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09.上司の奇妙な行動 1

 リズが辞表を出した翌日。

 リズがアルベルトのもとに届いた郵便物を仕分けしていたところに、アルベルトがやってきた。


「リズ、これらの集まりにも出席したいと思います。急ではありますが、スケジュール調整をお願いします」


 リズの前に差し出されたのは、アルベルトあての夜会への招待状たちだった。しかも複数。

 リズは招待状の入った封筒を受け取ると、中からカードを取り出して目を走らせた。

 ロイエンフェルト長官あての招待状ならすべて目を通し、出席・欠席の連絡はしてある。

 こんな招待状は知らない。これはアルベルトの私邸に届いたものだろう。


 リズが戸惑った顔で上司を見上げると、


「出席する必要があるものです。お願いできますか?」


 アルベルトが静かに、だが有無を言わさない気配を漂わせながら迫る。


「承知しました」


 仕事なら頷くほかない。


「これからは、魔法管理局あてに届いた招待にもできるだけ応じるつもりです。あなたは負担をかけますが、仕事なので」

「承知しました」


 リズは今まで欠席にしてきたパーティーの数を思い浮かべた。

 パーティーへの参加頻度が高くなるのは間違いない。 

 ただ、高頻度だと手持ちのドレスで着回すにも無理がある。アクセサリーも足りない。

 ドレスもアクセサリーも経費で落とせるが、リズはあと三か月でやめる。アクセサリーはともかく、ドレスは流行があるから、後任者に回すのは難しいし……。


 ――今から買い足すのは、ちょっともったいない気がするのよね。


「手持ちのドレスでは足りないでしょうから、今週末にドレスショップに予約を入れました。時間外労働の手当をつけますので、一緒に行きましょう」


 カードを見つめたまま、装いをどうしようかなと思った矢先、アルベルトからさらりと提案が出る。

 驚いてリズは目を上げた。

 アルベルトは時々、リズの心を読んだかのような発言をするので心臓に悪い。


「アルベルト様って、人の心を読む魔法を使っていますよね?」


 思わずたずねる。


「そんな都合のいい魔法はありません」


 にべもなく言いきられてしまった。


「ですが、私はあと三か月でやめるんですよ? もったいないです」

「招待状の送り主を見ましたか? 安っぽいかっこうでは逆に浮きます。これは仕事なので、ドレス代は経費計上できます。気にしないでください」

「ではせめて、三か月後に返却を……」

「今までのドレスもこれから購入するドレスも、あなたのためにあつらえたものです。不要なら処分してください」


 返却も断られてしまった。

 いいのだろうか。既製品であってもドレスは決して安くない。


「かまいませんよ。仕事に関わるものはすべてこちらで支給すると、契約書に書いてあったでしょう?」

「そうですが……」


 何着もドレスを購入したら、経理課に怒られそう。


「仕事に関わるものだから問題ないとさっきから言っているのに」

「アルベルト様、実は人の心が読めるんでしょ?」


 リズが不信感いっぱいのジト目で睨むと、


「そんなことができたら、こんな遠回しなことなんてしていないですよ。付き合いが長いので、あなたの考えそうなことがなんとなくわかるだけです」


 ため息まじりでアルベルトがそう返してきた。

 なんのことだかよくわからない。


***


 週末。

 アルベルトに連れられて、リズは予約していたドレスショップに向かった。

 貴族の夫人や令嬢ならフルオーダーメイドでドレスを作るところだが、時間がかかってしまうので、リズは既製品をサイズ直しして購入する。


 アルベルトはオーナーと結託して、リズに似合うドレスをああでもないこうでもないと言って選んだ。五着も。

 ドレスに合わせたアクセサリーと靴も一緒に。


「五着までは不要だったかと思います。買いすぎです、アルベルト様。あと三か月しか着ないのに」

「経費計上しますので気にしなくていいですよ。あれは仕事着です。仕事着」


 ドレスショップを出たところでアルベルトに食ってかかったら、アルベルトは上機嫌に言い返してきた。

 上機嫌?

 リズはアルベルトを凝視した。

 口角が上がっている。


「アルベルト様が笑っている……」


 驚くリズにアルベルトが振り返る。


「リズ、このあと少しだけ時間がありますか?」

「ありますけど……」

「この先にリズが好きそうな、いや、おしゃれなカフェができたんですよ。ご存じですか?」

「えっ、そうなんですか?」

「昔の知り合いが開いた店なので、ちょっと顔を出したいんですけど、一人ではなかなか入りづらくて。時間外労働をつけますので、あと少しだけ私に付き合ってください」

「いいですよ、もちろん」


 アルベルトは朴念仁だが、知り合いがいないわけではないので、そういうこともあるだろう。

 リズは深く考えずに頷いた。


***


 ドレスは翌週の半ば頃、サイズ直しされてリズの部屋に届けられた。

 そしてその週末、早速、出番がやってきた。


 仕事でパーティーに出席する時はいつもアルベルトが馬車で迎えに来てくれるのだが、アルベルトは車内にいて、リズが一人で馬車に乗り込んでいた。

 だが今日は違った。

 アルベルトが馬車の外でリズを待っていたのである。それも夜会参加用の正装姿で。


 場所が貴族の豪邸なら、非常にサマになるところだが、リズの住んでいる集合住宅は王都の住宅街にある、ごくごく一般的なものだ。

 不釣り合いにもほどがある。

 驚いて固まるリズを、アルベルトが嬉しげに微笑みながら見つめる。


「そのドレス、よく似合っていますよ。あなたは鎖骨が美しいから、オフショルダーがよく似合いますね」


 そして褒められた。

 褒められた!?


 微笑んでいるだけでも異常事態なのに、褒めてくるなんて何事!?

 リズは思わず空を仰いだ。

 きれいに晴れている。

 槍を降らせる危険な雲でも発生しているのかと思ったのに。


「では行きましょうか、リズ」


 アルベルトがリズに優雅に手を差し出す。

 パーティー会場など、人のいるところでならアルベルトもリズをエスコートするが、人がいないところではビジネスライクな振る舞いだった。今まで、出迎えで手を差し出されたことはない。

 驚きすぎて固まるリズと、彼女に優雅に手を差し出しているアルベルトを、道行く人々が不思議そうに眺めている。


「リズ、そろそろ動いてくれないといつまでも晒し者ですよ。遅刻もしますしね」


 アルベルトに言われてようやくフリーズがとけたリズである。


***


 夜会の会場でもおかしなことは続いた。


「リズ、踊っていただけますか?」


 なんと、アルベルトからダンスに誘われたのである。

 今までもダンスをしたことはある。貴婦人や令嬢のダンスを断る口実として。

 けれど今夜はそうではない。すすんでアルベルトが手を差し出してきた。


「ど……どうかされたのですか……?」


 思わず聞き返してしまった。


「どうか、って。せっかく新しいドレスを着てきたのですから、見せびらかさないのはもったいないです。今日はステインバーグ侯爵も来ていますしね」

「ステインバーグ侯爵とダンスとなんの関係が」

「私の秘書をないがしろにしたことを後悔させてやりたいんですよ」


 あの時のことか。


「私は別に気にしていませんが」

「私が気にするんです。ほら、リズ。曲が変わります」


 上司に促されたら従わないわけにもいかない。

 リズはアルベルトの大きな手に自分の手を重ねた。

 広間の真ん中に陣取ってポジションを取る。


 アルベルトとのダンスはあまりやりたくない。距離が近すぎるからだ。しかも、いつもよりも着飾ってさらにかっこよくなったアルベルトである。目のやり場に困るのだ。どこを見てもうっとりしてしまうから。組んだ手や、背中に這わされたアルベルトの手など、触れ合っていることにも意識が向く。

 顔が赤くなりはしないか。心臓の音が聞こえやしないか。リズの本心が彼に伝わりはしないか。いつも気が気ではない。


 普段の姿からはわかりにくいが、アルベルトと踊ると、彼の体がしっかり鍛えられていることに気付く。

 強い魔力を発揮するには、強い肉体が必要なのだそうで、アルベルトは筋トレを日課としているためだ。

 そういう予備知識があるのもよくない。

 実際どれほどの筋肉なのか、気になってしかたがないからだ。そんなことを考えながら彼を見ているなんて、アルベルト本人に知られたら生きていけない。


 今のところ知られていないようなので、アルベルトが時々心を見透かすような気配を見せるのは、単に勘がいいだけだろう。本人もそう言っているし。

 第一、アルベルトが本当にリズの心が見えているなら、リズはとっくに解雇されているはずだ。


 アルベルトのリードでステップを踏み出す。

 気持ちとは裏腹に、体はアルベルトにすんなりついていく。

 女学校でダンスを習ったとはいえ実践経験がなかったリズのために、採用直後、アルベルトと何度もダンスの練習をした。アルベルトのパートナーとして恥をかかないために必要なレッスンだった。アルベルトに叩き込まれた動きなのだから、アルベルトと息がぴったりなのは当たり前だ。


 ステップ、ステップ、ターン。新しくあつらえたドレスの裾が広がる。

 同じ動きを左右を変えてもう一度。


「みんな見ていますね。ああ、ステインバーグ侯爵もリズを見ていますよ。あれは驚いていますね」


 ふふふ、とアルベルトは実に楽しそうだ。

 アルベルトの視線を追ってみれば、アルベルトの言う通り、ステインバーグ侯爵がこちらを見ているのがわかった。確かに驚いている。

 でもそれは、リズにというより、アルベルトの笑顔に驚いているのでは?


 このところ、何度か目にすることがあって多少は慣れてきたリズだが、リズ以外の人はおそらく見たことがないのだから。

 アルベルトは上機嫌でリズと三曲踊り、夜会の主催者と少しばかり話をし、あとは近づいてきた人に適当にとしか言いようがない態度で挨拶をして、会場をあとにした。


***


 それからあとも、アルベルトはパーティーに参加するたびにリズを褒めたし、ダンスに誘った。

 褒められるのもダンスに誘われるのも嬉しいけれど、アルベルトらしくない。


 いったい彼はどうしてしまったのだろう?

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― 新着の感想 ―
> 実際どれほどの筋肉なのか、気になってしかたがないからだ。そんなことを考えながら彼を見ているなんて 似たものカップルだこれ…!(`・ω・´) そしてどうかしちゃったかと思われるアルベルト様…(ノ∀…
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