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第九十四話 ジャンルーフを巡る

 スフィールトへ移った俺は、政策の立案と執行をクーメルとシュルトナーに任せ、王国軍の指揮はアンクレードに任せていた。

 俺自身は王国の各地を回りハルト一世の消息を探って……、各地に開かれた初等魔法学校で魔法の先生をしていた。



「俺以上に宰相の地位に相応しい人がいるのなら、俺はすぐにその人に今の地位を譲るぞ」


 俺はジンマーカスの最期に、本来ハルト一世が治めるべき国を統治した者の末路を見た気がしていた。

 そしてこのままでは俺もその運命をたどることになるかもしれないと恐れてもいた。


 だからクーメルたちには何度もそう伝えていたのだ。


「ハルト様はどうしてそのようなことをおっしゃられるのか理解に苦しみます。今、そのようなことをされては国は大混乱に陥ります。面倒事はクーメル殿と私が対処しますから、ハルト様はここでどっしりと構えていてくださればよろしいのです」


 シュルトナーが困惑気味にそんなことを言ってくれたが、俺は早くハルト一世の傘下に入って安心したいのだ。

 今の状態では最終的な勝者の側に入れるとはとても思えなかった。


「やっぱりこの国の統治はジンマーカスに任せておいて、俺は人探しに注力すべきだったのかな?」


 ふと漏らした俺の言葉に、アンクレードは呆れたようだった。


「ハルト様。それではスタフィーノ公爵が犠牲になってしまいます。それにハルト様もジンマーカスにいいように使われますぞ」


「でも肝心の公爵はあの状態じゃないか」


 あの時は公爵が俺をハルファタの宿に訪ねて来て、俺は否応なしに王家の争いに巻き込まれたのだ。

 それなのに俺を宰相にして、自分はスフィールトの屋敷に引きこもっている。


 身内同士の争い、しかもよく見知った親族が多数生命を失ったことに衝撃を受けたことは分かるのだが。



「ハルト様がお戻りになられて嬉しいです」


 スフィールトへ戻った俺に、イレーネ様はそう言って笑顔を見せてくれた。


「エーレラフィルさんが羨ましいです。本当は私もずっとご一緒させていただきたかったのですが」


 少し拗ねたような表情も本当に愛らしく、これはハルト一世でなくても夢中になるよなと、俺は理性を保つのに必死だった。


「今回は森の中での戦いになりそうでしたから、彼女に案内をお願いしたのです。そのおかげで捗りましたから」


 エーレラフィルにはお礼をしたかったのだが、彼女は何も受け取ってはくれなかった。


「ハルト様のお役に立てて嬉しかったです。何かあればまた、いつでも呼んでください」


 そんな言葉を残し、彼女は『妖精の森』へ帰って行った。

 俺はスフィールトに残ってくれていたイレーネ様にもきちんとお礼を申し上げた。


「イレーネ様には学校で魔法の授業をお任せしてしまって、申し訳なかったです。ありがとうございます」


 彼女はあの戦いの中でもスフィールトに残り、同じように町に残った子どもたちに魔法の授業をしてくれていた。


 そう言えばあのサウィーナ先生もずっとスフィールトに残ってくれていたらしい。


 子どもたちの安全のためにもせめてカレークの町にでも避難してくれるように伝えたつもりだったのだが、あまり効き目はなかったようだった。


「いいえ。そのくらいのこと……。でもこれからはまた、ハルト様の授業が受けられると子どもたちは楽しみにしていますよ。私も楽しみです」


 俺なんかが教えるよりイレーネ様に教わった方が嬉しいだろうと思うのだが、優しい彼女はそう言ってくれる。

 だが、それを聞いて俺の頭にひらめいたことがあった。



「各地で魔法の基礎を教えて回ろうと思うんだ」


 俺がそう告げるとイレーネ様は少し考えていたが、顔を上げると俺の目を真っ直ぐに見て言った。


「私もご一緒させてください」


「いや。イレーネ様には引き続きここで、子どもたちを教えていただきたいのだけれど」


 俺は遠慮がちに依頼したのだが、彼女は今回はまったく引かなかった。


「せっかくお戻りになられたと思ったのに、またお別れなんて。今回の旅にはそれ程危険はないのでしょう?」


 彼女の言うとおり、今回は特に危険を犯すつもりはない。

 でも、この時代の旅なのだから、現代日本みたいに安全快適というわけにはいかないのも事実なのだ。


「ハルト様がお出掛けになられるのなら、護衛も同行されるのでしょう? それにハルト様がいらっしゃれば、危険なんてないと思うのです」


 そう言われてしまうと、確かにそのとおりなのだろう。

 俺は何となく以前の感覚でふらっと一人で町を訪れるイメージを持っていたのだが、今の俺は侯爵で宰相なのだ。


「分かりました。では馬車を用意してもらいます」


 今回の旅はイレーネ様と二人で各地を巡ることになりそうだった。



 一方で、クーメルとシュルトナーは最初、俺がスフィールトから離れることに難色を示した。


「スタフィーノ公爵が即位を固辞されている中、宰相のハルト様までいなくなられたら、どうなってしまうのかとお考えにならないのですか?」


 シュルトナーの顔が赤くなって、さすがに俺の無責任さに怒りを覚えているように見えた。


「でも、シュルトナーが今言ったとおり公爵は政治に関する話はお聞きにならないし、俺だって二人の意見に口を挟んだことなんてないから同じじゃないか」


 開き直りとも取れる俺の返事に、シュルトナーは口をぱくぱくさせていた。


 一方のクーメルは静かに口を開くと、


「それで魔法の教授ですか。他にも目的がおありなのではありませんか?」


 俺にそう尋ねてきた。

 どうやら俺程度の浅知恵で、彼の目は誤魔化せないらしい。


「ああ。人探しを再会しようと思ってな」


 その言葉にシュルトナーの口が今度はあんぐりと開いた。


「例のハルト様と同名の方ですね。そちらなら手配済みです」


 クーメルの方は相変わらず冷静な態度で返してくる。

 彼ともかなり長い付き合いになっているから、俺の求めているものを分かってくれているらしかった。


「貴族に関しては以前、確認したとおりそのような方は見当たりません。今はジャンルーフ王国の臣民たちに御触れを出しています。ハルトと言う名の十歳から三十歳の者は各地の政庁に申し出るようにと」


「クーメル殿は、そのような手配をされていたのですか?」


 シュルトナーは呆れたようだが、俺にとっては最重要事項なのだ。

 いくら戦いに勝とうが、国の支配権を得ようが、そんなものはハルト一世の世界統一と魔法帝国再建の前には泡沫(うたかた)の夢のごとく消え去るものなのだ。


「ええ。このことだけはハルト様は頑として譲られませんから。無駄とは思ってもご納得いただくためには必要なのです」


 一方でクーメルの言い種は酷いものだった。

 あれでは俺を納得させるためだけに手配をしたって言っているようなものだ。


「確かにそうするしかないようですな。国費の無駄だとは思いますが、それ程でもありませんか」


 シュルトナーが俺に睨むようにして言ったが、どうも最低限の義務だけを果たしているってのが、ありありと感じられる。


「やっぱり俺が王国内の町を回るよ。各地の町でまずは本当の基礎を教えて、後は教えたことができるようになった頃に周回して来るようにすれば、ある程度実が上がるだろうと思うんだ」


 幸いなことにこの時代は魔法が使える人が極端に少ない。

 俺が元いた千年後の世界なら、授業の進み方が遅すぎるって苦情が寄せられるだろうが、この時代ならそんな心配はなさそうだ。


 比較する対象もないから、安心して基礎固めに専念できるってものなのだ。


「でしたらダニエラと騎士の一団を同行させてください」


 クーメルがそんなことを言い出したので、俺は不要だと答えたのだが、


「ハルト様の護衛ではありません。スフィールトとの連絡役を担ってもらうのです。ご判断を仰がなければならない時に、どこにいらっしゃるか分からないでは困りますから」


 まあ、イレーネ様も同行してくれるのだから、ダニエラがいれば心強いことは確かだ。


「分かったよ。スタフィーノ公爵への挨拶が済んだら出発するから」


 俺はクーメルの提案を受け入れ、イレーネ様とダニエラとともにジャンルーフ王国内を巡る旅に出ることにした。



「まずはサーブの町へ向かいましょう。北から西へぐるっと周って来ようと思っているんです」


 俺はこれまで訪れたことのないジャンルーフ北方の町を巡ろうと思っていた。

 ハルト一世がいるとすれば、俺がこれまで行ったことのない町だろうと思ったからだ。


「でしたら久しぶりにラマティアにも足を延ばせるでしょうか?」


 イレーネ様の問い掛けに、否と答える勇気は俺にはなかった。


「そうですね。随分と久しぶりですから、是非訪問しましょう」


 俺の返事にイレーネ様は花が開くような笑顔を見せてくれる。


「嬉しいです。きっとお父様もお喜びになります。ハルト様にお会いしたいと思われているに違いありませんから」


 イレーネ様は本当に嬉しそうにそう言ってくださった。

 だが、俺はラマティアへ行ったら彼女との婚約についてファーフレント卿に詰められそうだと、少なからず危険を感じていたのだった。





【ハルト一世本紀 第五章の七】


 シルトへとその御座を移された大帝はしかし、長くその地にとどまられることはなかった。


「この目で民の様子を見、この耳で民の声を聞かなければ、正しく治めることはできないであろう。いかにそなたたちが有能であったとて、その報告を聞くだけでは想像の及ばないことがあるのだ」


 大帝はそうおっしゃって、ジャンルーフ地方をくまなく巡ることを求められた。


「陛下のなさりようは古の聖王もかくやというものです。民は長く陛下が直接、自分たちの住まう地を訪れたことを記憶し、その恩に感謝することでしょう」


 大宰相もそう言って後押ししたので、皇妃に近衛騎士団長を伴われ、大帝は各地を巡られることになった。


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