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第1話 『特殊な部隊』の夏の恒例行事

挿絵(By みてみん)

「すいませーん!皆さん!この夏もみんなで海に行く事になったんで!ね!かなめちゃん!」 


 澄んだ、どこまでも澄んだ女性の声ががらんとしただだっ広い部屋に響いた。


 ここは『特殊な部隊』の別名で知られる遼州同盟司法局実働部隊の本部の一室、機動部隊詰め所と呼ばれる部屋だった。そこでは四人の機動部隊所属の人型機動兵器『シュツルム・パンツァー』の専属パイロットたちが机に向って日常の雑務をこなしていた。


 詰め所は、予算管理に厳しいこの部隊の雑務を管理する管理部よりの通達で節電の為に薄暗い照明があるばかりである。部屋の隅にはパイロット達の机が四つ置かれていたが、それ以外のスペースはがらんとしていて、まるでそこに新たなパイロットが配属されてくるような感じだったがその予定は今のところなかった。


 その一番小さな机に張り付いて隊の草野球チームの投球練習中にボールをぶつけた警邏(けいら)用車両の修理費の請求書を書いていた神前誠(しんぜんまこと)曹長は、その澄んだ声に引っ張られるようにして思わず顔を上げた。


 声を発したのは紺色の長い髪と、ワイシャツに銀のラインが入った東和警察の夏服の女性だった。司法局実働部隊一と自他とも認める女芸人にしてオタク、この『特殊な部隊』の保有する運用艦『ふさ』の艦長、アメリア・クラウゼ少佐であった。


 彼女は満面の笑みを浮かべてドアを開けて立っていた。後ろには笑顔のサラ・グリファン中尉と彼女達の無茶の尻拭い担当のパーラ・ラビロフ大尉が立ち尽くしていた。


 彼女達がかつて遼州星系外惑星の大国ゲルパルトで製造された人造兵士『ラスト・バタリオン』だということは、三人の顔に見えるいかにも明るい人間らしい表情は自然ではありえない紺やピンクや水色の髪の色以外では想像することはできない。


 それほどまでに非人道的な科学が生み出した悲しいサガを背負った人造人間と言うにはなじみ切った表情を彼女達は浮かべていた。


「午前中は野球の夏合宿。午後は海での自由行動だ。泳ぎたければ泳げばいい。それよりアメリア、今の時期って毎年艦長研修があるんじゃないのか?昨日まで東和宇宙軍の本部に出張してたじゃないか」 


 そう明るい能天気な笑顔を浮かべているアメリアのさぼり癖にツッコミを入れたのは誠の隣のデスクの主だった。司法局実働部隊第二小隊二番機パイロット、西園寺かなめ大尉が肩の辺りの髪の毛を気にしながら呆れたような顔をしていつも通り彼女の愛銃『巣プリンフィールドXDM40の分解整備にいそしんでいる。半袖の夏季士官夏用勤務服から伸びている腕には、人工皮膚の結合部がはっきりと見えて、彼女がサイボーグであることを示していた。


 いつもの事とは言え、突然のアメリアの発言に誠は驚かされた。それを追認する『特殊な部隊』の野球部の監督をしているかなめの言葉は同じ第一小隊所属の下士官である誠をあわてさせるに十分だった。


「終わったわよ!あんな巡洋艦の艦長としての判断に必要な知識なんて『ロールアウト』した時から頭に入ってんだから!まあ、インプリントされていた内容がドイツ語だったから頭の中で日本語に翻訳するのに手間取ったけど。研修の間退屈だったわ。最後に研修内容の試験まで有って……もちろん満点だったけど」 


 そう言うと手にしていたバッグを開く。アメリアの入室時の突拍子もない一言に呆然としていた第一小隊の小隊長、カウラ・ベルガー大尉が緑のポニーテールを冷房の空気の中になびかせて立ち上がる。


 ニヤニヤ笑いながらそのそばまで行ったアメリアが暇なのでカウラの目の前のモニターをのぞき込むと、そこにはパチンコの画面を映して過ごして勤務時間を過ごしていた跡が残っていた。カウラはパチンコ依存症のギャンブラーの一面があった。


 奥のひときわ大きな機動部隊長の席では誠達と同じ制服を着た八歳ぐらいに見える幼女が難しい表情で目の前の将棋盤と詰将棋の問題集を見比べてうなっていた。


 要するにこの部隊にはまじめに仕事をするまともな人間はいないのである。誠はそれを知っていたので、同じく真面目に仕事をする気のないアメリア達の闖入時に自分だけ仕事らしいことをしていたことを少し恥ずかしく感じていた。


「アメリアは艦船の指揮官として『製造』されている。とうぜんその判断は的確だ。特に問題にはならないだろう。それに今の時期の野球部の夏合宿は我が隊の恒例行事だ。問題は無い」 


 カウラはこの中のラスト・バタリオンで唯一人工的な無表情を浮かべながらアメリアの得意顔を見つめていた。誠はこれでカウラが仕事をしていれば少しは『特殊な部隊』の汚名も晴れるのではないかと思いながら、こんな部隊に配属になった自分の不幸を嘆いていた。



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