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第八話 領地スフィールトへ

 という訳で、俺は王様からの「軍の一員として余に仕えぬか?」とのお誘いを丁重にお断りし、これまでどおりハルト一世を探し出して、彼の臣下に加えてもらうことを目指すことにした。


「でも、領地を頂戴したんだよな。やっぱりそちらへ赴くべきなのかな?」


 俺はそれも不要だと断ろうとしたのだが、クーメルが小声で「お受けなさいませ」と伝えてきたので、領地は受けることにしたのだ。


「さようですな。王軍に協力されないのなら王都にとどまっているより、地方へ出られた方が安全かもしれませんな」


「えっ。安全って、どういうことだ?」


 俺が不審な顔をすると、アンクレードに代わり、クーメルが教えてくれた。


「王はハルト様の魔法の力を、あの傭兵隊長さえ退けた力を利用しようと考えたのでしょう。軍にも所属せず、領地も受けないとなると事は穏やかではありません」


「そんなことは……」


 俺は自分の魔法が思っている以上に、この世界の人たちにとって脅威になっていることを知ることになった。

 俺の魔法の腕なんて前の世界、ここから千年後では底辺に近かったから、そのことに思い至らなかったのだ。


「ハルト様は相変わらずですな。その程度、クーメルでなくても分かりますぞ」


「とりあえず領地はありがたくいただいたのですから、早めにそちらへ向かった方が無難でしょう。地方に逼塞し、王宮を安心させるべきです」


「あ、ああ。分かった。用を済ませたら、すぐに出発しよう」


 だが、王都を発つ前に、俺には行くべき場所があったのだ。



「で、せっかくの仕官の誘いを断って、また、どこにいるのかも分からない同名の方を探されるのですか?」


 次の日の午前中に勅使のレイナード氏から紹介された宮内官のもとへ向かう道中で、アンクレードが呆れたように聞いてきたが当たり前だ。


 彼は「宮内官には話を通しておきました。いつでも面会してくれるはずです」と教えてくれたので、俺は二人を連れて早速、王城へと向かった。


「まあ、いいでしょう。結果は分かっていますがね」


 クーメルの方は相変わらずの淡々とした様子で事を進めてくれる。

 まあ、その口ぶりといい、諦めたといった表情といい、内面はアンクレードと同じなのかもしれないが。



「ハルトなどという方は貴殿の他にはおりませんな」


 王城にある政庁の一室で、口ひげを生やした文官は俺にそう告げた。


「高位の貴族ではなく、私のような低い位の嫡男ではない者も含めてですか?」


「さようですな。無論、届けのないご子息、まあ有り体に言えば隠し子ですが、そういった方までは網羅してはおりませんが、少なくとも王国に届けのあった者について言えば、そういった名前の方はおられません。もちろん貴殿を除いてですぞ」


 自信のありそうな彼の姿にクーメルも頷いていた。


(じゃあ。ハルト一世はいったいどこに?)


 こうなると彼が下級貴族の出身だという伝記自体が作られたものという気がしてくる。

 実は平民の出身だったのだが、それではあまりにということで家系が捏造されたなんてことも、あり得るかもしれない。


 宮内官が指摘したように隠し子である可能性もある。


「ありがとうございました。お手数をお掛けしました」


 俺はそうお礼を言って、政庁を辞したが、


(これは捜索範囲を広げる必要があるな)


 そう決意していた。



 王都でハルト一世の情報を得られなかった俺は、とりあえず下賜された領地へ向かうことにした。


「しかし、スフィールトとは。また王宮も考えましたな」


「まあ、ハルト様のことをそれだけ危険視しているということでしょう」


 俺の領地となったスフィールトへ向かう馬車の中で、アンクレードとクーメルはそんな会話を交わしていた。


「まあ、王様がくださるといってくれた領地はありがたくいただいたんだ。だから大丈夫なんだろう? でも俺なんかを警戒するなんて王宮も心配性だな」


 確かに二人の言うとおり、俺の魔法の力はこの世界では異質なものだ。

 だが、彼らが真に警戒すべきなのはハルト一世の方なのだ。


 何しろ彼は旧弊を打破し、この世界に新たな秩序を打ち立てる。

 つまりは今の権力者たちを、その地位から引きずり下ろすのだから。



(スフィールトって、どこかで聞いたような名前の町だな)


 馬車の中で会話しながら、俺はそんなことも考えていた。


 記憶をたどり、元いた世界に何となく似た感じのする名前の町があったことを思い出す。

 シルトという名のその町は、ハルト一世が初めて治めた町だとして、観光地になっていたのだ。


 正確な地図がないので、よく分からないのだが、ここからさほど離れてはいないはずだ。


「シルトだったら良かったのにな」


「普通、王から授けられた領地はありがたくいただくものですぞ。まあ、お気持ちは分かりますが。ですが、シルトなどという町は聞いたこともありませんな」


 別にこの町に不満があるわけではなく、シルトだったらハルト一世に会うことができたかも知れないと思った俺の言葉に、アンクレードはそう答えた。


「そうなのか? 逆に俺はスフィールトなんて町、知らなかったよ」


「さようですか。この町は歴史のある町で、元々は『ナ・スフィールトゥル』と言ったそうです。ただ、今はかなり寂れていますが」



 一週間の旅程の後、俺たちが到着したスフィールトは、小さな寂しい感じさえするような町だった。


「これは思っていた以上だな」


 アンクレードは町を見て、唸るような声を出した。

 よく見ると古い石造りの建物など、この町の歴史を感じさせるものも散見されるのだが、空き家になっていたり、補修されていないと思われるものも多い。


「住民もかなり減ったようですからね」


 領主の屋敷を兼ねている政庁へと馬車を向けて、クーメルが静かな声で言った。


(シルトはかなり大きな町だったから、たかが勲爵士の俺に、そんな町は与えられないよな)


 俺は町の様子を見て、そんなことを考えていたが、どう見ても寂れた通りに何となく気が滅入るような気分だった。



 だが、政庁で俺は意外な人物と出会うことになった。


「これまで、この町の代官を務めさせていただいておりましたシュルトナーと申します。以後、お見知りおきを。王宮からは、引き続き新領主に付き随えとの命令を受けております」


 礼に則ったあいさつをしてくれた前代官は、俺たちがあいさつを返すと続けて、


「で、あなた様はどんなことをしでかして、ここへ流されてこられたのですかな?」


 平然とした顔で、そんなことを言い出した。

 俺とアンクレードはいきなりな彼の言葉に返答に困っていたが、クーメルは慌てることもなく、例のしたり顔を見せていたから、彼も同意見なのだろう。


「ハルト様は何かをしでかされた訳ではありません。これからしでかす恐れがあると警戒されたのです」


 それでもさすがに苦笑する様子を見せながら、シュルトナーに返していた。


「危険は芽のうちに摘めですか。王宮に巣食う無能者たちの考えそうなことですな」


「そう言うあんたは何をしでかしたんだ?」


 今度はアンクレードが反撃に出るが、シュルトナーは平気な顔だった。


「民に重税を課し私腹を肥やす者、君側に侍り佞言を吐く者、王家の威光を盾に罪を逃れる者などを糾弾する上書を奉ること三度。遂に、この地へ代官として赴任するよう命ぜられたのです。まあ、体の良い流罪ですな」


(シュルトナーって、もしかしてハルト一世の七功臣のひとりじゃないか?)


 俺は三人の会話を聞きながら、そう驚きをもって彼の顔を見ていた。


 シュルトナー・フォン・ジャンルーフは、ハルト一世の臣下でも異彩を放つ存在だ。


「余が後世から暴君と誹られないのであれば、それはジャンルーフ国公の功績であろう」


 ハルト一世がそう言ったと伝えられるとおり、彼は常に主君を諌め、道を誤らないように導いたと伝えられる。


「シュルトナー・フォン・ジャンルーフ。では、あなたはもしや、ハルトという名の方とお知り合いではないですか?」


 俺が勢い込んで聞くと、彼は怪訝な顔を見せた。


「いえ、私の姓はベルディンバウアーです。いかに私が不遜だとしても、国王でもないのに国の名を姓にはいたしません」


 俺は一瞬「あれ? 別人かな」と思ったのだが、彼が国公になったことで、姓が『ジャンルーフ』に変わったのかもしれなかった。

 俺も七功臣全員の詳しい伝記を読んでいる訳ではないからな。


「それは失礼したね。で、ハルトという名の知り合いの方はどうかな?」


 俺が改めて尋ねると、彼はますます困惑を深めたようだった。


「おっしゃっていることがよく分かりませんが。あなたがハルト殿ではないですか?」


 クーメルとアンクレードに助けを求めるように視線を送る。

 どうやら俺のことを危ない奴だと思ったのかもしれなかった。


「ハルト様は自分と同名の方を探しておられるのです。そのような方はおられないと、ずっと申し上げているのですが、このことだけは頑として譲られないのです」


「変わったご趣味ですな。残念ですが、ハルトというお名前は私は初めて聞きました。心当たりはありませんな」


 あまり残念そうには見えないが、彼はそれでも丁寧な口調で答えてくれた。

 俺はとても残念な気がしたが。




【ハルト一世本紀 第二章の四】


 町では国公が大帝の到着を待ち侘びていた。

 その彼に向かい、大帝は手厚く労いの言葉を掛けられた。


「これまでの役目大儀であった。この上は、安心してその方の本分に努めるべし」


 感涙に咽ぶ国公に、大将軍が彼がこの地に遣わされた事由を問うた。


「臣は悪を憎むことが甚だしく、英主の下でしか、その責を果たすことができません。今、仰ぐべきその英主をお迎えし、これに勝る歓びはありません」


 大帝は彼が配下となったことを嘉されておっしゃった。


「諫言は得難く、我が身を正す機会が得られたことは、誠に喜ばしいことである。この後は、そなたの言に耳を傾け、徳を磨くべく努めよう。さすれば、道は自ずと通じよう」


 大帝の言葉のとおり、すぐに町からは四方に道が通じることになった。


「綸言が常に正しきこと、かくの如しです。陛下と共にあれば、恐れることは何ひとつありません」


 大帝を良く知ること久しい大宰相も、その神威に平伏した。


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