魔王、勇者パーティーに潜入中
人間とはときどき理解ができない行動をする。
私の目の前で、僧侶の女が敵のモンスターへの説得を試みようとしている。
「お願いです、話し合いましょう」
まったく理解できない。
敵は叩き潰すもので、話し合いなどするものではない。
相手は、威嚇の声を返す。
勇者の男は、僧侶の女をかばいながら、説得の手助けをしようとする。
「頼む。僕に剣を抜かせないでくれ。この場はお互い引いてくれ」
相手は、勇者の男の言葉など聞かない。
私は魔法使いの女として言った。
「戦えなくなるように、攻撃魔法であれの足をもぎ取っておこうか?」
賢者の男が、私の肩に手を置いた。
「無理して、汚れ役を演じなくてもいいんだよ」
どうやら、私は人間としては間違ったことを言ったようだ。
人間とはよくわからない。
私は魔王である。
現在、人間の女の姿になって、勇者パーティーに紛れ込んでいる。
何故そうなったのかと言えば、人間の勇者達が聖剣を探す旅に出たとの情報が入ったからだ。
勇者達を殺すのは簡単だが、私を滅することができると言われている聖剣がどこかにある状態は居心地が悪い。なので、勇者に探させてから、私が奪い取って目の届くところに管理するのが良策と判断したのだ。
重要なことなので、私自身が直接、人間に姿を変えて勇者パーティーに転がり込んだ。
相手に警戒されないように、見た目が若い女の姿になったが、どうも幼すぎたようで、勇者達は私の心のケアーをしようと構ってきて、うっとうしい。
魔王に両親を殺された小さな子供が、厳しい世界を生き抜くために虚勢を張っていると思われているみたいだ。
勇者の男は、困っている他人をほっとけない人間で、聖剣さがしの旅のはずなのに、たびたび人助けの脱線をする。
勘弁してほしい。
僧侶の女は、泣き虫でよく泣く。自分のことでは泣かない芯の強さがあるが、他人のことになるとすぐ泣く。
やはり理解できない。
賢者の男は、私にやさしい。
私の見た目と同じ年くらいの娘がいたそうだ。亡くなったのか、何かの理由で一緒に暮らせなくなったのか、そばにいない理由は聞いていない。
これは、ちょっと理解できる。
今、私達は村を襲う魔王配下のモンスターと戦うことになった。
お人よしの勇者の男が、村人の頼みを聞いてしまったからだ。
僧侶の女が、敵であるはずのモンスターに説得をする。
「お願いです。話し合いましょう」
相手は聞き入れない。
そりゃあ、そうだ。
あれは人間の言葉が理解できるモンスターではない。
動物のヤギだ。
メェェェ。
ヤギが鳴いた。
メェェェ。
「あれはゴブリンです」
と、賢者の男が説明する。
いや、あれは動物のヤギだ。
「なんて悲痛な声なの」
僧侶の女が悲痛な顔になる。
ヤギの鳴き声はあんなもんだぞ。
「人間だった時の記憶に苦悶しているのでしょう」
と、賢者の男。
間違ったことを堂々と言うな。
「ゴブリンは元人間なのですか?」
「ええ」
違うって。
「人間がどうして魔物に?」
「心が闇に囚われてしまったんです」
賢者の男は博識だが、魔物関係の知識はかなり間違っている。
「ゴブリンさん。戦うのは止めましょう」
僧侶の女の説得にヤギが鳴く。
メェェェ。
僧侶の女は傷ついた顔をする。
私は魔法で、光と音だけの爆発をさせる。
逃げるヤギ。
私は僧侶の女に文句を言う。
「おい、おまえ。勝手に動物の鳴き声に意味を見つけて、傷ついた顔をするな。おまえがその表情になると、こっちはよくわからんが不愉快な気分になる」
文句を言われた僧侶の女は、何故かお礼を言ってくる。
「ありがとう。私の方がお姉ちゃんなのに、叱られてばかりだね」
勇者の男は、私の頭に手を置く。
「君は優しい子だね」
何故、そんな結論になったか理解できない。
賢者の男が、真剣な口調で言う。
「その優しさは、いつか君を傷つけることになる。それを心に留めていた方がいい」
こんなとき、どういう顔をすればいいのかわからない。
魔物を追い払った我々勇者一行は、村人たちに感謝され宴が開かれる。
強引に酒を飲まされた私以外の三人が、すぐぶっ倒れて意識を失う。
「お嬢さん。どうしてお仲間が、こんなに早く酔っぱらったか不思議かな?」
それはわかる。
村人たちが酒に薬を入れたからだ。
「助けてくれた勇者様に何故こんなことをと思うだろう?」
それもわかる。
「我々は貧乏だ。お前たちの武器をはぎ取って売れば金になる」
勇者達よりよっぽどわかりやすい。
「武器を奪った後で、意識がない勇者達をどうする気だ?」
「男は殺す。女は売る」
「そうか」
村人の答えを聞いた私は、手近な村人の一人を掴み、地面に叩きつける。
地面に巨大なクレーターができる。
村人達の顔が恐怖に染まる。
背後から刃物で刺される。
「私は人間じゃないんだ」
血も流れない私から、村人たちが逃げ出そうとする。
だが、私が開いた深淵への穴から、這い出した漆黒の腕たちが村人たちを捕えていく。
「待ってくれ。俺達は弱者なんだ。おまえも勇者の仲間なら、俺達を救うべきだろ」
村人の言葉に、私は答える。
「残念ながら、私は正義の味方でもないんだ」
勇者達が意識を取り戻し、私は説明する。
村人たちが薬を盛ったこと。魔王が村人たちを始末したこと。
私が魔王であることは言わなかったが。
「これ以上、魔王の犠牲者を出さないように、一刻も早く聖剣を探し出そう」
勇者の言葉に、私は驚く。
「なんでだ?同じ人間に裏切られ、そんなやつらを守る筋合いはないだろう。おまえらは力があるんだから、好き勝手に生きていけるじゃないか」
「理由はいろいろだよ。そういう生き方しかできないとか、他人の喜ぶ顔が好きとか、過去に力に溺れて後悔しているとか」
わからない。
私は勇者達に言った。
「お前たち、名前を教えろ。役職だと、他の奴と被るからな」
こいつらを理解するには時間がかかりそうだ。
何故か、勇者達三人は、私の言葉にとてつもなく嬉しそうな顔になる。
やはり、人間は理解できない。
おわり