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03.結婚願望のない上司 1

 リズが出て行ったあと、アルベルトは指先に魔力を集中させ、空中に結晶のような魔法陣を描いた。「見守りの魔眼」という古典的な監視魔法だ。

 魔法陣の中に浮かび上がったのは、仕事に戻ったリズの姿。

 魔力がほとんどないリズは気付いていないが、リズにはアルベルトが放った小鳥姿の使い魔がついている。いざという時に彼女を守れるように。その使い魔を通して見たものが魔法陣に映し出される。


 アルベルトは魔法陣を見つめながら、口元に笑みを浮かべた。リズをはじめとした、自分以外の人間が今の自分を見たら目を剥くことだろう。


 感情を表に出さなくなったのは、自分の行動に大げさに反応する母親の存在だった。

 十歳に満たない頃、アルベルトは仲の良かった使用人の子どもと些細なことで喧嘩をした。自分が悪かったのに相手を悪者にして大人に伝えてしまい、それを大事と受け取った母親がその使用人親子ごとクビにしてしまったのだ。


 それは貴族としては当然の態度だったのかもしれない。

 けれど、自分の告げ口のせいで仲の良かった子が辞めさせられただけでなく、自分に対して恨みを募らせている姿を見て、アルベルトはショックを受けた。


 この一件から、それまでアルベルトと親しくしてくれていた他の使用人の子どもたちも態度を改めてよそよそしくなった。とばっちりを食らいたくないからだ。子どもだけでなく、その親である使用人たちも腫れ物に触れるように接してくる。

 アルベルトは、ある時を境に屋敷の中で孤立した。

 その時、悟ったのだ。


 自分の態度によって傷つく人がいる。

 自分の態度に振り回される人もいる。

 それなら気持ちはなるべく出さないようにするべきだ。


 両親、とりわけ父は大人びて理性的な態度をとるようになった息子を褒めた。

 やはりこの態度が正しいのだ。アルベルト少年は思った。

 しかしそのせいで予想外の展開が起こる。

 その頃、魔法の保有量が平均よりもずっと多いことが判明したこともあって、まわりの大人たちがアルベルトに期待し始めたのだ。


 もともとアルベルトの際立った美貌は社交界でも知られていた。

 そこに加えて落ち着いて大人びた態度、強い魔力。生まれもいい。

 社交界の人々が注目しないわけがない。特にアルベルトと同世代の娘を持つ親たちは。


 アルベルトあてに様々な催しの招待状が届いた。誕生日は言うに及ばず、狩猟だの別荘だの、とにかくありとあらゆる理由をつけてアルベルトと一緒に過ごしたいという人がたくさん現れたのだ。

 両親は喜んで招待に応じた。

 社交界での人気はそのままその人の価値でもある。息子には価値がある! 両親が喜ぶのは当然だった。

 そしてアルベルトは、打算まみれで自分に近付く人々を目の当たりにする。


 自分とそう年が変わらない令嬢たちが将来の結婚を見越して自分に媚を売る姿は、令嬢の姿をした怪物が舌なめずりしながら自分を見ているような気持ちにさせられて、こわくてたまらなかった。あの怪物につかまったらどうなるのだろう。自分は骨の髄まで食らいつくされるのではないだろうか。

 あながち間違いではないと思う。彼らの目的は自らの繁栄のため、アルベルト・ロイエンフェルトという人間を徹底的に利用し尽くし、搾取し尽くすつもりなのだ。


 誰かに利用されて、役に立たなくなったら捨てられるのか?


 思い出したのは、仲良しだと思っていた使用人の子から嫌われたあの日のこと。

 あんな思いはもうしたくない。

 アルベルトは生来、潔癖な性格である。さらに十代のやわらかな心の時代に打算まみれの人々を目の当たりにしたことで、媚を売られることにたまらない嫌悪感を覚えるようになった。


 相手を遠ざけるためにますます、態度は頑なに、冷たくなっていった。

 成人を迎えるころにはすっかり、アルベルトの朴念仁なキャラクターはできあがっていた。

 この態度は、アルベルトを苛立たせる「女性からの秋波」を遮断するのにある程度は役立った。あくまでもある程度は、だ。完全には遮断できなかった。


 男なら取り付く島もない態度で察してくれるが、女性だとそうもいかない。

 彼女たちは裏で申しあわせているのだろうか?

 図々しい態度で無理矢理アルベルトの時間を奪っていく。

 そんなものに振り回されるのがいやだった。

 本当は全部縁を切りたい。

 そう思って、「魔法を学ぶ」という口実で五年ほど異国に留学した。

 留学先でも似たような態度を示す女性に出会ったが、本国ほどではない。異国でのアルベルトは本国ほど利用価値が高くないからだ。

 自分に関心を寄せない人々との交流は楽しかった。

 このままこの国にいたいとすら思った。だが、そうもいかないのである。自分は嫡男だから。


 帰国後は伯爵位を授けられ、魔法管理局の長官という仕事まで与えられた。

 本当はただの魔法使いになって、心行くまで魔法の研究にいそしみたかったが、時の長官に頭を下げられては断れるはずもない。ただの魔法使いに長官は務まらない、ある程度社交ができる人間でなければ予算をぶんどって来ることができない、と。


 それはそう。

 そして世捨て人ばかりの魔法使いの中にあって、確かに自分は「まともなほう」である。

 適材適所。しかたがない。

 だから必要があれば社交の場にも出ていく。

 だが、パーティーは嫌いだ。

 この国では、パートナーを連れていないといけないというルールがある。誰が決めたんだ、腹が立つ。


 パートナーは自分と縁があれば誰でもいいので、秘書を連れて参加していた。ところが、パートナーとして連れ歩くと歴代の秘書はもれなく全員、どういうわけか、自分に秋波を送るようになるのだ。

 不慣れな彼女たちに恥をかかせないよう、あれこれ気をきかせるのが仇となっているとは気付いていたが、不慣れなまま社交の場に連れていったら自分だって恥をかく。気をきかせてやらないわけにはいかない。


 先手を打ち、はっきりと釘を刺してもだめだった。

 自分には魅了の魔力でもあるのかもしれないと、魔力の鑑定を受けたこともある。

 結果はシロだった。

 おかしい。


 何人目かの秘書をクビにし、もうパートナーが見つからないことを理由に一切の社交パーティーを断ろうかとさえ考えたが、アルベルトには「王宮の人間にニコニコして予算をぶんどってくる」という大役がある。

 そんな時に巡り合ったのがリズだった。


「私は決して、長官を好きになったりはしませんから!」


 面接の最後にはっきりそう言われた時、喜ぶべきだったのに胸がキリキリと痛んだ。


 その直後である。アルベルトがリズに使い魔をつけたのは。

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