第九十三話 ハルファタの民の歓迎
マクシミルを連れた俺たちは、ティルナの町から街道を西に向かい、程なくハルファタへ至った。
「これは。思ってもみませんでしたな」
アンクレードが言ってきたのは、町の人々の歓迎だった。
「ジャンルーフ万歳!」、「ハルト宰相、万歳!」
俺たちが進む王都のメインストリートには、多くの市民が並び、建物のニ階から顔を覗かせた人々も花や紙吹雪で迎えてくれた。
「凱旋将軍さながらですね」
マクシミルもそう言って驚いたようだ。
「これはクーメルの仕業かな?」
俺なんかがこんなに歓迎を受けるはずもないから、彼が演出をしたのだろうと俺は思った。
ハルファタの人からしたら、俺は王国西南のヴェスティンバルの田舎者でこれまた僻地のスフィールトを領する田舎貴族に過ぎないのだ。
「ハルト様。お疲れ様でした」
王宮に到着すると謁見の間でクーメルたちが出迎えてくれた。
当然シュテヴァンも彼の隣にいる。
「ありがとう。こちらはジンマーカスを討ち取ったマクシミルだ」
後ろにいたマクシミルを皆に紹介し、俺たちは王宮の一部屋に場所を移した。
「シュルトナーからの報告ではスタフィーノ公爵はスフィールトの町から動く気はないようです。せめて即位だけでもとお願いは続けているようですが、そちらも進展はありません」
最初の報告は王位に関することだった。
「仕方ないな。さすがにショックだったんだろう」
俺は一縷の望みを抱いていたのだが、難しいようだ。
そうなるとジャンルーフ王国は国王不在で行くしかなくなってしまう。
スタフィーノ公爵が納得するのであれば、もっと遠縁の王族に王位に即いてもらってもいいのかもしれないのだが。
「どうすればいい?」
ここはクーメルの出番だろう。
俺には誰に王様になってもらったらいいかなんて分かるはずもないのだから。
「王位については当面は静観するしかありませんね。名乗り出る者もいないでしょうし」
ジンマーカスはそこまで徹底して王位継承権を持つ者を根絶やしにしたんだろうかと思ったのだが、どうもそればかりではないらしい。
「ハルト様の元にスタフィーノ公爵がいるのに、王位に名乗りを上げる者などいないでしょうな。王の血を引くなどと申し出たら生命の保証は無いと思っているでしょうし」
アンクレードがそんなことを言ったので、俺は思わず大きな声を出してしまった。
「なっ! 俺はジンマーカスじゃないぞ」
非道な行いをした彼を除いたってことなのに、俺まで同類扱いされるのには耐えられない気がした。
「申し訳ありません。そういう意味ではないのですが。ジンマーカスの行いに衝撃を受けた王家の者は、ひとりスタフィーノ公爵だけではないのです。彼らは未だに身の危険を感じていることでしょう」
「いや。おれこそ済まなかった」
ハルト一世の大将軍を大きな声で叱責するなんて、俺も偉くなったものだ。
もう少し自重する必要があるだろう。
「でも、やっぱりそう思われているのかな?」
不本意な気がするが、彼を逐って政権を奪ったと言われればそのとおりなのだ。
「ハルト様。ハルト様はその強力な魔法の力によってまずは知られているのです。あの『イヴァールト・アンドラシー』を退け、キルダ平原をワイバーンから解放し、レゾフォ川でリニアン大公の軍を討ち、スフィールトでそしてサリハヤ川でジンマーカスの王軍を破りました。ハルト様の名はその戦勝とともに語られています」
クーメルがそんな話を始めたが、言われてみると俺って戦ってばかりですごく乱暴者って感じがする。
これでは恐れられても仕方がないのかもしれない。
「ですが、私たちはハルト様が妖精の森をベヒモスから解放し、ラエレースで人々を火災から救い、ムタニヤでは修道女に癒しの力の使い方を教えられた様子を見ています。そして、スフィールトでは多くの子どもたちに魔法の知識を惜しげもなくお与えになっていることも。
パラスフィルでは引き裂かれた二人を引き合わせ、メリーシュやラハシャなどの町の開発にも力を尽くされました。
さらには戦いに当たり、ハルト様がいかに兵たちの安全に心を砕いておられるか、私たちはよく知っています。降伏した敵将や、戦死した敵兵さえ丁重に扱われることも。そういったことはまだよく知られてはいませんが、少しずつ広まり始めています」
そう続けたクーメルは、いつもの彼とは少し違った優しい顔をしているように見えた。
「いや。俺はそんなに立派に人間じゃないし」
俺の力でできることなんてたかが知れているのだ。
俺のせいで生命を落とした兵たちがいることは確かなのだし。
そう思って答えた俺に、彼はゆっくりと首を横に振って言葉を継いだ。
「いいえ。民は思った以上に賢く、権力者がどういった人間なのかよく知っています。彼らは想像以上にしたたかなのです。ですからハルファタの民はハルト様をあのように歓迎したのです」
「えっ。あれってクーメルが仕組んだんじゃないのか?」
俺はてっきり彼が王都の住民たちに強要でもしたのかと思っていたのだが、彼はまたゆっくりと首を振る。
「そのようなことをしてどうなると言うのです。私がそんなことをするとお思いですか?」
彼ならそれが治世に資すると思えば、その程度のことは簡単に画策すると思うのだが、どうやらそうでもないらしい。
「そうだな。そんなことをしても本当の信頼は得られないのかもしれないからな」
彼が自分で言ったように民衆をしたたかだと考えているのなら、こちら側で仕組んで歓迎を演出するような真似はしないのかもしれなかった。
分かる者には見透かされるし、その時は信じた者も、後日それが演出によるものだと分かったら、幻滅するに違いないだろう。
「ハルト様はもう少し、ご自分に自信をお持ちになられても良いと思いますが。あまりに無自覚なので時々心配になりますな」
アンクレードが呆れたように言ってきたが、俺は前世でもその前の現代日本でも自分の人生、上手く行っていたとはどうしても思えないから、この世界でもって恐れる気持ちが多分にある。
だから、自信なんてそう簡単に持てるものではないのだ。
とりあえず王位についてはクーメルが言ったように、当面は空位のままで行くしかないようだった。
「ハルト様に宰相として文武の百官の上に立ち、政務を執っていただくしかありませんね」
クーメルは簡単そうにそう言ったが、それは実質、彼が政策を立案し、執行していくことを意味しているのだが、おそらく覚悟はしているのだろう。
実際、俺がティルナの町経由でハルファタへ至るまでの間に、彼はその準備を着々と進めてくれていたのだ。
そういうわけで、俺は王宮内の部屋の一つで百官の挨拶を受けることになった。
「ここって、もしかしてジンマーカスが執務してた部屋なのか?」
俺は王宮の中は不案内そのものだが、何となくそんな気がしてクーメルに聞いた。
国王ではないから謁見の間は使えないし、仕方がないのかもしれないが、俺は遠慮したかった。
「お気に召しませんか?」
クーメルはわずかに笑いを含んだ顔で尋ねてきた。
「ああ。正直言ってあまりな。気にしても仕方がないのかもしれないけれど」
それでもやはり自分が滅ぼした男と同じ部屋を使うのは、何となく気味が悪い気がした。
「そうお思いになられるのであれば、スフィールトで政務を執られてもいいかと思います。あの町にはスタフィーノ公爵もいらっしゃいますし、彼を尊重する姿勢を見せることで人心も安定し、民はハルト様の奥床しさを知ることになるでしょう」
「それでいいのか?」
俺はかなり意外な気がしていた。ハルファタは古くから栄えたジャンルーフ地方最大の都市だし、クーメルならここを根拠にすべきだって言うと思っていたのだ。
「ハルト様がジンマーカスのようにこの国の王位を目指されるのであれば、この地に止まって足場を固めるのも良いかと思います。ですが、そうでないのならば……。ジャンルーフは大陸の西の端の国ですから。せっかくハルト様が開発されたスフィールトへ移られてもよろしいかと。そして百官については本当に必要な者だけをスフィールトへお呼びいただければ……」
クーメルが何だか気宇壮大なことを言っている気がするが、俺はジンマーカスの執務室を使うのにはやはり抵抗感がある。
それに、どうも彼はこの機に王宮の官吏をスリム化することを考えているらしかった。
ジンマーカス派であることが明らかな官吏のうちには後難を恐れてハルファタを逃げ出した者も多かったから、以前に比べればその数はかなり減少していると思うのだが、彼の目からすると、それでも余剰人員はかなりいると睨んているようだった。
「ああ。そうしてもらいたいな。できるだけ早くスフィールトへ帰ろう」
ハルファタはもちろん交通の便が良く、ジャンルーフ王国内に命令を出すには良い町だとは思う。
でも、スフィールトも妖精の森が開かれたことで、各地へ道が通じるようになっている。
それにあの町は国境の町でもある。
ビュトリス王国やその先のクルクレーラ王国からの情報を得るには、ハルファタよりも都合が良いのかもしれなかった。
そして何より、クーメルやシュルトナーがいればスフィールトからでも効率的な統治は十分可能な気がしていた。
【ハルト一世本紀 第五章の六】
ハルファタの混乱を収拾された大帝は、シルトへその座を移されることを大宰相へ諮られた。
「私もそのことは考えておりました。陛下が新しい秩序を打ち立てられるのに、この地は西に偏り過ぎています。少しでも東へ移られるべきでしょう」
大宰相も賛成したので、大帝は程なくシルトへ移られた。
「どうか陛下を歓呼の声で迎えたこの町の民をお忘れなきように」
大帝がシルトへ移られるに当たり、ハルファタの民は嘆き、町の代表者はそんな申し入れを行った。
大帝はそれに耳を傾けられて、
「どうしてこの町を忘れることがあろうか。この地は我が故郷。この町は常にその中心であったのだ」
そう言ってお笑いになったので、町の民は再び歓呼の声で彼を見送った。




