第九十一話 ジンマーカスの最期
ダニエラによれば、王都を預かるシュテヴァンから早馬で知らせがあったとのことだった。
「ハルファタへもビュトリス王国からジンマーカスが使者を送ってきたことについて知らせがあったようです」
「エフラットに親族のいる貴族も多いですからな」
シュルトナーが付け加えたが、隣国である両国の間で婚姻を結んだ貴族もそれなりにいるのだろう。
「国境に近いティルナの町の周辺に奴がいるという情報が知れると、奴に殺された王族と親しかった一部の貴族や、王族の家臣であった者たちの中には、危険を顧みず国境へと向かう者も多くいたらしいのです」
どうやらジンマーカスを討ったのは、そういった貴族や家臣たちなのかもしれなかった。
俺はそれを聞いててっきりそうだと思った。
「ハルト様もギオレク子爵も、残念ながらビュトリス方面へ兵を送る余裕はありませんでしたからね。もう少し確実な情報でもあれば別だったでしょうが」
クーメルが言ったとおり、俺たちは元々、兵が少ないから、ハルファタやスフィールトを守ることを優先せざるを得なかったのだ。
まずは王都周辺の治安を回復させ、降伏した領主や兵たちをしっかりと味方に引き入れる必要があった。
「それでも一部の貴族や元家臣たちはティルナ方面へ向かったのです。親しかった友人や長年仕えた主人を失ったのです。奴が王として全権を握っている間はどうしようもなかったのでしょうが、ハルト様の軍が王都を掌握し、そのたがが外れましたから」
考えてみれば、自分と息子の王位を安泰にするためとはいえ、王族を残らず殺害するとか、いくら何でもやり過ぎだろう。
その罪をスタフィーノ公爵一派に擦りつけようとしたようだが、ジンマーカスが王位にあるうちならいざ知らず、今やそんなことを信じている者はいないはずだ。
「それにしても、どうしてあのような暴挙に走ったのでしょうな?」
アンクレードも俺と同じ感想を持ったようだ。
「知らないな。分かりたくもないし」
元が現代人の俺に、あんな虐殺みたいなことが理解できるはずもない。
いや、でも現代日本だったからこそ平和に暮らしていたけれど、同じようなことは実は世界各地で起きていたのかもしれないが。
「自分がそうだったからではないでしょうか」
クーメルがぽつりと呟くようにそう言った。
「どういうことだ?」
彼は理解できると言うのだろうかと意外な気がして聞いたのだが、彼は顔を上げて皆を見ると、自分の考えを述べてくれた。
「ジンマーカスはずっと王位を狙ってきたのでしょう。それこそ息子を亡くしたことにして王に取り入り、おそらくは王の側近を自派の者で固め、ジグスデアル七世とエドムンデル王子に毒を盛ることができるようになるまで」
黙っている俺たちに向かって、彼はさらに言葉を継ぐ。
「それほど周到に王位を奪う計画を進めていくうちに、彼は周りの王族も自分と同じように王位を狙っていると思うようになったのではないでしょうか? 人は他人の欲望を自分の欲望に引き寄せて理解しがちだと思いますから」
「自分も同じ目に遭うのを恐れたってことか? 臆病なんだな」
アンクレードにはそんな心情は理解できないようだった。
彼は陰謀なんてものとは無縁な気がするからそうなのかもしれない。
「ほかの王族も王位を狙っていると思えば臆病にもなるだろう。自分と同じような手を使ってくるかもしれないと思えばなおさらだろうな」
逆に俺はクーメルの言ったことは何となくは理解できる。
決して共感はできないし、理解できてしまうと思えることに嫌悪感を覚えるのだが。
「それで結局、誰がジンマーカスを討ったんだ?」
そいつがハルファタへ奴の首を持って凱旋し、恩賞や地位を求めてきたら、それに応える必要があるのかもしれない。
いっそ、そいつに政権を渡してしまうってのもありかと俺は考えていた。
「ジンマーカスは野盗に襲われたらしいのです」
「野盗だって? どういうことだ?」
皆が必死で行方を追うジンマーカスの一行がどうして野盗に襲われるのか。俺はそう思ったのだが。
「煌びやかな衣装を着て、豪華な馬車に乗った一行が、国境に近い官憲の力の及ばない場所をうろうろし続けていたのです。それは人目も引くでしょうし、その手の者には良い獲物に見えたでしょうな」
シュルトナーがそう言うと、ダニエラが彼を見て頷いた。
「彼を追っていたタチラニエ公爵、公爵は亡くなった前の国王の従兄弟ですが、その家臣の一人が街道脇に倒れていた一人の男を見つけたのです。公爵の家臣はその男に見覚えがあったようです」
倒れていた男はジンマーカスの家臣で、王族の家臣同士で顔くらいはお互いに見知っていたらしい。
「彼は自分たちが隠れていた森の中で野盗に襲われ、自分は傷を負ったもののここまで逃げてきたのだと公爵の家臣に伝え、そのまま事切れたようです。そして、森の中で十数人の亡骸が見つかり、その中にジンマーカスらしき者の遺体があったということです」
因果応報なのかもしれないが、ジンマーカスは酷い最期を遂げたようだった。
「そんな盗賊を野放しにはできないな。ティルナの町ならカレークを回って行った方が早いな。さっさと平らげてそのままハルファタへ向かおう」
俺がそう発言すると、皆の注目が集まった。
「ハルト様はそう出られますか」
シュルトナーがそう口にして俺の顔を見てくる。
「私は一足早くハルファタへ向かい、ハルト様が到着されるまでに宰相が行う政務の準備をできるだけ進めておきます」
クーメルは静かな声でそう言った。
「森の中ならエルフたちの力をお借りになられてはいかがですか?」
イレーネ様もそんな助言をくれた。
「そうだな。もしスタフィーノ公爵が王位に即かれることを承知してくださったら、シュルトナーが王都までお連れしてくれないか?」
俺がそう頼むと彼は少し残念そうに、
「私はスフィールトで留守番ですか。まあ、今までエフラットでしたから、少し休ませていただきますか」
そんなことを言って、そちらは期待薄だと思っているのだろう。
「では、お供は私ですな。大した相手ではないと思いますが、これも大事なお役目ですな」
アンクレードは早速、兵に出立の準備を命ずるのだと言って、部屋から出て行った。
三日後の朝、俺はアンクレードの率いる百人ほどの兵とともにスフィールトを発った。
「ハルト様。どうかご無事で」
出発の時刻が近づくと、領主屋敷の前の広場でイレーネ様がそう言って俺を見送ってくれた。
「油断はしていませんが、今回の敵は正規軍ではありません。ハルト様のお力を借りるまでもなく蹴散らしてやりますから、ご安心を」
アンクレードの勇ましい言葉に、彼女は少しだけ笑顔を見せてくれた。
「途中でエルフと交渉するのですな。私が同行しなくて大丈夫ですかな?」
シュルトナーはそんなことを気にしていたが最悪、俺たちだけでも何とかなるとは思う。
彼らがいれば、森に隠れた盗賊を探す手間が省けるとは思うが。
俺たちがいつぞや訪れた森を抜ける街道の橋のたもとでしばらく兵を休めていると、エルフたちが姿を見せた。
「エーレラフィル! 久しぶりだな」
現れた四人のエルフの中に、見知った顔を見つけて俺は声を掛けた。
「ハルト様。お久しぶりです」
彼女もそう言って美しい笑顔を見せてくれる。
「最近は森の周辺が静かになりましたから、もう騒乱は終わったのだろうかと皆で話していたのです。ハルト様がこちらへいらっしゃったということは、やはりそうなのですね?」
俺は兵を率いているから、そうは見えない気もするのだが、確かに俺が森の中をうろうろしているのは、ハルファタ方面の戦闘が収まったからだ。
エルフたちはそのあたりの機微を察知しているのかもしれなかった。
「ああ。もう戦いは終わったから、結界を解いてもらえるようにフィアレナール頼みたいんだ。それともう一つお願いがあってね」
俺が森に潜む盗賊退治に力を貸して欲しいとお願いすると、彼女は少し考えていた。
「結界については、ここにいる者からフィアレナール様に伝えてもらいます。もともと私たち巫女が結界を維持しているのですから、それを解くのは容易いことです。でも、盗賊退治をお手伝いすることは……」
それについては俺も虫のいい話だよなって思ってはいた。
イレーネ様の提案だったから、それもありかなって思ったが、もともとエルフたちは人間同士の争いには興味はないのだ。
「いや。無理を言って済まない。気にしないでもらえたら……」
俺はそう答えだのだが、
「盗賊退治にはフィアレナール様は難色を示されるかもしれません。ですから私が個人的にお手伝いします。私がハルト様とともに行くことも、この者から伝えてもらおうと思います」
「えっ。そうなのか?」
俺も意表を突かれた気がしたが、そう伝えられたエルフの男性も同じ思いだったらしく、彼女の言葉に何やら抵抗しているようだった。
「私はハルト様との友好関係を大切にすべきだと思っています。私がお役に立てるなら嬉しいですし」
だが、彼女はそう言って俺たちに同行してくれた。
「お役に立つなんてものじゃないと思うけどな。ありがとう。助かるよ」
俺のお礼に彼女はまた美しい笑顔で応えてくれた。
こうしてエーレラフィルを加えた俺たちの一隊は、カレークの町の側を通り、その南方に位置するティルナの町へと向かった。
【ハルト一世本紀 第五章の四】
スタフィーノの親族は風に吹かれる木の葉のようにハルファタから消え去った。
「陛下に順わぬ者の末路はあのようになるのです。私が手を下すまでもありません」
大将軍はそう嘯いたが、自らの主君に敵対した者を討てなかった悔しさは隠しようもなかった。
その者たちがジャンルーフの東方で命を落としたことを知ったからである。
「彼らは元々民衆の支持を得ていませんでした。陛下に敵することなどできようもありません」
大宰相もそう申し上げたが、大帝は厳しい顔をお見せになり、
「民の支持を得られなければ、我らもまた彼と同じような運命をたどることになるやもしれぬ。ゆめゆめ政をゆるがせにするまいぞ」
そう自らを戒められたので、大宰相以下の文武の百官も大帝の憂いを自らのこととして改めて心を引き締めることになった。




