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法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 野球と海と『革命家』  作者: 橋本 直
第十二章 かなめの『荘園』のホテル

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第44話 到着とアメリアが決めた部屋割り

 カウラは慎重にバスを運転して静かに正面玄関に乗り入れた。


「ハイ! 到着」 


 アメリアの言葉で半分死にかけていた乗員は息を吹き返した。小夏が素早くバスの窓から飛び降りる。誠もようやく振動が収まった事もあって、ゆっくり立ち上がると通路を歩き始めた。


「肩貸そうか?」 


 かなめがそう言うが無理やり余裕の笑みを作った誠は首を横に振ってそのまま歩き続けた。


「お疲れ様です、カウラさん」 


 目の前のホテルの荘厳さに圧倒されて乗り物酔いを忘れていた誠だが、再び食道を上がってくる胃液の圧力に負けまいと真っ赤な顔をしてカウラに向けてそう言った。


「貴様よりはましだ。でも前回多賀港に行った時よりは良くなったみたいだな。エチケット袋が余ってしまった」 


 同情するような目で誠を眺めてカウラはそう言った。誠は彼女に見えているだろう青い顔を想像して一人で笑顔を浮かべていた。


「いらっしゃいませ」 


 誠がようやく地面の感覚を掴んだ目の前で、支配人と思しき恰幅のいい老人が頭を下げていた。さらにその後ろには従業員らしい二十人余りの人垣が一斉に頭を下げる。その一糸乱れぬ頭の下げ方の見事さに誠は思わず息をのんだ。


「おう、稼ぎ時に無理を言ってすまんな。また世話になるぜ」


 かなめの声に合わせるように従業員達は一斉に頭を下げる。従業員達はおそらく東和の人間なのだが、元々東和の上流階級相手の商売をするように徹底的に教育されているせいか誠にはここがまるで貴族制度の甲武国のように感じられた。


「行くぞ、神前。吐きそうになったら言え。カウラのエチケット袋を使うから」 


 誠の手を引いてかなめはぞんざいにその前を通過しようとする。こういうことには慣れているのだろう、かなめは支配人をはじめとする従業員達の存在など別に何も思っていないというように建物の中に入る。そこにはロビーの豪華な装飾を見上げて黙って立ち尽くすサラと小夏の姿があった。


「おい、外道!お前……」 


 小夏はこのホテルの荘厳さと先ほどの従業員達の息のそろった一礼を見て、焼鳥屋の一人娘である自分と甲武国一のお姫様であるかなめとの格の違いを思い知ったようで、しばらく言葉をかみ締めてうつむく。かなめはめんどくさそうに小夏の前で立ち止まった。


「実はお前、結構凄い奴なんだな。店では馬鹿やってものを壊したり平気でするのにここの人、かなりお前を尊敬しているみたいだったぞ」 


 小夏は感心したようにそうつぶやいた。


「当たり前だ。アタシはここの領主様だ。尊敬されて当然だろ?それとも何か?これまでアタシをただの暴力馬鹿だと思ってたのか?」


 かなめは小夏に勝利を確信するような目でにらみつけた。


「ただの危ない奴だと思ってた」


 正直な感想を小夏は口にした。かなめも中学生をまともに相手するつもりは無いと言うように小夏を無視してロビーを歩き続けた。


 かなめが珍しく感情を爆発させなかったことに誠が不思議そうな視線を送っていると、かなめはそのままカウンターに向かおうとする。


「ちょっと待ってなアタシの部屋の鍵……。ああ、神前。このホテルにはアタシ専用の部屋があるんだ。そこは他の客には絶対使わせないこのホテル一番の部屋だ。行くぞ」


 そう言ってなんとか乗り物酔いの克服に成功してきたばかりの誠の手をかなめは強引に引っ張った。 


「待ったー!」 


 突然観葉植物の陰からアメリア乱入である。そしてフロントから持ってきたらしい手にしたキーを誠に渡す。


「ドサクサまぎれに誠ちゃんと同衾(どうきん)しようなんて不埒な考えは持たない事ね!」 


 しばらくぽかんとかなめはアメリアを見つめる。そして彼女は自分の手が誠の左手を握っていることに気づく。ゆっくり手を離す。そしてアメリアが言った言葉をもぐもぐと小さく反芻しているのが誠にも見えた。


 瞬時にかなめの顔が赤くなっていく。


「だっだっだ!……誰が同衾だ!誰が!あそこは良い部屋だから旅行なんてものとは無縁な神前に世の中の見聞を広めてもらおうとだな……」 


 タレ目を吊り上げてかなめが抗議する。


「同衾?何?」 


 ひよこと小夏はじっとかなめの顔を覗き込む。二人とも『同衾』と言う言葉の意味を理解していないことに気づいてカウラは苦笑いを浮かべた。


「そう言いつつどさくさにまぎれて自分専用の部屋に誠ちゃんを連れ込もうとしたのは誰かしらね?本当に見せるだけだったの?その後の続きまで考えていたんじゃないの?」


 得意げに自分の指摘したことに満足するようにアメリアは腕を組む。彼女の手には誠のに渡された大きな文鎮のようなものが付いた鍵とは違う小さな鍵が握られている。 


「その言い方ねえだろ?アタシの部屋がこのホテルじゃ一番眺めがいいんだ。もうそろそろ夕陽も沈むころだしな……」 


 かなめはそう言ってようやく自分のしようとしていたことがわかったと言うようにうつむく。


「そう思って部屋割りは私とカウラちゃんがかなめちゃんの部屋に泊まる事にしたの」 


 一応この合宿の幹事であるアメリアが得意げに言い放つ。さすがにこれにはかなめも言葉を荒げた。


「勝手に決めるな!馬鹿野郎!あれはアタシのための部屋だ!」 


 アメリアの決定に明らかに不満だというようにかなめは声を荒げた。


「上官命令よ!部下のものは私のもの、私のものは私のものよ!」 


 いかにもアメリアらしい自己中心的な発言だったが、誠もアメリアの部屋割りの方が後々問題が起きないだろうと察して怒り狂うかなめの隣で黙っていた。


「やるか!テメエ!」 


 かなめとアメリアはお互いに顔を寄せ合いにらみ合った。ひよこと小夏は既にアメリアから鍵を受け取って、春子と共にエレベータールームに消えていった。他のメンバーも隣で仕切っているサラとパーラから鍵を受け取って順次、奥へ歩いていく。


「二人とも大人気ないですよ……」 


 こわごわ誠が話しかける。すぐにかなめとアメリアの怒りは見事にそちらに飛び火した。


「オメエがしっかりしねえのが悪いんだよ!」 


「誠ちゃん!言ってやりなさいよ!暴力女は嫌いだって!」 


 誠は二人の前で立ち尽くすだけだった。誠と同部屋に割り振られて鍵がないと部屋に入れない島田と菰田がその有様を遠巻きに見ている。助けを求めるように誠が二人を見る。


「しかしあれだな……これはロダンだっけ?」


「オレに聞くなよ島田。でもまあいい彫像だな」


 犬猿の仲の二人はロビーに飾られた彫刻の下でぼそぼそとガラにもない芸術談義を始めて女の戦いに巻き込まれまいと必死だった。


「わかりましたよ。幹事さんには逆らえませんよ」 


 明らかに不服そうにアメリアから鍵を受け取ったかなめが去っていく。


「このままで済むかねえ」 


「済まんだろうな」 


 島田と菰田がこそこそと話し合っているのを眺めながら、誠は島田が持ってきた荷物を受け取ると、大理石の彫刻が並べられたエレベータルームに入った。




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