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第九十二話 ティルナ郊外の盗賊

「この辺りの森に盗賊が出没してるって聞いたんだが?」


 ティルナの町を治めるマメルト卿は俺の問い掛けに素直に答えてくれた。


「これはスフィールト伯。先日は用水路の整備、ありがとうございました。盗賊というのは例の弑逆者ジンマーカスを討った者たちのことですかな?」


 先日そのジンマーカスに命ぜられて俺がこの町の近郊にある荒地に用水路を引いたことを、彼はまだ覚えていてくれた。

 あれからそれ程時間が経ったわけではないから当然なのだが、それにしては俺とジンマーカスの立場は変わったものだと思う。


「たしかに北東の森に以前から盗賊が出没しています。ですが奴らはこちらが討伐に動けば森のビュトリス側に逃げ込み、逆に向こうから討伐隊が出ればこちらに逃げて来ます。あの森は我が国とビュトリス王国との国境になっていますから、下手にそこへ兵を入れると問題になりますから討伐が難しいのです」


 マメルト卿はそう言って困ったという顔をする。


「そうは言っても、お互いに被害が出ているのですよね?」


 両国とも賊の被害を受けているのなら、両方から兵を出して賊を壊滅することもできるはずだと思うのだが。


「そこはやはり、国が違うとなるとなかなか難しいのです」


 森の中では領地の境が不明瞭で、いつの間にか越境していたってことになりかねない。

 それでも同じ国の中なら国王が仲裁するってこともできるかもしれないが、国が別となると下手をすると国同士の争いに発展しかねないから慎重にならざるを得ないようだった。


「それじゃあ、いつまで経っても治安が回復しないじゃないか」


 せっかく俺が用水路を開いてやっても、町の側の森に盗賊が出没するようでは効果は半減だろう。

 こういう時こそ、両国の爵位を持つ俺の出番なのかもしれなかった。



「森の北の方に多くの人間の気配がします」


 俺たちと行動をともにしてくれているエーレラフィルが教えてくれた。


「よし。北に兵を進めよう」


 アンクレードも頷いて、部隊を率いる隊長に「北に向かうぞ」と指令を出してくれる。


 俺たちは森の中に分け入り、盗賊の根城を探していた。


「エーレラフィル。助かるよ」


 お礼を言うと彼女ははにかんだ笑顔を見せ「お役に立てて嬉しいです」なんて応えてくれる。


「本当に助かりますな。小部隊に別れて森の探索などしていたら、敵に襲われたら被害を防ぎきれませんからな」


 本来なら山狩りよろしく、森の中をくまなく探していかなければならないのだろう。

 だが、エルフの彼女には森にいる人間の気配が感じられるらしく、俺たちにそのおおよその場所を教えてくれていた。

 

「あちらも向かって来ているようです」


 再び彼女が教えてくれて、俺たちの間に緊張が走る。


「どうやら向こうも気がついたみたいだな」


「さようですな。ですが、こちらもそれを分かっていますから」


 アンクレードの言うとおり、こちらも相手のおおよその動きは分かるから、待ち伏せを受けることはない。


 いきなり攻撃されたりしなければ、相手の兵力が余程多くない限り、負けることはないだろう。



「いよいよ近づいて来たな」


 まだ距離はありそうだが、森の中で聞こえるはずのない金属が立てるような音が時々聞こえるから、近くに人間の集団がいることは間違いなさそうだ。


「一度、停止して体勢を整えますか」


 アンクレードがそう言って、全軍を停止させる。

 こちらもそれなりの人数だから、相手も俺たちが近くにいることは分かっているのだろう。


 案の定、盗賊たちも動きを止め、こちらの様子を窺っているようだった。


「一応、降伏勧告をしてみますか?」


 相手もそれなりの人数がいるようだから、そう簡単にはいかないだろうと思いつつ、俺はエーレラフィルにお願いした。


「風の魔法で俺たちの声を届けてくれないか?」

 

 彼女はこくりと頷くと、


「分かりました。避けられる争いは避けた方が良いですものね」


 そう言って精霊魔法の呪文を唱えてくれる。

 呪文が完成したのを見て、俺は大きな声で盗賊たちに呼び掛けた。


「こちらはスタフィーノ公爵を奉じるスフィールトの軍勢だ。素直に降伏するなら生命は保証する。これ以上罪を重ねるな!」


 正直言って、相手は盗賊なのだから嘲笑でも返ってくるかと思っていた俺の予想は裏切られた。


 相手は明らかに何か動きを見せ始めたのだ。


「見つかっていないと思っていたのかな?」


 アンクレードに聞くと、彼も首を傾げていた。


「それなら逃げ出すのではありませんか? もしくは突撃してくるか」


 彼の言ったとおり、盗賊どもは逃げるでもなく、集まって何か話しているようだった。


 そうしてしばらくすると、一人の男が向こうからやって来た。


「スタフィーノ公爵を奉ずる軍勢と言うのは本当ですか?」


 声の届く距離まで近づいて、彼は大声でそう呼ばわってきた。

 俺はアンクレードとエーレラフィルと顔を見合わせて答える。


「ああ。本当だ。お前があの者たちの長なのか?」


 俺はまだ半信半疑だったが、いきなり攻め掛かられるよりは余程いい。

 俺の答えに彼はさらに近づいて来た。


「おっしゃるとおり、私があの者たちの代表です。ジンマーカスを討ち、もうやり残したことはありませんから新たに立たれるであろう王に帰順しようと思っていたのです。どうか公爵にそうお伝えいただけませんか?」


「いったいあなたは?」


 何となく人品卑しからぬって感じのする男性に俺は尋ねた。

 怪しい動きをするでもなく、帰順しようとしているっていうのは、あながち嘘でもなさそうだ。


「私は元近衛騎士のマクシミルです。シグスデアル七世陛下から勅勘をこうむり、王都を離れ、この地に流れて来たのです。もうニ年も前のことですが」


 堂々とした態度は確かに近衛騎士のものだと言われればそんな気もする。


「近衛騎士が勅勘って、何をやらかしたんだ?」


 アンクレードが無遠慮に聞いたが、俺も興味はある。

 公金に手を出したとかなら、同情の余地はないのだ。


「ジンマーカスを信じないよう陛下に申し上げたのです。彼の野望に気づいてしまいましたから。さらに奴の息子が実は生きているのではという疑問を抱き、調査に着手しようとしたところ、騎士団から追放されたのです」


 どうやら彼もジンマーカスの野望の被害者らしかった。


「宰相を誹謗し、王国の秩序を乱したというのが理由でしたが、陛下のご意志ではなかったと思います。それでも勅命は勅命です。私は王都を出るしかありませんでした」


 騎士団の中にもジンマーカスの手は伸びていて、彼に媚を売る者は多かったのだとマクシミルは付け加えた。


「それでいきなり盗賊に身を落としたのか? 騎士道精神はどうなったんだ?」


 善良な旅人や商人、さらには民を害するなんて、騎士の風上にも置けないと思ったのだが。


「そう言われると忸怩たる思いがあります。ですが、私たちは決して無分別に民に危害を加えていたわけではありません。ジンマーカスと繋がりを持ち私腹を肥やす悪徳商人や奴の部下、奴と深い関係のある貴族などを襲撃し、少しでも奴の力を削ごうとしていたのです」


 どうやら盗賊と成り果てても、何とか奴に一矢報いようとしていたようだ。

 本人も後で言っていたが蟷螂の斧に過ぎなかったかもしれないが。


「確かにジンマーカスが討たれるまで、この地に盗賊が跋扈しているなどという噂は聞きませんでしたな。狙われるのが奴に繋がる者だけというのなら、それも頷けるかもしれません」


 アンクレードがマクシミルの言葉を遠回しながらも肯定していた。

 商人や旅人、それに民衆は思った以上にそういったことには敏感であるらしい。


「何しろ生命が懸かっていますからな」


 彼はそうも付け加えた。


「それでも盗賊をして良いって理由にはならないと思うけどな」


 中には間違いもあったかもしれないし、特に初めのうちは盗賊を恐れて護衛を雇ったり、ルートを遠回りに変えたりと余計な手間と費用を掛けた商人や旅人も多かったはずだ。


「もちろん分かっています。ですからジンマーカスを討ったことに免じて、私たちの帰参を許していただきたいのです。彼が王宮から持ち出した王冠なども献じますから」


 功罪相償うってことらしい。

 確かに彼らがジンマーカスを討ったことは、大きな功績と言えるだろうし、王冠を持っているのなら間違いないだろう。


「分かった。公爵にはあなたの意向をお伝えしましょう。おそらく願いは聞き届けられると思います」


 俺が答えると、元近衛騎士のマクシミルが顔を上げ、憂いが取り除かれたって様子を見せた。


 スタフィーノ公爵はあの状態だから、実質的には俺たちで決めていくしかないだろう。


「では盗賊の問題は解決ですな。あなたたちには私たちに従って王都まで同道してもらいましょう」


 アンクレードが至って普通な感じでマクシミルにそう伝えていたが、俺はそれって大丈夫なのかなって少し気になった。

 俺たちは元々彼らを討伐に来ていたのだ。その部隊に従って行動するなんて、お互いに危険じゃないだろうか。


「スフィールト卿は王軍として派遣されたギオレク子爵をはじめとする敵対した者たちの降伏をお許しになったと聞いています。卿を信頼してお任せしますが、私たちはみすぼらしいなりをしています。まずは私だけが同道させていただきます」


 上手くはぐらかされた気もするが、俺が王都へ入るのに盗賊を率いて行くのもまずい気もする。


「ああ。それで構わない。あなた以外の者たちは順次王都へ向かい、軍へ志願してほしい。兵が不足しているからな」


 俺のせいではあるのだが、王軍は大きな損害を受けたから、急ぎ兵を徴募する必要がある。

 元盗賊でもマクシミルが率いていた者たちなら、それなりに役に立つかもしれなかった。




【ハルト一世本紀 第五章の五】


 大帝がハルファタへ入られると、瞬く間にその周辺の賊が降り、大帝に許しを乞うた。


「この者たちはもとから賊であったわけではない。良民たらんとする者であって、心ならずも賊に身を落とした者もいるはずである」


 大帝はそうおっしゃって、賊であっても心根に正しさのある者を許そうとされた。


「この者どもには力を示すのが一番です。しっかりと懲らして後、教え諭してやるが肝要でしょう」


 大将軍が得意気に言ったのを見て、大宰相がそれに続けた。


「民を教え諭さんとすることは、陛下が最も心を砕かれていることです。賊であったものにこそ、それをなすべきでしょう」


 君臣ともに民を教え育てることに力を注いだので、大帝の下で魔法が復興したのも当然のことであった。


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