第八十八話 ハルファタ突入
「追撃するにしても、まずは川を渡らないとな」
ジンマーカスの派遣した王軍が即席の橋を架けるために近隣の船を掻き集めてしまったらしく、新たに徴発することは難しそうだった。
「ここはまたハルト様のお力に頼らねばなりません。資材は用意してありますから」
クーメルがそう言うとシュテヴァンには気がついたことがあるようだった。
「まさか陣地にあるあの大量の木材。あれはそのために準備されたものなのですか?」
彼の言葉にクーメルは頷いた。
「資材はハルト様に運んでいただいて組み立てれば、簡易ではありますが向こう岸に渡ることはできると思います。幸い橋桁も残っていますから」
「相変わらず人使いが荒いな」
俺はそう苦情を述べたが、内心では彼の準備の周到さに舌を巻いていた。
彼は橋が落ちた後のことまで考えていたようだ。
「私たちの中にはそういったことの得意な兵もいますから、手伝わせましょう」
オトルフ卿がそう申し出てくれた。
彼の配下にはどうやら工兵がいるらしかった。
彼らにも手伝ってもらい、俺は『レビテーション』で資材を運んでは、クーメルの指し示す場所へと降ろしていく。
そうしてみるみるうちに即席ではあるが何とか馬でも渡れそうな橋ができあがった。
「こんなのいつの間に用意していたんだ?」
アンクレードもさすがに驚いたようで、クーメルを質していた。
「スフィールトの町は人手が余っていましたから」
彼はいつもの冷静な顔で答えたが、ハルファタからビュトリスやクルクレーラなど東の国とを結ぶ主要街道の途中で戦闘が起き、物流に大きな影響が出たところをクーメルが上手く活用して、この川沿いの陣地まで資材を運ばせたらしかった。
「進軍だ! 目標はハルファタ!」
アンクレードの声が響き、俺たちは王都へ向けて出発した。
「急がないといけないな」
俺が隣にいるクーメルに聞くと、彼も頷いている。
「当分、敵には新たな軍をこちらへ向けて来る余裕はないとは思います。ですが、スフィールトにはほとんど兵がいない状況です。それを知られる前に王都を落とさねば危険ですから」
あの町にはダニエラがいるが、大軍が押し寄せてきたらどうしようもないだろう。
最悪、カレークの町へ後退するか、さらにはシュルトナーがいるビュトリス王国に庇護を求めるしかなくなるかもしれない。
クーメルも言ったように、そんなことになる前にハルファタを陥落させ、スタフィーノ公爵に王位に即いてもらう必要がある。
それにもう一つ気掛かりなのは、俺に降った将軍や領主たちの家族のことだ。
「王は残念ながら猜疑心の強い方です。自らの王位を脅かす可能性のある者はすべて芽のうちに摘み取ろうとされるのです。それは我々に対しても同じはずです」
シュテヴァンは憂い顔でそう言っていたから、王都に残された彼らの家族は、彼らが俺に降ったことが分かった時点で殺される可能性が高い。
できればそんなことが起こる前に片をつけてしまいたい。
「第一報くらいは届いているかもしれませんが、おそらくハルファタにいる者たちは信じることができないでしょうな。ハルト様が陣地を離れたと聞いてからそれほど時間も経っていないはずですから」
アンクレードは多少楽観的な見方を示してくれるが、クーメルは顔を引き締めていた。
「問題はジンマーカスの判断です。先ほどギオレク子爵がおっしゃったように、彼は猜疑心が強く、戦場からの報告を簡単には信じないかもしれません」
「それならいいんじゃないか?」
俺はついそう言ってしまったのだが、クーメルは首を振った。
「いいえ。ハルト様が陣を離れたという報告自体に疑いを持っているかもしれないのです。彼が油断を見せないとなると、この先も簡単には行かないかもしれません。杞憂となればよいのですが」
彼がそう考えているとなると、ますます急ぐ必要があるのかもしれなかった。
「前方に敵軍! 逃走しています」
兵からの報告があったのはその翌日のことだった。
それまでも逃げ遅れたり、けがをして動けなくなった兵を見掛けてはいた。
だが今、俺たちの前方に見えるのはサリハヤ川沿いの戦場から撤退した王軍の一部隊らしい。
だいぶ傾いてはいるが、白地に百合の花を意匠化した王家の旗を掲げている兵が見えるから間違いないだろう。
「一気に蹴散らすぞ!」
アンクレードの声が響き、兵たちの進軍の速度が上がる。
敵もこちらの追跡に気づいたようで慌てて逃げ出したが、こういった場合、追う側の方が圧倒的に有利なのだ。
「降る者は許す! 我らと王都へ戻るのだ」
オトルフ卿がよく通る声で敵兵たちに呼び掛けると、多くの兵が抵抗を諦めて両手を挙げ、降伏の意思を示す。
「ハルト様!」
「アイシクル・エクスプロージョン!」
アンクレードめ、人使いが荒いなと思ったが、こちらの兵はそこまで多くはない。
それに進軍の速度を緩めたくないから、彼が言ったとおり一気に蹴散らす必要がある。
「逃げる者は追うな! 今は時間が貴重なんだ」
降伏した者の武装解除をオトルフ卿らに任せ、俺たちはさらに前進する。
「やっぱり俺たちだけだったら無理だったな」
ますます前方を王都へと落ちて行く敵兵の数が増えてくる。
「さようですな。いかにハルト様の魔法が強力とはいえ、皆殺しというわけにはいきませんからな」
アンクレードは嫌なことを言う。
でも、そうでもしないと圧倒的に敵の数が多すぎて、捕虜として管理することさえ難しいのだ。
「我々も少しはお役に立てましたかな」
シュテヴァンが遠慮がちに言ったが、お役に立ったなんて程度ではない。
彼らがいなかったら俺たちは、敵の武装解除に時間を取られ、そのうちに反転してきた敵に包囲されていたかもしれなかった。
「ええ。本当に助かっています。ですから急ぎましょう」
シュテヴァンたちのように味方になってくれればいいのだが、今、俺たちの前を王都へと逃げて行く兵たちはジンマーカス陣営の中心に近い位置にいた者たちだろう。
そうした者たちをすぐに信用することはできないし、かといって後方に放置していくわけにもいかない。
せめて武装解除くらいはしておくことが必須だった。
そうして軍を進め、翌日の昼前には王都ハルファタの城壁が見えてきた。
「一気に突入してしまいたいところですな」
進軍しながら遠望すると、門は開いているようだった。
そこから落ち延びた敵軍が続々と入城していく。
さすがにサリハヤ川で起きたことはもうジンマーカスの耳にも入っているだろう。
「門を閉じられて攻城戦なんてぞっとするからな。さっさと町へ入ってしまおう」
そう口にしたのが悪かったのか、俺たちの見ている前で城門が閉じていくのがはっきりと見えた。
「あ……ああ、門が……」
まだかなりの敵兵が門の外に残っているのに、まさか味方を残したまま門を閉じるとは思わなかった。
だが、王都を守るためには致し方ない判断なのかもしれなかった。
「これは厄介ですな」
アンクレードが珍しく憂い顔を見せる。
「まずは門の外に残された兵。町へ逃げ込むこともできず、我が軍と城壁との間に挟まれ、死に物狂いで向かってくるでしょう。戦いたい相手ではありませんな」
さっさと別の町を目指して散り散りに逃げてくれれば良さそうなものなのだが、彼らはその時間もないと悟ったのか、少しずつ城門の前で迎撃の態勢を取りつつあるように見える。
「ここで時間を取られれば、近隣の町から援軍が来るかもしれません。当然、ジンマーカスから王命も出ているでしょうし」
クーメルはそう言ったが、王都周辺の兵は粗方、徴発されているだろうから、援軍についてはそこまで心配していないようだった。
「それよりも味方に加わった領主たちの家族が心配です。城壁に並べられて次々と処刑でもされたら、動揺を来すことは間違いないでしょう」
俺はシュテヴァンたちを信じたいと思ってはいるが、逆に親族の処刑を眉ひとつ動かさずに耐えられる人間だったら、それはそれでどうかとも思う。
「そうなるともう猶予はないな」
俺の言葉にクーメルとアンクレードが頷いた。
「ギマローラ パファーゴ ヴァキージ ポヴァージャ トンキネーセ ヴェネローリ」
俺は細心の注意を払って呪文を唱える。
間違って王都の中心にでも落としたら大惨事となってしまうのだ。
俺の頭上に光り輝く流星が姿を現し、それはそのまま王都へと、閉じられた城門へと向かう。
「メテオ・ストライク!」
額を汗が流れる感覚があるが、それに構ってはいられない。
(頼む。城門に命中してくれ……)
皆が固唾を飲んで見守る中、俺の呼び出した流星は凄まじい速さで落下して……、
ゴバーン!!
轟音とともに城壁の一部に大きな土煙が上がる。
「うわっ!」、「何だっ!」
『メテオ・ストライク』の魔法を知らない将軍や兵たちから驚きの声が上がる。
そして土煙が落ち着くと、そこでは城門だけでなく、その周りの城壁さえ崩れ去った無残な姿を晒していた。
「この機を逃すな! 突撃だ!!」
アンクレードはさすがに俺の魔法に慣れたのか、ほかの者たちが呆然とした姿を見せる中、そう兵を叱咤して進軍を開始する。
その声にほかの将兵も我に返ったように、彼の率いる兵の後に続いたのだった。
【魔法帝国地理誌 ジャンルーフ地方】(抜粋)
この地方の中心都市であるハルファタは古くから栄えた町には珍しく城壁がない。
城壁のない町には例えばシルトのようにあまりに町が大きく城壁外まで広がることで、古くに築かれた城壁で囲われた町の領域が意味をなさなくなり、最終的に城壁が取り払われた町などがある。
一方でこの町の城壁はハルト一世によって撤去されたとされている。
ハルト一世はジャンルーフ地方を平和裡に魔法帝国に組み入れたとする史書の記述とは矛盾するが、貴族の日記などには、彼がハルファタの城壁を魔法で破壊したと記したものも散見される。
いずれにせよ、ハルファタの町の城壁が紀元一千年前後になくなったことは事実のようだ。




