉なんか口にしたのは何年ぶりだろう。
てかそもそもお礼する場面だったか?!
俺は軽く咳き込むとサイコパスオンナに聞く。
「お、おい、猿ぐつわした意味はなんなんだ?」
「特に意味はないです。形から入るタイプなので!」
屈託のない笑顔でサイコパスオンナは答える。嘘は言っていないようだ。
なんだこの女、やっぱりただのサイコパスだったか。俺はため息をこぼす。
「…この足枷は何だ?細くて脆そうだし、繋がれてるとはいえ、部屋を自由に動き回れるなんて…意味あるのか?」
「それも特に意味はないです。監禁といえば拘束と本にありました!形から入るタイプなので!」
前言撤回。
このガキ、ただの馬鹿だな。
俺がそんなことを考えていると、いつの間にかガキたちは扉の外にいた。
「では、僕達は失礼しますね。明日は、貴方の自殺方法について考えましょう。この時間に部屋へ伺います。それと、あなたの様子は定期的に、こちらのももやんが見てくれますので。」
「あっ!改めまして、ももやんです。何かあったら、名前、呼んでください!すぐ駆けつけますから!私、足には自信あるんです!」
ももやんは俺にむかって笑顔でブイサインをする。
いや呼んでも聞こえねえだろ、バカ女。
と、いい返したところで時間の無駄だ。どっと疲れた。
俺は何も言わず、ガキ達を睨む。
扉がゆっくりと閉まった。
ガキ達の姿が完全に見えなくなると、俺はベットに仰向けで倒れ込む。
俺の家の何年も手入れされてないぺしゃんこ布団より何倍も分厚くて柔らかい。
それに、優しい香りだ。
これで、俺は……。
一度深呼吸して目を閉じる。
意識が、遠のく。
記憶が、蘇ってくる。
■ ■ ■
『おい!またボッチメガネが一人で勉強してるぞ!』
『やーい、ボッチメガネー!』
ボッチメガネ、これが小中高と続く俺のあだ名だった。
しょうがないと思っていた。根暗な俺はコミュニケーションが苦手で友達もいなかったから。
だから俺は時間があればいつも一人で勉強していた。
それしか、やることが無かったから。
だから成績だけはいつも優秀。
でもそのせいで、俺のことが気に入らない奴らに余計に絡まれ、煙たがられる。
しょうがないと思っていても、当時の俺は酷く辛かった。
そんな俺の唯一の救いは両親だ。
両親は俺を自慢の息子だと、よく褒めてくれた。
食卓にはいつも俺の好きなものがたくさん並んでいて、好きなものも好きなだけ買ってくれた。
それから高い塾に、有名な家庭教師までつけてくれた。
そう、俺は愛されていたんだ。
...そんな俺には歳の離れた兄がいる。
兄の周りにはたくさんの人がいて、兄はいつも笑顔だった。
幸せそうだった。
俺はそんな兄が目障りだった。
俺とは違って明るくて誰にでも好かれる兄に、俺は強い嫉妬と劣等感を感じていた。
だが兄は、両親に愛されてはいなかった。
兄は勉強が出来ない。
成績も下から数えたほうが早かった。
両親は兄を恥と呼び、父はよく兄を叱りつけていた。
その怒声は近所からも虐待じゃないかと噂されるほど激しいものだった。
耳は痛かったけど、俺はその時間が好きだった。
その時間母は、決まって俺を抱きしめてくれた。
俺は、自分は兄よりも愛されているんだ。必要な存在なんだと、その時間だけは優越感に浸っていられたんだ。
そして俺が中学二年生の頃、高校を卒業して就職の道を選んだ兄を父が勘当した。
これで両親は今まで以上に俺のことをみてくれる。愛してくれる。
…そう思ったのに。
父は日に日に俺を叱るようになっていった。
母は多くを語らなくなった。
本当はどうして父も母も変わってしまったのか、俺には分かっていた。
『なぜ宿題をしない?それに授業態度が良くないと、学校から電話がかかってきたんだぞ!お父さんは、お前にいい道に進んでほしいんだ。』
俺を叱責する父。
『あなた...落ち着いて。あの子はいい子よ。そうよ...いい子なの...』
肩を震わせて泣く母。
...兄は本当は愛されていた。
でも、それを認めてしまったら、俺が壊れてしまいそうで。
母は疲れているんだ。父は俺に期待してくれてるから怒るんだ。と...。
そうやって俺は都合のいいように解釈して、更に勉強時間を増やすことしか出来なかった。
学校に行けばいじめられ、家に帰れば叱られ、不安や怒り悲しみを、全て勉強に当てる日々。
高校生に上がった頃、俺はよく体調を壊すようになった。
時は流れて高校三年生。
俺は、希望した有名大学の受験に落ちた。
原因は、ストレスや疲労による目の霞だった。
そのため、ほとんど解答用紙が埋められなかったのだ。
模試はすべて満点。合格確率は99%以上だった。
だから他の大学は受験しなかった。
そしてその日から、俺は部屋に閉じこもった。
俺の知らない間に両親は離婚していて、広い家には俺と母の二人だけになった。
毎日ドアの前に置かれるラップのかけられた食事と、添えられた手紙。
俺がその手紙を読むことは一度もなかった。封を切らず、シュレッダーよりも細かく破り捨てた。
書いてある内容は見ないでもわかる。
全部お前のせいだ。
早く出ていけ。
産まなければよかった。
俺は誰からも愛されない。俺は、いらない子だったんだから。
死にたい、死にたい、死にたい。
景色が歪み、あたりが真っ暗になった。
床だった場所が底なし沼のように俺の足を引きずり込んでいく。
そしてそのまま胴体、首と飲み込まれていった。
死にたい、死にたい、死にたい。
「……さん?……そ…た...さん……」
■ ■ ■
「蒼汰さん!起きてください!」
俺がハッと目を開けると、サイコパスオンナ...もといバカ女が俺を覗き込んでいた。
バカ女は俺が急に目を開けたことに驚いたらしく、きゃっと小さく声を上げる。
「え、えっと、大丈夫ですか?酷くうなされていましたけど。」
ぐっしょりと汗を吸い込んだシャツが肌にひっついて気持ち悪い。
頭も体も汗と油でギトギトしていて不快だ。
「...俺は、どんだけ寝てたんだ?」
この部屋には時計がなければ窓もない。
ズキズキと痛む額を抑えながら俺は重い体を起こす。
「だいたい一日と半分くらいでしょうか。酷くうなされてたので何度も起こそうとして声をかけたんですけど、深く眠られていて。」
バカ女は手に持ってた布を側の桶にかけると、俺に水の入ったコップを差し出す。
俺が寝ている間、汗をふいてくれていたんだろう。
俺はバカ女からコップを受け取ると、中を一気に飲み干す。
乾いた喉に水分を一気に流したため、俺は思わず咳き込んでしまった。
「大丈夫ですか?!よしよ〜し!大丈夫大丈夫!」
バカ女が俺の背中をトントン叩く。
なんで、俺なんかに優しくすんだよ...
「なあ...」
俺は言いかけ、
ぐぅう〜〜ギュルギュルギュルギュル。
と、胃にものが入り、だらしなく俺の腹が鳴り響く。
思考回路が止まり、顔から火が出そうだ。
バカ女はフフっと小さく笑った。
「お腹すきましたよね。すぐにお食事お持ちできますが、どうしますか?」
「お前、自殺しに来た俺にメシ食わせてどうするんだよ。」
「でも自殺の仕方はたくさんありますよ?餓死じゃなくてもいいじゃありませんか!それを蒼汰さんと私達で話し合うんです。あと、お前じゃなくて、ももやんです!」
俺はぷぅと頬を膨らませるバカ女……ももやんを尻目に立ち上がる。
「どこへ行かれるんです?」
「先に風呂入るんだよ。...メシはその後でいい。」
ぱぁっとももやんの表情が明るくなる。
「了解です!では、蒼汰さんがお風呂に入られてる間に、準備しておきますので!」
ももやんはルンルンで部屋を後にする。感情の起伏が激しいガキだな。
ビリッと頬に痛みが走る。丁度傍にあった姿見に映る自分が目に入った。
俺は微笑んでいた。長いこと表情筋を動かしてなかったから、頬がまだビクついている。
ぶっきらぼうな笑顔なこった。
ももやんが立ち去ったことを確認して、俺も風呂場へ向かうために立ち上がった。
■ ■ ■
「どうぞ、召し上がれ!」
「ど、どうぞってこれ……」
ももやんは可愛らしく「何か?」と首をかしげてみせる。
テーブルの上にこれでもかと並べられた食事の数々を前に俺は驚愕していた。しかも、どれも三ツ星レストランの商品と言っても過言ではない出来栄え。なるほど、開いた口が塞がらないとはこういうことを言うのか。
風呂上がりで濡れた髪をふく手を止めて、俺はテーブルへと近づく。
「お前が作ったのか?」
ゴクリと俺は喉を鳴らす。
「いいえ?実は私、お料理は苦手なんです。」
「だよな~。」
知ってた。
「あっ!馬鹿にしましたね?!あと!お前じゃなくてももやんです。」
ももやんは椅子を引き、俺に着席を促す。
俺は椅子にドカッと腰掛ける。
それにしても、これは…どれから手を付けるべきか。
「あっ、毒は入ってないので安心してください!毒殺は他殺ですので。なんなら私がひとくち味見でも...」
グラスに水を注ぎながらももやんが言う。
料理の凄さに圧倒されていただけだったが、別に俺は毒殺でも構わなかった。
それに毒が入ってないことはすべて器が銀食器で変色していなかったから既にわかっていた。
俺はフォークを手に取り、1番近くにあった魚料理を口へと運ぶ。
「……普通にうまい。」
腹に食べ物を入れて制御が効かないブラックホールと化した俺の胃が食べ物を次々と飲み込んでいく。
「食事の後は、がるるさんをお呼びしますね。蒼汰さんの1番気に入る自殺方法を選びましょう!」
いやそのとおりなんだが、恐ろしいことをよく平然と言えるなこのガキは。
あっという間にテーブルの上の食べ物が消えた。
「わぁ!いい食べっぷりでした!」
ももやんがぱちぱちと拍手する。何だかむず痒い。
てかこいつ、俺よりうんと年下だぞ?!恥ずかしいわ!...まぁ、悪い気はしないが。
俺はフンッと顔をそらす。
「流し台お借りしますね。」
ももやんが空になった食器を奥へと運んでいった。
「ここで作らねえのに、ここで洗うのか。」
「はい!洗うのは私の仕事なので。」
あれだけ食べたのに少し物足りなさを感じつつ、口についたソースを拭っていると、タイミング良く俺の目の前にチョコレートケーキが1ピース運ばれてきた。
「食後のデザートです、どうぞ。」
「てめぇは……」
「そんなに睨まないでくださいよ、悲しいではないですか。僕はただ、蒼汰さんと仲良くなりたいんです。」
隙のない完璧な笑顔を浮かべてインテリメガネが俺の椅子の横に立っていた。
「どうしたんです?毒は入っていませんよ。」
男のガキはチョコレートケーキに塗られたクリームを指にとるとペロッと舐めていたずらに微笑む。
その顔が癪だった俺は、おもむろにフォークを手に取り一口でチョコレートケーキを食べた。
インテリメガネの驚いた顔は実に間抜けで気分が良くなった。と、ギュッと胃に穴が空いたかのような激痛が走り、俺は先程食べたものを吐き出した。俺は床に突っ伏す。
「がはっ!ぐほっ……て、てめぇ……な、にを?」
俺は何とか言葉を絞り出す。残りの皿を取りに奥からもどきたももやんが、倒れている俺のもとへ駆け寄ってきた。
「蒼汰さん大丈夫ですか?!ちょっ、がるるさん、何したんです!」
「僕は何もしてませんよ。蒼汰さんがチョコレートケーキを一口で食べられただけです。」
「チョコレートケーキってまさか……」
「もちろん、おしらさん特製のですよ。」
「うっ、今日のデザートきついですね……」
「まあ僕は「今」食べましたし、ももやんも頑張ってくださいね。」
「ずるいですよがるるさん!蒼汰さん!私のチョコケーキも食べてくたさい!」
こいつら……何言って…やがる…
「蒼汰さん?蒼汰さーん!」
そこからの記憶は曖昧でよく覚えてない。
巨体の俺をどうやって運んだのか、俺はベッドに寝かせられた。
話を聞くに、料理出来ない奴が作った料理を食べて意識を飛ばしたらしい。
俺の胃袋はその日から食べ物を受け付けなくなり、食べれても戻す日が続いた。
そして俺は、すっかりやつれてしまっていた。
身体中が痺れて苦しい。呼吸もままならない時だってある。
その間俺は何度も発狂し、部屋を出ようとしたが足につけられた鎖に阻止されてとうとう諦めた。絶望の沼に沈んでいく。
いや、本当は遠の昔から飲み込まれていたんだ。
……今なら死ねるかも。
「蒼汰さーん!」
部屋のドアが開いて見慣れた顔が二人入ってくる。
あぁ、もう飯の時間なのか。
最後に朝か夜かも分からない飯を食べてから結構時間たってたんだ。でも全く腹は空いていない。
ぼーっと布団を見つめるだけの俺のもとに近づいてきたももやんが俺の足の鎖を外した。
「……は?」
長いこと声を出していなかったせいか、俺の声はひどくかすれていた。
「蒼汰さん、今までお疲れ様でした。ここでの生活はこれでおしまいです。」
「な、なんで……」
思考が追いつかず、俺はかすれた素っ頓狂な声をあげてベッドからおりる。が、上手く歩けず、転けてしまった。
「自殺は自分でしないと意味がないですからね。僕たちはあくまでも自殺を手伝うといった形で貴方の願いを叶えます。それで、蒼汰さんの体調不良で延期していた自殺方法の話なんですが、何を希望でしょうか?」
「……」
無言でただ力無く床を見つめるだけの俺の耳元でインテリメガネが囁く。
「こちらでおまかせの自殺方法もご提案できますが。」
俺は力なく頷いた。
なんでもいい。
もう早く楽になりたい。
「かしこまりました。」
インテリメガネは続ける。
「大丈夫ですよ。誰も貴方のことなんて心配していませんから。」
プツッ
そうだった。
誰も俺なんて、心配してないんだった。
俺はいらない子なんだから。
力無く床に突っ伏す俺の前に小包が置かれた。
「こちらをどうぞ!」
俺が顔をあげると、ももやんは、笑っていた。
「首吊用のロープが入っています。部屋を出て左へ進んでいただいて裏口から出ると山につながっておりますので、どうぞ裏口へ。」
インテリメガネ、最後の最後まで変わらない…貼り付けたような笑顔。
今までは見るたびに癪に障ったこの笑顔。
少しでも心を許した俺がバカだった。
「……ハハッ……」
俺は小包を掴んで立ち上がると、気力だけで足を動かし、ユラユラとドアへ向かった。笑いが止まらない。
もう何かもかもがどうでもいい。
バタンッと音を立てて部屋は静まり返った。
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「さてと。ここまでは計画通り。
あとは、もうひとつのお仕事を終えるだけですね。」
蒼汰さんが裏口から外へ出たのを確認すると、僕はももやんと共に、蒼汰さんとは反対へ廊下を歩き出す。
「それでは、僕たちも行きますよ。もう1人の相談者のもとへ」
「りょーかいでーすっ!」
2人の姿は廊下の先の闇へと消えていった。
■ ■ ■
あのあとすぐ、俺は裏口から山へ出た。
どれだけの間を時間のわからない部屋で過ごしていたんだろう。外は真夜中だった。
裸足の俺は、暗い山の中をあてなくただ登っていく。
しばらくしてあたりが開けた場所に出た。
「……ここ、俺んちの近くの山だったんだな。」
子供の頃に一度だけ兄に連れられてイヤイヤ登った山。
下を見れば明かりの灯る家々が、上を見れば無数の星々がまるで二層のイルミネーションのようだった。
奇麗だ。
……ここがいいな。
俺は小包から紐を取り出す。と、ガサッと何かが草の上に落ちた。俺はそれを拾い上げる。
「……手紙…」
俺は封筒を開き、中をみる。
そこには『蒼汰ごめんね。大好きよ。』の二言だけ書かれていた。
自然と涙が頬を伝う。
俺の頭の中に忘れ去られていた、ある記憶が蘇る。
『蒼汰、学校はどう?』
『心配しなくてもちゃんと勉強してるよ、ママ。次回のテストも満点取るから心配しないで』
『えっと、そうじゃなくてね……他になにか……』
『勉強に集中できないから』
『そ、そう…よね…ごめんなさい……何かあったらすぐ言うのよ...』
『蒼汰、顔色が悪いわ…少し休みましょう…?』
『僕は大丈夫…それよりこれ、今日中に覚えちゃわないと…』
『蒼汰…少しだけでも…』
『うるさいな!僕は忙しいんだ!』
『そ、そうよね…ごめんなさい…』
俺は気がつかなかった。
一番近くにあった一番欲しいものに。
母さんはずっと、俺を心配してくれてたんだ。
俺は、愛されていたんだ。
なんで今まで気が付かなかったんだろう。
母さん、俺、嘘ついた。本当は俺、全然大丈夫じゃないんだ。
死にたい、死にたい、死にたい……助けて……。
助けて…助けて、ほしい。助けてほしいんだ。
「うっうう……うわあぁあああ!」
俺は月に向かって大声で泣いた。
膝から崩れ落ちて、何もできないまま泣き続けて、長い時間がたち、気がつけば夜が明けた。
ザクッザクッと後ろから俺に近づく足音が聞こえて俺はゆっくりと振り返る。
「かっ、かあさん……?」
「その声……蒼汰?蒼汰なの……?」
俺は目を疑った。
何故かあさんがここにいるのか。
しばらく合わないうちに、もともと痩せていたかあさんは、更に痩せこけて骨が浮き出ていた。
目の下には濃いクマを作り、髪もボサボサで、年齢よりも老けて見えた。
「蒼汰!!!」
かあさんはよろよろと俺に駆け寄ると、細い腕で強く俺を抱きしめて泣いた。
俺もボロボロと泣いていた。
「2ヶ月もどこ行ってたの。かあさん凄く心配したのよ?まあ、こんなにやせ細って……。」
赤子をあやすようにポンポンとかあさんは俺の背中を叩く。
「ごめんなさい、蒼汰。本当にごめんなさい……。」
再びかあさんに強く抱きしめられる。とても、暖かかった。
今まで心に溜めていた言葉が、思いが決壊したダムの如く溢れる。
「……俺、本当は学校でいじめられてたんだ。ボッチメガネって呼ばれてた。みんなに好かれる兄さんが羨ましかった。俺も、一人でもいいから友達がほしかったんだ。一緒に遊びたかったし、時には喧嘩だって……俺は勉強すっごく嫌いだし、でも……父さんもかあさんも、俺が好きなんじゃなくて、勉強ができる俺が好きなんだって思ってたから。だから頑張らないとって……」
流れる涙と一緒に、溜めていた思いも流れていく。
俺は、気持ちを全てかあさんぶつけた。
かあさんはその間何も言わず、俺を優しく抱きしめ続けてくれた。俺とかあさんの間にあった深い溝が埋まっていくのを感じる。
「……辛かった。」
俺が全てを出し切った頃にはすでに日が傾いていた。
かあさんがゆっくりと俺から体を離す。
「たくさん辛い思いをさせて、ごめんなさい。かあさんはずっと蒼汰が大好きよ。大切よ。」
「かあさん……ごめん。ごめんなさい。かあさんはずっと俺を愛してくれてたんだって今になって気づいたんだ。」
かあさんが俺の肩を優しく撫でる。
「蒼汰、引っ越しましょうか。」
「引っ越す?」
「誰も私達を知らないところでゆっくりと暮らしましょう。牛を飼って、畑仕事して……楽しそうでしょう?」
「なんだよそれ、いつの時代の話だって……でも、うん、すっごく楽しそうだね。」
俺とかあさんは顔を見合わせて笑った。
「それは非常に困りますね。」
ピシッと空気が一瞬にして凍り、背筋に悪寒が走る。
聞こえてきたそれは、よく聞き慣れた声だった。
ザッザッと、足音が近づいてくる。
「がるるさん?!」
「ももやん?」
俺とかあさんの視線の先にはインテリメガネとバカ女が立っていた。
膝をついている俺たちと身長が対して変わらないはずの二人が、今は恐ろしく大きくて、獲物を狙う怪物のように見える。
「困るって、どういうこと?無料、なんでしょう?」
「かあさん、どうしてこいつらのこと知ってるの?」
どういうことだ?一体何がどうなってる?
「それはですね!田中花さんに田中蒼汰さん、2人とも私達のお客様ですから!」
空気に合わない明るい声で、ももやんが言う。
「ももやん、お客様情報は機密ですよ。これは後でお説教が必要ですね。」
「あっ!むぐぅ!」
既に手遅れだが、慌ててももやんが手で口を塞いだ。
かあさんが、お客様?
「蒼汰が?どういうことなの?」
それはですねと、がるるが口を開く。
「相談内容は秘密事項なので僕たちからは申し上げることができないのですが、ただ今をもちまして、花様のお願いは達成しました。が、蒼汰様のお願いはまだ達成していないんです。僕たちの仕事は、相談者様のお願いをなんでも叶えることですから。」
言い終わって、がるるは表情一つ崩さない。
隣ではうんうんとももやんが首をたてにふっていた。
「……蒼汰、何をお願いしたの?」
「……」
「お願い、教えて。」
「...自殺したいってお願いしたんだ。」
「なんて恐ろしいことを…」
かあさんの絶望した顔にたまらず僕は視線をずらした。
「はい。ですので、蒼汰様には自殺していただかないと…」
「取り消します。」
かあさんが俺を抱きしめて声を荒げた。
「そ、それは困りますよ!ここまでやったんですよー?!」
「お願い...お願いよ、がるるさん...」
「……蒼汰様、どうなさいますか?」
「えっ?」
「あなたは、どうしたいんですか?」
「お、俺は……生きたい。」
「...そうですか。」
がるるは目を閉じ、ゆっくりと開く。その瞳に僕たちの姿をしっかりと捉えていた。
…あのとき見た、見間違えだと思っていた...金色の瞳。
捕食者の目だ。
「では、お代は2倍になってしまいますが、よろしいですね?」
「お代…?」
かあさんの俺を抱く腕に力が入る。
「あ、あなた達無料って言ったじゃないの!騙したのね?!」
「騙した?いやいや、とんだ言いがかりはよしてください。」
がるるがニコッと怪しげに微笑む。
「安心と信頼の相談センター、人狼係!
貴方のお願い、何でも叶えます!
遂行は無料です!」
がるるの瞳の光が怪しく揺れる。
「ですが...相談は、有料です。」
がるるとももやんは深々と頭を下げた。
悪魔だ。
こいつらは、人の革をかぶった悪魔だ。
「さあ、お代を頂戴します。払えない場合は……」
月夜に照らされて、二人の影が怪しく揺れ動いていた。
■ ■ ■
【アフタートーク】
センターへの帰り道。
「全くももやん、あなたという人は。お代で胃薬を受け取るなんて。とんだマイナスですよ。」
がるるは額を指で抑える。
時は遡ること数分前。
「さあ、あなた達は私たちに何をくださいますか?」
がゆるの黄金の瞳が月の光を受けて怪しく輝く。
その瞳には、そうたと花をしっかりと捉えていた。
「ちなみにですが!依頼の対価は花さんとそうたさんの依頼を合わせて、そうたさんの命。の予定でした!」
「蒼汰の、命ですって?!」
「えぇ。私たち人狼にとって、人肉が最高のご馳走ですので。」
「じ、人狼?」
「ええ。」
月の光を受け、がるるとももやんの姿が白銀の狼へと変わる。
「『相談センター、人狼係』は、私たち人狼が運営する、この国の秘密組織です。
なので、基本的には、依頼者様の命、もしくはそれと同じレベルのものが対価となるのです。」
「ひ、秘密にします!絶対に他人に話したりはしないので、どうか...どうか!」
「...いいでしょう。では、代わりの対価をいただきます。
あなた方は、僕たちに何をくださいますか?」
「わ、私が今、差し上げれるものは...」
といった流れで、お代の代わりに花が手持ちの胃薬を提示し、ももやんがこれに食いつき、了承してしまったのだ。
「これ、どうしてくれるんです?」
「がるるさんがずるいことしたからですからね?チョコレートケーキ。」
がるるをジト目でももやんが睨む。
がるるが蒼汰に食べさせたあのチョコレートケーキは、同じく人狼係の社員、おしらが作る『一口食べれば一週間は寝込む破壊的なチョコレートケーキ』だった。
これををがるるが食べられなかったことを知り、「今度はみんなで食べましょう」とおしらが(他の社員達の反対を押し切って)好意でチョコレートケーキを作ったのだ。
「……しょうがないでしょう。まさか、こんなことになるなんて思ってなかったんですから。それに、あなたが口を滑らせてしまったから...」
「じゃあ、これもしょうがないですよねー?言っておきますけど、お薬、がるるさんの分はありませんから!」
べーっと可愛らしく舌を出すと、ももやんは一気に山を駆け下りていった。
「……今回は目を瞑りましょう。」
がるるは大きなため息をついて、ももやんの背中を追った。
その夜、山の方から子供たちの叫び声が聞こえてくると警察に通報が入っていたらしいが、子供たちを見つけることは出来なかったとか。
END
閲覧ありがとうございます!
ヴィランが好き!人狼ゲームが好き!
そしたらヴィラン×人狼のお話を書こう!と
かき始めた作品です。
春科、なんぞや?!と思われた方もいらっしゃると思います。
作中の相談センターでは春夏秋冬で相談を受ける担当が決まっており、その季節に該当する人狼達が相談を受け解決するストーリーです。
そして、人狼係はどうやって生み出されたのかも明かされていく予定です!
少し(どころか結構)掘った内容は活動報告にて投稿してますので、ぜひお時間ある時にでも遊びに来てください!
また次回お会いしましょう(*ˊ˘ˋ*)♡
ありがとうございました!!