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第七話 ハルト勲爵士

「王都は久しぶりだが、相変わらずでかい町だな」


 城壁が見えてくると、アンクレードがそれを眺めて感想を漏らした。


「まあ、ジャンルーフ王国最大の町ですからね」


 クーメルは別に感動の色も見せず淡々と言うが、おそらく彼は他の国にはもっと大きな町がいくつもあることを知っているのだろう。


 俺たちが暮らしてきた王国は、この世界ではそれ程大きな国ではない。

 その王都ハルファタは確かに王国随一の都市で古くから栄えた町ではあるが、そこまで巨大な都市とはいえなかった。


(以前暮らしていた千年後の世界では、この町が王都だったなんてと思わせる程度の町だったな。まあ一応、ジャンルーフ地方の中心都市ではあったけど……)


 そんなことを考えている俺を乗せて、馬車は城門へと進み、俺たちはとりあえず使者が案内してくれた宿に落ち着くことができた。



「陛下に謁見していただけるよう手配をいたします。それまでゆっくりとお寛ぎください。何か必要な物ですとか、訪れたい場所があれば、おっしゃってくだされば……」


 レイナードがそう言ってくれたので、俺はその言葉に甘えることにした。


「では、この国の貴族を取りまとめておられる立場の方にお聞きしたいことがあるのです。ご紹介をいただけませんか?」


 俺の依頼にクーメルは無言だったが、アンクレードは、


「ハルト様はそれだけはお忘れになりませんな」


 なんて言って、呆れたといった様子だった。


「当たり前だ。そもそもラマティアを訪れたのだって、その為だからな」


 その後は全部、余計なことだったのだと、俺は改めて思った。

 こんなに大ごとになって、イレーネ妃からハルト一世にたどり着くという俺の考えは非効率的だったと思わざるを得ない。


(それでも皇妃の故郷の町の防衛に貢献したから、将来、彼女の好意的な対応は期待できるかもしれないな)


 自分をそうやって慰める俺に、レイナード氏は真面目な顔で、


「何やらご事情がありそうですな。貴族の族籍を管理する宮内官に面会できるようにいたしましょう。連絡を差し上げますので、しばらくお時間をください」


 そう言い残して立ち去った。



「こんなことなら最初から王都へ来れば良かったかな? クーメルはどう思う?」


 宿に残され、俺はクーメルに向かってそう聞いてみた。


「私の見解は変わりません。ハルトという名の貴族はこれまで聞いたこともありませんし、ハルト様以外にいるとは思えません」


「聖人や聖書に出てくる名前でもないんだろう? 俺も聞いたことないしな」


 アンクレードが聞いたことがないというのは単純に知識の問題だと片付けられるのだが、クーメルまでもがずっとそう主張し続けているのは、何とも腑に落ちない気がした。


「でも、別に変な名前でもないだろう? ハルトなんて、有りがちな音の組み合わせだと思うけどな」


 俺が前にいた時代には、そこら中に同名の人がいたのだ。

 そこまで違和感を覚える名前なら、あんなに広まらないはずだ。


 そう思っている俺の前で、二人は顔を見合わせていた。

 実はこの時代の人からしたら、変な名前なのかもしれなかった。



「ハルト・ヴェスティンバルを勲爵士に叙す。以後、スフィールトの姓を名乗るがよい」


 王の使者のレイナード氏が言ったとおり、俺はグヤマーンの町での狼藉を咎められることもなく、王から謁見を賜った。

 それだけでなく、一転して町同士の争いを解決した功績を認められ、王宮で叙爵されることになったのだ。


「ほかに望みがあれば申してみよ。できる限りのことはしてつかわそう」


 国王陛下のお言葉に、俺はレイナード氏から内諾を得ていたお願いを口にする。


「ではお言葉に甘えて、私とともに参りましたアンクレードが心ならずも官を棄てたこと、お赦しをいただきたくお願いいたします」


 ちょっとした手違いがあって、アンクレードは赴任していたドルルーブという村の衛兵の職を投げうって、俺と行動することになったのだ。


「その願い、聞き届けよう。その者を余が赦免することを約束しよう」


 王の言葉を聞いて、俺はこれでひとつ問題が片づいたなと胸を撫で下ろしていた。



「ハルト様。ご無事で……。お会いできて安心しました」


 王との謁見が行われる少し前、俺たちが朝食を終え、宿で無聊をかこっていると突然、イレーネ様が姿を見せて、俺たちを驚かせた。


 彼女は俺が王都へ連行されたと聞いて、すぐに馬車でここまでやって来てくれたのだった。


「セブリード卿は『乱を起こした奴らは王都で処刑されるのだ』などと吹聴していると、グヤマーンへ派遣されていた兵から連絡がありましたから。私、居ても立っても居られなくて……」


 彼女はファーフレント卿が書いた助命嘆願書を王宮へ届けてくれたらしかった。


「王宮でハルト様がこちらにいらっしゃるとお聞きしたのです。本当に良かったです」


 少し涙ぐんでいるように見える彼女に、俺は「ありがとうございます」と素直にお礼を言った。


「ラマティアからだけでなく、周りの町からも真実を告げる書状が王宮に届けられるように、お父様が手配をしてくださいましたから、まさか罰せられることはないと思いますが……」


「はい。勅使からもその心配はないと聞いています。王はハルト様の力に興味がおありのようです」


 クーメルがそう伝えると、彼女はかなりほっとしたようだった。


 本気で俺のことを心配してくれているイレーネ様の様子に、俺は感動していた。

 さすがにまだ幼く見える面もあると思うが、彼女は本当に気品に溢れた美しい女性なのだ。


(これで彼女が皇妃でさえなかったらな……)


 皇妃イレーネは七功臣とは別の意味でハルト一世の創業を支え、内助の功を謳われた人なのだ。

 臣下ではないから功臣には数えられないが、その功績は別格とも伝えられていたと思う。


「せっかくですから、少し王都を見て回られてはいかがですか? ハルト様とご一緒に。どうです?」


 アンクレードが俺に何の断りもなくそう提案すると、彼女は「よろしいのですか?」と遠慮がちではあるが、嬉しそうな声を聞かせてくれた。


「ええ。もちろんです」


「どうせ、ここで連絡を待っているだけですからな。三人でここにいる意味はありませんし」


 謁見の日取りの連絡はまだなく、いつになるか分からなかったので、その間、彼女のような美しい女性と王都見物ができるというのなら、本当は喜ぶべきなのだろう。


(でも、失礼のないようにしないとな。なにしろ将来の上司の奥様だからな)


 俺はそう思って、少し緊張をしていた。



 イレーネ様との王都見物は無事に済み、夕方、宿に戻ったところで、王への謁見は明後日の午後との連絡があったとアンクレードから伝えられた。


「クーメルは王立図書館へ行ってしまいましたし、私は残っていて良かったですな。まあ、私はこのくらいしか役に立ちませんから」


 アンクレードはそんなことを言うが、彼はハルト一世の下で兵を率い、数多の敵を破った大将軍なのだ。


「おふたりは王都見物、楽しかったですかな?」


「はい。とても。ハルト様はお優しい方ですね。私を丁寧に扱ってくださって。今日はありがとうございます」


「いえ、こちらこそ。ご一緒していただいて楽しかったです。ありがとうございました」


 俺はそうお礼を言ったのだが、彼女の顔がほんの少しだけ曇ると、彼女は俺の顔を覗き込んできた。


「ハルト様はなんだかあまり楽しまれていないのかなと、心配していました。私たちは婚約者同士なのですから、もっとリラックスしていただけたら……」


「いえ。そんなことは。でもそうですね。イレーネ様のような美しい方とご一緒させていただいて、緊張していたかもしれないですね」


「まあ。ハルト様ったら」


 やはり彼女は賢明な女性のようだ。これはますます皇妃の可能性が高いなと、俺は気を引き締めないとと考えていた。




 イレーネ嬢は「お会いできて安心しました。ご一緒できて嬉しかったです」と言い残してラマティアの町へ帰って行った。

 ファーフレント卿にも俺たちの無事を伝えてくれるそうだ。


 それから二日後の謁見の場で、俺は爵位を与えられた。

 これまでの勲爵士の三男という中途半端な立ち位置から末端とはいえ、貴族の一員ということになった。


(この世界の父と同じ爵位を得られたのだから、まあ慶賀すべきことなんだろうな)


 そう思うと同時に一瞬だが、(爵位も得たし、もうこれでいいか。あとはのんびりと領地の経営でもして……)なんて気持ちがあったことを告白せざるを得ない。


 だが、この世界は前の世界より千年も前の世界なのだ。


(たかだか勲爵士くらいでは、大した生活はできないな)


 これまでの生活を鑑みるに、そう思わざるを得なかった。

 魔法こそ存在するものの、その力は弱く、科学も発達していないから生活水準は低い。


 現代日本から、中世ヨーロッパ風のファンタジー世界へ転生し、次はその千年前の世界だなんて、俺の生活環境は悪化の一途をたどっていた。


(やっぱり、ハルト一世を探し出して、彼の家臣として位人臣を極める……は無理にしても、もう少し高い地位に着けてもらうくらいにならないと、釣り合いがとれないな)


 俺は、過去へ転生した利点を最大限に生かした計画を諦めることはできなかった。




【ハルト一世本紀 第二章その四】


 王は大帝の偉大なることを認め、その治める地をすべて献じようとした。


「そなたを労い、これまでの行いを(よみ)しようと、この地を訪れたのだ。今はまだその時ではない」


 大帝が時務をご存じであることは、このようであったので、王は頓首して彼を仰いだ。


「この地で最も治め難く、誰の手にも負えぬ町はシルトであろう。そこを治めてやろう」


 大帝のお言葉に、王の顔に一瞬だが疑義が浮かんだのを、大宰相は見逃さなかった。


「疑ってはなりません。すべては天の(たす)けにより為されるのです。人智の及ぶところではありません」


 彼の言葉に大帝は頷かれた。


 大帝は大宰相と大将軍を連れ、シルトの町へ向かわれた。


「かの地がいかに痩せ、異族が跋扈し、孤島のごとく隔絶された場所であろうと、陛下が赴かれるならば、そこは天府でありましょう」


 大宰相は大帝の治める地を、そう言って寿(ことほ)いだ。


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