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おまけ キスがほしい!

キスの日なので!(しかし遅刻)

作中のキスの日やおまじないは、フィクションです。実在のものとは異なります。

 めでたく両想いになってひと月後。


「今日はキスの日らしいですよ」


 新聞の隅っこにある「今日は何の日」のコーナーを見ながら、リズが教えてくれる。


「初耳ですね」


 アルベルトが答えると、「私も初耳です」とリズが新聞から顔を上げて笑いかけてくれた。


 場所は王都にあるアルベルトの屋敷。その中の食堂。

 時刻は朝。二人して朝食を終え、食後のコーヒーを飲んでいるところである。

 毎日リズと食事がともにできるなんて、同棲って素晴らしい。

 素晴らしいのだが……。


 ――これは、同棲だよな……?


「あっ、由来が書いてありますね。なになに……」


 新聞に再び目を落としたリズを見ながら、アルベルトは内心首をひねった。




 波乱万丈のホーヘルベルク旅行から戻ってきてすぐ、アルベルトはリズが借りていた部屋を解約し、荷物をすべて自宅に運び込んでいた。

 リズは「急すぎる」と困惑していたが、アルベルトの屋敷は広いうえに部屋が余っているのでまったく問題がない。二人の関係を反対する人間もいない。

 そうして始まった同棲生活だが、少々アルベルトの思惑と違っていた。


 リズはきっちり「同居人」として適切な距離を保ってくれている。

 アルベルトの前でだらけた姿をさらすことがないのだ。なんといえばいいのか……部下の姿のままというか、秘書のノリのままというか。

 まあ、それはいい。彼女の性分ならしかたがない。

 だが。

 だが、である!


 寝室が別なのは気に入らない!


 風呂から上がったリズはきっちりパジャマを着こみ、定時になると「おやすみなさい」と自室に引き揚げてしまう。

 おかしい。そうじゃない。自分たちは恋人同士のはずでは。もっとこう……もっとこう! 夜はあまあまな雰囲気になるはずでは!?

 せめてもう少し近づきたい。物理的に!


 ――いや、がっついてはいけない。嫌われるのはいやだからな。


 そうは思うのだが、でもやっぱり「なんか違う!」と心の中で叫んでしまう。

 恋愛初心者であるアルベルトは、リズとの距離の詰め方がいまだにわからないままなのだった。


「へえー。キスって、古い時代は無事を願うおまじないだったんですって。今日がキスの日になったのは……語呂合わせらしいです。こじつけだったんですね」


 リズがキスの日の由来を読んで教えてくれる。


「キスは、おまじない……」


 思わず呟く。

 そういえば最後にキスをしたのは……いつだった……?

 キスの記憶をたどり、リズがこの屋敷に引っ越してきた日……と気付いたアルベルトは愕然とした。

 キスだけではない。ベッドを共にしたのもその日が最後だった。

 確かにいろいろ忙しかった。だが。


 自分たちは同棲中の恋人同士のはずでは!?


「さて、と。今日は忙しいですから、そろそろ出かける準備をしましょう」


 アルベルトが愕然としていることなど知る由もないリズが、まるで秘書室にいる時のような冷静さで新聞をたたむ。

 アルベルトは仕事に行かなくてはいけないし、リズはアルベルトの実家にて花嫁修業である。


 上流階級の娘たちのための女学校を出ているから、上流階級の礼儀作法はわきまえているリズだが、ロイエンフェルト家の一員になるには身につけなければならないことがたくさんある。母が手取り足取り教えているところだった。

 リズと母はうまくやっているようだ。

 リズは人付き合いがうまいのである。


「キスはおまじない……」


 リズとキスがしたい。


「そういえば我が家では出かける前や別れ際にキスをする習慣がありました。そういうものだと思っていたけれど、家族の無事を願うおまじないだったのかしら」


 それだ!


「……リズ……、その習慣、我が家でも取り入れましょう」


 アルベルトは眼鏡のブリッジを指先で押し上げながら、リズに提案した。


「え? それはかまいませんが……」

「朝、出かける時はもちろん、夜、あなたが寝室に引き揚げる前にも」

「……なぜ」


 リズが変な顔をする。


「なぜって。あなたが何事もなく朝を迎えられるよう無事を願って、です」

「部屋から一歩も出ないのに何が起こるというんですか」

「寝相が悪すぎてベッドから落ちて顔を強打するとか、派手に寝返りした衝撃で棚のものが落ちてくるとか!」

「私、そんなアクロバティックな寝方はしてません!」

「本当ですか? 気づいていないだけでは? あなたはぐっすり寝ているんですから!」

「……っ」


 言い返そうとしたリズだが、言い返せなかったのか、口をぱくぱくさせる。


「では、決まりです。今夜から寝る前には翌朝までの無事を祈って、あなたにキスすることにします」


 よし、これで毎晩キスができる。

 毎晩キスをしていればあまあまな雰囲気を作れるはず!

 内心ガッツポーズを決めたアルベルトだが、この習慣はすぐに意味がないものになる。

 キスだけで我慢できなくなったアルベルトが、リズを自分の寝室に引きずり込むようになったためだ。一応、あまあまな雰囲気を作る努力はした。これでも。最大限。嫌われていないことを祈るばかりだ。


 そして一緒に寝るようになってわかったことだが……

 リズは案外というか、予想通りというか……


 寝相が悪かった。


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