おまけ フェリクスの決意
おまけです。
フェリクスのお話にリクエストをいただいたので書きました。
リズが退職旅行から帰ってきて間もなく。
フェリクスはリズがお気に入りのカフェで待ち合わせていた。
リズが「元」上司に恋していたことは知っていたが、どうやらその「元」上司もリズを好ましく思っていたらしい。
「なぜか」退職旅行先でばったり出会い、一緒に旅行した二人はいい感じにくっついて帰ってきた。
そして、フェリクスは姉とその「元」上司から「付き合うことになった」という報告を受けた。
それはいい。
フェリクスも姉の幸せを願っているから。
ただ、気になっていることはある。
そこでフェリクスは改めてリズに聞いてみた。
「姉さん、ロイエンフェルト長官のどこが好きなの?」
フェリクスの問いかけに、店員がたった今届けてくれたモンブランをきらきらした目で見つめていた姉が、顔を上げる。
「そうねえ……」
リズが思案顔になったので、フェリクスは湯気の立つティーカップを手にとった。
仕事ができるところ。
真面目なところ。
フェリクスは、そのあたりを予想していたのだが、
「筋肉かな」
予想外の答えに、危うく口に含んだお茶を噴き出すところだった。
「き、筋肉……?」
「アルベルト様って、けっこう筋肉質なの。こう、ダンスで一緒に踊るでしょ? すると、わかるのよ、アルベルト様の体形というのかな……、が」
リズが右手にフォークを持ったまま、上半身だけワルツのポジションをとってみせた。
「わ、わかる……?」
「ええ。けっこうわかるのよ。フェリクスはダンスの経験がない?」
「学校で習ったくらいしか……。しかも相手は同級生だから、お互いにちょっとこう、距離が」
フェリクスは上流階級の子弟が通う「男子校」出身である。
マナーの一環としてダンスは習ったが、練習相手は同級生だった。男とくっつきたいわけではないから微妙な距離ができるし、そもそも相手の体形にそこまで関心がない。
「あ、もちろん、アルベルト様の真面目なところとか、仕事熱心なところとかも好きよ。そこは尊敬しているわね」
「つまり姉さんにとって筋肉は、男性的な魅力を感じる部分、ってこと?」
フェリクスの確認に、リズがぽっと頬を赤らめた。
筋肉! まさか筋肉に惚れたとは!
「その筋肉が、服越しにもわかるから、惚れたってこと?」
「それだけじゃないわよ。それだけじゃないからね? でも筋肉がしっかりついている男性って、かっこいいと思うのよね……」
リズがうっとりした目付きになる。
知らなかった。姉は筋肉フェチ!
実は女嫌いで知られるアルベルトがリズを口説き始めた時に、フェリクスはアルベルトに釘を刺しに行った。姉をもてあそぶな、と。
アルベルトは真顔で否定し、リズの退職届を見て、どれだけリズが自分にとって大切な存在か痛感したのだと語り続け、あげくリズの好ましい点をたくさん挙げてはフェリクスと意気投合した過去がある。
あの時は「この人は姉のことを本気で想っている!」と感激してついアルベルトを応援してしまったが、冷静さを取り戻したあとで「実は乗せられたのかも」とちょっと思うようになった。
多分に姉を取られる悔しさがそう思わせたに違いない。
だから確かめたかったのだ。
リズはアルベルトのどこに惚れたのか。
筋肉だとは!
――僕も鍛えよう!
アルベルトはフェリクスにとっても恩人だが、ぶっちゃけていうと最愛の姉を取られて気に入らない相手でもある。
弟として舐められるわけにはいかない。
今日から筋トレを始めなければならない!
アルベルトは「魔力、実力、生まれ」となんでも持っていてフェリクスがかなう相手ではないが、筋肉なら、自分の努力次第では勝つまではいかなくても見劣りしないくらいのところまでは持っていけるかもしれない!
否!
――僕は筋肉で義兄さんに勝つ!
フェリクスがテーブルの下でぐっと拳を固めていることなど知るよしもない姉は頬を赤らめたまま、フェリクスの想像とはちょっと違うことを想像しながら、モンブランにフォークを突き刺した。
***
この日から猛烈に筋トレを始めたフェリクスだが、残念なことにムキムキになりにくい体質だったらしく、悔しがるのはもう少し先のことである。
お付き合いいただき、ありがとうございました!




