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第九十五話 ラマティアの再会

 サーヴの町で即席の学校を開いた俺は、そこで一週間ほど留まって子どもたちに魔法の基礎を教えた。


「ここにも早くきちんとした学校を開きたいな」


 俺が希望を述べるとダニエラは不思議そうだった。


「ハルト様は魔法だけを教えられたいわけではないのですね」


 俺がスフィールトに開いたのは『初等魔法学校』だ。

 だが、そこでは魔法のほかにも読み書きや算術も教えている。


「ああ。魔法を使うのが不得手な人だっているからな。それに普通に生きていくならまずは読み書きと算術だろう」


 俺は近いうちに体育に地理や歴史、音楽や美術なんかも教科として取り入れようと思っていた。

 理科系の科目だけは魔法があるから微妙なんだが、それも前の世界で経験済みだ。


「スフィールトの学校の魔法の使えない子どもたちのことは少し心配です」


 イレーネ様は俺についてジャンルーフ王国を巡ってくれているが、それだけが心残りのようだった。


 彼女がいる間は、イレーネ先生に嫌われたいって思う子どもは少なそうだから皆、仲良くしていたかもしれない。

 でもそういった抑えが効かなくなると、どうしても魔法が使える者と使えない者との間にわだかまりが生じてくるような気がするのだ。


「スフィールトにはクーメルとシュルトナーがいるから大丈夫だと思うけど」


 俺の言葉は気やすめでしかないとは思う。

 クーメルやシュルトナーは今やジャンルーフ王国の政治全般に責任を持つ立場なのだ。


 そうそう学校の運営ばかりに目を光らせているわけにもいかないだろう。

 それでも彼らなら平気でできてしまう気もするのだが。



 サーヴの町の領主であるオラヴ卿は、俺のことを初めは警戒していたようだが、害意がないと分かると最大限の配慮を示してくれた。


「我が領の子どもたちにも教育を与えていただけるのなら、ありがたいですな」


 彼はそう言って政庁の一角を学校の教室として使わせてくれたのだ。


「できるだけ多くの子どもたちに学んで欲しいですから、早めに専用の校舎を建てていただければ。それと教師の確保ですね」


 俺のそんな依頼にも、彼は素直に応じてくれるようだった。

 もともとこの町にもいくつかの私塾があり、あのサウィーナ先生もそういった場所で教えていたらしい。


 そういった人に初等学校の教師になってもらう必要があった。


「費用は王国が援助します」


 俺がそう申し出るとオラヴ卿は「助かります」と安堵した表情を見せた。


 俺なんかがそんなことを言って良いのかと思うが、クーメルからは学校の建設と教師の給料くらいは何とかなると言われてもいた。


 ジンマーカスの粛清によって王族がほとんどいなくなり、その領地を直轄地とすることで、国庫にはそれなりに余裕があるようだった。


「先の戦いで被害を受けた者にも賠償をせねばなりませんから、無駄遣いは厳禁ですぞ」


 シュルトナーにそう釘を刺されてしまったが、その資金は将来、ハルト一世のものになるのだから、それを私的に貪ったりしたら俺の仕官に差し障るのだ。


「我が領はジンマーカスに協力したわけではありませんが、宰相閣下にも援軍をお送りしませんでしたから。申し訳ありませんでした」


 最後にはオラヴ卿はそんな謝罪の言葉まで口にしてくれた。


 ジンマーカスがいなくなり、一連の処分も終了したということになってはいるが、まだまだ地方の領主のうちには彼のように疑心暗鬼の者もいるのかもしれなかった。



「子どもたち。喜んでいましたね」


 サーヴの町を離れ、西へと向かう馬車の中でイレーネ様はそう言って笑顔を見せてくれる。


「魔法が使えると嬉しいですからね」


 子どもたちにとっては魔法だけに限らないのだろうが、これまでできなかったことが初めてできるようになるって嬉しい瞬間だと思う。


「私もとても嬉しかったです」


 イレーネ様も俺の言葉を肯定してくれる。

 俺の場合は初めて魔法を使えた時は、自分が前の世界で生命を失った時だから、嬉しさなんて感じられるはずもなかった。


「でも、やはりこの町でもあまり大きな子は魔法が使えないのですね」


 彼女が寂しそうに言ったとおり、サーヴの町の子どもたちも、八歳を超えるくらいになると急に魔法が使えるようになる割合が下がってしまっていた。


 十代半ばになってから初めて魔法が使えるようになった珍しい存在という点で、彼女と俺は共通していた。



 その後、俺たちはケシヤの町、ユロールの町と巡ってそれぞれ十日ほど滞在し、町の子どもたちに即席の学校で魔法の基礎を教えた。


「次はラマティアへ入りますか?」


「ええ。ラマティアに着いたらまずはファーフレント卿にご挨拶ですね」


 俺がそう言うと、イレーネ様は俺の顔を見て、


「お父様に気を遣っていただかなくても。まずはハルト様のご両親にご挨拶をさせていただきたいです」


 そんなことを言ってきた。


(そうだ。クーメルの計らいで、俺の両親はラマティアに避難していたみたいだけど、さすがにもう故郷のヴェスティンバルに帰ったんじゃ?)


 俺はそう思って町に入り、やはり最初は領主屋敷へと向かった。



「これはハルト様。いえ、もう宰相のスフィールト侯爵閣下でしたな。ご栄進おめでとうごさいます」


 ファーフレント卿は賓客用の部屋に俺を尋ね、そう言って俺を迎えてくれた後、さすがにもう我慢できないといった様子で、


「イレーネや。よく無事で帰ったね。ハルト様にお守りいただいたのだな」


 そう言って彼女に近寄ると、そのまま抱きしめた。


「お父様もお変わりなく……」


 イレーネ様も両腕を卿の背中に回し、その声も湿っぽく聞こえる気がするから、お互い久しぶりに顔を見て堪えられないものがあったのだろう。


 父娘の再会に水を差すほど俺は無粋な人間ではない。

 これでも三つの世界を合計すれば五十年近く生きているのだ。


「失礼しました」


 少し潤んだようにも見える目で、ファーフレント卿は俺にそう断った。


「いえ。大切なお嬢様をお預かりして、途中連絡も差し上げず、こちらこそ失礼しました」


 俺の方こそ冷や汗ものなのだ。

 イレーネ様に何かあったら、その後どう足掻いたって挽回できるとは思えない。


 かと言ってエフラットの町で再会して後、この町に返していたら安全だったとは言い切れないのは、アンクレードが言ったとおりだとも思う。

 彼女は俺なんかより余程、行動力があるのだから。


「なんの。ハルト様の活躍はこのような田舎町にさえ聞こえてきましたから。とんとん拍子に栄達を重ねられ、戦われれば必ず勝利を収められて。我が娘ながら、イレーネは人を見る目があるものよと驚いておりました」


 どうもちょっと雲行きが怪しくなってきた気がする。

 ファーフレント卿は当然、俺とイレーネ様が婚約したことを知っている。


 それはそもそも彼が言い出したことなのだ。


「いえ。私はあの時私とともにいたクーメルやアンクレードの助言に従っていただけですから。それにイレーネ様にはこれまで何度も助けていただきました」


 それは俺の偽らざる想いだった。

 彼女がずっと俺のことを信じてくれていることが、俺の心を何度も救ってくれている。


 それは時に俺にとって、辛いことでもあったのだが。


「ハルト様。そう言っていただけてとても嬉しいのですけれど、私は何も……」


 イレーネ様はそう言って押し黙ってしまった。

 そんな彼女の様子に、ファーフレント卿が少し厳しい顔を見せ、おもむろに口を開いた。


「ハルト様。イレーネをまだ婚約者としてお認めいただけますか?」


 いつもの彼らしくない重々しい声色に、俺は彼の娘を思う気持ち感じる気がした。


「お父様?」


 彼を呼んだ娘に少しだけ顔を向け、だが、彼はすぐに俺に向き直る。


「失礼は承知の上です。ですが娘のことを考えると私はそう尋ねずにはいられないのです。ハルト様は偉くなられ過ぎてしまわれた」


 彼は俺を真っ直ぐに見ていた。

 そして俺の返事を待たずに言葉を継ぐ、


「我が家は一介の男爵家に過ぎません。侯爵となられたハルト様とは家格に違いがあり過ぎるのです。しかも噂ではハルト様は王位に昇られるとのこと……」


「ちょっと待ってください!」


 さすがに聞き捨てするわけにもいかず、俺は口を開いた。

 スタフィーノ公爵が王位に即いてくれないことで、俺はこれまで散々苦労しているのだ。

 それがどうして俺が王位に昇るって噂になっているのだろう。


「俺は王位になど興味はありませんし、イレーネ様との婚約を私から破棄することはありません。それは最初に申し上げたとおりです」


「では、まさかこちらから辞退せよと。そうおっしゃるのですか?」


 どうしてそういう結論になるのか分からないが、そこはやっぱり家格の差ってことになるのだろうか?

 貴族制度のある世界は初めてだし、まだこの世界では経験不足で俺にはよく分からないのだが。


「そんなことも求めません! 私はあの時お話ししたとおり、イレーネ様には私などよりもっと素晴らしい方が現れると思っています。ですから、イレーネ様から破棄されるのなら仕方ないと思ってはいますが、無理強いなどする気はありませんから」


 思わず大きな声が出てしまったが、そんな興奮気味な俺の耳にパチパチという拍手の音が聞こえてきた。


「よく言ったぞ、ハルト。男に二言はないからな。それでこそ私の息子」


「父……上?」


 部屋へ入って来た口髭を生やした四十がらみの男性は、紛うことなきこの世界の俺の父親だった。





【ハルト一世本紀 第五章の八】


 巡幸中に大帝は皇妃とともにラマティアの町を訪れ、岳父と国の行く末について話し合った。


「約束を違うことはありません。民衆は上に立つ者が自らの言葉に誠実か、よく見ているのです」


 大帝の言葉に岳父は感心し、涙を流して喜んだ。


「この上は陛下が至尊の御位に登られて、世を安寧に導かれるのを見ることを楽しみにいたします」


 岳父はそう言って隠居を申し出たが、たまたま町を訪れていた大帝の父がそれを止めた。


「我が子が約束を違うことのないのは、いとけなき時より変わらないことです。これから彼の下でますます国が栄え、民が富み、四方が和を保つことを見られるというのに。あなたは私とともにそれをご覧になるべきです」


 大帝はそれを聞いてお笑いになった。


「子を知るは親に如くはなしとは言うが、そうなるように努めよう」


 大帝もそうおっしゃったので、岳父もそれを聞き入れ、隠居についてはなかったこととなった。


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