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04.結婚願望のない上司 2

 理由はある。

 リズが一人暮らしをしていたからだ。


 リズはアルベルトが秘書に求める条件をすべて持っている、稀有な存在だ。彼女は失えない。もちろん、貴重な人材という意味で。ゆえに彼女の安全を守るのは雇用主の務めだ。

 何かあれば使い魔が教えてくれる。これで安心。


 安心……できるはずだったのに……。

 

 何日たっても、使い魔は沈黙したままだった。

 待っても待っても、なんの連絡も寄越さない。

 もしかして、自分を快く思わない魔法使いに、使い魔が消されてしまったのでは!?


 不安に駆られてリズの退勤後に魔法陣を展開してみれば、ちゃんとリズにくっついているのが確認できた。消されたわけではなく、特に報告することがないだけだったらしい。

 仕事帰りにニコニコしながら雑貨屋を覗いているリズが、そこにいた。店員を相手に話をしたり、雑貨を手に取ったり。


 朴念仁の自分に対しても笑顔を浮かべるリズだが、こうして見ているとその態度は一貫していて、わりと誰にでも笑顔を向ける。たとえば、接客に出てきた店員とかには必ず。

 思った通りの人物であることに、アルベルトはほっとした。

 そして楽しげに雑貨を眺めるリズを、アルベルトは飽きずに眺めていた。

 彼女が一人暮らしをしている集合住宅にたどり着くまで。

 ちなみにアルベルトの使い魔は、集合住宅の中には入れない。リズが借りている女性専用の集合住宅には、王国不動産組合所属の魔法使いが防犯魔法をかけているためだ。

 セキュリティがしっかりしている物件を選んでいるのもいい。家賃も手頃だ。

 リズは堅実な性格をしているようだ。


 それ以来、アルベルトはこっそりとリズの姿を眺めるようになった。

 部屋の中は覗けないので、アルベルトが眺めるのは、仕事中とプライベートでお出かけ中のリズだけである。


 リズはあまり友達と遊ぶタイプではないらしく、出かける時は一人が多かった。ごくたまに、女友達や弟と会ったりするが、大勢でワイワイという遊び方は今のところ見たことがない。


 リズは、花店や雑貨店をめぐるのが好き。

 リズは、カフェでケーキを食べるのも好き。

 ほしいものを衝動買いすることはほとんどない。何日も店に通って悩み抜いてようやく選ぶ。

 実に庶民的で、堅実。

 リズの暮らしぶりを見ていると、自分もしっかり地に足をつけて毎日を大切に生きようという気になる。

 何より、リズが見ている世界はとても優しい。

 リズが関心を持つもの、リズが身の回りに置くものはすべて優しい色をしている。


 そんなリズを見ていると、ギスギスしがちな心がじんわりと温かく、癒されていくのを感じる。

 特に疲れて気持ちがささくれ立っている時には、効果絶大だった。


 最初は見守りのつもりでリズを眺めていた。

 でも今は、リズに癒されたくて、毎日、時間を見つけてはリズを眺めてしまう。

 最初は、リズをただ眺めて癒されているだけだった。

 だが今は、男の欲望にまみれた視線で彼女を見ている。


 十歳年下のリズは、初めて会った時はまだまだ少女の雰囲気を残していた。だが気が付けば、豊かな胸と細い腰を強調した夜会用のドレスを完璧に着こなす、大人の女性になっていた。

 美しいドレス姿から、リズの裸体の想像をしたことは一度や二度ではない。

 最低だな、と思う。

 大切な部下、それも十歳も年下の女の子に恋情だけでなく、劣情まで募らせているなんて。


 このことは誰にも秘密だ。

 知られてしまったら最後、尊敬の念を寄せてくれているリズに一発で嫌われる自信がある。

 リズは自分を尊敬してくれている。

 徹底的に対等な相手として扱ってきたからだろう。

 仕事の話は丁寧に。年下の女の子だからといって侮らない。


 リズが面接に来たあの冬の日のことを思い出す。

 ドアを開けて入ってきたリズの鮮やかな赤い髪の毛、澄んだ緑色の瞳、まっすぐな眼差し。リズには何も知らない、まっさらな美しさがあった。

 女性といえば下心を持って媚びてくるイメージしかなかったアルベルトの目に、リズは新鮮で、まぶしく映った。


 話してみて、アルベルトはさらにリズに関心を強めた。隠しきれない知性、芯の強さ。そして何より、彼を「魔法も使える伯爵」ではなく「魔法管理局の長官」として見ていることが伝わってきた。

 今まで面接をした人間はいずれも、アルベルトを「魔法も使える伯爵」として見ていた。


 最後にリズに投げかけた結婚願望についての質問は、質問というより願望に近かった。

 結婚願望がなければ即採用だ。ないと言ってくれ。半ば祈るように投げかけた質問に、リズは見事に応えた。

「いつ恋に落ちた?」と聞かれたら、「リズを初めて目にした時」と今なら答えられる。


『私は決して、長官を好きになったりはしませんから!』


 あの言葉に心臓がキリキリと痛んだ理由も、今ならわかる。

 だが、結婚願望がないことを確認して採用した手前、アルベルトは何もできないでいた。

 こちらの下心が見えた瞬間、リズが逃げ出してしまいそうで。


 この六年間、二人の関係はうまくいっていた。

 これからも、この関係を保てれば、リズはずっとそばにいてくれる。


 リズは手放せない。

 リズが誰かのものになるのも絶対に許せない。

 そのためならいくらでも気持ちなんて抑えるし、いつまでも上司と部下の関係を保ってみせる。


 魔法陣の中、せわしなく動き回るリズの後ろ姿を眺めていたら、不意にリズがこちらに目を向けた。

 気付かれたのかと思い、急いで魔法陣を消す。

 いや、気付かれるはずがないのだ。たまたまリズが使い魔のいる方向に目を向けただけ。リズにはアルベルトの使い魔は見えないのだから。

 そう自分に言い聞かせたものの、リズを盗み見ているのは事実。罪悪感がないわけではない。

 心臓がドクドクと大きな音を立てる。

 アルベルトは何度か深呼吸をして心臓を落ち着かせると、仕事に取り掛かるべく、リズが毎日丁寧に整理してくれている書類に目を向けた。

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